第2話:妖精の夭逝 下

「ぷげらっ」


 飛んでくるフルスイング・パンチ。

 錐揉みされるように、僕は地面へと倒れ込んだ。


 え、なんで?

 僕は呆然と頬をさする。

 親父にぶたれたことも……いや、結構あるね。

 前世では、息が臭いって妹にさえぶん殴られてたし。

 今世なんかご飯粒落としただけでぐーだったわ。

 うーん、体育会系。


「えっと、なんで殴られたの僕?」


 僕がゆっくり身を起こすと、ボインは首を傾げた。


「なんとなく?」

「は?」

「だからなんとなくだってば。顔キモイし」


 その顔は現在進行形でキモくなっていますが?

 あなたの手によって工事が行われているのですが?


 いかんいかん。

 僕は悲しい過去を背負い、復讐を誓ったジャッジメント。

 決めたことは貫き通す必要があるのだ。


「えっと、写真は見たんだよね?

 僕は脅しているんだけど、わかってる?」

「わかってるに決まってるじゃん」


 ハリウッド顔が満足げに頷く。

 嘘つけと怒鳴りたいが我慢だ。


「ということは、逆らったりするともっとひどいことされるでしょ?」

「あ、そっか。やばじゃん」

「そうそう。だから、一応言うことを聞いたほうが、ね?」

「なるほど。あんた、頭いいじゃん」

「……ありがとう」

「ま、あーしほどじゃないけど」


 うん、うん。

 仏の顔も三度までというからね。

 小学校の先生は怪獣を相手にしているというが、こんなかな?

 血中の糖度が足りなくて肝臓がやせ細りそうだ。


 ま、いっか。

 えろいことできるなら、なんでも。


「ということだからさ、これから二人っきりで」

「ふんっ!」


 再び飛んでくるフルスイング・パンチ。

 錐揉みされるように、地面へと倒れ込んだ。


 ――いや、なんでだよっ!


 僕は身を起こすと頬を摩る。

 涙が滂沱のように流れた。


「なんで殴られたの、僕」

「ムカついたから?」


 なんで疑問系なんだよ。

 行動に責任をもてよ。

 凛々しいハリウッド系の顔立ちなだけに、トンチキ具合が恐怖だった。


「今さ、君を脅してるんだけど。それはわかってる?」


 僕は写真を突きつける。


「んなのわかってるし」

「じゃあさ、逆らうと写真をばら撒かれたりしちゃうけど、いいの?」

「あ、そっか。マジで忘れてた」


 ああ、わかってくれたか。

 いや、一発で理解しろよ。

 アチョといい勝負な気がする。

 義務教育本当に機能してないぞ。


 ま、いいか。

 えろいことできるなら。


 おら、股ひらけ股。

 この借り、閻魔顔で返させてもらおう。

 主に後背位で。

 乳ブルンブルンさせてやる。


「ということだからさ、これから僕の部屋に」

「ふんっ!」


 彼女の肩に手を置いた瞬間、再びフルスイング・パンチ。

 さらに長いモデル足で、サッカーボールキックしてくる。

 僕は無様に転がった。


 いや、なんでだよっ!

 あと四点ポジにキックは反則だぞっ!


