第8話 正位置と逆位置
「お?なんだよ、伊坂。今日は残らないのか?」
「珍しいな。いつも一番熱心なのお前だったのに」
「いや、まあな」
放課後。
今日も白上さんが走る姿を見ようと残っているクラスメイトに、オレは話しかけられていた。
オレは自分でいうの何だが、白上さんの大ファンであり、用事がなければこの白上さんウォッチングに参加していたのであるが、今日はその用事がある。
オレも参加したいのは山々なのだが。
「オレ、実は部活入ることにしたんだよ」
「え?マジで?」
「伊坂がか!?何部だ?運動部だよな?」
「いや、オカルト研究部」
「「「「は?似合わねー・・・」」」」
「お前らな~・・・まあ、オレ自身そう思うけど」
オレがオカ研入部のために今日は帰るというと、皆意外そうな顔をしていた。
オレが逆の立場だっとしてもそう思うだろうが。
「なんで2年になってから入ろうと思ったんだ?」
「そうそう。確かに今は四月だからシーズンっちゃあそうだけど」
「あ~、最近、そういうオカルトモノのゲームに嵌まっちゃってさ」
オカ研への入部理由だが、一つはタロットの知識が欲しいためで、もう一つは黒葉さんの安全確保のためだ。
どちらもオレらしくなくて不自然だし、二つ目の理由については大ぴっらに言えることではない。
だから、適当なカバーストーリーを考えておいたのである。
「へぇ~・・・あの伊坂がね」
「まあ、いいんじゃないか?伊坂も部活入るくらい社交的になったってことだろ。いや、ここまで育ってくれて嬉しいぞ」
「メンバー泣かせんなよ?あんまり変なことすると、ご近所さんに噂されるからな?」
「お前らはオレのオカンか」
散々な言われようだが、ニヤニヤと軽くからかうような笑みから、みんなが冗談で言ってるのはわかる。
そんな連中に軽口を返しつつ、オレは教室を後にするのだった。
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「よ、ようこそ、オカルト研究部へ・・・」
「うん。これからよろしくね、黒葉さん」
そして、昼休みにも来たオカ研の部室。
一度職員室の前で黒葉さんと待ち合わせて、入部届を顧問の先生に提出し、オレは晴れてオカ研の一員となった。
その際、オレと黒葉さんという組み合わせを見て、顧問の先生が『・・・伊坂、お前まさか』と言いたげな表情だったのを、『伊坂くんはそんな危ない人じゃありません!!』と黒葉さんが庇ってくれたりと色々あったが。
というか、オレに疑いの目を向けるくらいなら、黒葉さんに絡んでたあの2人にも注意しといてくれよ。いろんな部活の顧問を掛け持ちしてるっぽいから忙しいのかもしれないが。
「っていうか、いいの?オレが副部長で?」
「はい。今、ここのちゃんとした部員はワタシと伊坂くんしかいませんから」
そう。オレは入部と同時に副部長になったのだ。
まあ、残りのメンバーがあの2人ならさもありなんだが。
「あの2人のことは、結局言わなかったんだね」
「はい・・・もしここで、あの人たちは退部になったら、部室がなくなっちゃいますから。そ、それに!!今は伊坂くんがいるから平気です!!」
「まあ、それもそうか。オレがいれば来ないだろうし」
顧問の先生に入部届を出す際、昼休みのことを相談しようとも思ったのだが、黒葉さんに止められた。
理由としてはさっきの通りで、部室がなくなってしまうのと、オレという用心棒がいるなら大丈夫だろうという判断だ。
そう考えると、あそこでオレが割って入って本当によかった。
先生に任せていたら、部室がなくなるか、いじめが続くだけだったろう。
「それじゃあ、早速なんだけど、タロットことを教えてもらってもいい?」
「はい、大丈夫ですよ・・・あ、でも、その前にいいでしょうか?」
「ん?何?」
オレがここに来た目的は黒葉さんの安全確保とタロットの知識。
黒葉さんの安全は、オレがここにいる時点で達成されたとみていい。
だから、タロットのことを聞こうと思ったのだが、黒葉さんから何かあるようだ。
「あの、変なことを聞きますけど・・・ワ、ワタシと前に会ったことって、ありませんか?」
「え?黒葉さんと・・・?」
唐突にそんなことを言い出す黒葉さん。
もし男女逆だったら古くさいナンパの台詞だが、黒葉さんの真剣な表情からすると、本気で聞いているようだ。
「う~ん・・・」
オレは、顎に手を当てて、考え込む。
