第3話 魔術師との出会い

「じゃあね~」

「うん!!羽衣もまたね~」


 放課後。

 白上さんがクラスの友人たちと別れて、自宅へと入っていった。

 クラスメイトたちは、何事かを話しながら、各々の帰り道へと歩いて行く。

 そんな花の女子高生たちを背後から見やる視線が一つ。


「今日も外れか・・・」


 オレである。

 クラスメイトたちがいなくなった後、オレは隠れていた電柱の陰から顔を出し、ため息をついた。

 端から見たらストーカーにしか見えないような所業をしているのは何故かと言えば。

 

「白上さんなら、何か知ってるかもしれないんだよな。あの日のこと」


 一週間前、オレは死んだ。

 死んで、オレは『死神』になった。

 自分でも何を言っているのかと思うが、大穴が開いた上にオレの血がたっぷりと染みこんだ制服を見て、あの日のことが夢だったという説は消えた。

 そして、あの日にあの場にいて魔法少女になっていた白上さんなら、そんな夢のような出来事の事情を知っているかもしれない。

 ただ、それだけなら、わざわざストーカーのまねごとなどしなくともいいと思うかもしれない。

 呼び出してから事情を聞けばいいじゃないかと。

 それをしないのにも、理由が、懸念があるのだ。


「オレ、めっちゃ悪役っぽいんだよな・・・」


 あの日の夕方、オレは死神となったのだが、その姿が問題だった。

 禍々しい髑髏の仮面。

 やたらとゴツくてトゲトゲした感じの黒い鎧。

 同じく、不吉なイメージを彷彿とさせて仕方がないような大鎌。

 っていうか、そもそも白上さんが戦って倒したのも死神である。

 事情を話すとなれば、そこをぼかして話せる気がしないから、どうしても死神になったことは言わねばならない。

 そこで姿を見せたとき、そんな悪役が果たして話を聞いてもらえるか。


「白上さんが戦ってる時に助太刀すれば、もしかしたら味方って思ってくれるかもしれないしな」


 それこそが、オレがストーカーのまねごと、もう開き直って言うとストーカーをしている理由である。

 もう一度、あの日のような戦いが起これば、オレが味方だとアピールできるかもしれない。

 まあ、分の悪い賭けだとは思うが。


「いくら白上さんが普段のオレにも優しいからって、さすがにコレはなぁ・・・」


 オレはポケットにしまっていた、一枚のカードを取り出して口に出す。

 そのカードに書かれていたのは、まさしくさっき説明した通りの『死神』が描かれていた。

 黒い鎧に身を包んだ、逆さまになった髑髏の騎士。

 このカードは、いきなり死神となったオレが混乱してそこらを走り回ったり、なんかよくわからない魔法みたいなモノを撃ちまくった後、いつの間にか元の姿に戻った時にポケットに入っていたモノだ。

 

