第8話:後半戦開幕 上

 僕はヒキコモリだ。何の益をもたらさないゴミクズだ。

 否定しがたい事実である。


 しかし、長い人生の中では、実はそうでもなかったりする。


 社会人時代、通勤はしていた。

 そう、働いてはいたのだ。成果はアレだけど。

 さらには学生時代、働いてなかった。

 普通だ。そもそも学生なんて九割エヌの人々である。何の生産性もない。

 じゃあ、何で評価するか。


 そう、勉強だ。

 そして僕は、県内ではまあまあの進学校に通っていた。

 意外?

 でも残念、世の中高学歴ニートって結構いるのだ。

 どうでもいいか。

 僕が言いたいのは、そんな進学校でも、テスト返しというのは生徒が動物となる数少ないイベントということだ。

 それは、この聖パコ学園でも例外じゃない。


 プルプル震えながら、僕は顔面昆虫系と名高い担任から答案を受け取った。




 最下位、代表者バナード・アジャー

     がんばれ万キティ




 やばっ。

 なにがやばいかって、代表者が主人公くんなことだ。他は知らない。

 突っ込まないよ。端数切り捨て御免ってやつでしょ、どうせ。


 無言でポッケに押し込む。

 涙ぐむ教官、

 さっと目をそらす同級生。

 僕は悟ったのである。

 貧乏って不幸だなと。


 同情するなら金をくれ!

 叫んだら本当にくれた。「南組」の拠点に行くと、嬢たちが慰めてくれた。

 そんなに哀れですか?

 哀れでしょうね、まあ。

 私は清貧の誇りもないのであります。


 告白しよう。

 終盤皆で手を繋いでゴールの流れだと信じていた。


 いや、当たり前だよね?

