第4話 儀式
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃんっ!!」
『待った!!待った!!この通り!!』
「お、おばあちゃ~んっ!!・・・へ?」
あれからしばらく時間が経ち、なんとか意識が回復したらしい魔女っ子の前で、オレは五体投地を決めていた。
凶悪な鎧を着た不審者ではあるが、それが地面に横になって手足を広げている光景は魔女っ子のショックを和らげる役には立ったらしい。
未だに恐怖は残っているが、その顔には驚きの方が多く現れている。
『オレに、キミをどうこうしようって気はないっ!!話を聞きたいだけなんだっ!!頼むからオレの頼みを聞いて欲しいっ!!』
「え?え?・・・なんか変な感じだけど、本当に、敵意がない・・・?死神なのに?」
なにやらブツブツ呟いているが、さっきのように錯乱されるよりはマシだ。
オレはそのまま五体投地を続ける。
ややあって、魔女っ子はおずおずと口を開いた。
「わ、わかりました。その、何を聞きたいんですか?」
『オレのことを信じてくれるのかっ!?』
「は、はい。敵意がないのは本当みたいですし・・・それに、その、さっきは助けてくれた、んですよね?なら、大丈夫かな、と」
オレとしては信じがたいが、魔女っ子はオレの言うことを信じてくれたようだ。
『そ、そうか・・・助かるよ。それなら、まずオレのことなんだけどさ。オレって今どうなってるんだ?』
「へ?それってどういう・・・?」
『いや、それはオレにもよくわからないんだ。黒い死神みたいな化け物に殺されたと思ったら、今の姿になってて・・・あ、そろそろ起きてもいい?地味に話にくいんだ。声も遠くなるし』
「あ、はい。いいですけど。って、あれ?そういえばなんか湿っぽい・・・・ちょっ!?ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」
『?・・・あ』
話しにくかったので起き上がったオレだったが、そんなオレの視界に、慌てて立ち上がる魔女っ子が入ってきた。
濡れたスカートを抑え、自分の座り込んでいた場所に広がるシミに気がついたようだ。
その光景を見て、オレは納得した。
「ワ、ワタシ、お、お漏らし、しちゃった・・・?」
絶望したような表情でそう呟く魔女っ子に、原因であるオレは・・・
『その、漏らさせてごめん』
「ひぃぃぃぃぃぃぃんっ!!そんなこと言わないでぇぇぇええええ!!」
オレがそう謝ると、魔女っ子はまた錯乱してしまったのだった。
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「あ、あの・・・ご、ごめんなさい」
『ああ、いや・・・オレの方こそごめん。その、オレ立ってるよ』
「あ、そ、そこまでは・・・立たせているのも申し訳ないですから。で、でも、その、距離は開けてくれると、た、助かります」
『わかった・・・』
紅い夕焼けの差す公園のベンチの前では、その辺の枯れ葉やらなんやらの塊が薪となって燃えている。
それを見ながら、魔女っ子が腰掛ける端とは反対側にオレは座った。
ギシリと音を立てたが、どうにかこの鎧に耐えきってくれたようである。
オレが座った瞬間、魔女っ子がさらにベンチの端に行こうとしていたが、それを責める気にはならない。
先ほどまで公園のトイレにこもって、アンモニア臭のする液体を洗っていたようなのだが、やはり女の子なら気になってしまうのも仕方のない話だ。
「うう・・・」
オレがチラリと顔を向けると、魔女っ子は恥ずかしそうに俯いて、濡れているローブやスカートを上から心許なそうに撫でている。
っていうか、やたらと股の辺りを撫でているが、もしかして履いてない・・・
(いや、何考えてんだオレぇっ!!)