「なんで逆さまの絵なのかはわからないけど・・・いわゆる変身アイテムってやつ、なのか?白上さんが魔法少女なら、オレは近い時間帯に放送している特撮か。悪役だけど」


 実を言うと、オレはあの後『変身』してしまったことがある。

 帰宅して、母さんに『制服ダメにしちゃった』と謝った後に自室に戻って、カードの存在に気がついた時。

 あの鏡に映った鎧姿を思い起こした瞬間、変身していたのである。

 幸い、そのときはすぐに戻ったし、自室だったから誰にも見られることはなかったのだが。

 まあ、いつでも変身できなかったら、助太刀しようなどと考えつかなかっただろうから、真実を知るためには結果オーライだったけど。

 ともかく、そういうわけでオレは今日も今日とて、小さな可能性にかけてストーカーをしている訳であるのだが、一つ問題が発生している。


「一週間経つけど、何も起きないんだよなぁ・・・」


 そうなのだ。

 かれこれ一週間ほどストーカーをしているが、何も起こらないのである。

 毎日毎日、白上さんはクラスメイトと下校して、家に帰っているだけだ。

 何度かその後も居座ってみたこともあるが、出てくる気配もなかった。

 途中で、『オレ、何やってんだろ・・・』と、己の所業のキモさに心が折れて夕方の内に帰ってしまったから、夜中に出ている可能性は否定できないが。


「こんなこと、いつまでも続けるわけにもいかないしなぁ・・・」


 今日も何も起こらなかったので、オレも帰り道を歩きながら呟く。

 未だにバレてはいないようだが、元々悪人顔のオレである。

 ここでストーキングがバレたら、死神のことを知られる前に白上さんから敵判定を受けるかもしれない。

 そうなったら、オレのガラスのハートは木っ端みじんである。


「はぁ・・・」


 長時間のストーキングと、電柱裏での立ちぼうけが何気にキツかったので、帰り道の途中にある公園でジュースを買って休む。

 こう連日成果がないと、モチベーションも落ちてくる。

 というか、本当に何も起こらないから、あの日のことが本当だったのか疑いたくなるくらいだ。

 ポケットの中のカードという動かぬ証拠があるけれど。


「もうそろそろいいか」


 しばらくジュースを飲んで、何気なく辺りの風景を見ていると、足の疲れが取れてきた。

 もうすっかり夕方だし、そろそろ帰らないと夕飯に遅れる。

 そう思って、立ち上がった瞬間だった。


「・・・ん?」


 不意に、物音が消えた。

さっきまで聞こえていた、小学生くらいの子供たちが遊ぶ声や道路を走る車の音、鳩の鳴き声。

それらが、一斉に消えたのだ。

辺りを見回すが、いつの間にか自分以外誰もいない。

そして、回りを見たことで、もっと大きな変化に気が付いた。


「なんで、こんなに紅いんだ・・・?」


 公園の中は紅い光に包まれていた。

 遊具も、砂場も、周りの木々も、すべてが紅く染まっている。

 紅い光の出所は、沈み行く夕日だ。

 しかし、その色は血のように鮮やかで、毒々しい紅だぅた。

 何の音もしない街の中。

 そして、紅い夕焼け。

 オレは、この状況に覚えがあった。いや、待ち望んですらいた。


「あの時と同じだ…なら、白上さんも!!いや、その前に」


 今の状況は、オレが死神になった時と同じだ。

 ならば、さっき家に帰っていた白上さんもここにいるかもしれない。

 だが、辺りの不気味な光景が、オレを冷静にしてくれた。


「ここがあの時と同じなら、またあんな化け物がいるかもしれないってことだよな」


 オレは思わず、自分の胸に手をやった。

 そこにはもう何もないがら一週間前に、大鎌を突き立てられた感触ははっきりと覚えている。

 そのときの、少しずつ体から熱が失われていく感触と、意識が薄れていく感覚を。

 すなわち、死の記憶を。


「・・・っ!!」


 さっきまでは、待ち望んですらいたはずだった。

 しかし、急に身体の芯から冷え込んだように震えが止まらなくなり、汗が噴き出す。

 今になって、再びこの非日常に放り込まれたことで、恐怖が蘇っていたのだ。

 あの日と同じように、好奇心と、気になる子に近づきたいという下心で行動した結果、もう一度あのような目に遭うかもしれない。

 一瞬、後悔に近い感情がわいてくる。


「ふぅ~・・・」


 無意識に、オレはポケットの中のカードを握っていた。

 カードに触れていると、身体に走っていた震えが収まり、汗が引いていくのを感じる。

 そのまま、オレはカードを取り出して、描かれた死神を見る。

 その絵を見た瞬間、覚悟は決まった。

 こうなってしまった以上、もう覚悟を決めるしかないと理解したのだ。


「・・・変身」


 口に出して、そう唱える。

 そうしようと考えていたわけではないのに、すんなりと言葉が飛び出したのは、昔に見ていた特撮の影響だろうか。

 非日常に飛び込むというのなら、これしかないと思っていたからか。

 刹那、カードが黒い輝きを放った。


『オレは・・・』


 オレは、再び死神になった。

 禍々しい黒い鎧と、手に握っていた大鎌。

 ソレは、オレが人ではなくなったかのようで。

 それでも。


『自分から首突っ込んだんだ。それなら、ここで何もしないのはダメだろ』


 オレが人間であると宣言するかのように、オレは誰もいない場所で言葉を口に出す。

 不思議と、恐怖や後悔は消え去っていた。

 初めから、そんな感情など存在しなかったかのようだった。

 そして、そんなオレを呼ぶかのように。



--ドゴォンっ!!



