第2話 始まりの夕暮れ

『好奇心は猫をも殺す』

『君子危うきに近寄らず』

『触らぬ神に祟りなし』


 これらは、いずれも不用意に物事に関わろうとすることを諫める諺である。

 例えば、柄の悪い先輩たちの会話が気になって聞き耳を立てていたら、バレてカツアゲされたりだとか。

 あるいは、『立ち入り禁止』と書かれた看板の先を探検してみたら、不良のたまり場に迷い込んでしまったりだとか。

 とにかく、こんな諺が作られるぐらいには『ちょっと気になる』と思って行動したせいで、不幸な目に遭うことがあるということだ。

 だが、だからといって限度というものがあるべきだとは思う。

 少なくとも、だ。

 

「かはっ・・・」


 好みの女子が路地裏に入っていくのを追いかけただけで、鎌で串刺にされるのは、いくらなんでも不幸なんてレベルには収まらないだろう。


「なん、で・・・」


 胸と背中に燃えるような熱を感じつつ、自分の胸に潜り込む巨大な刃を見て、オレは呼吸とも咳とも付かない音を吐き出した。

 頭に数々の諺がよぎったが、それらはすぐに消え去り、後に残ったのは痛みへの苦しみでも死への恐怖でもなく、疑問だった。


「なん、で・・・お前、さっき、やられたはずじゃ・・・」

『ギヒッ!!』


 オレのつぶやきが聞こえたのだろうか。

 『ソイツ』は、さび付いた金属がこすれるような音を立てて、肉も皮もないむき出しの歯を鳴らして嗤った。

 その骨しかない手に握られた大鎌の柄に、オレの胸から流れる血が伝って、白い手が真っ赤に染まっていく。

 その様子を見て、『ソイツ』はますます嬉しそうに嗤った。


「ちく、しょう・・・こんな、ことなら・・・」


 段々意識が薄れて、痛みすら感じなくなる。

 視界はぼやけて、何も映らない。

 しかし、脳裏にはこれまでの人生がすさまじい速度で思い起こされていく。

 今日、ここに至るまでのすべてを思い返しながら、オレが最期に思ったことは・・・


「しっかり・・・告っとくんだった」


 気になる女の子に告白できなかったことへの、後悔であった。



-----


「やっぱ、白上さんいいよな~」

「な~。クラスどころか、学校一だろ。あの可愛さは」


 某県の舞札市にある、県立舞札高等学校。

 その2-D組で、オレはクラスメイトの男子たちと雑談に花を咲かせていた。

 その話題は、ずばり『好みの女子』である。

 男子高校生が挙げる話題としては、ありふれているだろう。


「あっ!!おい、来たぞ!!」


 話をしていたクラスメイトの1人が、グラウンドを指さして言った。

 その指先にいるのは、1人の女子生徒。

 その少女こそ、先ほどまでの雑談に挙がっていた『白上羽衣』。

 夕方に近づきつつある午後の日差しを受けてきらめく、色素の薄い髪がオレたちの視線を引きつけてやまない。

 そう、今教室にいる男子たちは、陸上部に所属する白上さんの姿を見るために放課後も残っていたのである。

 もちろん、オレこと伊坂誠二もその1人だ。

 オレは、走る白上さんを見ながら、ぽつりと呟いた。


「あ~、白上さん、彼女になってくんね~かな・・・」

「おいおい、寝言は寝ていえよ。サッカー部のキャプテンも、生徒会長だってフラれたって話だぞ」

「伊坂じゃ無理だろ。ただでさえ目つきがクソ悪いのに」

「わかってるっつ~の!!言ってみただけだよ!!」


 白上さんは明るい性格で女子からの人気もあるが、それ以上に男子からの人気の方が圧倒的に高い。

 現在に至るまで、校内でもモテると評判の男子たちから幾度も告白を受けているという。

 しかし、彼氏ができたという噂もないため、すべて撃沈しているらしい。

 それが、オレたち平々凡々な男子たちに一抹の希望を残しているのが現状である。


「あ~、走り終わっちまった」

「もうそこそこ経つし、帰ろうぜ」

「そうだな」


 そうこうしている内に、陸上部の練習が一段落過ぎていた。

 さすがにこれ以上は時間が遅くなるので、オレたちは帰り支度を始める。


「じゃあ、また明日な」

「じゃあな~」

「あ、オレ、課題出してなかったわ」

「マジか。確か英語の片岡先生だろ?早く行った方がいいぜ」

「おう。そうするわ」


