第11話:毒婦とヤマアラシ 下


「あ、お兄さんお帰りなさい。どうでしたか?」


 八日目の夜。

 ハチ狩りという名の散歩から帰った僕は、七面鳥人間の尾羽で矢を作るノエミちゃんに声をかけられた。

 ザックをドスンと落とし、篝火に近寄って手をかざす。


「全然だね。浅層は狩り尽くされたみたい。そっちは?」

「えっと、バナードさんは起きているみたいですが。まあ、あんなことがあったばかりですし」

「復活せず、と。お姉さんは?」


 妹ちゃんは、申し訳なさげに顔をそむけた。


「……お察しのとおりです」


 惰眠をむさぼっているらしい。

 本当に身体以外ゴミである。


 それに比べてこの子は。

 スープの味付けは僕好みだし、簡易通り越してやっつけ仕事だった寝床に、蔓と木の屋根まで完成している。

 情けで妹とは言わない。便所カレーの爪でも煎じて飲ませてやる。


 ……やっぱやめ。

 南組の人間競馬場で、


「来ます、次は絶対赤が来ますよぉ!」


 とか狂乱するあのイカれラッキーは、嘘でもたたえられない。


 僕は火の前で横になると、木の棒でかき混ぜる。

 ご飯はまだかなぁ。裸エプロンふりふりするノエみん(幻視)を見ていると、副交感神経が高まりそうだった。


「そういえば、一緒に行ったキラナさんはどうしたんですか?」


 白湯の入ったマグを差し出しながら、彼女は思い出したように言った。


「置いてきたよ、邪魔だし。おねだりしてこいって指示しといた」

「は、はぁ」

「他の班に協力を求めるのは無理っぽいね。門前払いくらったよ」


 メガネにも声をかけたけど、けんもほろろに断られた。

 なんならチンカスIR資料見せられて土下座を迫る株主様くらい圧があった。

 責任とれって意味である、人生の。


「やっぱり零点は印象悪かったですかね?」

「それもあるけど、一番はアチョのせいだよ」


 僕らが許されていたのは、ミサキちゃんが寛容だったからだ。

 一見厳しくも、優しく甘い子だったから文句で済んでいたのである。

 だけど、アチョが、


「うましの煌めき、

 チェイス・ザ・レインボウ!」


 と、ミカ君たちにチヤホヤされるようになり、すべては一変した。

 僕らも大爆死である。南極大陸で見捨てられたぐらいの絶望だ。

 あなたのボキャは何処から? とは思わなくもないけど。


「それに、アレは本当によくなかった」


 決闘騒ぎのあとのことを思い出す。


 ――そんなの知らないわよっ!


