閑話2話:ブチハイエナの咆哮 下

 私は月、それも三日月の夜が好きです。外を歩くには十分な光があり、闇に紛れるにも最適です。

 そんな日は、決まって郊外の森林へと足を運ぶのでした。


「ではサンガを執り行いましょう。合唱」


 ――私たちの繁栄と雄の絶滅を。


 その合言葉をもって、私たちサークル・オブ・フローレンスは焚き火の周りに集いました。

 これは私を発起人とした、夜な夜な開かれるサークル、お茶会のようなものです。メンバーは基本女子のみ。幹部であるサマナたちは皆、仮面と黒いローブを纏っています。

 後ろにはローブだけのユナークたちが控えていますが、発言権はありません。

 サークルには厳格な階級制度があります。教えをきちんと理解するまで、下積みをして学ぶ必要があるのです。


「報告を」

「ターゲット・フェネック。浄化完了ですわ」

「ターゲット・プードル。任務続行中です」

「ターゲット・レオパード。浄化に成功しました」


 サマナの報告に耳を傾けます。日を増すごとに、私たちの活動が実を結んでいるようです。

 ふふ、良い傾向ですね。


「ターゲット・ウルフ。再三の馬糞攻撃にも慣れてきたのか、今はゴキブリで」

「待ちなさい」


 サマナの中では新参であるシーラを咎めます。


「私たちの活動は、世の浄化です。正しい言葉使いをするように」

「は、はいっ。申し訳ありませんっ」


 ひどく恐縮した様子で、彼女は頭を下げました。

 それほど恐れられる必要はないのですが、規律は重要ですからね。締めるところは締めていかねば。

 彼女も一度でわかってくれたのか、正しい言葉で報告を済ませました。

 そうですか。世の中は、そう簡単にはいかないようです。嘆かわしいのやら、やりがいがあるのやら。

 それにしても、やはり人手が足りませんね。

 ふと気付けば、懐の貴金属に手を伸ばしていました。迷っている、のでしょうね。

 正直に告白しましょう。私は、決断しかねていました。


を、今こそ使うべきではないでしょうか?」


 シーラはそう発言しました。私が、何を考えているかわかったのでしょう。

 スター。正式には星十字勲章ですか。前回の試験で、見事二位に輝いた私たちへの報酬でした。

 勲章とはいえ、飾りではありません。これ一つで金塊に武具、同意次第では移籍さえ可能とする、この学園の根幹に関わるアイテムでした。

 一つは次の試験のため軍資金へと替えましたが、もう一つは手元にあります。

 保険として置いておく。そう決議されましたが、納得していない者も多くいます。シーラもそんな一人でした。


「様子見たいんよなぁ」


 リーダーの鶴の一声が、「東」の引き抜きに待ったをかけました。

 いえ、それだけではありません。誰にも相談なく、同盟まで結んだのです。表立って反論する者はいませんでしたが、不満は燻ったままでした。


 中央。こことは正面から戦いたくない。口酸っぱく繰り返すそれには、納得の余地もあります。

 ですが、だからこそ、先手必勝が有効ではないでしょうか。

 東の有力者を迎え、より万全な体制を整える。足を引っ張られるかもしれない同盟より、よほど効果的だと思います。

 いえ、これが論理的な判断ならいいのです。個人的な感情、それも肉欲の裏切りであることを、恐れているのです。

 幹部ハスは疑いさえしてませんが、私は違います。

 そう、キスマークの件です。彼女には「北」で浮いた話がありません。

 なら、相手は誰なのでしょう。そこに突然同盟です。怪しむなという方が、無理ではないでしょうか?

