第12話:カッコウの托卵 上


「お兄さん。スカイタイプの長耳種エルフは、フェロモンで攻撃しろと周囲に指令を出します。発見されたら絶対に逃さないでください」


 夜明け。

 拠点に駆け込んできたイケメンによって、僕たちの森の王エルフキング討伐作戦は予期せぬ形で始まった。


 事情聴取そこそこに、各々役割を分ける。

 働き蟲エルフ・ワーカーを引きつける囮役と、王様を殺る主攻の二つだ。

 事態は一刻を争う。ミサキちゃんが出発したのは、敵の寝静まる深夜だそうだ。

 僕は別行動で用事を済ませ、偵察隊の主人公くんたちを追っていた。


「あっ、メルボルン君こっちだ――」

「大声出すんじゃねえ!」


 頭を低くして、身を隠していた彼らの元に。

 彼自慢のメリケンサックは緑に変色していた。道中、相当激戦だったようだ。

 哨戒するエルフがひっきりなしに頭上を通る。彼らの偵察によれば、巣は目と鼻の先にあるらしい。


「よく声出せるねえ」


 尊敬はしないけど。


「準備はどうだ?」

「一刻後。狼煙をあげるから合図にしろだってさ」


 妹ちゃんが立てた作戦は実にシンプルだった。

 元々思いつきに近い案だ。彼女は僕たち突入隊ではなく、囮部隊の戦力を厚くすることに決めた。


 手始めに、三馬鹿たち落第ほぼ確な学園生に声をかけたのである。

 彼らは新ルールで仲間を引き抜かれてしまい、絶望的な状況だ。

 早い話、腐っている。そんな彼らに、参加しろ、はEQが足りてない。

 そこでカラダだけ大卒なほい卒ボイン姉は、色仕掛けを行った。


「ちょっと手伝ってくんない?

 あーしら、激ヤバなんだよね~」


 色気ゼロ、

 やる気ゼロ、

 胸元すらノーの低クオリティだ。


 いや、ムリだろ。そんなので誰が立ち上がるんだ。

 そう思った時期が僕にもありました。



 ――托卵。



 その言葉を知っているだろうか。他の巣に卵を産み付け、育成するコストを下げる生存戦略のことである。

 その代表的な生物はカッコウである。体長四〇センチほどで、体色は灰色や白などが見られ、くちばしが細長い中型の鳥だ。


 そして実は、

 これは人でも頻繁に行われている。


 イギリスの研究では、自分では子供を育てている男性は一〇パーセントに上るそうだ。また、低所得者層に限れば、その割合は三〇パーセントにまで跳ね上がるという。

 これは当然で、女性側からしてみれば、優秀な遺伝子を受け取りたいはずだ。しかし、そのような男性は競争が激しい。よって女性側は、優秀な男性と子作りをし、能力の低い男性に育てさせるという戦略を取るのである。


 つまり、そんな利己的な遺伝子で存分に飾り付けられた彼女だと……


「は、はいぃぃ。仰せのままに!」


 本当に嫌われるべくして嫌われてたのね。

 ゾンビみたいに行軍する男子諸君を見て、僕は心底恐怖した。


 何が怖い?

 全員目がハートだからだ。

 口はだらしなく開き、よだれを垂らしている。カッコウにそんな能力ないけど、フェロモン出てるだろ、これ。悪魔の力である。


「あー、うー」

「金、金、金、金ぅぅぅ!」


 三馬鹿もよかったね。

 なんか違う気もするけど。


「僕たちも参加するよ。彼女のことも心配だしね」


 ありがたいことに、イケメンくんたちも加わってくれた。

 冒険者たちまで含めると大所帯だった。


「相手は夜目が効かないとはいえ、限界があります。躊躇せず退いてください」


 妹ちゃんはそう言ったが、それが難しいことはわかっていた。

 だって、主人公くんとキレイくんだよ。誰が統率できるんだろう。

 関羽を呼んでくれ。諸葛亮でも可。


 リラちゃんはどうした?

 役に立たないから置いてきたよ。


「だ、だめですぅ!

