第14話:あいの告白


一位:北B班、代表者ヴォルフ。

    総得点一億万。


二位:中央A班、代表者生レオン

    総得点三一三万


三位:東A班、代表者ミサキ。

    総得点二〇二万。




 結果が発表され、皆混乱している。

 イケメン君たちは、


「どういうこと?」


 とミサキちゃんを見ているが、当の本人も混乱していた。

 ざわざわとした空気が治らない。


 そんな中、

 青ざめたキレイ君が膝をついた。


「みんな、ごめんっ!」


 彼は頭を地面に擦り付けながら、事情を説明した。

 それは、あの女王蜂をキレイ君の闘獣技我で倒した、後のことである。


「あの後、納品しようとしたらいきなり背後から襲われて……気付いたときには、討伐証がなくなっていたんだ。本当に、みんなごめんっ!」


 彼は、何度も頭を打ち付けて、土下座した。


 そんな彼に近寄ったのが、双子姉妹の姉である。

 ボンキュッボンのハリウッド顔な彼女は、にこやかな顔で近寄ったかと思うと、おもむろに足を振り下ろした。


「マジざけんなしっ! あーしらの努力はなんだったわけっ!」

「ね、姉さんっ。結局討伐したワーカーでノルマは達成できましたし、ね」

「殺すっ、百万回殺すっ!」


 丸まる彼に、双子姉がげしげしと足を叩きつける。

 そんな彼女を妹ちゃんが宥めている。

 うーん、健気だ。


「まあ皆無事でよかったということで」

「き、君はわかってくれるかい?」

「ハァ? 殺しますよ?」


 リラちゃんも殺意マックスである。

 どんまい。


「でも、一体どういうことなの? 犯人は自ずとわかるけれど、だからって」

「もっと喜んだら? 勝ったんだよ。君がリーダーだ」

「バカ言わないで。こんなの、おかしいわ。私の計算じゃ八〇万も……」


 まじめだなぁ。

 とはいえ結果は結果である。

 彼女は東組の中でトップの成績を叩き出し、名実共にリーダーとなった。

 ミサキ帝国、爆誕である。


 一方、メガネ君は血の気が引き抜かれたみたいだった。

 ぷーくすくす、いい気味だね。時勢を読む能力が欠落していたようだね、とか言ってやろうかな。


「うん、小物っぷりが清々しいね」


 ぶつぶつと呟く彼女と別れると、茂みの奥で僕を睨む男を見つける。

 主人公くんだ。

 彼はくいと顎で指し示した。話があるってことだろう。


 僕はいまだ興奮冷めやらぬ広場を抜け出すと、彼を追って森の中に。

 ポケットに手を突っ込んだ彼は、声も発しない。

 人の気配がなくなるぐらい遠くに来ると、振り返る。

 その目は、僕を貫きそうなほど激情に染まっていた。


「何か用?」

「寝ぼけてんじゃねえ。痛ぇ腹があるから、黙ってきたんだろ」

「用を足すだけだよ?」

「とぼけんなっ!」


 主人公くんは激しく髪を逆立てた。


「全部テメェが仕組んだことだろがっ! チームに入るはずだった金を、テメェは売りやがった」

「……」

「巣をつつく役目を他所に任せたときから、妙だとは思ってた。

 言えっ。仲間を裏切ってまで何を得やがった!」


 彼は獣化した。

 牙をむき出しにして、殺意を隠さない。

 今にも飛びかかってきそうである。口八丁では中々騙せなさそうだ。


「いやいや、さすがの洞察力」


 拍手すると、彼はさらに髪を激しく逆立てる。

 対ミカ君。いや、それ以上の憎悪が僕を貫いていた。


「でも、感謝して欲しいぐらいだよ。君のためでもあるんだから、さ」

「ンだとっ!」

「気づかなかった? 僕たちはチェックメイトをかけられていたんだ」


 思い出してほしい。

 忘れていたかもしれないけど、これは試験なんだ。

 各クラスの優劣を争うものなんだ。


 なのに、だよ。

 故郷の恋人?

