第9話:後半戦開幕 下
「へえ、これはすごいなあ」
僕たちは北組の拠点のど真ん中で、大きな声をあげていた。
先導するイヌは無言だが、ちょっと嬉しそうだ。
リラちゃんもキョロキョロしている。雰囲気に呑まれているのかもしれない。
北組の拠点は、僕たちや南組のものとは大きく違っていた。
僕たち東は闇鍋だが、北は四足、南は騎馬と「獣」に規則性があったりするし、そもそもルーツが違う。
拠点なんてその典型例で、考えがもろに反映されるからか、どこも全然違う。
まあ、売春とかやっているのだ。違うのは当然っちゃ当然である。
「大変だったんじゃない? 人手とか全然足りないだろうし」
「そんなことないで。地形を利用しとるし、木を切り倒しただけの簡易な柵しかないとこもある。地元の狩人に払う給金も安定せぇへんしな。まだまだや」
僕たちの脇を学園生や冒険者たちが駆けてゆく。敵でも出たんだろうか。
物見櫓から法螺貝が聞こえてきた。
「め、メルさんっ! すごいですよ、エルフたちがあんなにあっさりっ!」
そう、ヘカテーたんの拠点コンセプトは、ずばり「砦」である。
ビーエスエス樹林の北側端に拠点を作り、周囲のエルフを狩っているのだ。
簡易ながら柵が張り巡らされ、学園生が常にグループで警邏しているから、敵が出てもすぐに倒される。
医者や看護師も雇っていて、怪我人にもすぐ対応できるようだ。コックとかパティシエもいる。
安心安全、初心者からのエルフ狩り講座である。
つか、せこくね?
バリスタとかあるんだけど。
そういや道中でっかい荷物運んでたなあ。
「あ、あのメルさん……」
「どったの?」
「あのー、そのぉ」
リラちゃんは服の裾をつかみながらもじもじした。
お手洗いかな? と一瞬思ったが、彼女の視線は服飾屋に向かっている。
今回の試験、どれだけ安定的な拠点を築けるかも重要な要素となっている。
残念ながら東組は幹線道路から遠く、警備にも力を入れられないので、質の高い行商人は集まってこないのである。
うーむ、無駄遣いするでないぞよ。
僕はイヌ男に便女カレーを押し付けると、酒場のテーブルに座った。
「北海道産特濃ミルクがいいな」
「……相変わらず図太いやっちゃなあ」
出張酒場『森の蜂蜜園』は、昼から盛況のようだった。
テーブルは野晒しだけれど、生い茂る冠樹林のおかげで涼しかった。
宿も兼ねているらしい。商人を優先的に誘致して、居住環境を向上させているそうだ。
風俗のせいで人が流れてこないらしいが。
「稼ぎ放題だね」
「でもないんや、独占はできるんやけどなあ」
稼げるのは中層以降なこと。砦の安全を維持するために、多くのチームが必要なこと。そもそも砦建設のために多大な投資が必要なこと。
合算すると意外に稼げないらしい。
「しゃあないんよ。戦力には偏りが出てまうし、何より初陣やからなあ。経験重視ってことや」
ヘカテーたんはしみじみとポテチを齧っている。
「だから低リスクの作戦を選んだと。さすがだねぇ」
「アンタんとこのリーダーさんにはこき下ろされたけどな」
ミサキちゃんならそうかもね。
堅実だけれど、勝てない戦いね。
こんな感じだろうか。
実際、五位のウル郎くん以外は皆十万を超えるぐらいだった。
各チーム協力して敵を倒し、それを均等分しているんだろう。
皆おてて繋いでゴールする。
なんて素晴らしい世界だ。
僕たちも見習いたいぜ。
「堅実だけじゃ勝てんと。ホンマ厳しいなあ、アンタのとこのリーダー」
「本当に言ってたんかーい」
ミサキちゃん、君は単純すぎやしないかね?
