第7話 伊坂誠二と黒葉鶫

 オカルト研究部の部室には、2人の生徒がいた。

 しかし、部屋の中央にあるテーブルごしに向き合っているが、真正面からではなく、対角線になるように座っている。

 生徒のうち1人は、目つきが悪い・・・まあ、オレだ。

 そしてもう1人は、オレの胸くらいまでしかないくらい小柄で、薄い茶色、いや、亜麻色というのだろうか?

 そんな髪を後ろで一本結びにして背中まで垂らし、前髪で目元を覆い、視線を悟らせないことに全力を出したような見た目の地味な女子。

 そんな2人がいた。


「・・・・・」

「・・・・・」


 そんなオカルト研究部の部室には咀嚼音だけが響いていた。

 オレがパンを囓る音。

 地味な子が小さな弁当箱からおかずをつまんで、その小さな口で噛む音。

 2人ともクチャラーではないので、その音は小さなものだったが、それでもそれしか音はなかった。


「・・・・・」

「・・・・・」

(いや、なんだこの空気)


 オレは、わざとパンをゆっくりと食べながら思う。


(呼び止められて、ここで食べてかない?って誘われたからそうしたけど、マジで食べてるだけなんだけど・・・)


 柄の悪い輩を追い払ったので、同じく柄の悪いオレも退散しようとしたところを呼び止められて、ここで昼飯を食べているのだが、会話がない。

 わざわざそんなことをするのだから、オレに何か用があるとは思うのだ。

 現に・・・


「・・・・・っ!!」


 オレがチラっと目をやると、こちらを見ていたらしい地味な子が、バッと視線をそらした。

 バレバレなのだが、それを指摘するのもなんだか怖いので、オレは気付かないフリをしてパンを食べる。

 

「・・・・・(チラッ)」

「・・・・・(バッっ!!)」


 そうして、少ししてからまた目をやると、急いで顔をあさっての方向に向ける地味な子。

 さっきからこの繰り返しで、オレのことをチラチラと見てくるのだ。

 なんというか、非常に落ち着かない。

 ついでに言うと、もう一つ気になることがある。


(なんで眼鏡外してるんだ?)

 

 柄の悪い2人組に絡まれていたときは眼鏡をしていて、オレにビビって転んだ時には、オレが拾って手渡したのだが、今は裸眼である。

 拾ったときに少し見てみたが、別にフレームが曲がったりだとか、レンズにヒビが入った訳でもないと思うのだが。


(とにかく、オレに何か聞きたいことでもあるんだろうけど・・・あ)


 理由もわからないまま、この空気をどうにかする方法もわからないまま。

 とにかく口の中に物を詰めていれば喋る必要はないという後ろ向きな考えのまま、スローペースでパンを食べようとして、手の中に何も残っていないことに気付いた。


(ヤバい、食べ終わってしまった・・・)

「・・・あっ!!」

(あっちもか・・・)


 オレが手元を見ていると、地味な子の方から声が聞こえた。

 どうやら、あの子の弁当箱も空になってしまったようだ。

 こうなると、だ。


(どうにかして、話題をひねり出すしかない!!)


 コミュ障にはいくつかタイプがあるが、『誰かといるときの沈黙が苦手』というのが多いと思う。

 本気で他人のことが気にならず、話す気もないというのはコミュ障を超越した何かだ。

 コミュ障は、誰かといるときの沈黙が苦手で、それをどうにかしようとして空回りし、さらに沈黙をキツいものにするからコミュ障なのだ。

 そしてオレ、さらには地味な子もその気質であることに間違いない。

 

(ここで喋れば、さらに恥をさらすのはわかってる!!でも、もう耐えられない!!)