「な、なんで蹴られたの?」

「写真を取り返そうと思って」

「……」


 持ってきてるわけないじゃん。

 常識で考えろよ。

 あれ一枚しかないから、そもそもばら撒いたりできないんだけどね。

 うーん、ずさん。


「そっか、だよね~。って、最初からわかってたし」


 ウソつけ。

 リッスンブールくらい嘘つけ。


「……わかってくれて嬉しいよ」

「お、相変わらず物分かりいいじゃん。そう、あーしって頭良いから」

「じゃあなんで蹴ったの?」

「ムカついたから?」


 なんで疑問系なんだよ。

 君はあれか、

 生に疑問を持たないタイプか。


 この子、やばいわ。

 ガチでやばいわ。

 リアルに話が通じないぞ。

 宇宙人と交信している気分だった。

 ちなみにマイベストSFは『プロジェクト・ヘイル・メアリー』です。


「姉さんっ!」


 僕が戦慄していると、校舎の影からポニーテールの女の子が走ってきた。

 少女は第一声のとおり、この暴力ヤンキーの親族なのだろう。

 とはいえ、性格は違いそうだ。俯き気味だし、派手派手な姉のスタイルとは真逆で、闇側にかなり近い。

 中の人も切羽詰まった金切り声で、馴染みのある感じだった。


「お兄さんごめんなさい。姉さんは後先考えず先走る癖がありまして」


 彼女は僕たちに割って入ると、慌てて頭をさげた。


 お兄さんって、またテンプレだなぁ。

 ザ・妹ですみたいな呼び方だ。

 使い古されすぎてチープですらある。もうちょい捻れよ、制作。

 モブのイベントとか全スキップだったけど、こんなキャラもいたんだねえ。


「ちょっノエミ。あーしに任せるって約束じゃん」

「ダメです。姉さんを放っておいたら、一番最初に被害を被るのは私なんですから」

「でもさあ」


 やばい、さっきから違和感がすごいぞ。

 無理やり話し方に個性を付けようとしている気がする。

 って、どうでもいいね。

 それより、もっと大事なことがあったような……


「えっと、ノエミちゃんって?」


 貧相な妹の方が訝しげに答える。


「私ですけど」

「……じゃあそのぉ、君は?」


 恐る恐る指差しながら尋ねると、ボインな姉がはぁ? みたいな顔をした。


「カルミに決まってるじゃん。あんたなに言ってんの?」


 つまりノエミちゃんがカルミちゃんで、カルミちゃんがノエミちゃん?


「まさか、あーしらの区別ついてなかったってわけ?」

「お、おほほほほ。それは、まぁ、そんなわけないざますが」

「……お兄さん?」


 おいおいボクちん。

 まさか間違えて姉に手紙を渡して、全然気付かなかったのか。

 なんだそれ、脳みそ溶けてないか?


「とりあえず、こいつボコんない? 二人だったら楽勝っしょ」

「それは賛成ですけど、その前にいいですか?」


 妹のノエミちゃんは身体の前で手を組みながら、写真を投げた。


「お兄さん。これ、私じゃないですよ」

「ほへ?」

「後ろ姿だから間違えたんだと思いますけど。そもそもウチの生徒じゃないです、この人」


 慌てて写真と彼女を見比べる。

 うわ、やべ。

 よく見ると全然別人だ。


 そういえば、制服イメクラが流行っているとか聞いたような。

 前世も今世もカスばっかである。

 あと、三馬鹿許すまじ。


「つまりどゆこと?」

「思いっきり殴りましょう」

「そっかそっか、理解」


 ジリジリと近寄ってくる双子に、僕は全身をこわばらせるしかなかった。


「ま、待って。ちょっと待ってほしい」


 そ、そうだ。

 今世の父から教わった、七つあるモテ奥義の一つをここでっ。

 その名も、双子は確率二倍論!


「あ、あの、どっちか付き合ってください!」


 それからのことは、説明するまでもないだろう。

 ぼこにされた僕は、あえなく医務室まで運ばれたのだった。




 § § §




 翌日である。

 なんだかんだ丈夫な僕は、大事な相談があるとミサキちゃんに呼び出されていた。

 と、その前に事件があったから喋っていいかな。

 って、断られても話すんだけど。


 お昼時。

 双子に脳みそシェイクされ、惰眠を貪っていた僕が、うざそうな医者に叩き出されたあとのことだ。


「ミカっ、てめぇ!」


 鬼の形相で叫んだのは、実にお久しぶりですな主人公くんである。

 お相手のミカくんとやらは、彼の舎弟兼お弟子さん的な人である。脇にはうつむく女の子の姿もあった。


 白昼堂々、ランチを求めて移動する最中だ。

 なんだなんだ? と野次馬が集まってくる。

 そんな中でミカくんとやらは、


「マジ申し訳ないっす。けどほら、やっぱ弱肉強食じゃないっすか、ここ」


 と、一ミリも敬意の伝わらない体育会語で女の子を抱き寄せた。


「あん、やだっ」


 指が沈みこんでいるのに、女の子は拒否しなかった。

 主人公くんは火がボウボウ吹けそうなくらい真っ赤だった。


 そういえばあの子、主人公くんの彼女さんだったなあ。

 なるなる、痴情のもつれか。

 たぶんこれから、


「私のために争わないで!」


 という展開に続くんだろう。

 お約束である。

 少女漫画とかでやって欲しいぜ。

 これ、えろげーだから。

 そんなとき、事件は起きた。


「そうよっ!