 しかし、オレだけは課題の提出のため、遅れて学校を出ることになるのだった。



-----


「ん~、やっと帰れる」


 まだまだ肌寒い春の夕暮れ。

 オレンジ色に染まる帰り道を、オレは1人で歩いていた。

 課題を出し終えたのはいいものの、ついでに雑用を押しつけられて帰るのが遅くなってしまった。

 それもあって、普段はあまり通らない裏道を使っている。

 今日は、見たいテレビがあるのだ。


「それにしても、白上さん、走ってるときもすごかったな~」


 帰り道といっても、特に何かあるわけでもなく暇だ。

 だから、大抵は白上さんのことを思い出しながら帰るのがほとんどである。

 我ながら重症だとは思うが、何故そこまで惚れ込んでしまったか?

 それは、オレにとって、白上さんは特別な人だからだ。


「白上さんがいたから、オレもクラスで浮かなくなったからな~」


 オレこと、伊坂誠二は目つきが悪い。

 どれくらい悪いかと言えば、小学生とすれ違うと、道路の反対側までダッシュで逃げられるくらいには悪い。

 『不審者が出た』なんて市内放送があれば通行人にチラ見されるくらいには犯罪者顔だ。

 小中、そして高校一年までは、女子から遠巻きにされるのは当たり前。

 男子ですら関わり合いになるのを避けるほどだった。

 柄の悪い連中にガンをくれてやれば、それだけで退散させられるのは便利だったが。

 まあ、オレの内面は他の男子と比べてもそう大差はないので、慣れてはいたもののそれなりにキツかったものだ。

 そんな頃だった。


『あ!伊坂君!!消しゴム落ちたよ』

『えっ!?』


 たまたま、オレの席の後ろにいた白上さんがオレが落とした消しゴムを拾ってくれたのである。

 そのとき、オレはものすごく驚いた。

 なにせ、学年どころか学校一の人気者と言ってもいい白上さんが、オレにわざわざ構ってくれたのである。

 それはもう驚いた。


『あ、ああ、あ、あり、ありがっ!!』

『あはは、そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。落ち着いて?ね?』

『え、あ、うん・・・ありがとう』

『うん!どういたしましてっ』


 視界に広がるのは、直視するのが困難なほどまぶしい笑み。

 驚きのあまりどもりまくったオレだったが、これが怪我の功名となった。


『なんか伊坂がすごいキョドってんぞ・・・』

『返事もなんかすごい素直な感じ・・・』

『っていうか、伊坂に話しかけにいける白上さんスゲぇな』


 こうしてオレの評価は『目つきはすごい悪いけど、反応は普通』という感じになり、また白上さんが間に入ってくれることも何度かあって、オレはクラスに溶け込めたのである。

 まあ、他のクラスの生徒からはまだまだ避けられているが。


「そりゃ、好きになるのもしょうがねぇだろ」


 よく漫画なんかでは思春期の男子は惚れっぽいだのなんだの言うが、これは誰でも気になってしまうだろう。

 本人にとってはなんてことのないことだったんだろうが、オレにとってはとても大きな出来事だったのだから。


「あ~、本当に告ってみよっかな~、オレも・・・・・ん?」


 今、オレが歩いているのは、人気の少ない路地裏だ。

 住宅街の中にある、家と家の間にある、細い裏道。

 その向こうに、見知った人影を見た気がした。


「今の、白上さん?」


 こんなところを、白上さんが歩いているはずがない。

 そもそも、ほとんど人通りがないところなのだ。

 誰かが歩いているのを見るのも珍しい。


「見間違い、か?」


 しかしというか、当然というか、やはり気になった。

 歩調を速め、人影が見えたところまで歩いて行く。


「誰もいないよな。やっぱり気のせいだったのか?」


 路地裏を出て、また別の細い道路に出たが、人影はない。


「ん~、マジで最近白上さんのこと考えすぎか?とうとう幻覚まで見ちまうとは」


 我ながら、本当に重症である。

 こんな人通りのないところで、白上さんの幻覚を見てしまうとは。

 苦笑して、オレは家に帰るべく歩き始めようとして・・・


「いや、なんかおかしくないか?」


 ふと、違和感に気がついた。

 