 だから私たちは、スターを盗み出しました。

 非常に危険の伴う行為です。もし他所のクラスに奪われれば、そっくりそのまま相手の力となってしまいます。

 そうでなくとも、見つかれば裏切り者扱いでしょう。それでも踏み切ったのには、尊い目的があったからでした。


「どうして迷うのですか、エナ様。時は来たのではないでしょうか」

「そうですわ。事さえ起こしてしまえば、私たちが正しいとわかるはず!」


 サマナの皆が、口々に私を説得します。

 そう、です。やっぱり私は、迷っていたのでしょう。


 禁じられたのは「東」からの引き抜きです。

 手元には方法があり、南や中央にも連絡手段を残しています。

 あとは決断するだけ。

 わかっているのです。

 踏み切れないのは、ヘカテーさんの顔が浮かんでしまうからです。一度は優しくしてくれた彼女です。たとえ裏切られたとはいえ、組織ごと裏切るなど。


「彼女のためでもあるのです、エナ様。私たちが、ボーリーさんを救うのです」


 シーラの言葉に、私はハッとしました。

 そうです。何を迷うのです。私たちは崇高な理想のために動いているのです。今理解されなくても、これは正しい事なのです。

 そう思えば、懐の勲章が熱を持ち出したような気分でした。


「今、霧は晴れました。明日、決行します」


 おお! と皆が歓声をあげます。

 そんな時です。雑木林の中から、不遜な足跡が耳に届いたのは。

 こんな時間に、森に足を運ぶ相手など真っ当な人間ではない。私たちは頷き合うと、各自武器を手に、姿勢を低くしました。


「何者ですっ!」


 警告に答えたのは、薮を割って出てきた巨躯の大男でした。

 首から下にかけ、異様にドス黒い肌です。爬虫類じみた前に突出した顔だちといい、ひどく攻撃的な印象を受けました。


「なんだこりゃ、珍妙なのしか居ねえぞ。本当に俺が必要だったのか?」

「ふむ、最もな質問である。なに消去法よ。扁平は頭が硬く、小娘では過剰だ」

「てめぇ騙しやがったな」

「人聞きの悪い。それに、質はともかく量はあろう?」


 巨漢の後に続いたのは、これまた極端に矮躯の男でした。

 腹は膨れあがり、一方手足は病的に細い。凶相と言うべき金壺眼、それに散らかった頭皮と。生理的嫌悪という概念の展覧会のような、そんな男でした。

 彼らは、こちらが武器を構えていることなど意に介した様子もありません。

 ユナークたちが距離を詰めようとしても、まったくの無反応です。

 私は攻撃を指示をしました。目的はわかりませんが、警告を無視したのです。

 それでなくとも、今は慎重にするべき時期です。譲歩する理由はありませんでした。

 巨漢を中心に円形の陣を組んだユナークは、一斉に得物を突き出しました。

 血筋柄なのか、集団を操る術はお手のものです。

 羽虫一匹逃げられない、完璧な連携が彼らを襲いました。

 しかし、私たちはそろって顔を凍りつかせました。刺さったはずの刃が、まるで鉄版にでも当たったような音を立て、弾かれたのですから。


「何だぁ? 思ったよりも好戦的な連中じゃねえか」


 皮骨。

 前世で、皮の下に骨でできた、薄い鎧のようなモノを纏う生き物がいると聞いたことがあります。

 それはつまり、「獣」の技を意味しました。

 学園生っ!

 緊張がピークに達します。

 凶悪に口を歪めた男は、ひどく無造作に拳を薙ぎました。

 ぶおん、と。まるで嵐にでもあったような気分でした。

 一陣の風が頬を撫でたかと思うと、五を超えるユナークたちは、壊れた人形のように転がっていました。

 悲鳴をあげる暇もありません。いえ、麻痺していたのでしょう。気の弱いシーラなど、足元に湯気を立たせています。


「次は誰だ?」


 生物として、根本から性能が違う。そんな印象です。私は無意識のうちにすり足で退がっていました。

 このままではいけません。力では、力以外のもので立ち向かわないと。


「な、何が目的なのですっ!?」


 喉が枯れそうになるのもかまわず、私は叫んでいました。


「あん?」

「学園生でしょうっ。学外での私闘は禁じられているはず!」


 答えたのは、指をしゃぶりながら下卑た視線を送るもう一人の男でした。


「星よ。なに、問答はよそう。抵抗しないなら、ありがたい」


 スターっ!