 私がいないとLのご加護がっ!」


 とか言っていたが無視した。比喩なく死ぬし。

 僕は女の子なら優しいのだ。


「来たよ、合図だっ!」


 刻を待っていた僕たちは、勢いよく駆けだした。


 同時に、ブゥゥンという耳障りな音が一斉に遠ざかっていった。

 強化された虹彩が樹々の隙間から黒い霧をとらえる。

 規模は千を超えるだろうか。挑発役であるオオカミの遠吠えは哀愁を含んでいた。

 頼んだ通り、ウル郎くんが巣を突っつく役を果たしてくれたらしい。

 僕は歯軋りしつつも、断れないウル郎くんの顔を思い出して笑った。


 一直線に走る。

 ナワバリで幅を利かせていた彼らがいなくなると、樹林は沢の流れる音があふれた。

 忘れたころに現れる散発的なエルフを主人公くんが片付け、僕たちはやっと巣に辿りついた。


「こいつはっ……!」


 主人公くんが見上げながら、呆然とつぶやいた。

 森の王エルフキングの巣は、それほど巨大だった。

 十階建の高層ビルから、茶色の塊がぶら下がっているイメージだ。

 表面の貝殻模様は、どこか人間の深層心理に触れる、不快な紋様だった。


「……マジでこれに入んのか?」


 下部の巣穴からは、見張りエルフが覗いている。

 巣の見張りまでは釣れなかったらしい。


「し、心配はいらないさっ! 勇気さえあればどんな困難も乗り越えられるよ!」

「上からいくよ。パルプは衝撃に弱いから」


 スカイタイプの巣は、六角形の育房が整然と、直線的に作られる。

 巣の規模が後期段階に入ると、働き蟲エルフ・ワーカーの子育てに使われた上層部は放棄される。真正面から突撃するよりよっぽど手薄なのだ。

 僕はキレイ君をおぶって近くの木に登ると、にんまり笑った。


「て、テメェまさかっ」

「室伏は人投げもできるのであります」


 ラーテルが空を飛んだ。五十キロ超、人間砲丸である。

 キレイ君もぶん投げると、僕は八艘飛びの要領で巣に降り立った。


「いい感じのクッションだね。……っと、この穴は」


 他人さまの屋根に足跡を残していると、二人分の穴とは別の、小さな穴を発見した。

 時間は経ってなさそうだ。この陽動に紛れ、侵入したんだろう。

 急いだほうがいい。僕も巣穴に飛びいった。


「テメェ、やるんならそうと先に言いやがれ!」

「……ひどいよぅ、メルボルン君」


 巣盤の育房は、六角形の個室が縦にできている。

 幅五十センチの平均台を歩くようにして、落ちないようにしなければならない。


 僕たちは慎重に、主人公くんを矢面に立たせながら進んだ。

 放棄されたとはいえ、もぬけの殻ではない。スカイタイプは股間の針に毒を持ち、蜜蜂なんかと違って何度も使えるスーパーモンスターだ。

 攻撃方法が卑猥ということを除けば、油断イコール死である。

 死である、はずなんだけどなぁ。


「メルボルン君、これボクたち必要かな?」


 そういえば、ラーテルって毛皮が厚かったね。

 クマクマもそうだけど、あいつら毛皮が分厚くて毒針とか全然効かないのだ。完全に外宇宙からの侵略者状態である。

 主人公くんは、水を得た魚のように暴れ回っていた。


「オラァァ!」


 うん、DQNだ。

 僕はキレイ君の襟を引き、噛みついてきたエルフを叩き落とした。

 キミは油断しないの。最近の研究だと甲蟲カブトタイプが夜に活動するのは、夜行性じゃなくて、こいつらの所為だってのが定説なんだから。


 急ごう。

 さっきから残骸が増えている。


「うっし、降りるぜ」


 主人公くんは、にかっと頬に皺を刻んで、意気揚々と螺旋状の斜面をくだった。

 巣の内部は思ったよりも文明的だった。

 アリも用途に分けて部屋を作るという。人間大の蟲なら、より高度な社会を築けて当然だろう。

 二層目に降り、僕の猫眼が微かな光を捉える。


 連絡路だろうか。傾斜がかった道の先に、その子はいた。


「ミサキちゃんっ!」

「あ、あなたたち……」


 ミサキちゃんは青ざめた顔で倒れていた。


「す、すぐ助けに――」

「待ちやがれっ!」


 駆け出そうとしたキレイ君を、主人公くんが静止する。

 目が鋭い。彼の視線は、闇の中に向かっていた。


 同時に、ガチ、ガチとひどく不快な音が耳朶を打った。

 その影は、ゆっくりと形をつくった。


「お出ましだぜ、テメェら!」


 全長三メートル。

 丈夫な頭楯と呼ばれる仮面、

 胴体の黄色と黒の模様に、

 額の複眼がぎらついている。

 森の王エルフキング

 特A級の怪物が立ち塞がったのである。


『キシャァァァァァっ!』


 うーん。

 やっぱエルフじゃなくて「蜂」だわ。



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