 そうして、オレは口を開こうとして。


「あ、あのっ!!」


 地味っ子に先を越された。


「な、何かな・・・」

「あ、いえ、その・・・あ、あのっ!!し、しにが・・・じゃなくて!!えっと」


 先を促すも、やはり地味な子はうまく続けられないようだ。

 まあ、気持ちはとてもよくわかるので、オレも急かさず黙っていることにする。

 そうして、少しの間モジモジとしていた地味っ子だが、意を決したようにオレの顔を正面から見つめた。


「さ、さっきは、あ、ありがとうございました」

「え?」


 一瞬、言われた意味がわからなかった。


「さ、さっきは、その、助けてくれたんですよね?ワタシのこと」

「え、まあ、うん。でも、その、ごめんね。結構怖い感じだったでしょ、オレ?」


 お礼を言われたと判断ができなかったのは、オレのやり方がかなり荒っぽかったからだ。

 柄の悪い2人組は勿論、目の前の地味っ子もかなり怯えていたように思う。

 実際、この子だけになって、口調を元に戻した後でさえ、後ろに下がって転ぶほどにビビっていたのだから。


「そ、それは・・・はい、怖かったです。でも、今ならあれが演技だったことくらいはわかるし、それにもし、そうしてくれなきゃ、今頃ワタシ・・・」

「あ、ごめん・・・」

「あ、謝らないでください!!本当に、感謝してるんです。だから、謝らないで」

「・・・わかったよ」


 さっきのことを思い出したのか、血の気の薄い顔で俯く地味っ子。

 そりゃあそうだろう。

 男だって、無理矢理服を脱がされて写真を撮られそうになったら怖いに決まってる。

 

(チッ・・・胸クソ悪い)


 オレも、さきほどのことを思い返して、気分が悪くなった。

 自分の眉にしわが寄るのがわかる。

 あの2人組、一体どういう神経してたら、あんな真似ができるのか。

 今更になって、胸の奥からフツフツと怒りが沸いてくる。

 もう少し派手に脅かしてやるんだったか。


「・・・・・」


 と、そこで地味っ子がオレをジッと見つめているのに気付いた。


(しまった。また怖がらせてしまったか)


 過去、試しに食堂に行って、割り箸をうまく割れなかったのにイラッとした際に、近くにいた女子が涙目になっていたという記憶が蘇る。


「ごめん!!」

「え?なんで謝るんですか?」


 慌てて謝るが、地味っ子はきょとんとしていた。

 そこには恐怖はなく、ただ不思議そうな顔をしている。


「い、いや・・・オレ、また怖い顔してたでしょ?オレがそういう顔すると、なんか空気悪くなること多くてさ」

「そ、そうなんですか?怒ってるのはわかりますけど・・・別に、ワタシに怒ってるわけじゃないのはわかってるから、ワタシはそこまで気になりませんが」

「マジでっ!?」

「は、はい・・・?」


 つい、まじまじと地味っ子を見つめてしまうが、相変わらず戸惑うような表情をしているだけで、さっきまでのような怯えはない。

 本当に、オレに対して恐怖がないようだ。

 オレは、少し感動してしまった。


「もしかして、なんですけど・・・さっきの2人に対して、怒っていたんですか?」

「あ、わかる?」

「は、はい。ワタシに対して怒ってるのじゃなきゃ、さっきの2人かなって・・・」

「うん。正解だよ。まあ、あんな真似を目の前でされたら、気分悪くならない奴の方が少ないと思うけど。そういや、その、キミは・・・あ」

「?」


 『なんであの2人に絡まれたてたの?』と聞こうとして、オレは気がついた。

 地味っ子は、突然言葉を止めたオレをやはり不思議そうな目で見ているだけだが、そもそもだ。


(オレ、この子の名前知らないじゃん)


 そうなのだ。

 オレはこの地味っ子の名前を知らないのだ。

 考えてみれば、『地味っ子』とかめちゃくちゃ失礼である。

 今更名前を聞くのもどうにも据わりが悪いが、心の中で地味っ子と呼び続けるなんてことをするよりマシか。


「あ、あのさ。今更だけど、オレ、2-Dの『伊坂誠二いさかせいじ』って言うんだ。その、キミは・・・?」

「あっ!!」


 そこで、地味っ子の方もようやく自己紹介をしていないことに気がついたようである。

 慌てた様子で、わざわざ立ち上がり、頭を下げてから口を開いた。


「ワ、ワタシは、『黒葉鶫くろばつぐみ』です!!2-Gです!!よ、よろしくお願いしますっ!!しにが・・・違った、えっと、い、伊坂くん」

「うん。よろしく、黒葉さん」


 出会ってから、ビビらせたりコケさせたり、無言で昼を共にしたりと色々あった。

 しかし、こうしてオレたちは、お互いの名を知ることができたのだった。

 


