第5話:貪食イリエワニ 上
「覚醒値」
自らの血に眠る才能をどれだけ引き出せるか。
これこそ学園生が、日々鍛錬する理由だと言ったのを覚えているだろうか。
これはある種、正しい。
魔法もスキルもない、この妙ちきりんな世界では、「獣」の力をどれだけ引き出せるかがステータスだ。
学園側がキツい訓練を課したり、血で血を洗うイベントに参加させるのは、生存本能を活性化させるためなのである。
例外もいて、生まれつき血に呑まれた人間もいる。
常時Tレックス化する僕もその一人だ。
外からじゃ見分けられないんだけどね。
ただ、そういうのは稀だ。
大抵わかりやすい。
なんなら露骨だったりする。
勝手にワニ君と呼んでいる「南組」の奴みたいにね。
「……」
ちょっ、無言で顔を近づけるな。
怖いよ。怖すぎだよ。
顔面は真緑のV字形。
瞼は下から閉じるという、非人類系なバリバリ爬虫類仕様だった。
まんまワニが服着て立っている。
瞳孔が縦長なの、超怖い。
絵本に出てくるワニさんを想像するなよ。
リアル・クロコダイルだ。
「80%は超えてたかな」
「…………な、何のことよ」
「ゲームでいう伯爵級って意味だよ」
「げ、げぇむ?」
「気にしないでいいよ」
そんな歩哨? に見つかって、ミサキちゃんも強張っている。
いや、食べられたりはしないけどね。
この超危険な試験……というか学徒兵による討伐作戦は、当然ながら軍主導である。
同士討ちは営倉行きまっしぐら。
闇討ちはオッケーだけど。
「……」
ワニ君は、槍でついと本営の方を指すと、のっしのっし歩き出す。
「付いて来いってことかしら?」
「たぶん」
僕たちはこそこそ耳打ち。
注目集めてるからね。
とくに小金持ちっぽいおじ様から。
彼女いくら? と直接声をかけてくる奴いる。
僕はポン引きじゃない、ボケが。
「キレるのはノーだよ?」
「分かっているわ、一緒にしないで」
「僕をキレさせたら大したもんよ」
即席の防衛線を巡って、本営にたどりついた。
鼻につく香水のにおいが、僕たちをガンと殴りつける。
ゲームで知っていても、ちょっとくらくらする空気感だった。
「おや、タイラーが珍しく誰かを連れていると思ったら客かい?」
真っ赤な絨毯の上で、爛々とした寝台に体重を預けるのは、裸みたいなキャミソール姿のナイルリアちゃんだ。
紫煙を吐き出しながら、トロンとした眼でキセルを傾けている。
モブどもを傅かせる姿が解釈の一致すぎて困った。
「タイラー、失礼はなかっただろうね?」
「……」
ワニ君は無言かつ無表情? で頷いた。
「そうかい。悪いね、無愛想な奴で」
ゆったりとナイルリアちゃんが身を起こす。
ウマルとかいう巨デブがガウンをかけた。
「悪いけど客じゃないわ」
「そうなのかい? なら覗きは遠慮しとくれ」
「偵察よ。叩き出すなんてできないでしょう?」
「そうさね、ルールじゃそうだ。正面からくる奴は初めてだけどね」
ごめん、彼女潔癖だから。
裸のおっさんがぶらぶら(二重に)しているの耐えられないんだ。
おわ、おにゃのこも裸だっ!