そんなことでは、楊脩どころかその辺の凡人まで殺さないといけないよ。
僕は手掴みで奪うと、ミルクで流しこんだ。
「あ、あ、あっ……!」
「んまんま。そういえば、ウル郎くんがトップなんだね」
ヘカテーたんは涙目になると、恨めしそうに睨んできた。
無視するけど。指先ペロリで煽ってやる。
「一チームは高得点を狙いに行く作戦なの?」
「ぐすっ、うぅ」
「そういうのいいから。で、質問の答えは?」
「……あ、あー、そやねん。ヴォルフはこういう狩りに強いねん」
ふーん。
急に適当な理由だね。確かにウル郎くんは出払ってるみたいだけど。
ま、いっか。
興味ない。わざわざ同盟相手の腹を探る必要感じないし。
彼女も南や中央のことを知りたかったのか、追加のミルクを注いでくれた。
いや、ポテチは食べさせないよ。おいこら、抵抗するなし。
「やけど、そっちも大変やね」
ヘカテーたんは、ポテチを懐に抱える米国スタイルで言った。
「ん?」
「ほら、あのナインテイル……さん? とことアンタらって対決しとるんやろ。大丈夫なん?」
「……」
彼女は急に焦り出すと、言い訳をはじめた。
「あ、いや。詮索するつもりはないんやけどな。ただ同盟相手やから、一応な」
「……大丈夫なんじゃない?」
ウソだ。
負けるだろう、ほぼ確実に。
中間発表の結果を見ただけじゃない。客観的な事実だ。
彼らは上昇気流に乗る一方だった。
前半戦は幻だったのか、今は精力的に活動している。
だからか。メガネのようにあからさまでなくとも、便宜を図る連中が出てきた。
三馬鹿なんか靴まで舐めている。
一方、ミサキちゃんはどうだ。
士気はさがるばかり。
今だって、イケメン君たちに裏切られるかもしれない。ドリルちゃんとは元々確執があったし、空中分解ってことも考えられる。
そんなの、事情に疎い僕だって知っていることだ。
で、だからって話だ。
興味ないよ。
一切合切どうなってもいい。
「なら、あんたはどないするん?」
なんだ? 真剣だなあ、突然隣まで来て。
って、成績を知ったのか。実際まずいよねえ。
本題はこれかな?
敵でも助けちゃう善人さんだ。ひどいことした覚えしかないけど、心配させたらしい。
「アンタ、まさかアレ狙いやないやろな」
何を言うかと思えば。
皆が皆、上昇志向じゃないさ。
「勘弁してよ」
「やったら、言えるやろ?」
「そうだねぇ」
ぶっちゃけ方法はいくらでもある。
やる気がないだけだ。
「助けてって言ったら助けてくれる?」
「ええよ」
「さっすがママ。かっくいー」
「茶化さんとって、マジメな話や」
「なわけない答えなんだけど?」
「ウチは本気やで」
ないない。そんなの誰が納得するの?
ウル郎くんあたりは反乱を起こすまである。
優しさも度が過ぎるとうざったいな。
どうしよっか。殴り倒したりはできないし。
「じゃあさ、一発ヤらせてよ」
彼女は即答した。
「ええよ」
「ほらやっぱ……え? は?」
彼女は躊躇なく腕を交差してシャツを捲り上げようとしている。
「で、どないしたら? 初めてやからリードしてもらわな困るで」
は?
え、マジで脱ぐ気なの?
こんな公衆の面前で?
僕が目を白黒していると、おへそまで捲った彼女は急に笑い出した。
え、ちょ、は?
え、どういうこと?
「アンタ、突飛なこと言って煙に巻く癖あるやろ。ちょっとわかってきたなあ」
「……」
「図星な時は黙る。これも癖なん?」
「……ちっ」
ああもう、
イライラする。
僕は心はガラス細工のように繊細なんだ。
君みたいにさ、そういうことから無縁そうなツヨツヨちゃんと違ってね。
「逃げるんか」
「決めつけないでよ、お手洗いだって」
「それが逃げやない?」
彼女は僕が机についた手に、自分の掌を重ねてきた。
包み込む優しい感触にふり返ると、僕の頬にも掌が添えられた。
「ウチな、ホンマはちょっと感動しとってん。あんたの演説」
リラちゃんに向かって、僕があのとき放った言葉には、何か大切な、自分にはない何かがあると感じたと。
そんな二人が協力し、新たな壁に立ち向かっている。
それは、自分にはできなかったことだと、彼女は言った。
「諦めなければ夢は叶う。そんなことは言われへん。努力じゃどうもならへんもんってのは、いくらでもある」
「……」
「でもな、人を信じさせたんはあんたやろ? 諦めたらあかんゆうたん、あんたやろ? なら、責任とってや」
厳しい言葉をかけた彼女は、でも僕を優しく抱きしめた。
優しい香りがした。
柔らかかった。暖かった。
春の木漏れ日の、小さなひだまりのなかで丸くなっているような気分だった。
性欲は感じなかった。感じてはいけない気がした。
気付けば彼女に縋っていた。
痛かったと思う。
男と女。