 ミサキちゃんは、みっともなく縋りついてきた三馬鹿を一蹴した。

 そのとき僕は、まわりの空気が変わるの感じていた。

 風俗通いからの一発逆転に全財産を突っ込み、破産した三馬鹿はアホだ。

 疑う余地なくアホである。

 でも、だからこそ要らない。

 そしてミサキちゃんにとっては、数少ない手札なのである。


 彼女は、捨てたんだ。

 みずから王座を降りたんだ。

 競争に目がくらみ、まわりのSOSを無視した。

 今こそ、トップの資質が問われていたのに。


 ――あぁ、終わったな。


 現実も見ず、ヒステリックにキレる女。皆同じことを思っただろう。

 中間発表後は毎日更新だが、ミサキちゃんの得点はほとんど変化がなかった。


「あっ、メルさん! 帰ってたんですね」


 パチパチ弾ける薪木をながめていると、リラちゃんを皮切りに「チーム☆ポンコツ」が帰ってきた。

 素寒貧のリラちゃんは配膳、キレイ君が図々しく鍋をのぞき、姉はカレぴシャツであらわれた。


 ホント、自由だなぁ。

 しかもボインは、


「さっさと来いし」


 とか、昨日よろしく主人公くんを引っ張ってきた。

 度胸すごすぎ。


「しかし、料理が本当に上手だねぇ」

「あんたにはやんないから。あーしの妹なの」

「ならボクは弟になろう」

「……あのキラナさん、お代わりはできないんですが」

「私だって私だって別に料理下手じゃないですけどでもだってメルさんたべてくれなかったしそれってわたしがわるいんじゃ」


 僕たちは、ウサギ肉のスープを平らげた。

 リラちゃんとキレイ君は通じてるんだか謎な会話に、さらにネジの飛んだ姉がツッコミを入れ、妹がくすくすと笑う。

 僕は半分ぼーとして相槌を打つだけだし、主人公くんなんか背中を向けていた。

 でも、食べ終わっても、誰も立ちあがろうとはしなかった。


「私たち、どうなるんでしょうか?」


 一刻ほど経ち、火のなかに灰が目立ち始めたころ、ノエミちゃんがつぶやいた。

 晩餐の和やかな空気を壊すくらい、くっきり響く。

 森のざわめきや虫の鳴き声さえぴたりと止み、深い影がさした。


「このままもし、ノルマを達成できなかったら……」

「辞めりゃいいじゃん。別に未練とかないっしょ」


 やけに明るく、ぶっきらぼうにカルミちゃんが言った。


「姉さん、それは」

「それは逃げだよ! どんなときも立ち向かうのが男さっ!」

「だから逃げるんだっつの。そもそもあーし女だから」

「ですが、それだと家にはもう」

「ハァ? ノエミはあんなとこに帰りたいっての?」


 なんてアホな議論だ。

 と思ったら、リラちゃんが袖を引いていた。


「メルさん……」

「まあ、そうだね」


 判っている。

 みんな、不安なんだ。


 死にはしないだろう。

 罰はあるが、実際は情状酌量とか言って、社会服務作業に従事すればオッケーである。たぶん、だけど。

 でも、そうじゃない。

 ふざけたふぁんたーじー学園だけど、僕たちは生きている。

 世の中ってのはどこまでも競争社会で、敗者には冷たい風が吹きつける。


 オンリーワンでもいい。

 二位でもいい。

 でも、負けちゃだめだ。こぼれちゃったら、脱落したら終わりなんだ。

 皆望んで失敗したいわけじゃない。落ちこぼれたくて、落ちこぼれているわけじゃない。


「主人公くんはどう思うかな」

「……あぁ?」

「脱走だよ脱走、元傭兵でしょ」


 一人背中を向けていた彼は、大きく舌打ちした。


「……やめとけよ。うえの追撃隊わん公は諦めねえぜ」

「だってさ」

「ですが、お兄さん」

「なら、土下座祭りでもする?」


 僕は茶化すように言ったけど、空気は重くなった。

 姉妹も、リラちゃんも、僕が視線を向けると目をそらした。


 答えは一つだ。

 もっと深く、樹林の奥にまで潜って、命と引き換えに生をつかむ。学園側が望んだ筋書きに従うんだ。

 でも、それって自殺と変わらない。

 死ぬとは限らないけど、

 生き残れるとも限らない。

 安全な道がないか。

 皆逃げ道を探しているんだろう。


 深くため息をつくと、両手ついて夜空をあおぐ。

 こんなのキャラじゃないんだけどなぁ。


「僕はね、チャンパーヤットの森で生まれたんだ」


 僕はゆっくりと、頭の片隅にある幼少期の記憶を口にした。

 雷鳴とバケツをひっくり返したような雨の日だった。前世で誰にも望まれなかった僕が、今世でまた……


「は? 何いきなり語り出してんの? ラリってんの?」


 ……あ、流れ星だ。

 願い事すればよかったなぁ。


「メルさん?」

「いるよね~。火みて語りたくなる奴。バケモンはっず」

「お兄さんってドニー領生まれですよね。チャンパーヤットそんな森ありましたか?」


 げ。設定忘れた。

 いろいろあって、とりあえずというかなんというか、そんなこんなで学園に来たところから始めよう。


「こいつ、話す気なくね?」

「お兄さん趣旨があまり」

「し、失礼ですよ! 今から涙なしに語れないメルさん学園秘話が」


 お前ら、聞く気ないだろ。

 僕はわざとらしく咳払いした。


「とにかく、僕はこの学園に入学したんだ。そして、とある女の子に、その、なんていうか、す、すぅっ……ていうか」

「メルボルン君、相撲ならボクが相手してあげようか?」

「ああもうっ!」


 僕は半ギレになると、とある女の子に恋をしたと叫んだ。


「……」

「……」

「……え、何この空気? 勇気の告白なんだけど。なんで白けてるの?」

「うそだうそだ。そんなわけないわたしたちいっしょにねたなかだし――」


 なぜか冷ややかな女性陣。

 リラちゃんなんかレイプ目だ。

 うん、ムシしよう。

 呪術とか使えそうだし。


 一方、キッラキラの眼差しで僕をみつめるキレイ君。

 うん、お前は死ね。


「名前はなんて言うんですか」

「は?」

「だから名前言えつってんの。嘘じゃないんなら言えるっしょ」


 そこは関係ないよ。

 つか、どうでも良いでしょ。


 あれ、なんだこの空気?