-----



「まさか、同級生だったとは・・・」

「ワタシも、同じ学年に伊坂くんみたいな人がいるなんて思いませんでした。伊坂くん、かなり目立つのに」

「目立つって言っても悪目立ちだけどね・・・まあ、男子と女子は体育も別だし、そもそも合同でなんかやるにしてもA組からD組と、E組からH組で分かれること多いしね」

「理系と文系で授業が分かれるのも、もう少し先ですしね」


 やはり、名前を知ることは大事だ。

 お互いの呼び名を知って、さらに同級生ということがわかると、さっきよりは大分話しやすくなった。

 自己紹介から少しだけ話が膨らみ、会話が軽やかになる。


「そういえば、さっき何か言いかけてませんでしたか?」

「え?ああ・・・これ、聞いてもいいのかな。実はオレ、少し前から黒葉さんたちの話を聞いてたんだけど、どうしてあの2人に絡まれたのかなって」

「あ~、そのことですか・・・」


 軽やかになったところで聞くのは重すぎるかもしれないが、オレとしては是非聞いておきたいことだ。

 とりあえず、かなりビビらせたからもう来ないとは思うが、ここに絡みに来た理由によってはまた来るかもしれない。

 

「ワタシ、オカルト研究部の部長なんですが、このオカ研は、去年先輩たちが卒業してしまって、部員が少ないんです。でも、部室を維持するには、最低でも3人が必要で・・・それで困っていたときに、あの人たちが」

「そういうことか・・・」


 あの2人にとって、黒葉さんは絶好のカモだったのだろう。

 本人たちにとっては、好き勝手できる場所が欲しかっただけなのかもしれない。

 しかし、部室を維持したい黒葉さんは、それを呑むしかなく、そうした負い目や本人の性格もあって逆らえなかったといったところか。


「最初は、あそこまでじゃなかったんです。オカ研の活動はしてなくて、この部屋にいるだけだったけど、お互いに話すこともなくて。でも、そのうち、購買でお菓子買ってきてとか、ジュース買ってきてって言われるようになって」

「それが、エスカレートしてったって感じ?」

「・・・はい」


 大方オレの予想通りであった。

 あいつらは、この場所と、ついでに逆らわないパシリとして黒葉さんを手に入れていたということか。

 最初のうちは様子見で、『コイツならこき使える』と判断してから徐々に段階を上げていったのかもしれない。

 お金を巻き上げられるようになったのは、本当に最近のことらしい。

 それでも、5万は取られたとか。

 こんな大人しくて、白上さんとは違う感じだけど、悪人面のオレと接してくれるような優しい子から。


「チッ!!腐った連中だな・・・あ、ごめん、また」

「いえ、気にしないでください・・・ふふ」

「え?」


 再び胸クソ悪くなり、つい舌打ちしてしまうが、やはり黒葉さんは気にしていなかった。

 いや、むしろ・・・少しだけど、笑ってる?


「伊坂くん、本気でワタシのために怒ってくれてるんですね」

「え?そりゃあ、怒るでしょ。っていうか、今の話聞いて何も思わない奴とは、あまり関わり合いになりたくないよ」


 最近、いじめだなんだで胸の悪くなるようなニュースをよく聞くが、そのたびにムカムカする。

 オレの父さんや母さんも同じような顔をしていたし、別に珍しい反応でもないだろう。


「それはそうかもしれないです。でも伊坂くんは、すごく強く、そう思ってくれているから。・・・本当に、優しい人なんだ。いや、でも、本当に死神さんかどうかはまだ」

「?」


 最後の方は、本当に小さなつぶやきだったので、何を言ったのか聞き取れなかった。

 しかし、なんというか黒葉さん、オレを呼び止めてから、オレに対する警戒が一気になくなったような感じがするな。

 うちのクラスでさえ、白上さんが取りなしてもオレに対する壁が低くなるまでそこそこかかったのだが。


(しかし、こうなると、どうしたもんかな・・・)


 この先どうしようと、少し考えてみる。

 さっきこの部室を出ようとした時は、後のことは先生に任せようと思っていた。

 しかし、こうやって話していると、ここで『はい、サヨウナラ』というのは後味が悪い。

 それに、こうした問題では先生でも対応しきれないことは多いと聞く。


(う~ん・・・ん?)