オレの胸くらいまでの小柄な身長。
オドオドした態度。
(そこだけ見ると、魔女っ子に似てるんだよな。声も似てるし・・・でも)
オレは、チラリと黒葉さんを見る。
背中まである亜麻色の髪を背中で一つ結びにし、前髪は目元まで伸びている。
今はなぜかしていないが、そこに眼鏡をかけていた。
(別人、だよなぁ・・・)
なんというか、雰囲気が違いすぎる。
試しに前髪を上げて、後ろ髪もほどいてくれれば印象も変わるかもしれないが、会ってまだそこまで経っていない女子にそんなことを頼める度胸はオレにはない。
というか、魔女っ子は目元がよく見えていたし、変身の前後で前髪が伸びるなんてあるのだろうか。オレなどは変身したら全身鎧だが、髪が伸びたり背が伸びたような感覚はしなかったし。
そもそもだ。
(昨日の今日で、魔女っ子とあんな出会い方するなんて、どんな確率だよ)
オレの見立てでは、魔女っ子は中学生もしくは小学生だ。
かなり頭が良さそうだが、小学生でも今時ならそういう子もいるだろう。
黒葉さんもかなり背が低いが、高校生の中で珍しいほど背が低い黒葉さんが魔女っ子というより、中学生か小学生が魔女っ子である確率の方が高いだろう。
「うん。やっぱり、会ったことないと思うよ」
「そ、そうですか・・・変なこと聞いてすみませんでした」
「いやいや」
「本当に気付いてないんだ・・・なら、これでいいかな?伊坂くんも正体隠したがってたし、無理にしたら嫌われるかもしれないし」
「?」
黒葉さんが早口で何かを呟いているが、小さい上に早口なので聞き取れなかった。
自分に言い聞かせるようだったけど、どうしたのだろうか?
「あの・・・?」
「あっ!!ご、ごめんなさい。伊坂くんはここにタロットのことを知りたくて来たのに・・・すぐに用意しますね」
「うん。ごめんね、急かしちゃって」
「気にしないでください。ワタシが変なこと聞いちゃったのが先ですから」
オレが話しかけると、黒葉さんは慌てたように部屋の本棚を漁りだした。
少しして、昼休みにオレが抜き取った本と、カードの束を持って戻ってくる。
そして、『コホン』と可愛らしく咳をしてから、黒葉さんは話し始めた。
「とりあえず、今日は入部初日ですし、軽いさわりだけ教えますね。タロットというのは、占いに使われるカードのことです。大きく分けると『大アルカナ』と『小アルカナ』に分けられます。まずは大アルカナのことからにしましょう」
そこで、黒葉さんはテーブルの上に置いていたカードを広げ始めた。
その数は、22枚。
「これは・・・」
「ここにあるのが、大アルカナのカードです。全部で22種類あります。大アルカナは0番目の『愚者』が旅をして、21番目の『世界』に至る過程を描いていると言われてるんです」
「え、そうなの?」
オレは意外に思った。
広げられた22枚のうち、知っている数枚のカードに目をやるが、それらの番号は飛び飛びだったからだ。
「『魔術師』に、『吊された男』、『死神』・・・」
「よく見てみますか?」
「あ、うん」
その三枚のカードは、オレが目にしたことのあるカード。
オレのつぶやきを聞いて、気を利かせてくれたのか、黒葉さんはその三枚をオレの方によこしてくれた。
しかし、小さく呟いただけなのに、よく三枚のカードの名前を聞き取れたな。
「大アルカナのカードには、一枚一枚に意味やストーリーがあるんです。例えば、今伊坂くんが持っている『吊された男』は、忍耐とか努力、試練、そういったモノを通して手に入る我慢強い精神なんて意味があります」
「我慢強さ、ねぇ・・・」
オレは、つい昨日戦った怪異を思い出す。
ダメージを受けるたびに怒り狂い、ヒステリックになって魔法を撃ってきた大男。
とても我慢強そうには見えなかった。
っていうか・・・
「オレが知ってるのと、姿が違うんだよな・・・」
オレの持っているカードでは、十字架のような木に逆さまに吊された男が描かれているが、昨日襲いかかってきた怪異は、そのまま十字架に磔にされていた。
頭が上を向き、足は下だったし、なんなら途中から十字架を離れて走ってきたくらいである。
「伊坂くんが知っているのは、逆位置ですよね?大アルカナの意味には『正位置』と『逆位置』の二種類があって、意味が反対になることが多いんです。吊された男なら、解放、無気力、被害者意識とか、自分を律する様子がないことを指します」
「へぇ、そうなんだ・・・」
