第6話:貪食イリエワニ 中


 烈火の眼差しで睨むミサキちゃん。

 肩をすくめるナイルリアちゃん。


 二人を遮ったのは、デブなのに手足が細いという不潔でしかない野郎だった。


「姫よ、あの男が次を所望しておる」

「またかい?」


 泰然自若としていたナイルリアちゃんの表情が、忌々しげに歪められる。


 へえ、意外。

 ゲームだと鞭で叩くシーンばっかりだからなあ。

 苦労もあるのか。

 そらあるか。


「状況は?」

「四名。皆足腰立たぬ故、明日の営業に支障をきたすやもしれぬ」

「どれだけ絶倫なんだよ、あの男。接待は終わりと言ってやりな」


 彼女の視線を追うと、人が集まる天幕があった。

 騎士っ娘、お姫様、メイドに武士、さらには忍装束のくの一と勢揃いだ。

 ラノベ万博である。

 みんな内股で覗きをしているのが、もはや新喜劇だった。


「うげ、ヤな予感」


 僕は顔をゆがめた。

 大体こういうときの予想はあたる。

 間髪入れず、テントの中からうぉぉと叫び声が響いてきた。


「私の、私の中のレオンが、迷える子羊を救えと叫ぶのだっ!」


 あと、拍手みたいな音もしていた。

 うーん、何だろうねえ。

 ぼくちんわかんない。


「イク、イク!」


 今度は女の子っぽい高めの声。

 へぇ、どこに行くんだろう。

 修学旅行?