 とっさに皆がこっち見ます。同時に私も、自分の胸元を庇ってしまいました。

 グエ、と男が笑みを深めます。やられた、反射的にそう思いました。


「に、逃げてくださいエナ様っ! こいつら、ベドウィンのっ」


 シーラが金切り声で叫びます。私は激しく顔を青ざめました。

 ベドウィンとは、つまり南側地域出身の者達の総称です。彼らの、とくに幹部格の凶暴性は耳に届いていました。ここは夜の森林。スターどころか、命さえ保障されません。


 喉がカラカラに乾いて、うまく声が出ません。このヒキガエルのような男は、交渉などしないでしょう。

 いえ、それは巨漢も同じです。彼らには、人を人と思わない殺伐とした空気が漂っていました。


 全身が粟立つ前に、身体を「獣化」させ、全力で逃げ出します。

 体質なのか。牙や爪といった攻撃的部位を強化できない私ですが、腐っても四足獣です。

 相手は巨体です。逃げに徹すれば、なんとかなると思いました。


「おいおい、これでお終いってことはないだろ」


 ですが、そんな目論みは儚く潰えました。

 身を翻した瞬間、左の足を掴まれて宙吊りにされたのです。巨漢の男にとって、私の考えなどお見通しだったのです。


 反転して映る世界。足首から汚らわしい肉の温度が伝わってきます。

 イヤ、離しなさいッ!

 男が私の顔を覗き込もうとしたとき、反射的に手のひらで打ちます。

 巨漢は小揺るぎもしませんでした。

 サークルのメンバーも、もう一人にやられ昏倒しています。助けは望めそうにありません。

 もはや抵抗など無意味でしょう。

 絶対の正義はある。そう信じて生きてきました。

 ですが、いつの世も無理が通れば道理が引っ込むものなのですね。

 絶望など、する気も起きません。それさえ、彼らにはもったいないでしょう。

 ただ一つ後悔があるとすれば、そうですね。

 ヘカテーさんに一言、謝りたかった。スターを盗んでしまったことを。

 ……らしくないですね。

 最後の最後まで、私らしく、私のままでいましょう。

 負け惜しみですが、男の顔に唾を吐きかけました。


「ほう、威勢が良いな。方針変更だ。どっちかがくたばるまで、殴り合うとしようぜっ」

「これだから力馬鹿は。殺すでないぞ」

「バカがっ。俺はよ、今日この時の為に生きてんだよ。邪魔すんじゃねえっ!」

「――闘獣技我!」


 振りかぶられた、丸太のような男の腕。そこに影が降ってきました。


 苦悶の声と共に、全身を衝撃が襲います。

 視界が激しくシェイクされて、どこが天地さえわからなくなりました。

 混乱の極地にあった私ですが、やがて視界が一転に定まってくると、どこか安心感のある温かみが、身体を包んでいることに気がつきました。


「ヘカテーさんっ!」

「ゴメンな、怖かったやろ?」


 ヘカテーさんは私を下ろすと、険しい表情で腰の剣に手をやります。

 意識が朦朧としていた皆も、思わぬ援軍に黄色い声をあげました。


「アンタら、南の幹部連中やろ。うちのかわいい友達になんか用か?」


 巨躯の男は拳を構えました。もう一人も身を引き、いつでも対応できるようにしています。


「大物であるな。ウマル、ここは退くぞ」

「チッ、しゃあねえな。姫さんにどやされんのは俺も御免だ」

「懸命である。で、話は聞いていたな? 行っても構わぬな?」


 ピクリと眉を動かしたお姉さまでしたが、顎で行けと指示しました。

 どうしてっ!