 少し離れた場所から、何かが崩れる音がした。


『あっちか!!待っててくれ、白上さん!!すぐに行くっ!!』


 オレは、音が聞こえた方に向かって駆けだした。

 音の大きさからして、そう離れてはいない。

 今のオレの脚力なら、それこそあっという間だ。

 紅い公園の中を駆け抜け、目の前にグラウンドのような広場が見えてきた。

 遠目にだが、そこで誰かが戦っているようだった。

 明らかに人間ではない大きな影が、小柄な人影を追い回している。

 どう見ても人間の方が劣勢だ。


『おしっ!!不謹慎だけどナイスタイミングっ!!今助け・・・』

「ひぃぃぃぃぃぃぃんっ!!」

『・・・るよ?』


 今が格好良く助けに入るチャンス!!と思って勢いづいていたオレの視界に入ってきたのは・・・


『来ないでぇぇぇええええっ!!』



 必死の形相をして走る、紅い髪の『魔女っ子』だった。



-----


『え、誰?』


 オレは困惑していた。

 白上さんが戦ってると思ったら、そこにいたのは白上さんとは似ても似つかない魔女っ子だった。

 オレが立っているのはグラウンドの入り口の脇で、周りを見る余裕のなさそうな魔女っ子は気がついていないようだ。

 

『魔女っ子』


 思わず、そう呟く。

 あの少女を見た瞬間に浮かんできた名前だが、そうとしか言い様がない。

 紺色のローブに、つばの広いとんがり帽子。

 今にも手からすっぽ抜けそうな長い杖に、少しゴツめの革のブーツ。

 それだけなら『魔女』と呼ぶべきだろうが・・・


『めっちゃ小さいな、あの子』


 オレは、男子としては結構高めで、170代後半くらい。

 あの魔女っ子は、オレより頭一つどころか二つくらい小さいのではないだろうか。

 まず間違いなく、オレや白上さんより年下だろう。

 だから、魔女というよりも魔女っ子の方がしっくりきたのである。

 と、そんな風に知らない魔女っ子との突然のエンカウントに固まるオレをよそに、事態は進んでいた。

 

『・・・火弾イグニス・バレット水弾アクア・バレット

「ひゃぁあああああっ!?」

『なんじゃありゃ?』


 飛んできた火の玉と水の球を、魔女っ子は転がるようにして回避する。

 魔女っ子に気を取られて目に入っていなかったが、元々そこには魔女っ子を追いかけ回していた大きな影がいたのである。

 今の攻撃を放ったのはその影だ。

 優に4mはあるような大きさだったから、人間ではないと思っていたのだが・・・


『十字架?いや、なんか張り付いてる・・・?』

『・・・トマレ、クワセロ』

「いやぁあああああっ!!」


 魔女っ子を追いかけていたのは、巨大な十字架だった。

 文字通り、木でできた十字架が、地面から浮かび上がっている。

 しかも、その十字架には男が1人張り付いていた。

 無気力そうな覇気のない顔をしているが、体は十字架の大きさに見合うほど高く、腕や足の太さも同様で、パソコンで写真を拡大したときのように、人間を無理矢理引き延ばしたような不気味な印象を受ける。どう見てもまともな存在じゃない。

 そう、白上さんと戦っていた、オレを殺した『死神』と似たような感じがする。

 いや・・・

 

『・・・火閃イグニス・ブレイド水閃アクア・ブレイド

「ひぃぃぃぃぃぃぃんっ!!』

『あの死神より、強くね?っていうか・・・』


 両手から火の剣と水の剣を呼び出して辺りを切り払う男を見て、オレはそう思った。

 なんというか、あの男から感じる威圧感が、死神よりも強く感じられるのだ。

 あの時は、死神が充分白上さんにボコられていたのもあるかもしれないが。

 ちなみに、男の攻撃を魔女っ子はかがんで避けていた。もしかしたら、コケた結果偶然避けられたのかもしれないが。


『いや・・・』

『イイカゲンニ、シネ・・・水砲アクア・ブラスト

『っ!!火壁イグニス・ウォール


 男が撃ちはなった大粒の水の球を、魔女っ子の周りに出現した炎の壁が受け止める。

 壁はほんの一、二秒で消えてしまったが、魔女っ子はその間に地面に伏せていた。

 そんな魔女っ子の頭上を、ギリギリで水の球が通り過ぎていく。

 そして、水の球が通り過ぎた瞬間。


火砲イグニス・ブラスト

「もういやぁあああああっ!!」


 続いて放たれていた火の玉を、地面に転がったまま躱した。

 口では泣き言を言っているが・・・


『あの子、めっちゃ避けるな・・・』


 さっきから、一発も攻撃が当たっていない。

 動きを見ても、白上さんと違って運動が得意そうな動きじゃないのに、なぜだか当たらない。

 まるで、あの男が攻撃するタイミングを理解しているようだ。

 と、そのようになんとなく入っていくタイミングを見失ったり、『なんか魔女っぽいし、さっきは火の壁も出してたし、なんだかんだ避けてるし、白上さんみたいに戦えるんだろう』と思って、魔女っ子の危なっかしい避けっぷりを見ていたオレだったが・・・