生物学的に根本から違う筋肉量、感情的になると制御できなくなる身体、肉食獣特有の強烈な衝動。すべてが苦痛でしかないはずだった。
でも、彼女は変わらなかった。頭を撫でる感触だけが、心を癒してくれるような気がした。
「僕、そんなに元気なかったかな」
「ウチは捨て鉢なドアホの頭をどついただけやで?」
この子、すごいね。
好きな表現じゃないけど、いい女って彼女にピッタリだと思う。
情けない旦那の尻を蹴っ飛ばす。
決して恩着せがましく言わない。
悪ぶって、自分が悪役になって、相手を立ち直らせようとする。
僕なんか嫌いだろうに。
赤の他人でしかないのに。
プライドを気遣って振る舞えるんだ。
器が違う。
格が違う。
度量とか、持って生まれたものが違うんだろうなあ。
「そりゃ人気第一位になるよねえ」
公式投票ぶっちぎりナンバーワンが、実はこのヘカテーたんだ。
抜きシーン、容姿、ちょい天然な性格と全部が全部満点である。
ま、人気な理由って娼婦堕ちするからなんだけど。
それも「南組」ホストにどハマりして、クラス資金まで使い込んでしまうクズムーブ。その辺まで含めて愛されているのだ。
キャラもプレイヤーもカスばっかだねえ。
「す、すみませんボーリーさん。エナさんが巡回について話したいと……」
口を挟んできたのは、北組のモブだった。
申し訳なさそう、というか触れてもいいのかな? みたいな感じで。
冷静になったのかな。ヘカテーたんはボンって真っ赤になった。
恥ずかしいよね。だって僕ら、酒場で抱きあってるんだもん。
冒険者とか商人、学園生までこぞってこっちを見ている。
大観衆の中、イチャイチャしていたのだ。盛大な羞恥プレイである。
「え、えっとなあ、悪いんやけど」
「どったの?」
「離れて、くれへんかな?」
はにゃ?
僕は上目遣いすると、お胸にダイブした。
もにゅんって感触が鼻とか、ほっぺとか、唇にまで伝わってきた。
幸せすぐる。
肺いっぱいに吸い込んだ。
ああ、中毒性あるね。
すごいむらむらする。
Tレックスもギンギンだし。
「み、みんな見とるってっ!」
「見てなきゃいいの?」
「いや、そういうことやなくてっ」
「逃げるんだ、約束したのに」
「あれは――ちょ、今ブラずらしてっ!」
腕で僕を遠ざけようとするヘカテーたんだけど、残念。この体勢は負け確だよ。
総合格闘技じゃ一発で関節決められる。膝を開くなんてもってのほかだよ。
腰を掴むと彼女を膝の上に。いわゆる対面座位だ。
姿勢を入れ替えられたからか、ヘカテーたんはびっくりしている。
あーあ、負けだねぇ。
こりゃ好き放題だ。
机に押し倒してニヤニヤ勝利宣言しようとした僕は、前方にとあるモノを見たのだった。
「メルさん、何をしているんです?」
般若だった。
背景には地響き、
表情は微笑みに見せかけた無表情、
冬のアイルランドより冷たかった。
「や、やあリラちゃん」
僕の額から、ぶわっと脂汗が流れ出した。
「ずぅいぶん楽しそうですね。今は試験の途中だってわかっています?」
あ、あはは。
いや、君に言われたくないけどね。
なんだい、そのオシャレ服。
絶対戦闘用じゃないでしょ?
口には出せなかった。
言ったら殺されそうな気がした。
亜空間から切断されそうだった。
「行きますよ!」
「いだ、いだだだ。耳はやめてっ」
そうして、ずるずる連れ出された。
その間、ずっと恥ずかしそうに俯いていたヘカテーたんに手を振る。
愛おしさと、申し訳なさを抱いて。
茶化しちゃってごめんね。
励ましてくれたのは忘れないから、さ。
もうちょっと、
もうちょっとだけ頑張ってみようかな。
なんてね。
§ § §
「お兄さんってモテるんですね」
六日目の朝は、妹ちゃんの皮肉で始まった。
桶でバシャバシャ顔を洗う僕。
その真横では、
この子、すごい優秀である。
昨日道すがら倒した戦利品を渡したら、想像の倍の値段で返ってきた。
お金に強い系女子なのだった。
なにより働き者だ。
家事に炊事、洗濯もする。ハンモックを作ってくれたり、常に何かしている。
戦闘力自体は恵体の姉に分があるようだが、ドングリなので妹のほうが便利だ。
これは伝説の展開、妹の逆転シンデレラストーリーが始まるか?
……姉も嫌われ者だったね、そういえば。
僕はお顔をふきふきすると、うんと伸びをした。
「いいことを教えよう。リラちゃんの話は大体ウソだ」
「……まあ、構いませんけど。でも、彼女が慕っているのは真実では?」
妹ちゃんが言っているのは、昨日夕飯時の公開説教のことだった。
リラちゃんは僕を正座させると、やれ女にだらしないだの、デレデレしているだの、ないことばかり責めてきた。
そればかりか不純異性交遊だと裁判まで開いてきたのである。
これに憤る……わけないのが双子姉妹だ。
とくにヘカテーたんと乳繰り合っていた件は、
――あり得なくね?