「静かすぎないか?」


 今歩いているのは確かに裏道だ。

 しかし、近くには交通量の多い道路もあり、特に帰宅ラッシュと重なる今ぐらいには、ひっきりなしにエンジン音が聞こえてくる。

 だが、その音は聞こえない。

 それどころか、住宅街だというのに、物音一つしない。

 何より・・・


「明かりが点いてない・・・」


 そこらにある街灯や、家々に、明かりが灯っていないのだ。

 もう夕方だというのに。


「なんだ、これ・・・」


 急に、周りの気温が下がったような気がした。

 周りの風景は慣れ親しんだものなのに、どこかが決定的に違う。

 それが、ひどく不気味だった。


「は、早く帰るか!!」


 努めて大きな声を出して、オレは走り始めた。

 大きな声を出せば、元通りに戻るんじゃないかと、馬鹿なことを考えながら。


「はっ、はっ、はっ・・・!!」


 走る。

 走る走る走る。

 走って走って走って走って・・・


「こ、ここ、さっきも通ったぞ?」


 気がつけば、人影が入っていった路地裏の入り口に立っていた。

 この裏道はあまり通らないとはいえ、これまでも通ったことのあるルートだ。

 いくらなんでも、迷うなんてあり得ない。

 

「一体、なんなんだよ、これ・・・・・っ!?」



--ドォンッ!!



 突然、大きな物音がした。

 いや、物音というか、爆音だろうか。

 まるで、建物が崩れ落ちていくかのような、ガラガラという音が聞こえてくる。

 そして・・・



--ドォンッ!!!!

 


「は?」


 目の前に、家の壁が突き刺さっていた。

 何を言っているのかと自分でも思うが、そう表現するほかない。

 オレのすぐ目の前、路地裏の入り口を塞ぐように、どこかの家から吹き飛ばされとしか思えない瓦礫が突き刺さっているのだ。


「な、な・・・」


 オレにできるのは、へたりこんで言葉を漏らすことだけだった。

 見えるのは、瓦礫の隙間の向こうにある、道の景色だけ。

 夢でも見てるんじゃないかと思いながら、つい、オレは隙間の向こうに目を向ける。

 そして、見えた。


『やぁああああああああっ!!!』

「・・・白上さんっ!?」

 

 白上さんが、そこにいた。

 だが、格好がおかしい。

 普段よく見る、うちの高校の制服でも、陸上部のユニフォームでもない。

 それはまるで・・・


「魔法少女?」

『はぁああああああああっ!!!』


 白上さんの姿は、まるで日曜日の朝にテレビでやっている女児向けアニメに出てくる魔法少女のようだった。

 オレも詳しくは知らないが、なんかフリルとかふわふわした感じの飾りの多い、白を基調にしたドレス。

 三日月のようなマークがところどころにあしらわれているのが印象的だ。

 さらに言うなら、普段はポニーテールにしている髪がストレートロングになっているのも新鮮だ。

 そこらの女子が着たとしたら、共感性羞恥で見ていられないのだろうが、美少女の白上さんならばピッタリと似合っていて、違和感がない。

 その手に握られている無骨な大振りのナイフすら、刃物なのに魔法少女の武器なのだと言われれば納得できるレベルだった。

 そう、ナイフ。

 ナイフとは、何かを斬ったり刺したりする時に使うものだ。

 白上さんは、さっきから何かを斬りつけている。

 あんな大振りのナイフで斬りつけられたら、痛いどころでは済まないだろう。

 しかし、そんな同情心はすぐに消し飛んだ。


「なんだ、ありゃ?」


 白上さんの前にいたのは、黒いボロボロのマントを身につけ、大鎌を持った骸骨だったのだ。

 白上さんが魔法少女ならば、ソイツはまさしく『死神』だった。


死弾デス・バレットっ!!』

『そんなのっ!!当たんない、よっ!!』

『グギィィイイイイっ!!』

「す、すげぇ・・・」


 死神は手にした大鎌を振り、黒い球のようなモノを飛ばしたり、あるいは直接大鎌で斬りつけようとするのだが、白上さんはそのすべてを躱していた。

 しかも、ギリギリで躱しているように見えるのに、すぐさま攻撃に転じている。

 今も、横から迫る大鎌をかがんでやり過ごし、縮めた足をバネのように弾ませて、ナイフを振り上げるスピードを加速させている。

 ナイフは、死神のマントごと骨を切り裂き、斬られた部位からは黒いモヤのようなモノが立ち上っていた。

 さっきから何度も白上さんの攻撃を食らっていたのだろう。

 死神はヨロヨロとした緩慢な動きで、かろうじて立っているという有様だった。

 白上さんは、そんな風前の灯火といった死神にとどめをさそうとするつもりなのか、ナイフを腰だめに構えて突進する。

 