 もう彼の〇〇〇〇お〇〇ぽを味わっちゃったら、アンタの短〇粗〇〇なんかじゃ、私の〇〇ん〇は満足できないのよ!

 〇〇もないくせに、さっさと〇っちゃってさあっ!

 なのに『オレが守るからな』って?

 〇〇のくせになに言ってんの?

 これからの人生、男日照りになってアンタの〇〇〇チ〇を〇ェ〇し続けるなんて、死んでもごめんなんですけどっ!」


 うん、全然わかんないね。

 下品なことは伝わるけど。

 ピー音に次ぐ、ピー音の連続である。

 世界って、編集かかってるらしい。


「三人称視点で主人公NTRか。令和だな~」


 僕がしみじみつぶやくと、主人公くんは爆発した。


「……ぶっ」

「ブリリアント?」

「てめぇら、ぶっ殺してやるっ!」


 僕たちは主人公くんを止めることになった。

 三馬鹿とか、イヌ男くんとかね。

 一番役に立っていたのはヘカテーたんだったけど。


「ウチ、二度とあんたらんとこの騒ぎには口出さんようにするわ」


 彼女には感謝しかない。

 今日はマジ、死人が出てたよ。

 イヌ男くんは気絶してたし。

 とか言いながら、僕はずっと見てただけなんだけどね。


 そして主人公くんは三馬鹿によしよしされてた。

 まさに凋落って感じだ。哀れさ半端なさ過ぎである。


 さて、そろそろ行かないと。

 僕は急いでミサキちゃんの元に向かった。




「で、ケンカを売られたんだって?」


 深窓の令嬢と化していたミサキちゃんに、そう声をかける。

 壁際にはアチョやモブA・モブFの他に、イケメンくんやドリル貴族の姿もあった。

 なんだこのメンバー、と僕は思った。


「ええ、直々にね」


 ミサキちゃんの説明によると、昨日僕が去ったあと、今アゲアゲな彼ら「チーム☆アゲてけ」が宣戦布告にきたらしい。

 曰く、タイマンで雌雄を決しようジャマイカ、と。

 野心に溢れた彼ららしい提案である。


「勝った方がリーダーな。

 あと、負けた側は潔く従うこと」


 なんてえろげ。

 僕より悪役やるんじゃないよ。

 いや、僕が汚れているだけなんだろうけどね。


 あれ?

 ちょっと待てよ。


「次の試験って、たしか」

「そう、長耳族エルフ狩りよ」

「うげ」


 僕はめちゃくちゃ頬を引きつらせた。


 エルフ狩り。

 プレイヤーにも、わりと苦行扱いされるイベントである。

 しかもこれ、昔のクイズ番組みたいな萎えポイントもあるんだよなぁ。

 初プレイ時、超ご都合展開にすごい冷めた記憶がある。

 とりあえず、内容はこうだ。




 ◇ ◇ ◇


 一つ、十日間ビーエスエス樹林で行われる。

 一つ、討伐したエルフの種類により報奨金がでる。

 一つ、最大六人のチームで活動すること。

 一つ、合計報奨金額の多い上位三チームに星が与えられる。

 一つ、ノルマ未達成者は処分あり。具体的には軍法会議の末、断首。オーバーキルやめれ。


 ◇ ◇ ◇




 簡潔にまとめると、エルフの耳をいっぱい毟りとってきたチームが勝利ということである。


 この試験、……もはや試験なのか謎だが、とにかく危険が危ない。

 直刃の刃物で刃傷沙汰なのである。

 油断すると余裕でキャラがロストする、リアルに。

 夏休み設定で水着回が挟まるが、実際はごりごりの実戦だ。


 一周目テキトーにやったら、二学期には半分空席状態だった。

 瀕死で耐えていると思うじゃん。

 皆ふつーに死ぬんだよ。

 二周目に他のクラスでプレイすると、前線の兵隊さんが足りなくて、学徒動員するという裏設定を教えてもらえる。


 なんだ、そのリアル感。

 えろげだぞ。

 試験って名打てば、学園風で通るわけではないのである。


「仕方ないでしょう。逃げるわけにはいかなかったわ」


 野菜人ですか?