 

『マトメテ、フキトベ・・・』

「あ・・・」


 男から感じる威圧感が一気に膨らんだ。

 男の両手には、さっき撃ち出されたモノより大きな火の玉と水の球が二つとも揃っていた。

 その様子を見て、魔女っ子は唖然としたような、否、絶望したような顔をして足を止める。

 その顔から、魔女っ子にその状況を覆す手段がないのは明らかだった。


火大砲イグニス・カノン水大砲アクア・カノン


 そして、男の両手から絶望が放たれる。

 魔女っ子は、もう諦めたかのように引きつった笑みを浮かべて立ち尽くし・・・


死壁デス・ウォール

「へ?」


 迫り来る火の大玉と、水の砲弾を、オレは黒い壁で受け止めていた。


-----


『アレはマズい』


 そう思ったときには、もう動いていた。

 不思議と、今の姿に変身してからは死への恐怖は吹き飛んでいて、普段からは考えられないような力を秘めた身体は、魔女っ子とオレの間にあった距離を一瞬で0にする。

 そうして使ったのは、初めて変身した後に色々と暴れ回った時に試した、オレが使える『9個』の技だか魔法の内、防御に使えそうなモノ。

 オレの思惑通り、黒い壁は火と水の砲撃を防ぎきった。


「ウォ、『ウォール』で、『大砲カノン』を防いだ?それも二発・・・?」

『ん?』


 後ろで魔女っ子が何か言っているが、よくわからない。

 何を言ったのか聞き返そうとしたが・・・


『・・・オマエ、ナゼワレノジャマヲ。イヤ、カンガエルノモメンドウダ。『双纏デュオ・ブースト』』

『お?』

「ブ、『ブースト』!?そんなのまで使えるの・・・?」


 男から感じられる力が、今までの比ではないほど高まったので、そちらを向くと、男の姿が変わるところだった。

 

『オォォォオオオオオオオッっ!!!!』


 いかなる理屈によってか、張り付いていた十字架から男が飛び降り、二本の足で立つ。

 男が離れた十字架は、真ん中からビキビキとヒビが入り、真っ二つに割れる。

 さらに、割れて二つになった破片は空中で形を変える。

 次の瞬間には、先端にトロフィーみたいな形の器が乗った杖が二本、男の両手に握られていた。


『キエロォォォォオオオオオオっ!!火大砲イグニス・カノン!!水大砲アクア・カノン!!』

『お前、さっきとテンション違くないっ!?』


 それまで無気力だった男が、顔を憤怒で歪めながら杖を振る。

 すると、先ほどよりもさらに大きな、大きめの二階建ての家ほどもある火と水の塊が飛んできた。

 あんなモノを喰らったら、骨も残らないんじゃないかと思うが、何故だかオレに危機感はわいてこなかった。

 それは、『あのくらいならどうとでもなる』という理屈のわからない自信から来るモノ。

 オレは男の攻撃よりも、豹変した様子にビビりながら唱える。

 

死大砲デス・カノン

『グオッ!?』


 鎌を持っている手とは逆の方の掌から、黒い塊が吐き出された。

 黒い塊は、あっという間に火と水を飲み込み、それだけでは足りないとでも言うかのように、男にぶち当たった。


「・・・・・」


 後ろで、魔女っ子が呆然としているような気配を感じる。

 ショックを受けているようなので気の利いたことでも言ってやりたかったが、ろくに女子と話した経験のないオレに土壇場でそんなことができるはずもなく、仕方なしに正面を見た。