オレが疑問に思っていると、黒葉さんがすぐに解説してくれた。
なるほど、それなら納得できる。
あの吊された男は、最初はなんだかダウナーな感じで、途中になってから急にキレ出した。
さしずめ、溜まっていた怒りが解き放たれ、やけになったといったところか。
っていうか、黒葉さん、オレのことをよく見てるな。
オレが何に疑問を持っているのか、最初から知っていたかのようだ。
「ん?それじゃあ、この死神も?」
そこで、オレは自分の死神のカードを、黒葉さんが持っていた死神の横に並べる。
どちらも同じ死神だが、オレのカードはなぜか逆さまの絵だ。
「はい。伊坂くんの死神も逆位置ですね。死神の逆位置は、再生、再スタート、覚醒・・・『終わりからの新しい始まり』を意味するんです。死神っていうと不吉なイメージがありますけど、逆位置はいい意味なんですよ。そもそも、正位置だって基本的には『終わり』を意味しますが、それは『始まりのために必要な終わり』であって、悪い意味ばかりじゃないんです。もっと不吉なカードもありますし」
「そうなんだ・・・よかった」
オレはホっとため息をついた。
昨日の魔女っ子の話から、オレには死神の適性があるらしいが、やはりどうしても不吉なイメージがしたのだ。
今の話を聞く限り、オレの逆位置の死神は悪くない。
(オレは、一回あの死神に殺されて、死んで、新しく死神になった。『終わりからの新しい始まり』か・・・)
そういう意味で言えば、この逆位置の死神はオレを象徴していると言えるだろう。
(
「と、ところで!!」
「ん?」
オレが自分のカードについて色々と考えていると、黒葉さんが声を掛けてきた。
「そのカードは、その、あんまり他の人に見せない方がいいと思いますよ?その、なんか絵柄が変ですから、不良品って思われるかも」
「絵柄が変・・・?ああ、そういえば、オレのカードは文字はそのままなのに、絵だけが逆だもんな。黒葉さんのヤツは文字も絵も全部逆さまになるし」
「そ、そうです!!だから、ワタシ以外に見せるのは、よくないかなって・・・」
「わかったよ。それじゃあ、このカードは黒葉さん以外には見せないようにするよ」
「は、はい!!・・・ワタシだけ、か。えへへ」
黒葉さんの言うとおり、オレの持ってるカードは市販品と少し見た目が違う。
プレイヤーはオレと白上さん、そして魔女っ子の3人だけのはずだが、まあ、儀式なんてモノに使うカードを見せびらかすようなマネをするのはよくないか。
オレがそう思っていると、黒葉さんがなんか嬉しそうだった。何かいいことでもあったのだろうか。
しかし、逆位置のことを聞いて、一つ疑問が浮かんだ。
オレの死神と同じように、魔女っ子のカードも絵の向きが逆さまだったはずだ。
ならば・・・
「黒葉さん、一つ聞いてイイかな?」
「はい?なんでしょう?」
オレの質問に、可愛らしく首をかしげる黒葉さん。
その顔には笑顔が浮かんでいて、とても機嫌がよさそうだ。
「『魔術師』の逆位置ってどういう意味かな?」
「・・・え」
その笑顔が、オレの質問とともに固まった。
「ま、魔術師の、逆位置、ですか・・・」
「うん・・・あの、オレ、変なこと聞いたかな?」
「い、いえ!!そんなことはないですよ・・・魔術師の逆位置は、その、ゆ、優柔不断とか、空回り、消極的、意気消沈、創造性の欠如、コミュニケーション能力なし、カリスマなし、他にも他にも、うへへ、どうせワタシなんて」
「す、ストップストップ!!もういいから!!もういいから戻ってきて黒葉さん!!」
「はっ!?ワタシは何を!?」
魔術師の逆位置について説明するたびに、瞳から光が消え、声から抑揚がなくなっていく黒葉さん。
その様子があまりに不気味だったので、オレは途中で止めさせた。
どうにか戻ってきてくれて安心である。
「だ、大体今のが、魔術師の悪い意味ですね・・・」
「う、うん。ありがとう・・・」
さっきまでの上機嫌っぽさが一気になくなった黒葉さんに悪いと思いつつも、オレは思った。
(魔女っ子に結構当てはまってるな。空回りとか、意気消沈とかコミュニケーション能力なしとか・・・いや、そこはオレもか、ハハッ)
なんかショックを受けている黒葉さんの前では、『これ当てはまってるよね』なんて言えないので、胸の中で呟くが、なんだかオレまでダウナーな気分になってきた。
オカ研の部室に、どんよりとした空気が立ちこめる。