 超デンジャラスな殺し合いで、わざわざ内部抗争とか。

 前世マルキドさんな僕には、到底ムリだ。

 リスクを考えて止めとこ。

 眠たいし。


「ところがぎっちょん、そうはいかないのさ」


 僕の反論に割り込んできたのは、キラッキラのスパンコールドレスに身を包んだ、キャバ嬢を彷彿とさせる色っぽい女の子だった。


 クリムゾンレッドの髪の靡かせるその子の背後には、ゾロゾロといかめしい男たちの姿が。

 どいつもこいつもモヒカン、上裸、爬虫類フェイスと人相が悪くて仕方ない。

 どこかしらに制服っぽい名残があるのが、違和感でしかなかった。


「ナイルリア、さん」

「どうもさね。そろそろこっちも決まった……なんだいこの下品な男は」


 色香に釣られた僕は、ナイルリアちゃん――プレイヤーには処女リアちゃんとか呼ばれる彼女の前に、ふらふらとおびき出されてしまった。


 これがフロント・カットアウトか。

 童貞を殺す服以外で初めて見た。

 そしてミニタイトドレス特有の、なんていうんだろうね。

 透けてはないんだけど、透けてるっぽい風なレースがドレスの黒にすごい映えている。

 あとはマラカス? マスカラ?

 ぱっちりおめめと紅を引いた唇がすごい色っぽい。


 キャバ嬢だ。

 本気の本気のキャバ嬢だ。

 派手派手なの好きじゃないけど、宗旨替えしそう。


 んーでも、彼女が絡むってことは、今度は「南組」が関係してくるのか。

 実にハードだねぇ。

 あと、どうでもいいが、ずっと扉の前で聞き耳立てていたのだろうか。

 ダサ過ぎである。


「なんだい? 今は石ころの出る幕じゃないよ」


 僕は谷間に向かってお辞儀した。


「結婚してください」

「……あなたねぇ」


 しょうがないじゃん。

 そりゃ百獣の王ソウ・タケイも息子を谷に突き落とすわ。

 なんなら突き入れるわ。

 ミサキちゃんがこめかみをおさえた、その瞬間だった。


「やっちまいな、ウマル」

「はいよ」


 ナイルリアちゃんが指を鳴らすと、巨漢が殴りかかってきた。

 同時に、後ろからもニュッと手が伸びてくる。


 僕の飼い犬、

 天下無双のアホ、アチョである。


「ご、ご主人っ、触るなっ!」


 昔似た状況があったけど、今度のアチョは限界だ。

 声には余裕がないし、両手を使って踏ん張っている。


「な、何のつもりよっ!?」

「やるじゃないか。ウマルはウチの突撃隊長なんだけどね」


 皮肉か?