と思ったらオバハンだった。
客かよ。
「何なら休んでいくかい? 初見さんだから安くしとくよ」
ナイルリアちゃんは、くいと顎で他の天幕を示した。
「冗談はやめて」
「堅苦しい子だね。心配しなくとも、酒だけの席さ」
よく観察すると、健全店ぽいのもあるにはある。
褐色銀髪イケメンとか、すごいレアキャラを揃えているなあ。
客も完全に乗せられて、「ドンペリ入りまーす」とかコールされてるし。
ゲームキャラだけあって、モブも偏差値が高いぜ。
「実体験ってのが一番効率的さ。それともなんだい、卒業していくかい?」
ナイルリアちゃんは、拳の人差し指と中指の間から親指を出すジェスチャーをした。
さすが処女リアちゃんとか皮肉られるだけある。
「……品性のカケラもないわね」
「あ、はいはい。僕はたっぷり休んでいきたいでーす。今日卒業しまーす」
「本当に堅いねえ。女は磨かないとすぐに曇るよ?」
「曇って構わないわ。安売りするつもりは一切ない」
「クク、女の武器を理解はしてるわけさね。鍛え甲斐があるよ」
「あのー、僕は休みたいんですけどー、ちょっと聞いてます?」
ナイルリアちゃんが手を叩くと、モ飲み物やらを持ってきた。
ねえ、僕の分は? あと立ちっぱなんだけどっ。
ちょ、無視はやめれ。
「なら酌してやるよ。アタシの酒が飲めないなんて言わないだろ?」
「結構よ。それより試験はどうしたの、放棄するつもり?」
立ったままミサキちゃんが言う。
僕はワニ君と椅子取りゲームをしながら、ナイス質問と思っていた。
南組が何をしようが勝手だが、二日でこれほど立派な陣地を築き、雰囲気を損なわないテントを建てるには、クラス中を総動員する必要がある。
いや、あえて言う。
総動員しても無理だ。
備品は努力でなんとかなっても、純粋に労働力が足りない。
日常で稼いだ金とか、個人の資産を持ち込むのは禁止だ。
それを許したら別ゲーになる。
人夫を雇うのはオッケーでも、あくまで殺っちゃんマネーで賄わないといけないのだ。
だが、人を雇っている様子はない。
今後は違うだろうけどね。
拠点の規模感がウチとは桁違いだし、女の子いっぱいの馬車も来ている。
ハイエナする冒険者用に安い娼婦も雇うのかもしれない。
ただ今は、学園生だけ自治組織だ。
ここで豆知識。
彼らは「ベドウィン」という、人馬一体の騎馬民族出身だったりする。
そしてこの世界では、誰もが「獣」の力で闘う。
馬などいない。
いるけど弱いのだ。
軍において騎馬とは人なのである。
――つまり南組は、騎兵四十と騎馬四十の計八十人で構成されていた。
……おい、ズルすんな。
チートだろ、誰かつっこめよ。
まあ、デメリットもあるけど。
騎馬自体は学園生ではないし。
あと外見が犯罪すぎる。
ロリに跨るデブとか。
獣化すると馬なんだけどなあ。
「捨てたつもりはないよ。これは戦略、アタシらなりの策なのさ」
「これが? 討伐数を競う試験よ。こんなの奇策でさえないわ」
「わかっちゃいないね。そんなのは本質じゃない。世の中金さ、金」
ナイルリアちゃんは、延々とつづく小金持ちの群れを指差した。
「見なっ! このうじゃうじゃ湧いてくる成金どもを。こいつらはアタシらを抱きたくて抱きたくてたまらないのさ。なら、与えてやるよっ。貴種という夢を存分にね。代わりにアタシらは行く、どこまでも上に、上にさっ!」
すごい迫力だ。
半端ない上昇意欲である。見習いたいね。
僕はもう登れないけど。
ほら、無職って最上級国民じゃん。
先に上で待っているからね。
ちがう?
ちがうか。
つか試験ごときで身体張りすぎだろう。
「学園通貨でなければ意味がないでしょうっ!」
「物資にして売ればいい。商人の二割引きにしてやるよ」
「誰があなたたちなんかとっ!」
「中央は受けた。北の甘ちゃんも断らないだろうさ」
こいつら、討伐作戦なのに売春どころかビジネスまでしてるぞ。
許されるのが聖パコだ。
このげーむ、斜め下の作戦が乱発する。
セコイとか言ってはいけない。悪どい奴が勝つ世界なのだ。
……試験の設定ミスな気もするけど。
「あんたらも客さ。手で一、口で三、本番は十からだよ」
「悪い冗談ね。誰も命の代価をこんなことで浪費しないっ」
ごめん、ミサキちゃん。
僕は気づいていた。さっき三馬鹿がこそこそしていたのを。
というか、双子姉妹もいた気がする。もしかして大人気?
「構わないよ、信じてもらおうとは思っちゃいない」
「……ナイルリアさん、あなたもなの?」
「当然さ。顎でこき使うトップに誰がついてくるんだい? もっとも、値札が高過ぎたのか今日はさっぱりだけどね」
「狂っている、あなたたちは狂っているわ」
ナイルリアちゃんは腕を大きく広げると、猛々しく咆哮した。
「狂っている?
ならそれで結構。
化物共の巣窟で覇を唱えるにはね、良識や道徳なんてのはケツを拭く紙にさえなりゃしないのさっ。
そうだろっ!」
掲げられた拳に合わせ、男女問わず凄まじい喝采があがった。
ウマルとかいう巨デブや、無口なワニ君でさえも激しく吠えている。
向こうが一枚上手だね。
覚悟ブチ決めすぎだろう。
女だてらに親玉やってないなあ。
完全アウェイという事情を差し引いても、心酔する南組の熱狂ぶりはちょっと常識外れだ。
本心はわからないけど、ミサキちゃんも怯んでいるように見えた。
対照的な二人は激しく視線をかち合わせる。
そんな二人を遮ったのは、デブなのに手足が細いという不快でしかない野郎だった。
「姫よ、あの男が」
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