『よぉしっ!!これで、終わり・・・』

『ナメルナァアアアアっ!!死砲デス・ブラスト!!』

「うおっ!?」


 しかし、白上さんがとどめを刺す前に、死神が大きく吠え、骨の手を前に突き出した。

 そこに黒い球体が現れたかと思えば、みるみる内に膨らんで、轟音とともに炸裂する。


「や、ヤバい!!白上さんっ!!」


 濛々と砂煙が上がる中、オレは思わず叫んだ。

 何が何だかわからないが、これだけの破壊力のある攻撃だ。

 もろに喰らえば痛いじゃ済まないだろう。

 しかし、その心配は杞憂だった。


月光閃ルナ・ブレイド!!』

『ナニィっ!?』


 砂煙すら切り裂いて、光り輝くナイフを構えた白上さんが躍り出てきたからだ。

 死神は、仕留めたと思った相手が生きていたことに驚いたのか、動きを止めてしまっている。

 すぐに慌てて動こうとするも、そのときにはすでに手遅れであった。

 

『せぇやぁあああああああっ!!』

『オノレェェェェっ!!』


 そして、白上さんのナイフが死神の顔面に突き刺さり、黒いモヤを噴き出しながら消えていった。


-----


 その後、オレはしばらく動けなかった。

 壁が飛んできた恐怖で足が萎えていたのもあるが、それ以上に、先ほど見た非日常への興奮がすさまじいモノだったからだ。

 それは、いつの間にか目の前の瓦礫が溶けるように消えていったことにも気がつかないほど。

 周りの家々に、明かりが灯っていたことにも気づけないほど。

 普段はあんなに見ている、白上さんのことさえ眼に入らなかったほどだ。

 『あれ~?カードがない?』とかなんとか不思議そうな顔をしていたが、それも耳に入らなかった。

 

「すげぇ・・・」


 白上さんが立ち去った後に、近くの道路を走る車の音が耳に届いた時、ようやく口に出せたのはその一言だけだった。


「何が何だかわかんなかったけど、とにかくすげぇっ!!」


 気になるあの子が、怪物と戦う変身ヒロイン。

 そして、それを偶然目にしてしまった自分。

 それは、本当に一つの物語のワンシーンのようで。

 まるで漫画の中に迷い込んだかのような高揚感が、オレを支配していた。

 だからだろう。

 オレは、足下から伸び上がってきたソレに気がつかなかった。


死閃デス・ブレイド


「かはっ・・・!?」


 漆黒の刃が、オレの胸に突き刺さった。


-----


 こうして、冒頭に戻る。

 

「ちく、しょう・・・こんなこと、なら・・・さっき・・・呼び止めておくん、だった」

『ギヒヒヒヒヒっ!!』


 誠二に刃を埋め込んでいる死神は、姿を変えていた。

 そこらの成人男性と同程度だった体躯は痩せ細り、白かった骨はひび割れ、黒に染まっている。

 しかし、その空っぽの眼窩に灯る、ギラギラと禍々しい深紅の光が弱々しい印象を完全にかき消していた。

 

(ヤバい・・・力、入んねえ)


 姿を冷静に見れていたのは、さきほど以上に現実感がないからか。

 あるいは、そのほかに割ける余力がないからか。


『ギヒッ!!ギィアハハハハハハハハハハッ!!!』

(この野郎。さっきはあんなあっさりやられてた癖に・・・くそ、目が見えねぇ)


胸を刃で縫い付けられているせいで、逃げることはできず、傷口から流れる大量の出血で意識はあっという間に霞んでいく。


(くそ・・・悔しい、なぁ。父さん、母さん、ごめん。白上さん、もう一回、会い、たかった)