 裏切者への復讐?

 バカげてる。


 そもそもおかしいんだ。リーダーを決めるとか、そんな場合じゃない。

 僕たちは一丸となり、他のクラスの戦略に立ち向かう必要があったんだ。


「これはチーム対抗戦じゃない。

 クラス対抗戦なんだ」


 整理してみればわかる。

 性能差でぶっちぎろうとした中央。

 低リスク戦術で負傷者を避けた北。

 ビジネス・売春で異端に走った南。


 特殊すぎて騙されたかもしれないけど、彼らには戦略があった。

 一つのチームを押し上げるという、共通した戦略が。

 だから、真っ当に戦った二位でさえ三百万なんて、ふざけた数字だったのである。


 考えてみれば当然だ。

 上位三チームしか入賞しないのだ。

 得た賞金を一チームに集める。当たり前すぎる作戦である。


「そして、南組ナイルリアちゃんはさらに上をいった。始まった瞬間から、僕らの上を行ったんだ」


 悪魔の発想だ。

 試験の概要を聞いた瞬間、「チーム☆アゲてけ」と手を結んだ。

 その上で、リーダーの座をかけた対決をさせるよう指示した。

 敗者は指示に従う、という文言を付けて。


「勝てるわけがないんだよ。一チームVS一クラスなんだ。始まった瞬間から、ミサキちゃんは死んでいたんだ」


 彼らの予定ではチーム☆アゲてけが入賞していたはずだ。

 そして得たスターを譲り渡す手はずなんだ。


 いや、真の目的はミサキちゃんか。新体制では彼女は反乱分子だ。

 一方、「南組」からはチャンスである。譲り受けたスターを使い、ミサキちゃんを引き抜く。

 指示に従う、という文言があるから拒否できない。

 そうして僕らは、頭を失くしてお先真っ暗である。


「あげてけ」は東組を統一する。

「南組」はこっちの頭を潰す。

 目出度くミサキちゃんは娼婦落ちだ。


 最初から作戦なのである。

 カチコミをかけ、対チーム戦であることを意識させる。「チーム☆アゲてけ」をサボらせて、気を緩ませる。サボっていることがバレないよう、ある程度の額は稼ぐ。

 売春なんて戦略を取ったのも、金や人の流れを極力不透明にするためだろう。


 ま、そこは趣味かもだけど。

 とにかく、負けていたのだ。

 完膚なきまでに。


「だから僕はウル郎くんに近づいた。大量の未納品を抱えているだろうから」


 ヘカテーたんの性格を考えたとき、勝たせるチームはウル郎くんになるはずだ。

 ほぼ僕のせいだが、前回の試験でウル郎くんの株は大分下がっている。

 彼女なら、信頼していると示すため、大役を任せるのは想像がつく。

 事実、中間発表のとき五位に入っていた。


 そして、だ。

 中間のとき、彼の得点は二十万。トップがそんな低得点なわけがない。

 最終日に納品するつもりで、討伐証を隠し持っているのは明らかだ。

 そこで、僕は提案した。


 ――一億万の討伐証と君らの成果を交換して、と。


 生ブリーフも言ってたでしょ。

 後で振り込んでおくからってさ。

 他チームに納品もできるんだよ。


「挑発役はおまけだね。本当、持つべきは奴隷だなぁ」

「ンなことしなくたって、そう説明すりゃっ、キラナアイツだって!」