 しまるぅとか叫んでるから、消灯時間には注意してるみたい。

 実にいい子たちだねえ。


「……」


 うわ、ミサキちゃん。

 やばいってその顔。

 女の子がしていい顔じゃないよ。


「な、なんという罪深さだ。だが負けぬ、負けぬぞっ!私の聖なる聖槍で、今貴方の罪を祓ってやるっ。う、うおおおぉぉっ。びびゅゅっ!!」


 おい。

 必死に誤魔化してんの無にすんな。


「ハァ、ハァ。いや、この程度で満足など私もまだまだ青いか」


 機を見計らって騎士っ娘ちゃんがゴニョゴニョ声をかける。物理的に前後運動していた天幕からピタリと音が止んだ。

 終わったか? と思ったら腕が出てきて、今度は騎士っ娘ちゃんを天幕に引っ張りこんだ。一瞬の誘拐劇である。


「ぢゅゅうう、じゅるるるぅぅ!」


 もうやだ。

 とりま仁王立ちだけやめろ。

 騎士っ娘ちゃんのポニーテールもぶんぶん丸だし。

 ダイソン以上の吸引力であった。


「私にも、私にも天が見えるっ!」


 待つこと数分。

 苛立つ僕たちの前に、小麦色の肌をテカらせた男がやっと現れる。

 口元を袖で拭う騎士っ娘ちゃんが、もういっそ潔かった。


「これは失敬。儀式に気を取られてしまってね。待たせたかな?」


 その男はキザにウインクすると、サラサラとした前髪を靡かせた。

 超イケメンである。

 花吹雪舞うぐらい。


 ――でも、白ブリーフだった。


 純白の刺繍が高貴な、美しい純白の一張羅だ。


 ――でも、白ブリーフだった。


 金髪碧眼の細マッチョなのに、全部が全部台無しだった。

 名前は「生レオン」。本名である。

 何考えてんだ、親。いや、制作。

 イカれてんのか。


「世も末さ」


 嘆息するナイルリアちゃんに僕もうなずく。

 こんなのが大貴族揃いの「中央」の親玉、

 万邦無比にして天壌無窮たる我らが王孫、何人たりとも犯せぬ「猛虎」と「獅子」の二家からなる一つ、我が王国の正当なる後継者だったりする。


 つまりネクスト・キング君だ。

 片方は実質滅んじゃってるし。

 コイツが次の王とか。ウチの国、終わりすぎだろ。


「私の聖水を求める者は絶えぬ、か。これも試練――お、おおおっ!」


 白ブリーフが突然奇声をあげた。

 BPO、仕事しろ。


「お?」

「おおおおぉぉぉぉ嬢さんっ。貴方はぁ、貴方はもしやぁぁ!」


 白ブリーフは急加速すると、ミサキちゃんの手を取った。


「な、何よっ」

「あな……いやっ! 私には、私には見えるっ。貴方には、そう、怨念が憑いている。今すぐ私の聖槍生レオンで祓わなければっ。ハァ、ハァ」


 性獣の王がギンギンの白ブリーフ。

 視線はナイ乳ゲートウェイに快速特急だ。

 なんの悪徳霊媒師だよ。

 誰が騙されるんだ。


「な、なんてうらやましい」

「レオン様直々のお声がけよ。感謝なさい」


 ……後ろのハーレムか。

 騎士っ娘ちゃん、皆にベロチューされてるし。分けて的な。

 ハンカチ噛む嫉妬お化けもいた。


「その娘は店の子じゃないよ」


 ナイルリアちゃんが釘を刺す。

 正解です。

 相性はたぶん最悪レベルだ。

 背景も含めてね。


「東の娘さ。口説くのは勝手だがまだ仕込まれちゃいないよ」

「なんだ、つまらんな」


 白ブリーフは名残惜しそうにミサキちゃんの髪をクンカクンカ。

 そして「ぶっかけうどん」とか言って、おててにチュ。

 未練タラタラである。


「まいったよアンタ。王虎の血はしっかり受け継がれているようだね」


 ナイルリアちゃんは、お手上げだと肩をすくめた。


「それは先王の系譜だ。英雄色を好むのは、私も例外ではないがね」

「そうかい。どうでもいいけど、金はあるんだろうね」

「ギクっ!?」


 ナイルリアちゃんの額に特大の怒りマークが。

 いや、ギクって。普通、口にするか?

 あと自分で英雄とか言ってんじゃねーよ。


「まさか、タダ乗りしようって魂胆じゃないだろうね」

「わ、私が正義を成すのではない。正義が私を成しているのだっ!」


 おお、カッコいいね。

 でもそれ、風俗の前で言ったら台無しだから。

 しかも代金払えなくてゴネてるんだよね。

 ゴミだよ、ゴミ中のごみ。

 Jにいても余裕で周回遅れにできるイケメンなのが、救いがなかった。


「姉さんらを舐めてんのかっ!」


 チンピラたちが殺気立つ。

 巻き込まれる! と思ったら、今度はこっちに走ってきた。


「そ、そこの若者よっ。ここは一つ、正義のために力をお貸し願いたい」


 正義?

 正義ってなんだっけ?

 まさよし、って意味かな?


「後生だっ! あとで必ず、君たちのチームに振り込んでおくから!」


 嘘つけ。

 そんな詐欺の常套手段に騙されるか。

 あと堂々不正を宣言するなよ。

 ……っておい、それ僕の財布っ!


「どれどれ、はれ? これも、これも石。……あー、悪い返すよ」


 白ブリーフは僕の肩をぽんぽん。

 生ぬるい目だった。

 ハーレムガールズからも軽蔑の眼差しがセンテンススプリングだ。

 あいつの年収、低すぎ……? 砲である。


「帰るわよ」


 ミサキちゃんが吐き捨てた。手とか皮擦り剥けるぐらいゴシゴシしてる。


「収穫はあった。関わる価値なしね」

「安く売ってくれるのに?」

「利敵行為よ、周知徹底するわ」

「休んでいくのは?」

「帰るわよっ!」


 彼女は僕の首根っこを掴むと、ずるずる引きずった。

 いや、僕はバカ重なので地味に歩いてあげるんだけどね。襟破れるし。


 見送りのない、まだやいのやいの騒いでいる南組の本拠地を去る。


「しっかし、キャラ濃いなぁ」


 君もウカウカしていられないよ。

 いや、尖り具合で競わなくていいから。

 あんなの求めてない。

 最後とか存在が恥ずかしいよ。


 そういうのじゃなくて、もっと大事なね。

 トンチキ具合に騙されちゃったかもだけど。

 だってほら。

 今君を見てるナイルリアちゃんが、


「アタシの勘違いかねぇ、これは」


 とか呟いているから、さ。




 § § §




 夏だ!

 海だっ!

 タイキックだぁぁっ!!


「Lのご加護があらんことを。ってちょメルッ――!」


 バッシャーンと大きな音を立て、便女カレーが湖の中にダイブする。


 おお、すごい水飛沫。

 なんか塩辛いけど。

 汽水湖かここ?


「め、めるさ、わ、私およげ――!」


 うん?

 なんかじゃばじゃばしてる。

 いいから潜れって。

 上陸する度デコピンしてやると、彼女は渋々水の中に消えていった。


 試験四日目。

 僕たち二人は、試験場であるビーエスエス樹林中層にある湖に来ていた。

 その目的は、湖底にあるよーわからん貝だ。


 エルフ?

 知らない子ですねえ。

 興味ないです。

 そう、僕たちはもう完全に、真っ当なノルマ達成を諦めていた。


 南組本拠地から帰った夜。

 ポテ腹……過食から復帰したリラちゃんが、こんなことを言い出した。


「私、すごいの聞いちゃいましたっ!」


 南組がレア素材を買い取ってくれるらしいぞ、と。

 なんと情報収集していたらしい。

 土下座したのか、おでこデロデロだった。

 うーん、けなげ。


「よしよし、頑張ったねえ」


 知ってるけど。

 なんならさっき見てきたよ。

 指摘しない僕かっこいい?