 今もラガーマンファイトしているけど、全然勝負になってない。

 余裕綽々としたウマルと額に汗するアチョの間には、素人目にさえ力量差がはっきりしている。

 そしてワニ顔の方が百倍強そうだ。


「ほぉ、やるじゃねえか。まさかオレ様に肩を並べるようなやつが居やがるとは」


 実際ウマルとかいう巨デブは、リアルに「南組」四天王最弱を地で行く。

 だからバランスおかしいだろ。

 アチョはこっちのエースだぞ。


「勝負は拮抗してこそだ。俄然おもしろくなってきたじゃないか」

「そちらも良いモノをお持ちなようで。お手伝いしましょうか?」

「……あなたは少し黙っていなさい」


 ミサキちゃんたちも構え始めた。

 イケメン君やドリルちゃんも、拳や扇子で応戦しようとしている。

 こっちのテリトリーで好き勝手させたら名折れである。

 折れるほどの名があるのかは、哲学的な難題だが。


「ウマル」

「っけどよ、こっからだろうがっ!」

「逆らうのかい?」

「……ちっ、わったよ」


 ウマルと呼ばれた男は、アチョの腹をヤクザキックした。


「アチョ君っ!?」


 うわ、痛って。

 後頭部を机にゴンってぶつけたよ。

 アホになっちゃうぜ。

 ……元々か。


「あなたたちねえっ!」

「心配ないよ。殺しても死なないやつだから。ほら立ってアチョ」

「だ、だからって」


 僕の言葉通り、アチョは何食わぬ顔で立ち上がった。

 って、あれ?


「どうしたの?」

「……何もないぞ、ご主人」


 生意気にも不満そうな顔をしているんだけど。

 顔を合わせないようそっぽ向いているし。

 最近、なんか反抗的なんだよなぁ。

 もっとボコしてもらうか?


「悪かったね、試すような真似をして」

「合格かな?」

「……治療費ならこっちで持つさ。いくらでも請求しな」

「あ、やった。ちょうど仕送り切らしててさあ」


 ちょ、ちょっとこらワニ。

 無言でのけものにするな。

 僕だって生きているんだぞ。

 こら、話きけ!


「で、決まったのかい?」

「……ええ。この六人よ」


 二人の話を要約すると、彼女は審判として雇われたらしい。

 ルールを遵守し、一対一の勝負をしているか。

 敗者がきちんと勝者に従うのか。

 そういう部分を監督するために。


 何のメリットもない気がするけど、向こうも困っていたらしい。

 東って誰に話をつければいいの? 的な感じで。


 ホントかよ、

 と思ったけど口には出さない。

 ペーペーには関係ないことだ。


 ん?

 イケメンくんが居るってことは。


「ええ、そうよ。

 私たちもベストを尽くす。

 だから君に協力して欲しいの。

 構わないわね?」

「そりゃいいけど」


 ほへぇ、行動力あるなぁ。

 相手は一対一と思っているのに、実際はイケメンくんたち含んだ、東組トップグループのうち二つで組んでいるのだ。

 GGである。


「よーし、頑張るぞー、主に拠点の警備員として」


 ふう、頼られる男は辛いなぁ。

 まあしょうがない。

 女の子の頼みを聞かないわけにもいかないしね。


「何を言っているの? あなたは別よ」

「ぱ、パードゥン?」


 ど、どういうことですか?

 なんで僕、はみられるんでせう?


「ベストと言ったでしょう。あなたは必要ないわ」


 僕はゆっくりと、ギギギと擬音が鳴るくらい部屋を見渡した。


 一、ミサキちゃん。

 二、アホのアチョ。

 三、イケメン君。

 四、ドリル。

 五、僕らのチームのモブA。

 六、たぶんイケメン君チームなモブF。


「一、二、三……あれ? 僕を含めず六人いるんだけど」


 目をごしごし、瞼をぱちぱち。

 いつまで経っても五人にならないよ?

 ミサキちゃんは、腰に手を当てて僕を見下していた。


「構わないのよね、アチョ君にも協力してもらって」

「……」


 完全にやられた。

 ハメ撮りされた。

 周りを見渡してみると、「うわ気の毒っ」みたいな表情を……してないね。

 早くしろよ感ありありだ。


「アチョ、お前は抵抗しろよ」

「……」

「おい、こっち向け」


 オラオラと脅すが、アチョはそっぽを向いたままだ。

 ミサキちゃんは僕を部屋からつまみ出した。


「最近のあなたは少し変よ。反省しなさい」


 え? マジで?

 本当の本当に?

 ウソだよね、ねえっ!