「ひっ!?ど、どうしたんですかっ!?」
『いや、なんでもないよ』
頭を抱えて唸りだしたオレにビビったのか、魔女っ子が驚いていたが、どうにかオレは雑念を払うことができた。
『とりあえず、自己紹介っていうか・・・あ~、オレのことは『死神』って呼んでもらっていい?』
まずは自己紹介。
とはいえ、こんなナリだし、相手が人畜無害そうな魔女っ子だからといって本名を名乗る気にはなれなかったので、見た目まんまの名前を名乗った。
まずないとは思うが、『あの化け物みたいなのの正体は伊坂誠二です』なんて言いふらされても困る。
「わ、わかりました。し、死神、さん。なら、ワタシのことは『魔術師』って呼んでください」
『わかったよ。魔術師さん。それで、オレのことなんだけど・・・』
まあ、この魔女っ子はもう格好は魔女っ子なので、内心での呼び名は変えられないと思うが。
そうして、オレは自分の事情を話す。
オレが話す様子を、魔女っ子はその整った顔立ちを怯えさせつつ、時折『えぇっ!?』と驚き声を上げながらも真剣な表情で聞いてくれた。
「そんなことが・・・」
『それで、聞きたいことなんだけど、今のオレは何なんだろう?っていうか、今この街で何が起きてるんだ?』
「そうですね。死神さんの身に起きてることを説明するには、まず今起きていることを話してからになります」
魔女っ子は、オレの方を見て、一拍おいてから話し始めた。
「今、この街では、願いを叶えるための『
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この世には、人間の常識を越えた不思議な現象が多々ある。
最も身近な物はと言えば、『魔力』の存在があるだろう。
魔力あるいは霊力などと呼ばれる力は、人間からこぼれたエネルギーだ。
人間は、世界という膨大なエネルギーと情報の塊からとれた欠片である魂、器となる物質の肉体、そしてその二つを繋ぐ精神の三要素から成る。
そして、肉体もしくは精神のエネルギーの残りカスが、魂の持つ世界の情報によって上書きされた結果発生するのが魔力だ。
その成り立ち故、世界中の人間は魔力を持っているのだが、1人1人の持つ魔力量は一部の例外を覗いて微々たるものであり、内にある魔力で何が出きるというわけでもない。
しかし、塵も積もれば山となるといったもので、世界には大量の魔力が漂っている。
そして、そうした魔力は、自身の源となった人間たちの意思に呼応して、摩訶不思議な現象を起こすことがある。
例えば、とある場所で、偶然人が続けて死ぬことがあったとする。
一つ一つはきちんと科学的に説明ができたとしても、それが連続して起きたのならば、人はそこに何らかの作為を感じる。
ある者は、狡猾な殺人鬼がいると疑うかもしれないし、またあるものは、恐ろしい病気があると思い込むかもしれない。
また別の者は、そこ「人ではないモノ」の介入があったと信じてしまうかもしれない。
大抵の場合、そういった事柄は現実的な理由が付けられて終わる。
終わってしまえば、後は風化していき、語られることもなくなるだろう。
だが、もしも、そうならなかったとしたら。
本当に、人ではないナニかがやったのだということになってしまったら。多くの人間が、人ではないモノの存在を信じてしまったら。
漂う魔力は、そこから生まれる恐怖や不安、好奇の感情を取り込み、その幻想に形を与えることだろう。
そうして生まれたモノを、ある者たちは『怪異』と呼んだ。
怪異は、人の感情の数だけ形を持ちうる。
例えば、『子供をさらう鬼』のような恐ろしいモノから、『とある一族を守り続ける守護霊』のような人間の益になるまで千差万別だ。
そして、あるとき、ある場所にてとある怪異が発生した。
それは、子供ならば一度は聞いたことがあるであろう噂話。
『願いを叶えるおまじない』
特定の『おまじない』をすることで、超常的なナニカに願いを叶えてもらうというモノであるが、これは世界各地に細部は違えど同じような逸話がある。
それらの噂や逸話を元に、人間の願いや欲望を吸収して、その怪異は発生した。
この怪異は、多くの人間を幸福に導いたとも、地獄に突き落としたとも言われる。
誰かの幸福を叶えることは、別の誰かに不幸を強いる。
『あいつの持っている金が欲しい』、『あの娘が欲しい』、『目障りのアイツを消したい』
怪異は、それらの欲望にまみれた願いも叶えていく。
そして、怪異は無限に人間の願いや欲望を叶えることで、そこから湧き出る感情を喰らい、際限なく肥大化していった。
これを、ある者たちは危険視した。
危険視するとともに、野心を持った。
ある者たちは、その大きすぎる力が自身に害なすことを恐れたが、同時にかの怪異の手綱を握ることを目論んだのだ。
そのある者たちとは、人間の中に生まれた例外たち。
生まれついて多くの魔力を備え、その使い方を知る者たちだった。
『魔法使い』と呼ばれる彼らは、かの怪異に干渉しようとした。
『おまじない』の様式を複雑かつ難解なモノに変更し、普通の人間には達成できないモノに組み替えようとした。
さらに、その難易度の高さに比例して、より大きな願いを叶えられるようにしようとした。
そして失敗した。
怪異は、魔法使いの手に負えないほど肥大化していたのだ。
おまじないの難易度を上げようとした結果、魔法使いですら対抗の難しい化け物が生まれた。
願いを叶える者を拒まないという性質から、一般人を完全に締め出すことも叶わなかった。
おまじないを完遂することができなかったため、願いを叶えることもできなくなった。
魔法使いたちは、かの怪異に関わることを諦めた。
それでも、怪異は存在し続け、そして変異を続けた。
魔法使いたちによる中途半端な存在の改変は、時間をかけて進んでいった。
魔法使いたちが組み込んだ、『試練を与え、それに見合う願いを叶える』という指針に従い、怪異は試練を用意した。