「どうかしました?・・・え?」


 そうやって考えていると、部室の中にある本棚が目に入った。

 正確には、その中にある一冊。

 オレは立ち上がり、その『タロット入門セット』と書かれた本を手に取った。


「ねえ、黒葉さん」

「は、はい!!なんでしょう?」


 オレがその本に手を伸ばしてから、なんだかソワソワした感じの黒葉さんに声を掛ける。


「黒葉さんって、オカ研の部長なんだよね?だったらさ、タロットのことって詳しい?」

「は、はい!!詳しいっていうほどじゃないかもしれないですけど・・・その本に書いてあることくらいなら」

「そっか。うん。なら、決めたよ」


 オレはその本をパラパラとめくり、見覚えのある髑髏の騎士が描かれたカードのページで止める。

 同時に、ポケットの中にある、同じ絵が描かれたカードに、自然と手が伸びた。

 昨日、魔女っ子が儀式のことを説明したとき、言っていたのだ。

 

『試練は、タロットの大アルカナを模した姿で現れる』と。


 オレも漫画やゲームでタロットのことを聞いた覚えはあるが、詳しいとは口が裂けても言えない。

 しかし、タロットについてよく知っておけば、これからの儀式で有利になるような情報も手に入るかも知れない。

 ならば、詳しい人に教えてもらうのが一番だ。

 それに、オレが思いついた方法なら、黒葉さんの安全確保にも繋がる、一石二鳥である。


「黒葉さん。オレも、オカ研に入部していいかな?タロットのこと、このカードのことを教えて欲しいんだ」


 オレは、ポケットから抜き取ったカードを黒葉さんに見せながら、そう口に出した。



-----



「ま、待ってください!!」


 その胸の辺りに、特徴的な揺らぎを帯びた輝きを持つのを見た瞬間、ワタシは声に出していた。


(この人・・・死神さんっ!?)


 ついさっきまで、ワタシは悪意のただ中にいた。

 下手をしたら、想像することさえおぞましい目に遭っていただろう。

 目の前の凶悪な顔の人が割って入った時は、さらに悲惨なことになると絶望したが、魔法の眼鏡で封じていた『心映しの宝玉』が映し出す視界の中に、もう黒い悪意はなかった。

 その代わりに、昨日になって初めて出くわした、珍しい『感情の色』が再びある。


「え?」


 部屋を出て行こうとしていた、大きな人影が振り返る。

 その、見るからに悪人面といった顔は、かなり怖かったが・・・


(色は、やっぱりぼやけてるけど、明るい緑色・・・少なくとも、悪意はない)


 さっきまでの荒れようが嘘のような、唖然とした顔。

 それに、見えにくいが、平常心を表す緑色の輝き。

 かなり堂に入っていたが、さっきのはまず間違いなく演技に違いない。

 見た目こそ怖いが、中身は普通の人なのだろう。

 そしてそれは、昨日あった死神さんにそっくりだった。

 

(もし、もしこの人がそうなら・・・知りたい。この人のことを)


 その衝動が、怖そうな人に声をかけて引き留めるなんて、ワタシらしくない行動を引き起こしていた。

 しかし、慣れないことをしてうまくいくことは少ない。


「え~と・・・?」

「あ、あのっ・・・」


 言葉がうまく出てこない。

 これまで、他人とあまり話さなかった弊害である。

 昨日の死神さんは、そういう意味ではかなり会話が弾んだ相手だ。

 家族のおばあちゃんを除けば、人生で初めてといってもいいくらい。

 しかし、今ワタシの前にいる、死神さんかもしれない人にかける言葉は、やはり出てこなかった。

 そしてそれは、向こうも同じらしい。

 お互いに気まずい沈黙が広がるが、そんなワタシの目に、不自然な物が入ってきた。


(この人、なんでパンを持ったままなんだろう?お昼食べてたのかな?)


 その考えが浮かんだとき、ここぞとばかりに口が勝手に動いていた。


「そ、そのパン、お昼ご飯ですよね?よかったら、こ、ここで、食べていきませんか・・・?」

「あ、はい・・・キミがいいのなら」


 こうして、ワタシは人生で初めて、男の子と2人きりでお昼を食べることになった。



-----


(やっぱり、この人・・・死神さんだよね)


 ワタシは、お弁当を食べながら目の前の男の子を観察していた。

 

(こんな変なぼやけ方、これまで見たことない)


 ワタシの心映しの宝玉は、人の感情を色で認識する瞳だ。

 普段は魔法のかかった眼鏡で封じているのだが、それでも完璧にその能力を閉ざすことはできず、常にある程度の感情が見えている。

 さっきまではパニックでわからなかったが、この男の子の色はとても特徴的なぼやけ方をしているのだ。

 それは、これまでの16年の人生で、昨日になって初めて出くわした死神さんと同じ。

 だが・・・


(いや、でも、待って。この人が本当に死神さんとは限らない)