 死刑とかなんだよ。

 誰が入学するんだよ。

 そんなの自殺志願者ぐらいだし、そんな奴、ラッドか自殺サイトでしかお目にかかれない。

 だから救済措置があるんだろうと思っていた。

 追試みたいなね。


 そんな時期が僕にもありました。いえ、目撃したのです。自らレールを破壊する悪魔の姿を。

 それは僕が便女カレー防止のため、監視を強化していたときでした。



 ざざ ←主人公くん登場

 すっ ←主人公くんが耳を置く音

 ささ ←主人公くん音もなく去る

 ぱちぱち ←リラちゃんの瞬き音

 うーん  ←リラちゃんが悩む音

 ぽちゃ  ←耳を鍋に放り込む音



 わかっただろうか。

 許すまじ、便女カレー。


 捨てるのは百歩譲って許す。

 鍋に入れんな。

 飯テロじゃなくて、テロリストもんだぞ。入国禁止にしてやる。


 あと、たぶん初犯じゃない。

 迷いのなさといい、


「また妖精さんですか?」


 とか言ってそう。

 マジで何してくれとんじゃ。

 同じテーブルに置く方も悪いけどね。


 あと、双子姉妹も顔をみせた。

 見せたというか、中間発表を見にきて鉢合わせしたって感じだけど。

 生活力皆無というか、経済力皆無らしい。服ボロボロの頬げっそりだった。


 かわいそす。

 カレーいる? てか食べて。僕は金輪際未来永劫要らないから。

 なのにボイン姉は、


「話しかけんなし、キモブスっ!」


 ってキレてきた。

 妹が瀕死だったので拒否させないけど。


 ギロリと睨むハリウッド、

 手にはカレー、

 口からはヨダレ。

 安心してほしい。睡眠薬は入ってないから、睡眠薬は。


「で、どうやって暮らしてたの?」


 腹が膨れて安心したんだろう。姉はうとうとする。

 妹ちゃんは枝をちぎっていた。薪をくべるのが趣味らしい。

 くっらいねえ。


「よそのクラスにポーターとして雇ってもらいましたが、それ以外も求められまして」

「それ以外?」


 妹ちゃんが膝に顔を埋める。


 要約すると、リーダー君がボイン姉を気に入ったらしい。

 わかるよ、顔と体は名門大卒級だ。頭がほい卒だけど。

 そして荷運びなんて底辺職である。徹頭徹尾、戦闘特化キャラが環境トップなのだ。

 ポーター無双? なにそれ? サポート職が強いとかないない。

 例外なんかない。

 優勝劣敗、

 自然淘汰こそ世のならいなのだ。


 ということで野営中にアルハラされた双子は、


「いいじゃん、ノリ、ノリ♪」


 と肘でツンツン、脇の下からたぷんたぷんされたらしい。で、決死の脱走。

 その後は南組の拠点の近くで乞食をして糊口をしのいでいたと。

 だから僕より悪役貴族やるのやめれ。


「大変だったねえ。よしよし」


 同情したので、秘蔵のワインを注いであげる。

 ラベルを上にして、と。社会人生活で唯一会得したスキルだった。


「慣れてますから、心配しなくていいですよ」

「……えっ?」

「私たちの噂、知らないんですか?」


 ノエミちゃんはすごい怪訝そうに言った。


 なんか実家が水商売系で、有力者の庇護のもと成り上がったらしい。

 だから元々女子には敬遠されていて、弱いから寄生プレイまでしていたと。

 そら嫌われますわ。


「助けてくれたらデートしてア・ゲ・ル」


 的な?

 で、ミスって彼女持ちに手を出してしまった。人生オワタである。

 今ではGより嫌われているらしい。

 口に出すのも憚られるよ。丸一日立ちっぱでおもらしを舌で掃除させられた、とか。それも女子便所で。

 今どき聞かないガチいじめだった。女の子ってこえー。


「頑張っても私じゃ高が知れてますし、姉さんには婚約者もいますから。汚れ役が必要だと思いませんか?」


 平然な妹ちゃん。

 姉は大股びらきでぐーぐーしていた。

 なんという姉妹差別。さすえげだ。


「うーん」


 どうしよう。放り出すと、遠からぬ内に春を売ってそう。

 助ける義理はない。殴られた恨みもあるし。


 でもねえ。

 女の子が不幸になるのはねえ。


「メルさん?」

「ま、いっか。元々同じ班だし」


 ニートが追加された。食費あっぷである。

 生理的にムリ?

 我慢しろ、貞操奪われるよ。外は危険がいっぱいだ。

 リラちゃんも嫌そうだったけど、普通に無視した。

 君に人権ないから。そもそも人じゃないから。肉便器じゃないことに感謝しろ。


 あ、忘れてた。

 クラスでも事件が起きてたんだ。

 というのも突然、クラス委員長的役割のメガネが、


「その意見には検討の余地がありますね」


 とか言って、くいくいしながらミサキちゃんを無視し始めたのだ。


 緊急性が、とか騒いでいたが、つまりは「チーム☆アゲてけ」が中間発表で二位だったから寝返ったのである。

 逆襲のメガネ、絶賛放映中だ。

 ま、あんな露骨な奴は激レアさんだけど、佐藤ゆかりさん曰く大阪人は風に靡きやすいらしい。

 ネッチョリと、僕らに不穏な風が吹くようになった。


 あれもかな、うーむ。


「へ、へへ。ミカさん、鞄でも持ちましょうか?」

「靴の方が汚れて、これでよし。ささ、どうぞどうぞ」


 三馬鹿も、絶賛太鼓持ちをやっていた。しかも超下っ端。長い物には巻かれる主義らしい。

 あのー、誇りってご存じで?


「ミサキちゃんも大変だ、なむなむ」


 キレイ君?

 知らないよ。滝行しているのは見たけど。

 無能すぎだろ。僕でもヒくわ。


「しかし、意外と皆伸び悩んでいるなあ。嫌気が差したんだろうか」


 全チームの結果が載っている名簿を、ペラペラめくる。

 絶望的なのは僕たちだけかと思ったが、そうでもないらしい。全体的に低空飛行だ。

 とくに東組、全八チームのうち四つも十万超えてない。

 三つは五万もいってない。三馬鹿は僕たちとどっこいだ。


 想像はしていた。

 長丁場になると、中盤から息切れしてくるのが普通だし。低すぎな気はするけど。

 いや、こんなもんか?