 駄々っ子のようにノックしても反応はなく。

 そうして、チーム余り物への参戦が決定したのである。




 § § §




「メルボルンさんと一緒になれるなんて、これも“L”の配剤ですね」

「……そうだね」


 天の配剤な。

 ラッキーの「L」を神と同列にしないで欲しい。

 元々イカれた宗教が世を席巻しているので、変な思想を持ち込むともっとカオスになる。


 試験前日。

 メンバーとの顔合わせの日だった。


 付き添い人はアチョに代わり、イカれラッキーと名高いリラちゃんである。

 L教なる宗教を立ち上げ、百人単位の信徒が集まり始めた教祖様だ。成績は底辺なのに、それ以外だと才能豊かな妙な子だった。


 同じチームだけど不安しかない。

 他は優秀だと良いなぁ。

 サボってても許されるくらい。

 せめてリラちゃんプラマイゼロで。


「ファイトです、“L”が見ていますよ」

「……おー」


 やる気が死すぜ。

 本当に、まともな女の子が欲しいぜ。

 切実に。


「あはは、別に付き合ってるわけじゃないよ~」

「あやしぃ。ヒュウガくん、いっつも熱い目で追ってるよ?」

「そうそう。お昼のときも、絶対ナインちゃんの横だしね」


 キャキャと姦しい女子三人組が、肩を突き合わせながら歩いてきた。

 チームミーティングをしていたのだろう。胸には本やメモを抱えている。


 彼女たちは今赤丸急上昇中のグループ「チーム☆アゲてけ」のメンバーだった。

 成績良し、容姿端麗、ついでに性格までいい華のある三人である。

 脇にずれた僕たちに目もくれず、ザ・一軍と風格を漂わせて通り過ぎてゆく。

 角を曲がるまで、リラちゃんは立ち止まって後ろ姿を見送っていた。


「はへぇ。キラキラですねぇ……爆発すればいいのに」


 うわお、さすが同類。

 常日頃思ってることと一緒だ。

 こえー。

 僕はイケメンなだけで殺意が湧くけど。


「でも、変ですね。いつも絶対挨拶してくるのに」


 そりゃアレだ。ラッキー、ラッキー叫んでるからじゃないの。

 知ってるよ、皆にキチ〇イ扱いされているの。

 僕も男だったら埋めてる。


「ってメルボルンさん? すごく真っ青ですよ」

「なにが?」

「え、その顔がすごく。いえ、大丈夫ならいいんですけど」


 意味不、笑止。

 僕は肩をすくめると、リラちゃんを置いて行くことにした。


「ちょ、待ってくださいっ!」


 にしても、チームはどうなるんだろうか。

 三馬鹿はまとめて組ますと言っていたから、たぶん別の人だ。


 今回の試験は戦闘能力も大事だけれど、補給品の管理とか酒保商人とのやり取りができる、卒のない人が欲しい。

 一応、僕だけならサバイバルもできるんだけどねえ。

 しかし、細々とした作業は大の苦手分野でもある。

 感知系の「獣」も一人欲しい。

 情報こそ、戦いにおいて最重要といっても過言ではないのだ。

 孫氏とかも言ってた気がするし。


 つまり、あれか。

 残り四人で、戦闘能力、感知能力、雑用をこなす能力を持った人間が必要なのか。


 絶対無理じゃん。

 いや、すべてはいわない。

 せめて二つ。

 なんなら戦闘力だけでも。


「これがガチャを引く前の心境か。無課金勢には厳しい試練である」


 半ば祈るような気持ちで、待ち合わせ部屋の扉を叩いた。

 でも、わかってはいたと思う。

 ロクなことにはならないってこと。


「おお、メルボルンくん!」

「っマジ最悪」

「姉さん、失礼ですよ」

「……けっ」


 目に飛び込んで来たのは、実に個性的な四人組の姿だった。


 固まっている双子は、二人の世界を作っている。

 寝取られホヤホヤな主人公くんは、ひどく険のある表情で舌打ちをしている。

 真ん中で、そんな彼らに話しかけようとしているキレイ君は、もはや道化そのものだった。

 僕は深い深い、それは世界を包み込んでしまいそうなため息を吐いた。



 ミサキちゃん、

 これはないでしょ。

 もうちょいマシにできるでしょ。

 むしって○すから、覚えとけ。



 そうして、僕たちチーム余り物は始動したのである。

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