 しかし、昨日の今日で、同じような特徴を持った別人に会う可能性も、0ではない。


(この人も、優しい人だとは思うけど)


 いったん、死神さんのことを考えるのをやめて、改めて男の子を見る。

 落ち着いてきた今だからわかる。

 この男の子も、ワタシが脅されているところに入って、演技をして助けてくれたのだと。

 ならば・・・


(あ、お弁当、もうない)


 そのとき、沈黙が辛くて、喋らないように食べていたお弁当がなくなった。

 しかし、それはある意味でチャンスなのだろう。


(・・・よし!!)


 ワタシは、意を決して口を開いた。

 途中、死神さんと言ってしまいそうになったりしたけど・・・


「さ、さっきは、あ、ありがとうございました」


 ワタシは、助けてもらったことのお礼を言った。

 例え、この男の子のが死神さんじゃなかったとしても、助けてもらったのは確かなのだから。

 

「え、まあ、うん。でも、その、ごめんね。結構怖い感じだったでしょ、オレ?」


 確かに、男の子の言うとおり、かなり怖かった。

 けれど、それでも、助けられてなかったら、今頃どうなっていたか。

 もしものことを考えると、震えてくる。

 しかし、その震えはすぐに止まった。


(怒ってる?ワタシにじゃないけど・・・)


 男の子の色が、濃い赤に変わっていたのだ。

 赤は怒りの色。

 そして、その揺らめきは、扉の外に向かっている。


「ごめん!!」

「え?なんで謝るんですか?」


 唐突に、男の子に謝られた。

 別に、何も謝るようなことはしていないと思うけど。


「い、いや・・・オレ、また怖い顔してたでしょ?オレがそういう顔すると、なんか空気悪くなること多くてさ」


 なるほど、納得した。

 確かに、この怖い顔の男の子が機嫌悪そうにしていれば、周りは怯えるだろう。

 しかし、ワタシには何も気にならない。

 その怒りが、誰に向かっているのかわかるから。


「もしかして、なんですけど・・・さっきの2人に対して、怒っていたんですか?」

「あ、わかる?」

「は、はい。ワタシに対して怒ってるのじゃなきゃ、さっきの2人かなって・・・」

「うん。正解だよ。まあ、あんな真似を目の前でされたら、気分悪くならない奴の方が少ないと思うけど。そういや、その、キミは・・・あ」

「?」


 やはり、さっきの2人に怒っていたようだ。

 と、そこで、いきなり男の子が口ごもった。

 一体どうしたのかと思ったけど・・・


「あ、あのさ。今更だけど、オレ、2-Dの『伊坂誠二いさかせいじ』って言うんだ。その、キミは・・・?」

「あっ!!」


 そのとき、ワタシは自分が名乗っていないことに気がついた。

 普通、こういうのは名前を教えるのが先だろうに。

 コミュニケーション能力の低さを露呈してしまったが、向こうが名乗ったのだ。

 ならば、名乗り返さねばならない。

 

「ワ、ワタシは、『黒葉鶫くろばつぐみ』です!!2-Gです!!よ、よろしくお願いしますっ!!しにが・・・違った、えっと、い、伊坂くん」

「うん。よろしく、黒葉さん」


(伊坂誠二くん・・・伊坂くん)


 その呼び方をしたとき、心の中が温かくなった気がした。



-----



 そこから、ワタシたちはお互いが同級生だということを知り、話が少し弾んだ。

 しかし、ワタシがさっき伊坂くんが言いかけたことを聞くと、また雰囲気が重くなる。

 ワタシは、どうして脅されていたのか話した。


「チッ!!腐った連中だな・・・あ、ごめん、また」


 そのとき、ワタシには見えていた。

 扉の外に向かう、さっきよりも濃い赤色と、ワタシに向かって強く揺らめく、穏やかなピンク色。

 優しいピンク色は、そのまま優しさを表す色だ。

 

(この人は、本当に優しい人なんだ)


 自然と、笑みが浮かぶ。

 

(やっぱり、伊坂くんが死神さんなのかな・・・?)