 迫り来る死に対して何もできない自分の無力さを呪った。

 今まで育ててくれた父と母に詫びた。

 そして、想い人のことを想って。

 そうして、伊坂誠二は死んだ。


『ギィハハハハハハハハっ!!!』


 死神は嗤った。

 同時に思った。



--アア、ワレハ ウンガ イイ



 生まれたてで『プレイヤー』に遭遇した時はどうなるかと思ったが、まさか死の間際でレベルアップできるとは。

 自らの存在感を『殺す』ことで逃げおおせることができるとは。

 そして、逃げ延びた先で、『結界』に迷い込めるだけの魔力を持った餌にありつけるとは。

 死神の目線の先では、1人の人間が首を垂らして絶命していた。

 


--サア、イタダクトスルカ



 死神はその口を開き、血の滴る肉を喰らうべく、誠二にかぶり付こうとする。

 しかし、不意に動きを止めた。



--?



 死神は首をかしげた。



--ワレノチカラガ、ヘッテイル?



 今し方、死神は消滅の危機から逃れるべく、『レベル』が上がった。

 それにより、自身に眠る本来の力を振るえるようになったのだが、その力が少しずつ弱まっていくのを感じたのだ。

 周囲を見回して警戒するも、ここは成長した死神が新たに展開したばかりの『結界』の中。

 目の前の餌を捕食するためだけに広げた小規模なものである以上、外敵を引き込むこともない。

 ならば・・・

 


--コノ、ガキガ?



 モズのはやにえのようになっている人間しか、その原因はあり得ない。

 しかし、それはにわかに信じがたいことだった。

 結界に入れるのはともかく、覚醒した大アルカナを取り込めるような人間がいるなどあり得ない。

 だが、確かに死神の鎌が突き刺さっている箇所から、わずかに力が抜けていく感触がする。

 間違いなく、目の前の人間は死んでいるというのにだ。



--ダガ、コレモ、ウンガイイノカモシレヌ



 死神は、再び嗤う。

 今起きているのは、あり得ない事態であり、それを引き起こしているのは己の鎌に刺さった人間だ。

 ならば、そこまでのことができる人間を取り込めたら、どれほどの力が得られるだろうか?



--ケッキョクハ、ワレノエサトナルコトニ、カワリハナイ



 力が吸われるといっても、ごくわずかなもの。

 完全に奪われる前に、己がこの人間を吸収すればそれで終わり。

 ならば、やることは変わらない。

 死神は、改めて誠二に顔を近づけ、その首筋に噛みつき・・・



--グアァァアアアアッ!?



 その刹那、それまでとは比べものにならない量の魔力が奪われた。

 まるで、誠二の中にすべてを呑み込む大穴があるかのようだった。

 


--バ、バカナっ!!コレデハ、コレデハ、ワレガっ!!



 今ここに、捕食者と餌の関係は逆転した。

 死神は、すさまじい勢いで魔力を吸われたことで、誠二から離れる力すら残っていなかったのだ。

 誠二に歯を突き立てたまま、死神の身体が透けていった。

 


--コノ、ガキハ、イッタイ・・・オノ、レ



 そうして、魔法少女から逃れた死神は、誰にも知られることなく消えたのだった。

 後に残ったモノは・・・



『ん、オレは・・・』



 血のように紅い夕日が差し込む中、ソレは目を覚ました。

 ソレが動くと、ガシャリと金属のこすれる音がする。

 その音を不審に思いつつ、ソレは身体を起こした。

 そして、ソレの視界に、道に立っているミラーが入ってくる。


『・・・は?』


 そこに写っていたモノを見て、ソレは、否、伊坂誠二はぽかんと口を開けた。

 しかし、その開いた口を見ることはできなかった。

 その顔は、漆黒の髑髏に覆われていたから。

 ガシャンと音を立て立ち上がった時には、身体がボロボロのマントと、漆黒の甲冑に包まれているのがわかった。

 カランと、いつの間にか手に握っていたモノが落ちた時、自分は鎌を手にしていたことに気づいた。


『な、なんじゃこりゃぁあああああああああああっ!?』


 

 こうして伊坂誠二は、一度死んで、『死神』となった。

 


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TIPS レベル


儀式の参加者ならびに出現するエネミーは保有する魔力に応じて形態、能力が成長する。

その成長段階をレベルといい、タロットの小アルカナの数字に対応した1~10までの10段階。

レベル5になると権能が解放されるため、攻略難易度が跳ね上がる。

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