 そう叫びそうになりましたが、慌てて口を閉じました。

 彼女とて、彼らの行いを問い正したいはずです。なのに黙って行かせるのは、私たちの身を案じてのことでしょう。人質など、卑怯な策を取らないとは限らないのですから。

 男たちが踵を返します。お姉さまも、瞬きひとつせず睨んでいました。


「一つ、質問である。前回、東の裏切り者を切ったのは誰か?」


 矮躯の男が足を止め、そんなこと言い出しました。

 一体何の話でしょう? いえ、関係ありませんね。誰が内部情報を、敵にペラペラ喋るものでしょうか。

 そう鼻で笑って、ヘカテーさんの方をうかがった瞬間でした。

 男の目が、ギランと輝きを放ったのです。


「わかってんじゃねえかデメトリウスっ!」


 空気が張り裂けたようでした。

 地面に両手をついた彼は、私に向かって長い舌を伸ばしたのです。

 それだけではありません。時同じくして、弧を描くように大男も突進してきたのです。


「そう来るおもたわっ!」


 私の前に身を躍らせたヘカテーさんが、伸びる舌を剣で弾きながら、巨躯の男の肩を掴み、組み合いました。

 獰猛に頭部を突き出す男の姿は、まさに猛牛です。

 どんなときも余裕な彼女が、腕に青筋を浮かべ、必死に踏ん張っています。


「ぐおおおおお!」

「うるさいっ、やっちゃなあ!」


 圧を受け、ジリジリと後退するヘカテーさん。肉体性能はともかく、単純な膂力では体格に勝る相手の方が上手のようです。

 力比べに見切りをつけたのか、身体を沈み込ませると、巴投げの要領で男を投げ飛ばします。

 デメトリウスと呼ばれた男がすかさず舌を薙ますが、これもしゃがんで躱して、追撃してきた男の胴に回し蹴りを叩き込みました。


「かったぁ!」

「ハハァ! そうでなくちゃなぁ!」


 ごろごろと転がった男には、血を袖で拭う以上のダメージは見受けられませんでした。

 むしろ、蹴った方が痛そうな音です。ヘカテーさんは堪らず足先を抱えていました。

 ダメなのでしょうか? そんな不安が、むくむくと首をもたげはじめました。


「オラっ行くぞっ! 闘獣技我、タイプ・コモドドラ――」

「十分である」


 両手を交差させ、天に咆哮しようとした男をもう一人が止めました。

 半分鱗に包まれた巨躯の男が、食ってかかります。


「冗談だろ? これからじゃねえか、おもしろくなるのはよ」

「さすが一番槍を自称するだけの血の気であるな」

「けっ、てめえにはベドウィンの血が流れてねえってのか?」

「近接戦は死の感触をより直接的に感じられる。その点は認めよう」


 ならいいじゃねえか。巨漢が言うよりも先に、グエと男が笑いました。


「なに、効率の問題だ。我は一方的に嬲るほうが好みでな」

「……ちっ、このイカれ野郎が」


 今度こそ本当に矛をおさめるのか、巨漢はするする人の姿に戻りました。


「と、いうことである。再戦が楽しみであるな。我らが直接相手するか、わからぬのが残念であるが」

「待ちやっ!」


 ヘカテーさんがナイフを足元に投げ、行手を阻ました。


「これだけ好き放題やって、おめおめ帰す思うんか」

「愚問である。自分さえ騙せぬ嘘で、他人を説得しようなど」

「嘘やて? 試してみるか?」

「それより早く対処することを勧めよう。我の舌は、常人には毒である」


 ヘカテーさんだけでなく、私もギョッとしました。

 そういえば、皆顔色が優れません。シーラなど、はぁはぁと肩で息をしています。

 ヘカテーさんが慌てて彼女に駆け寄ります。彼らは森の深い闇に消えていき、再び襲ってこようとはしませんでした。

 恐怖は消えてくれません。一分たち、五分たち、ヘカテーさんが皆の手当てを終えても、私は立ち尽くしたままだったのでした。