 ワタシに対してこんなに優しくしてくれる人なんて、おばあちゃんを除けば死神さんだけだった。

 だから、伊坂くんが死神さんなのかと思うけど、絶対の証拠はない。

 いや、別に死神さんじゃなくても、伊坂くんみたいな優しい人に会えるのは運がいいと思うけど。


(でも・・・どうせなら)


 それでも、ワタシはつい考えてしまう。

 昨日も、帰り道で考えていたのだ。

 『死神さんは、どんな人なんだろう?どんな顔をしているんだろう?』と。

 そして、目の前にいる顔は怖いけど、とても優しい伊坂くんは、ワタシの持つ死神さんのイメージにピッタリなのだ。

 なにより・・・

 

(どうせなら・・・伊坂くんが、ワタシの『同類』であって欲しい)


 ワタシは魔女だ。

 人間ではない。

 そして、死神の力を取り込んだ、いや、取り込めた死神さんも、人間ではない。

 つまり、ワタシと死神さんは同じ人外だ。

 そして、伊坂くんが死神じゃないなら、ワタシと伊坂くんは『人外』と『人間』だ。

 人間と人外は、相容れない。

 例えソレが人外であると知らなくても、人間は人外を避ける。

 ソレを、ワタシはよく知っている。

 だから・・・


(証拠が欲しい。伊坂くんが、死神さんだって証が)


 そう、心の中で思った時だった。


「・・・・・」

「? どうかしました?・・・え!!」


 不意に、伊坂くんが立ち上がって、部室にある本棚に近寄った。

 そして、そこから一冊の本を抜き取る。

 その本を見た瞬間、ドキリと心臓がはねるのを感じた。


(『タロット入門セット』。そういえば、ワタシ昨日、死神さんに・・・)


 ドキドキと、胸が高鳴る。

 名状しがたい、フワフワとした高揚感と、期待が心に満ちていく。

 そして、本をパラパラとめくりながら、ポケットから何かを抜き出した伊坂くんが、ワタシの前に来て、口を開いた。


「黒葉さん。オレも、オカ研に入部していいかな?タロットのこと、このカードのことを教えて欲しいんだ」

「あ・・・」


 そうして、ワタシの前に現れたのは、逆さまになった髑髏の騎士。

 『THE DEATH』という文字はそのままなのに、絵だけがひっくり返った、ワタシの『魔術師』と同じ枠組みにいる『死神』。

 それを見た瞬間、ワタシは・・・


「は、はいっ!!喜んでっ!!よろしくお願いします、伊坂くん!!」


 生まれて初めて、心から、満面の笑みを浮かべた。



-----


おまけ



「そういえば・・・伊坂くん」

「ん?何?」


 昼休みも終わりそうになったので、北校舎に戻ることにしたオレたちだが、途中で黒葉さんがオレに話しかけてきた。


「さっき、その、他の人に見られながら、や、や、えっと、とにかく、す、するのは趣味じゃないって言ってましたよね?その、もしかして・・・か、彼女さん、いるんですか?」

「は?・・・ははっ!!」


 なんだか神妙な顔でそんなことを言うものだから、思わず笑ってしまった。

 まあ、かなり乾いた笑みだったが。


「アレは演技だよ、演技。落ち着いて考えてみなよ。オレみたいな顔の奴に彼女いると思う?いたとしても、絶対に用心棒とかそんな風にしか思われてないって」

「なら、いないってことですか?」


 自虐するかのようなオレの台詞に対し、黒葉さんは真面目な様子だった。

 まあ、演技とはいえかなりお下品な感じだし、あまり褒められたものではないから仕方ないだろう。


「うん。っていうか、彼女どころか男の友達ですらできたの最近だからね・・・それ以前なんて、女の子とかオレが近づくだけで逃げてたよ」

「そ、そうなんですか・・・」


 オレの壮絶な過去に、黒葉さんも少し引き気味だ。



--キーンコーンカーンコーン



 と、そこで昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。


「お、ちょっと急がないとヤバいかな・・・行こう、黒葉さん」

「あ、はい」


 そうして、オレと黒葉さんは北校舎に入るのだった。


「伊坂くん、女の子と縁がなかったんだ・・・・・よかった。って、あれ、ワタシ、なんでそんなこと」


 急ぐオレは、黒葉さんが何か呟いているのに気付いていたが、何を言っているのかはわからなかった。



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TIPS 黒葉鶫の好感度


不良から危ないところを助けてもらった +5%

ワタシの運命の人?          +10%



現在25%

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