「一億万直接ぶち込んだらバレちゃうじゃん」

「ンなことたぁ、ンなこたぁ関係ねえ。なンで、そこまで読み切れて……」


 主人公くんは唇を噛み締めるけれど、ちょっと買い被りすぎだね。


 僕は頭がいいわけじゃない。

 知ってただけだ。

 原作で登場人物とルールは把握している。どんな状況なら、誰がどんな行動を取るか、想像できるだけ。

 三流ライター作じゃなかったら、どうしようもなかったけど。


「……ちょっと待て。ってことはテメェ、|親玉≪クイーン≫も知ってやがったのか?」

「ん? 当たり前じゃん」

「ざけンじゃねえっ! アイツの隠し球がなけりゃオレたち……いや、待てよ」


 彼は戦慄したように面をあげた。


「テメェ、それとなくキラナアイツに耳を切らせるよう誘導を……」


 ああ、まいった。

 そこに気づいちゃうかぁ。


 そうだよねえ。

 僕のやってることって、明らかに誰かを助けるためじゃないし。

 元々他人の足を引っ張ることしかできないんだけどね。


「嫌いなんだよね。努力とかって、キレイ事ほざく奴さ」


 僕はヘラヘラと笑った。


 そうだよ。

 今回の試験、ミサキちゃんとかそんなの、どうだって良いんだ。

 僕は最初から、アイツをぶっ殺すことを目的にしてたんだ。


 ゲームでも森の王エルフキングを殺したあと、最後に攻撃した奴が罠にかかっていた。

 ローリスク、ハイリターン。一人生贄に捧げ、お前のことは忘れない展開である。

 だから三流ライターなのだ。どう感動しろと?

 攻略サイトでは処刑と書かれていたし。


 女王を殺せたのはたまたまだよ。

 あれは負けイベントだ。

 彼の能力なんか知らない。興味すらない。

 当初の予定では、彼を殿にして逃げ、ミサキちゃんを風俗嬢にして、後から更地と化した巣を漁る予定だったのだ。

 それが偶然、奇跡が起きただけなのである。


「運がいいんだねぇ、彼って」


 ま、証明できて良かったじゃん。

 リラちゃんじゃ一生懸けても届かない領域のどこが努力なのか、僕には一切、心の底から微塵も理解できないけど。


「運が良かった、だと……?」


 主人公くんはブルブルと拳を震わせた。


「良心ってモンがねえのか、テメェはっ!」

「仲良かったんだ、意外~」

「ちげぇよっ! オレが、オレが言いてぇのは……!」

「何が不満なの? ミカ君に一発食らわせ、誰も死んでないじゃん」


 会心の出来だ。

 ダイスを何個も振って、全部一が出たような、そんな気分だった。

 もう一回やったって、同じ結果になるとは思えない。


 もっと感謝したら?

 彼女さんを取り戻したいんでしょ。今回失敗していたら終わってたよ。


「……悪りぃとか、一言詫びろ。そしたら、一発で勘弁してやる」


 主人公くんは吐き捨てた。

 うーむ、ミカ君より嫌われてそう。


 悲しいね。

 主要キャラに嫌われるとか。

 さっさと謝っておこう。


「そうだね。には悪いことをしたよ」

「テメェ!」


 えっと、キライ君だっけ。

 まあいいか、どっちでも。


 あれ?

 すごいプルプルしてる。

 怒られるようなこと言ったかな?