『ユルサン・・・!!ナゼ、ワレガキズツカネバナランっ!!ユルサンっ!!ユルサンゾォォオオオオ!!』

『いや、攻撃してきたんだから当たり前だろ』

『シネェェェエエエエっ!!火大砲イグニス・カノン!!水大砲アクア・カノン!!』

『またそれか。なら、こっちもだ。死大砲デス・カノン


 どんどん怒りのボルテージが上がっていく男が撃ってきたのは、さっきと同じ攻撃。

 対抗するかのように、オレもさっきと同じ技を使う。

 しかし・・・


『ん?』

『グアアアッ!?ユルサヌゥゥゥウウウウっ!!』


 オレの技は男の攻撃を再び打ち破り、男に傷を負わせたが、少しだけ違いがあった。

 火と水の砲撃を消すまでに、さっきよりも時間がかかったのだ。


火大砲イグニス・カノン!!水大砲アクア・カノン!!』

『・・・死大砲デス・カノン


 気になったオレは、さらにもう一度、同じ攻撃に同じ技で対応した。

 結果は・・・


『ハハハハッ!!!イタクナイゾォオオオオ!!!』

『相殺か。段々、強くなってる・・・?』


 オレの技と男の攻撃は、お互いを喰い合って消滅する。

 何が理由かはわからないが、男が攻撃してくるたびに威力が上がっていくようだ。

 このままいくと、こちらの攻撃が逆に破られるかもしれない。

 だが、『あのくらいならどうとでもなる』という自信は依然としてある。

 その感覚に導かれるように、オレは次に使う技を決めた。


『なら、やることはコレしかない』

『ナニヲシヨウガァアアアア!!オマエハモウ、ワレニカテンっ!!火大砲イグニス・カノン!!水大砲アクア・カノン!!アッハハハハハハッ!!!』


 何度目かの、火と水の大砲。

 男は、自身の勝利を確信しているようだった。

 男の中で、オレに勝つ算段があるのだろう。

 だが、それはこちらも同じだ。


死閃デス・ブレイド

『ハハハハ・・・ハ?』


 男が呆けたような声を上げるのが、後ろから聞こえてくる。

 オレはゆっくりと振り返った。

 

『アレ・・・ナン、デ』


 すると、ちょうど、男の上半身と下半身が別れていくところだった。


『どんどん強くなるってんなら、その前に倒せばいい』

『ア・・・』


 オレがやったことは単純。

 『これなら倒せる』と思えるような技で、男の攻撃ごと本体を叩き斬っただけだ。

 オレの中の根拠のない自身が囁く通り、オレの技は男を真っ二つに切り裂いた。

 見る見る内に、男は細かな光の粒になって消えていく。

 後には、一枚のカードだけが残った。

 オレは、かがんでそれを拾い上げる。


『コレ、オレの持ってるのと似てるな。え~と・・・『THE HANGED MAN』?なんだこりゃ?』


 拾い上げてはみたモノのよくわからなかった。

 どうしたものか。

 いや、待て。


『知ってそうな奴がいるじゃん。このカードのことも。オレの事情のことも』

「・・・・・」


 オレの目線の先に、未だに心ここにあらずといった感じの魔女っ子がいた。

 オレは、ゆっくりと魔女っ子の元まで歩み寄ったが、反応がない。


『お~い?大丈夫か?』

「・・・・・」


 目の前で声をかけ、顔の前で手を振って見るも、やはり反応がない。

 さっきまでの光景がよほどショッキングだったのだろうか?


『考えてみれば、結構ヤバい感じだったよな・・・っていうか、オレ、もしかして殺人を犯してしまったのか・・・?』


 あの男はどう見ても人間じゃない化け物だったが、人型ではあった。

 それを目の前で殺したのだから、魔女っ子にとってはショックだったのはわかる。

 しかし、オレ自身は特に何も感じていないのだ。

 仮にも人型のモノを殺したというのに。


『まあ、アレ明らかにモンスターって感じだったからな・・・お?』

「う、う~ん・・・はっ!?ワタシは何をっ!?」

『あっ、起きたのか。大丈夫?』


 自身の心境についてなんとなく考えていると、魔女っ子の意識が戻ったようだ。

 オレは、意識が覚醒した魔女っ子の前で膝をつき、しっかりと目を合わせて体調について尋ねた。

 会話では人の目を見て話すというのは、子供でも知っていることだ。

 オレも、白上さんのおかげで最近できるようになったばかりである。

 そんなオレの気遣いを受けて、魔女っ子は・・・

 

『ひぃっ!?・・・アハハ、おばあちゃん、ワタシもそっちに行くからね』

『へ?』


 一瞬、オレを見て顔を青ざめさせたと思えば、引きつった笑みを浮かべる。

 そして、鼻をつくアンモニア臭を醸し出すとともに、再び意思疎通ができなくなってしまったのだった。

 

-----


TIPS THE HANGED MAN 吊された男


大アルカナの12番目。

赤いズボンを履き、青い服を着た男が逆さまにぶらさがった絵。


正位置では、拘束。忍耐、試練、自己犠牲、そしてそれらによって得る精神的な成長。

逆位置では、解放。自己本位、中途半端、報われない努力。被害者意識が強いとも。


作中では火と水の二種類の属性を使えるが、水は女教皇のモノより弱く、火も他の大アルカナの方が強い。

レベルは6。権能は『解放』による強化と、『試練と自己本位』。攻撃を食らい、自らが傷つくほど怒り狂い、魔法の威力が上がる。

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