これはいけない。
「な、ならさ、魔術師の正位置の意味ってどんなの?」
「せ、正位置ですか?わかりました!!説明しますね!!」
黒葉さんも、この陰鬱とした空気をどうにかしたいと思っていたのだろう。
オレが苦し紛れにひねり出した質問に、若干空元気のようなテンションの高さで説明を始める。
「魔術師の正位置は、創造、天賦の才、深い知識、始まり、カリスマ性とかですね。逆位置とは反対の意味です」
「天賦の才に、深い知識か。それなら当たってるかも・・・」
「えっ!?」
あの魔女っ子は、儀式のこともそうだが、魔法のようなオカルトについてとても詳しい様子だった。
それに、欠損でもなければどうにかできる薬に、空を飛べるようになる薬など、オレからすればそういう才能でもなければ作れない、それこそ魔法の薬だ。
「そ、そんな・・・そんなことないですよ」
「ん?どうかしたの、黒葉さん」
「っ!?な、なんでもないですっ!!」
さっきから機嫌が良くなったり、ダウナーになってはまた上機嫌になったりと、ずいぶんアップダウンの差が激しい黒葉さんである。
いや、機嫌がよさそうなままならいいのだが・・・ひとまず、魔術師のことに触れるのはあまりよくなさそうだ。
ここは話題を変えよう。
「さっきさ、死神よりも不吉なカードがあるって言ってたよね?それって、どんなカードなの?」
「ああ。それは、正位置で不吉なカードって意味ですね。そこは解釈によって一概には言えないんですけど・・・」
白上さんは、テーブルの上に乗ったカードから数枚のカードを抜き出して並べる。
並んだカードは三枚。
「色々と解釈はあるんですけど、ワタシから見て、正位置でも不吉なカードは伊坂くんの死神を入れて四枚です。特に、この三枚は死神よりも悪い意味だとワタシは考えています」
「えっと、悪魔に、塔・・・それに、え?意外だな。このカードも?」
オレは、三枚の内の一枚を指さして、黒葉さんに聞く。
「はい。このカードの正位置は、不安定、幻惑、欺瞞・・・『先の見えない闇に隠れる危険』を象徴する。それが」
黒葉さんは、カードに指を置いて、オレの方に押し出した。
そこに描かれているのは、オレもよく知る天体と、二匹の犬に、一匹のザリガニ。
そして、黒葉さんはその名前を言葉にする。
「それが、『月』のカードです」
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夕焼けに染まるグラウンドで、1人の少女がちょうどコースを走り終わった。
周りにはギャラリーもおり、中には校舎から手を振る者もいる。
少女は、そんなギャラリーに太陽のように明るい笑みを浮かべながら手を振り返す。
そんな中、少女は校舎の方を見て、ふと疑問に思った。
(あれ?今日は伊坂君、いないのかな?)
少女、白上羽衣は、自分の教室から手を振る男子たちを見て、その中にいつもいるはずの、遠くからでもわかるような人相の少年がいないことに気付いた。
伊坂誠二は特徴的な顔をしているから、いればすぐにわかるのだ。
(う~ん、何かあったのかな?朝も、なんか反応が悪かったし、体調悪いのかなぁ?)
思えば、件の彼は朝も反応が上の空で、先生の号令にも遅れていた。
もしかしたら、どこか調子が悪いのかもしれない。
(大丈夫かな?明日、学校に来れるようなら聞いてみよっと)
白上羽衣にとって、伊坂誠二は『なんかほっとけない男の子』だ。
すごく怖い顔をしているが、授業態度はまじめだし、掃除当番もしっかりこなす。
宿題を忘れたりもしないし、自分から誰かに迷惑を掛けるような人ではない。
なのに、顔が怖いというだけで避けられている彼を見て、心の中で『ナニカ』がざわめいたのだ。
『あの子を放っておくな』と。
だから、白上羽衣はクラスメイトと伊坂誠二の仲を取り持った。
最近などは、自分以外とも仲が良くなってるみたいで、ようやく一安心といったところだ。
そんなクラスメイトが体調不良かもしれないとなれば、心配するのは別におかしなことではないだろう。
だが・・・
『・・・・・』
彼女の荷物が入った通学鞄。
その中にある、『THE MOON』という文字が刻まれたカード。
そこに描かれた、天空に昇る月が鈍く輝いたことに、気付く者は誰もいなかった。
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