 キレイ君は身を乗りだし、双子も耳をビンビンに立てている。

 味方は君だけだ、と思ったら気のせいだった。

 シュジンコウ、お前もかっ!


 ああくそっ。

 僕は消え入りそうな声で彼女の名を告げた。


「妄想乙」

「時間返してください、お兄さん」

「そ、そんな言い方はどうかと思うよ片想いは人として当然じゃないか!」


 一世一代、勇気の告白は嘘と断じられた。

 すぅぅと皆が興味を失う。

 終わりである。


 闇に葬られるよりひどいだろ。

 たとえ日頃の行いだとしても。


 焔ちゃん、慰めてくれるかい?

 キミの炎に抱かれて死にたいよ。

「メルさん……」と撫でこなリラちゃんに涙が出そうだった。


「でも、わかる。わかるよっ、その気持ち!」


 らんらんと目を輝かせたキレイ君が、突然発狂した。


「……なにが?」

「キミと、ボクは、同じなんだよ!」


 いや、なにが?

 フラれた話をして、主人公くんを慰めてあげる予定だったんだけど。

 そして途中だ。全然千里の道の一歩目だった。

 なのに彼は、ガン無視して自分語りモードになった。


「実はボクもそうなんだ。彼女に相応しい男になる、そう誓ったんだ」


 んー、なんか全然違う話になりそう。

 導入から怪しかったが、キレイ君はこの学園に来た理由を語った。


 なんでも彼はオセーアン地方の騎士家出身――それも第二世代、つまり親の代から「獣」の力が使える弱小血統――であり、ほとんど農民と変わらない扱いだったらしい。

 相手は豪農の娘。

 身分は上でも、実質的に身分違いの恋だったらしい。


「美しかった。彼女が大人になるにつれ、その想いは大きくなったんだ」


 彼女の美しさ、彼女の貴さ。一方、自分は地方の守護騎士としてながめるだけ。

 たとえるなら、それは日輪に手を伸ばそうとする花魁。何光年も先の彼方には届かぬと知り、それでも大空に翼を広げることを夢見たのである。


「うげ、ポエマーじゃん」

「……そんなに僕の要約気に入らない?」

「お兄さん。太陽までは一光年よりずっと短いですけど」

「しー、しー、です!」


 キレイ君は気にせず語っている。

 メンタル強すぎだろ、こいつ。


「父さんも母さんも、皆が守護者になると信じて疑わなかった。ボクもそう思っていた。けど、それじゃ」


 幼馴染の彼女との仲は、村の中では公然の秘密だった。

 そして、決して結ばれぬ関係であるということもまた、事実だった。


 小高い丘の木の下。

 村全体が見渡せる二人だけの思い出の場所で、いつになく着飾った彼女が、涙ながらに告白した。


 ――私、婚約するかもしれないの。


 相手は年配であり、家の意向だというのは明らかだった。


 彼は家を飛び出した。

 すべてはあの日、一人誓った約束を果たすため。何があってもキミを守ると誓った、あの日の想いを叶えるため。

 分不相応な立身出世を志したのである。

 幸か不幸か、彼には人の上に立つ資格があった。


「正騎士となり、故郷に錦を飾る。そして、その上で堂々彼女を娶る。

 ――だけど、ボクには、ボクには力がなかったっ!」


 彼は身体をくの字に折りたたむと、芝居がかったふうに叫んだ。


「ボクは『血』をうまく操れず、それをカバーする頭も、家柄もなかった。ミサキさんには遅れをとり、ヒュウガくんにも及ばない。バナード君を助けようとしても、あの様だよ」