 強くても実戦経験のないズブの素人だ。十日間も昼夜剣ブンブンはムリかもなぁ。

 リラちゃんも寝坊してたけど、体力的な危険信号だったかもしれない。


「じゃ、今日もお仕事しようかな」

「Lの期待をうら――いだだだっ!」


 六日目の朝。

 双子からキモがられた僕は、暇なリラちゃんと貝集めに出かけていた。

 今度は北の川沿いにしてみる。


 リラちゃんがくくりTシャツで素潜りする。

 フロントノットとか言うらしい。ちっちゃなおへそがキュートだ。


 でも、複雑だなぁ。

 おしゃれがすごい、それは良いよ。

 ただ、なんていうかなあ。陰キャ仲間の友達が、大学デビューを機にテニサーだった、かな?

 置いていかれた気分だった。

 まだ姫の域なのはナイショである。


「なのにどうして、貝に反応してしまうんだ。努力は本物なのに」


 くぱぁ、

 くぱぁである。


 何の事かって?

 知らないよ。親に聞いてくれ。または牡蠣とかで検索すると、いつか正解に辿りつく。

 僕も子供のとき、日曜夕方サザエさんのサザエさんを調べてしまい、トラウマになったことがあった。

 ……僕には黒歴史とトラウマしかないのかな?


「め、メルさんっ、声がっ!」


 時々襲ってくるエルフをぶっ殺したり、リラちゃんが生子でぶっかけしてきたり(なんで川に居るんだよ)、足掴みモノレールごっこしたりしたあとだ。

 僕が潜った方が早くね? そう思い始めたとき、言い争う声が聞こえてきた。


「これは私たちの問題よ。干渉しないでもらえるかしら」

「ウチらはライバルやけど、将来の戦友でもある。せやろ?」


 なんだ?

 リラちゃんをドボンすると、木の影から覗いてみた。


 切れ味鋭いミサキちゃんと長身クマ女ヘカテーたん。

 二人が顔を突っつき合わせている。


 ドリルちゃんはどうしてメソメソしているんだろう?

 寄り添うイケメンくんとイヌ男のマッチングが意味不明すぎて困る。


「他の二人も怪我しとる、今日は絶対安静や」

「……貴方に指図される謂れはないわ」

「なら殴って黙らせるか? 同盟相手ちゃうの?」


 口にはしないけど、イケメン君たちも非難の眼差しだ。

 ミサキちゃんは苦々しそうに下唇を噛んだ。


 なるほど、ね。

 焦って無茶なことをやったらしい。

 汚れの具合を見るに、丸一日ぶっ続けかもしれない。

 で、体力なさそうなドリルからギブアップと。


 実にテンプレ展開。相変わらずだなあ。

 冷静さは残っていたのか、ミサキちゃんは舌打ちするに留めた。


「偵察してくるわ」


 げげ、こっちに来た。

 隠れるとこ……ないね。身体がデカいから、急にステルスできないのだ。

 バシャバシャ溺れるカレーのせいで逆に目立っていた。


 たはは、と頬をかいてみる。

 ミサキちゃんはぎろりと睨んできた。


CURRY WC便女カレー, Nuko-12こちら天才イケメン, Over聞こえますか

『ふえっ、頭の中から声が。も、もしかしてメルさんですかっ?』

Request NC イヤーブレイカー対策に due to BlackRavenノイキャンほしいんだけど

『ど、どうしたら? そうだ、Lの字をいっぱい地面に書けば』

『……やっぱいいや』


 はい、妄想テレパシー終わり。実に無能な管制席CGIだぜ。

 彼女は僕に興味ないのか、スタスタ隣を通り過ぎていく。


「ねえ、ミサキちゃん」

「なによ」


 こえ。

 声かけるんじゃなかった。


「遠くに行ったらダメだよ?」

「……わかっているわよ」


 絶対そんなことないトーンでミサキちゃんは森の奥へ。

 僕は肩をすくめると、「うげっ」みたいな顔のヘカテーたんの所に。


 なんだ、失礼だな。

 僕は裸の王様ぐらい傲岸不遜に、北組へと足を踏み入れたのだった。



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