 そんな、情弱乙は言えないよ。


 いや、ダメだ甘やかしちゃ。心を鬼にして、なでなで症候群を抑え込む必要があるんだ。

 さあ、夜のレッスンを始めようっ!

 ……木に縛り付けるとかね。

 あー、今日もぐっすり眠れた。


「じゃ、貝集めでもしよっか」

「貝ですか?」

「そう、貝」


 メーカー伝統の裏技である。

 よくわかんないけど、武具の強化に変な貝が使えるらしい。

 そしてなぜか、川は安全地帯なのだ。


 危険ゼロではないよ。敵もちゃんと出る。

 ただ、かなり低レベルだ。

 だから初心者は収集パで初手武器強化する。

 裏技っていうか、公式推奨かもしれない。


 武器とかめちゃ使い捨てなので、慣れると止めるけど。

 昔、伝説武器が秒でぶっ壊れて、目が点になった覚えがある。

 げーむ最強は「完全獣化」なので、ぶっちゃけ装備全般要らないのだ。


 ま、力の弱い血統だったら壊れないし。

 そして僕らは無手だった。

 むっいみー。


「それより三馬鹿くん。実は僕らよりヤバいんではなかろうか」


 昨日の夕餉どき、アイツら「幸運の壺」なるものを売りつけてきた。

 金が貯まるとかほざいて。

 狂気である。

 人の卑しさに際限とかないらしい。


 仕方ないから、便女カレー第二弾を振る舞ってやると、


「ミカの野郎の声がこびりつきやがるっ!」

「見下しやがってあの野郎!」


 と愚痴を残していった。

 死ねばいい、僕はそう思った。


 疲れたぜ、人生に。


 リラちゃんにエールの立ち小便をかまし、茂みのほうに。

 苔の生えた岩にお尻をちょこん。

 ちょい湿りだ。

 風が冷たくて気持ちいいなあ。


 ふわわ、ねむねむ。

 一気に眠気が襲ってきた。

 疲れてるのかなあ。

 疲れてるんだろうなあ、

 精神的に。


 結局これって「南組」のさじ加減次第で、


「取引やーめた」


 と言われたら、路頭に迷う確定コンボだ。

 クイズ番組お約束「王殺し」をやれというお告げかもしれない。


「ほれ?」


 なんか地面が揺れてる。

 気のせいか。

 たとえ地震でも野晒しじゃ大したもん落ちてこないし。


 あれ、でもなんか。どんどん近寄ってきているような。

 バリバリって、えっと……?

 自然にそんな音するかな?


 僕はおめめをパッチリ。

 相手もお鼻をぴくんぴくん。

 お、異種間ず・ラブしちゃう?


 でもねえ、樹林に居るのは象じゃなくて、さ。

 薄黄色の微毛が全身をビロード状に覆っている、左眼を失くした、鼻というか角つき戦闘民族エルフに、僕は死ぬほどビックリした。


「や、やあ」


 うん、通じないね。

 やっぱ言語系死んでるわ。

 キシキシ鳴いてるし。


 だから蟲だろ。

 蟲ってか甲蟲だろ。

 エレファスゾウカブトだろ。

 ムシ〇ングで覚えた。

 しかもガキに、


「おっさんそんなの使ってるの?」


 って馬鹿にされたから鮮明だった。

 ああ、腹たつぜ。

 何が腹たつって、ムキになれる自分に腹立つ。


 そんなエルフの光沢輝く一本角が、僕の下に潜りこむ。


 ひっくり返すつもりかい?

 よし、勝負開始だ。

 ロック、しざ――

 待て待て、それ角じゃなくてTレックすっ!?


「ちょっと死ぬ気っ! こんな深層で、見張もなしに休憩なんて……!」


 ドドン、

 そんな音がしてエルフに穴が空いた。


 脳漿が血潮とともに吹き上がり、辺り一面に緑色の液体が降りそそぐ。

 ごろりと崩れ落ちた肉塊の向こうで、一つの影が形になった。


 ぎゅっと肉感的なシルエット、なのにすらりとした四肢。

 印象的な三つの尾がゆらりと揺れている。

 黄金色の髪が風にとけ、今にも流れ出しそうだった。


「にー君……」


 ナインちゃん。

 ヘロディア・ナインテイルちゃん。

 僕に愛想を尽かし、チームからも離れていってしまった、女の子の姿だった。



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