の一刀両断で、リラちゃんが痴呆扱いされる有様だった。
微妙に傷ついた。
事実ではあるんだけど。
その後、姉は検察兼裁判官になり、弁護人なしの有罪判決を言い渡してきた。
夜、拘束の刑である。違法裁判じゃん。
もう好きにすれば?
ベッドも取られたし。
僕は横になれば眠れる。
問題は、その後である。
「メルさん、もう寝ましたか?」
リラちゃん登場。
しかし、面倒だったので無視。
怒られたし、眠いからね。
そしたらベチョと背中が熱を持った。もぞもぞと動く気配もする。
完全に毛布の中に潜りこんでいた。
夜這いかな? すごいハァハァ言ってる。
なんだ、僕のこと好きだったの?
それともヤりたいだけ?
どっちでもいいか。
男の布団に潜り込むとか。
うーん、胸ぐらい揉んどくか。
そう僕は身体を起こそうとして、一つ違和感に気づいた。
……ベチョ?
熱く燃える背中。
僕はそろりそろり、それに触れてみた。
暖かい。
すごく生暖かい。
でも、不快な暖かさだった。
すごくぐちょぐちょで、
すっごい臭かった。
閃く僕の頭脳。じっちゃんの名にかけて、自分の記憶力を呪った。
――ゴリラは排泄物を身体に擦り付け、カイロのように使うことがある。生物図鑑より。
「メルさんっ、メルさんっ♡」
堪忍袋の尾が切れた。
そんなに争いたいか。
ならいい。
蒼き清浄なる世界へ!
僕は無言で立ち上がると、木のてっぺん、十メートルはあるところに彼女をくくりつけた。
あとは知らん。鳥葬である。今もシクシク空耳がするけど。
「彼女は病気だ、断言する」
「頭の病には病まれていますが、二人手玉に取っているのも事実では?」
「寝言は寝てから……へ?」
二人?
えっと、誰のこと?
昨日話題に出てきたのはヘカテーたん、ミサキちゃん、……誰だ?
コロコロできる相手なんて別に思い当たらないけど。
「って居ない。抜け目ないなあ」
これは一線引かれたか。私たちに関わってくんなよ的な。
嫌われすぎである。
仕方ない。
僕は一人、お仕事に向かった。
途中でキレイ君を見かけたけど無視した。座禅してたし。
ここまでいくと尊敬できるよ。
「主人公くんもさっぱり見かけなくなったし。どうしたんだろう?」
僕は
これで四〇個だから、二万か。
うん、効率が段違いだ。
貝は三〇キティ、
比較するのがバカらしかった。
「居ない方がいい。カレーには残酷すぎる現実だ」
本日46匹目の蜂を叩き割ると、僕は拠点へと戻ることにした。
にしても一人だと目立ってしょうがないな。
当たり前か。戦闘力云々以前に危険すぎるね。
いや、やりたくてやってるんじゃないから。
試験も終盤だからか、浅層の安全な場所にはエルフが残ってないのだ。
拠点に戻ると、日は沈んでいた。
パチパチと焚き火の音が響いている。
「お腹すいたな……何の集まり?」
そこは、僕がメガネに向かって土下座した場所だった。
いつもは何人か、伝言役の人が残っているだけだ。
しかし今日は、東組の連中や冒険者たちが輪になって何か騒ぐのを、ミサキちゃんが苛立たしそうに見つめていた。
「何かあった?」
「知らないわよ。あなたたちの話でしょう」
白蓮木に背を預けていた彼女は、冷たく吐き捨てる。
組んだ腕を指でトントンしている。誰かを待っているんだろうか。
「あ、やっと来た。ほら、さっさとしろしっ!」
「何かあったの?」
「あるに決まってるっしょ。あたしらピンチなんだってっ」
そう言って僕の腕を掴んだのは、双子の姉の方、カルミちゃんだった。
びっくりする僕を置いて、彼女はぐいぐい人混みをかき分けて輪の中央に。
うわぁ。
あのぉ、まずお手洗いに……だめ? だめですよねえ。
僕はもはや死病に犯された者として、悟りを開いていた。
「ミカァァァァっ!」
「はっ、キレたって強くなれるわけじゃないっすよ」
叫ぶのは我らが主人公くん。相手は元舎弟ミカ君と彼女さん。
龍虎激突の火蓋が、今切って落とされようとしていた。
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