 まあいいか。


「闘獣技我」


 彼の後ろに回って肩を組む。そしてニョキニョキした爪で頬を撫でた。

 お、驚いてる。

 そうそう。僕はデカいけど、意外と――速いんだ。


「獣化を解きなよ。今日は、とっても気分がいいんだ」


 殺そうとしたのは本当だけど、感謝してるのも本当なんだ。

 だって彼には、大切なことを教えてもらったから。


 ――想いを伝える、その大切さを。


「テメェ、今まで……」


 彼の瞳の中に、僕の猫目が映る。

 嫌いな色だ。

 浮かび上がる真紅の輝き。獰猛で飢えていて、まったくらしくない。

 自分ではない自分が、僕は本当に、心の底から嫌いだった。


 彼の額から汗が噴き出す。喉仏が動き、沈黙を嚥下した。

 波打つその瞳は、今までにみたことのない、彼らしくない色をしていた。


「仲良くやろうよ、底辺同士さ」


 僕は彼の肩を叩くと、ひっそりと森の中に消えた。

 まだ、やることが残ってるからね。




 § § §




 僕は東組の拠点に戻ってきていた。


 いまだ混乱は治らないのか、学園生たちの旗色はぼんやりしている。

 ミサキちゃんに付くべきか、迷っているんだろう。


 ただ、それもすぐ終わるはずだ。

 勝負は勝負だ。

 弱肉強食、

 勝者はすべてを勝ち取り、

 敗者はすべてを奪われる。


 これこそ、この学園の理だ。

 みっともなく足掻いたって、事実は揺るがない。

 口汚く互いを罵り合うミカ君と、その彼女さんの間を通り抜けた。


 彼我の距離は十メートルもない。曇天の隙間から、陽光がまるでスポットライトのように、僕ら二人だけを照らし出す。

 激しく言い合う声も、雑踏の音も、まるで別の次元に切り取られたようで。

 僕たちの世界には響かない。

 僕たちの世界には届かない。

 僕たち二人しかいないんだ。

 空を覆う雲は、まるで核の光に呑まれたようにぱっと開けた。


「うん、告白するよ」


 初めて会ったときから、他人だとは思えなかった。

 僕たちはよく似ていた。と言ったら、君は怒るだろうか。

 でも、運命だったんだ。僕たちは同じものを好きになり、同じことを好きになった。

 だから互いを認められず、決定的に道を違えることになったんだ。


 でも、僕は恨まない。

 憎しみとか、

 怒りだとか、

 そんな感情は無粋だ。

 僕たちを結ぶのは、もっと尊くて、もっと崇高な、何かなんだ。

 胸の中で渦巻くこの感情を、裸のまま、ありったけにぶちまけよう。


 そうだ。

 僕は、君が好きなんだ。


 君の声が好きだ。

 君の顔が好きだ。

 君の体が好きだ。


 匂いさえ嗅ぎたくなくても、近くに行くよ。

 音さえ聞きたくなくても、耳栓なんてさせやしない。

 顔さえ見たくなくても、必ず君の元に帰ってこよう。


 この想いは、もうどうしようもないんだ。


 君を粉微塵にして、辺り一面に撒き、鳥葬にして、その肉片を食らった奴らを根絶やしにして、もう二度と立ち入れないよう不毛の大地にしてから、心の底から叫ぶんだ。


 愛してる、

 君のことを愛してる、って。


 寝ても覚めても、君を想う。

 永遠の愛をここに誓おう。

 脇目なんか絶対に振らない。

 君以外、もう目に入らない。

 君の顔の下に、その胸の下に、血という血が通い続けるかぎり、君に寄り添い、翳ることのない愛を囁くんだ。

 息絶え、死肉が腐り落ちるそのときまで。


「キレイ君は本当に、何も判ってないなぁ」


 いつも言ってるじゃないか。

 努力なんてしない、

 頑張ったりなんて絶対しないって。フラれたって、自分を磨いたりしないんだ。

 どんなに気になったって、仕方ないって俯くだけなんだ。

 他人の足を引っ張ることだけ考え、他人の甘い汁を吸うことだけを願っている。

 それが悪役貴族Tレックスなんだ。


 そんな僕の、僕だけの、僕だけにしかできない、最高にイカした愛を歌おう。

 騒音と罵声に満ちた僕のポエムを、奈落の底から唱えよう。

 感動に涙してくれるといいなぁ。

 ほら、光栄だろ?



 ――ね、ヒュウガくん。



 僕は、彼を見据えながら首を切るジェスチャーを行った。

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悪役貴族Tレックス 〜エロゲの悪役になったけど、開き直って『獣』のまま女の子狙います〜 原田孝之 @Takayuki-Harada

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