怪異は、その成り立ちと魔法使いの改変から、『素質』のある者を『プレイヤー』として招き、試練に挑ませるようになった。
プレイヤーを招き、参加資格として一枚の『カード』を渡し、散らばった『22枚』のカードをすべて集めた者に願いを叶える資格を与える。
怪異は、いつしかそのようなルールを作り出した。
そうして、怪異はそのあり方から、他の怪異と区別する意味もあって、別の名前で呼ばれるようになった。
「そ、それが、ワタシたちが巻き込まれた、『
魔力を操るが故に人間でなくなった魔法使いの末裔たる少女は、死神にそう答えた。
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『それじゃあ、今のオレは・・・?』
魔女っ子の説明が終わって、今、何が起きているのかは理解できたと思う。
昔の人が手を加えた魔法の儀式だかが起きていて、それを攻略する者はプレイヤーと呼ばれ、プレイヤーは襲いかかってくる怪物を倒さなければならない、もしくは他のプレイヤーからカードを奪わなければならない。
そして、22枚のカードを集めたプレイヤーは願いを何でも叶えられる。
だが、だとすれば今のオレは何なのだろう。
姿は怪物そのもの。しかし、心は人間、だと思うのだが。
そんなオレを前に、魔女っ子は顎に指を当てて何事か考えた後、口を開いた。
「ワタシにも、正確なことはわかりません。ですが・・・あの、死神さんが持ったままでいいので、カードを見せてもらってもいいでしょうか?『吊された男』のカードと一緒に」
『カード?・・・え、どこ?って、あった』
吊された男とやらのカードはさっき拾ったあのカードだろうが、死神のカードについては覚えがない。
てっきり変身したら消えてしまうと思っていたのだが、そうではないらしい。
魔女っ子の指はオレの腰のあたりを指しており、そこには黒い鎖を編んだようなベルトが巻き付いていて、その髑髏型のバックルにあるスロットにカードが挟まっていた。
ちょうど、頭蓋骨をスライスするような感じだ。
オレは恐る恐るカードを抜き取って、吊された男のカードとともに魔女っ子に見せると、魔女っ子は自分のポケットからも一枚のカードを取り出して、ジッと真剣なまなざしで三枚のカードを見つめる。
そして、そっと死神のカードに指を伸ばした。
『うおっ!?』
「・・・・・」
(今、なんか変な感じがしたような・・・?)
一瞬、身体の奥が引っ張られたような気がして、思わず声が出る。
しかし、魔女っ子は集中しているようで、オレの声には気がつかなかったようだ。
「吊された男は嫌な感じがする。死神と魔術師は似てるけど、魔術師から意思は感じない。死神からは・・・死神さんの感じがするような?しかも、これは欠片?大本の力はこのカードの中には・・・」
何やら小声で呟いていた魔女っ子だが、ややあって顔を上げた。
そして、『これはワタシの勘も入っているのですが・・・』と前置きして続ける。
「死神さんは、死神の力を取り込んだ。言い換えれば、死神を倒したと解釈できます。ですから、限りなく怪異に近いプレイヤーと言えるかもしれません。もしくは、死神の力のほとんどを自分の中に取り込んでることから、逆にプレイヤーに近い怪異なのかもしれませんが、ワタシはどちらかと言えば前者だと思います。この儀式の怪異どうしは、戦うことがありませんから。ただ、どちらにせよ、とてもイレギュラーな存在でしょうけど」
『えっと・・・?じゃあ、オレは人間ってこと?』
『そ、それは・・・』
それは、願望の混じった問いかけだったと思う。
魔女っ子の言う通りだとしたら、オレはプレイヤー、つまり目の前の魔女っ子や白上さんと同じということになる。
それならば、オレは人間のままということでよいのだろうか。いや、そうであって欲しい。
もしもオレが人間じゃなくなってるとしたら、白上さんの味方になるどころか、普段の生活すら今まで通り送れるかわかったものではない。
だが、魔女っ子の反応は芳しくない。
『もしかして、オレって、人間じゃない・・・?』
「そ、それもわからないです。死神の力を取り込んだなら、もう人間ではないと言えるかもしれません。でもそれ以前に、死神の力を取り込める人間というのがもう信じがたいというか・・・死神さんが最初から人間じゃなかったっていう方が納得できるくらいです」
『マジ・・・?』
変身した時、オレは自分が人間だと思おうとしたが、さっきの今だ。
薄々、もう人間じゃないとは思っていた。
しかし、まさか生まれたときから人間じゃなかったかもしれないとは、さすがに予想外だ。
ショックのあまり、オレは座っているベンチの上で項垂れてしまった。
そんなオレを見て、魔女っ子が慌てたように声をかけてくる。
「わ、わっ!!ご、ごめんなさいっ!!ワタシ、そんなつもりじゃ・・・あ、あのっ!!」
本質的に優しい子なのだろう。
落ち込んだオレを慰めるように、ワタワタと手を振りながら、なんとか言葉を振り絞ろうとする。
だが、オレと同じくあまり他人とコミュニケーションを取った経験がないのか、うまく言葉が出てないようだった。
そうして、しばらく『あ、あのっ!!』とか『そのっ!!』とか、呟くばかりだったが、とうとう耐えきれなくなったように、息を吸い込んで、大きく口を開いた。
「あ、安心してくださいっ!!ワ、ワタシも人間じゃないですからっ!!だから、そんなに落ち込まないでくださいっ!!」
『え?』
「・・・あっ!!」
その衝撃的なカミングアウトに、オレは思わず間抜けな声を出すと、自分の言ったことに気がついたのだろう。
『口が滑った』と言うかのように、魔女っ子は開いた口を手で押さえるのだった。
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