 主人公くんは、小さく肩を揺らして反応した。

 あのとき飛びついて庇ったのも、彼なりの考えがあったのである。


 自分は特別ではない。幼き頃、夢描いた天才のサクセスストーリーなど存在しないと。

 事実、頭脳ではミサキちゃんに敗れ、純粋な戦闘力ではアチョに及ばず、その彼らだって試験では翻弄されるままなのに、自分達はこうやってすみっこでクダを巻いている。


「それでも、ボクは諦めない。

 努力して、努力して、努力すれば、絶対に夢は叶うんだ。

 努力はボクを裏切らない。

 いや、努力はボクを裏切れないんだ!」


 彼は拳をかかげると、肩を上下させながら感情をぶちまけた。


「絶対に、ボクは首席になるんだ!」


 ……。

 …………。

 あー、えーと。

 僕は色々、正直色々言いたいことがあるけど、一つの結論を得た。


 あれだ。

 やっぱ違うわ。

 多分そうだろうと思ったけど、全然違う話だった。

 そしてイイ話っぽいけど、優先順位間違ってるから。


 学園がふぁんたじーなので忘れがちだが、田舎はバチバチのリアル中世だ。

 十五で入学して五年後。二十歳になって戻れば、白馬の騎士となった君を出迎えるのは胎を大きくした幼馴染その人である。

 酷い話だが、中世では長男以外ゴミだ。

 お見合い拒否なんかできない。

 そして男で結婚できるのは資産のある中年以上で、一般家庭――それも田舎の娘は大体おっさんと結婚させられるのだ。ガチで。

 大体、人なんて常に愛を囁いてやらないとすぐ心変わりする。

 今頃その幼馴染はキミのこと忘れてるよ。


 やるべきことは駆け落ちだったのである。

 学園でやっていけるなら、地位はついてくる。

 悪いことは言わない、今すぐ帰郷しろ。


「す、すごいです。感動しましたっ!」


 なんで?

 リラちゃんは感激して「L」の字に切っているし、双子も見直したみたいな顔をしている。

 全然納得できない。

 本当に心底納得できない。


「いや、ちげぇだろ」


 主人公くんがつぶやく。

 君はまともか。

 強い仲間意識をおぼえた。


 アホすぎて疲れるぜ。

 僕はいい感じにまとめようと、彼の背中を叩いた。


「元気だしなってことだよ。女の子なんて、星の数ほどいるしさ」

「……てめぇ」

「ま、星には手が届かないんだけどね」

「……ざけんな」


 主人公くんはぶっきらぼうだったが、殴り返してはこなかった。

 ふふ、っと誰からともなく笑い声がもれる。

 双子が破顔すると、僕たちは顔を見合わせて笑った。


「たしかに。女と別れてクソ漏らしただけじゃん」

「ほ、本当でも言い過ぎじゃっ!」

「短小包茎早漏全部バレてんだし、その粗チン並にちっさいプライドも捨てたら?」

「こ、このアマっ。女だからって黙ってるとでも――!」

「す、すみません。姉さん無神経で」

「ノエミが言ったんじゃん。『俺のラーテル』はキモいって」

「ンなっ!!」


 やべ、今の命刈り取る形してたぞ。

 主人公くんはいつも狂犬だけど、なんだか子犬ポメラニアンのようだった。


「バナード君。キミはこのままでいいのかい。このまま諦めて悔しくないのかい」

「ちっ、別に関係ねえだろが」

「関係あるさ。ボクたちは仲間だ。キミが諦めても、ボクは諦めない。だって、ボクたちは仲間トモだろう?」

「死ねっ!」


 主人公くんが腕を振り払うと、キレイ君は追いかけた。

 その様子に、腰に手をあてたボインが呆れている。


「汗くっせ、これだから男子は」

「ね、姉さんっ」

「意気込みはいいけどさぁ、結局試験はどうすんの。明日しかないっしょ?」


 転ばされても、キレイ君は服の砂埃とちがってキラキラしていた。


「ボクに秘策がある」


 彼は懐から地図を取り出した。

 それは冒険者が書いた、このビーエスエス樹林の戦略図だった。

 各クラスの拠点の位置に、交戦記録らしきものが至る所に記されている。

 森の深奥部は、一部が赤色で塗られていた。


「これは巣があると目されている場所さ。森の王エルフキングは、ここにいる」

「エルフキング? 図鑑ハンティングリストにありましたか?」

「妄想もいい加減にしろし」

「ち、違うよっ。ちゃんと確認をとったんだ」


 エルフ・スカイタイプ。

 二対の羽根を持ち、樹林の奥にコロニーを作って生活する社会性長耳族である。

 群での危険度は超A級以上で、冒険者では太刀打ちできず、たびたび軍が出動することになる難敵だ。

 一方、一匹の強さはさほどでもない。

 エルフキングも同様である。


「もちろん、無策で突撃はしないよ。冒険者たちの話では、巣の兵隊を誘き出す方法があるらしいんだ」


 誘蛾灯。

 つまり彼は、三馬鹿など見捨てられた奴らを囮にして、王様の首だけを取りにいこうと言っているのだ。

 普段の彼からは考えられない大胆な案に、みんな目を見開いている。


「いやいや、危ないっしょ」

「いえ、姉さん。ウッド・エルフ種はその攻撃性や特殊能力を持つことから討伐対象ですが、純粋な戦闘能力は低い方です。もちろん、伏撃がうまくいくならですが」


 冷静な妹ちゃんが、おとがいに指をあてながら頷く。

 姉も「マジ、いけんの?」みたいな顔に。

 リラちゃんはおろおろしている。


「そして報酬は、なんと一億万キティだ!」


 キレイ君は、どん、と胸を叩いた。

 一方、双子の反応は冷ややかだっった。


「えっと、それはさすがに」

「バカじゃね?」


 嘘だと思ったのだろう。

 ムードが一気に鎮火している。

 ただねぇ、

 原作を知っている身としてはさ。


「事実だよ。嘘だと思うなら明日、教官に聞いてみたら?」


 皆が一斉にこっちをみる。

 不思議かな?

 実はこの試験、条件次第で高得点の特殊エネミーが登場する。

 二週目ともなれば、一匹百万を超えるバカ試合だ。


 これが道中、何度か言っていた「王殺し」の正体である。

 ローリスク・ハイリターン、

 激萎えである。


 このゲーム、やっぱ三流だわ。誰がクイズ番組みたいなご都合主義見て喜ぶんだろ?


「ほらっ、ボクたちは一位になれるんだ。今までは失敗続きだったけど、巻き返せるんだよ」


 キレイ君はぐっと拳をにぎった。


「これしかないと思った。ミサキさんとヒュウガくん。二人の争いを眺めているだけだったボクが、勝つにはこれしかないって」

「おまえ……!」

「お願いだ、バナード君っ。

 ボクに協力してくれないか。

 いや、一緒に取り戻そう。

 キミの恋人もっ!」

「い、いや別にあいつのことはもう……」

「負けたままでいいのかいっ!

 諦めたままでいいのかいっ!」


 そして彼は、僕にも向かって指差した。


「メルボルン君もさ。共に努力して、彼女を振り向かせよう!」

「……」

「ボクたちが一位になれば、皆見直してくれる。そして、ちゃんとしようっ!」


 僕が黙っていたからか、彼はリラちゃんや双子に熱く語りかける。

 主人公くんが自分の拳を見つめながら、言った。


「あ、ああ。そうだ、よな。負けたままってのは性に合わねえ」


 彼はなんども自分の言葉を反芻した。

 それは、自分を奮い立たせるプロセスのようだった。


「確かにそうだ。ミカの野郎には、一発、食らわせやらなけりゃならねえ。オレ様を小バカにしたツケ、払わせなけりゃ、腹の虫がおさまらねえんだ」


 主人公くんは、迷いを振り切るように高々と吠えた。


「オイ、テメェらよく聞けよ! オレ様についてこい。わかったな!」

「うわ、くっそ上からじゃん」

「姉さんどうしますか?」

「あーでも、コレしかないっぽいし」


 主人公くんの宣誓を聞いて、双子もこそこそと囁きあう。

 積極的に、というわけではなかったが、反対はしなかった。

 元々、選択肢は少ない。

 主人公くんの戦闘力は折り紙付きだ。信じることにしたのだろう。


「なんだか都合が良すぎるような気がしますが……メルさん?」

「……」

「えっと、その、どう思いますか。キラナさんの作戦ですけど……」


 袖を引いたリラちゃんの瞳は、どこか怯えてみえた。

 じっと真っ直ぐ見ていた僕が、どこかぼんやりしていたからだろうか。


「まあ、そうだね」


 正直、言いたいことはあった。

 作戦自体についてだけじゃなく、話の内容や、彼の言葉について。

 そして――


 ……告白、告白ね。


 僕は拳を握りしめた。

 強く強く、血が滲むくらい。


「うん、そうかもね」


 そうだ、その通りだ。

 まず、そこから始めるべきだった。

 僕はとてもにっこりと笑った。


「お、おおっ! メルボルン君、わかってくれたんだね」

「さっすが良いこと言うねキレイ君。それじゃ皆、明日はがんばろー」

「……ボクはキラナなんだけど」

「はぁ、やっぱコイツじゃ締まんないわ」

「メルさん……?」

「大丈夫でしょうか、私たち」

「足引っ張んじゃねえぞ、お前らっ!」


 そうして、僕たちは明日のことを話し合い、眠りについた。

 夜が明ければ、やるべきことはたくさんある。

 便所カレーが潜り込んできたり、ボインが怒鳴り込んできたり騒がしい夜だった。

 でも、みんな笑っていたし、いい雰囲気だと思えた。

 希望を持てたようだった。




 しかし、事態は予想外の展開へ。


 試験、九日目。

 準備のために東組の本拠点に向かった僕たちを出迎えたのは、焦るイケメンくんたちだった。


 ――クウロラさんがっ!


 ミサキちゃんの単独先行。

 森の王討伐作戦は、彼女の追跡から始まる。



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