 § § §




「やからこうなったと。なるほどなぁ」


 あれから数刻。私は俯きながら、彼女の前に立っていました。

 毒と聞いて焦りましたが、強いものではなかったのでしょう。一番重症なシーラでさえ、今は気分が悪い程度にまで復調していました。

 私は、皆の体力が回復するまで、サークルのリーダーとして、ヘカテーさんに罪を告解していました。

 同盟の件で疑いを持ったこと。スターを盗み出したこと。南の人間を引き抜こうとしたこと。見破られ、逆に奪われそうになったこと。

 私たち活動の内容すべてです。

 スターを返しても、彼女はただ静かに耳を傾けているだけでした。

 思うところはあったでしょう。本当は理解していました。なぜ付き纏われていたのか。

 スターの紛失も、ヴォルフたちへの嫌がらせもすべては承知の上で。遠回しに、自首してほしいというメッセージだったのです。

 それを無下にしたのに、彼女は決して怒ったりはしませんでした。


「すべては私が考え、やったことです。ですから、ですから皆には……!」


 私は膝をつくと、深く頭を下げました。

 涙が滲みます。自分のやったことが、今更ながらに自覚できたのでした。

 私情と決めつけ。そんな理由で、私たちは皆の成果を台無しにしようとしたのです。なのに、彼女は一度も声を荒げようとはしません。

 なんだかとても、自分がちっぽけな存在に思えてきます。謝っても、謝っても、足りないくらいでした。


「ようわかった。じゃあ、そやなぁ」


 ヘカテーさんは、私の顔を上げさせると、ニッコリ微笑みました。


「罰として、みんなを部屋まで運ぶんを手伝うこと」

「……えっ?」

「それとこの集まりは解散やね。なんや、すごい怪しいもん」


 カルトかと一瞬迷ったわ。そうヘカテーさんが首をすくめています。

 意味が、意味がわかりません。そんなの、罰でもなんでもないじゃないですか。

 そう反論する私に、ヘカテーさんは頭を掻いてバツが悪そうにします。


「ちゃんと説明せえへんかったウチが、一番の原因やからなぁ」


 そんなわけないのに。誰が悪いか、一目瞭然なのに。彼女はそう言って、罰が悪そうに微笑みました。

 今度こそ、涙が溢れるのを抑えられませんでした。


「お、おねえさまぁぁぁぁっ……!」

「ふぁっ――」


 我慢などせずに、私はお姉さまの胸に飛び込みます。

 そうです。

 私は何を勘違いしていたんでしょう。お姉さまはお姉さまです。

 雄と交尾する一面があっても、優しくて強い、尊敬できる人です。

 大っ嫌いなぶりんぶりんのおっぱい。でも今日だけは、頬全体で甘えます。

 嫌なところも含めて、好きになる。それが、人間の素晴らしいところでしょう。

 私はお姉さまのおっぱいにむしゃぶりつきました。


「あー、もう泣かんとって、な?」


 お姉さまも諦めたのか、よしよしと控え目に撫でてくれます。

 体温が心を癒してくれます。安心したからでしょうか。副交感神経が高まってきました。

 ダメ、ダメです。お姉さまにこんなこと。でも、もしかしたら。

 私は、胸の中で生まれた欲望に、少しだけ素直になりました。


「……ひとつだけ、わがままを言ってもいいですか?」

「んー、あんま無茶なんはあかんで」

「す、すぐです。お姉さまは、空を見ているだけでいいですからっ!」

「ちょもお。どこ触っとるん。わかった、わかったから」


 私はお姉さまの手を取ると、二人して地面に倒れ込みます。

 とろんとした、クマのあるお姉さまのタレ目。頬に手を当て、汚された白い首筋に指を這わせます。

 喉が苦しいですね。胸元を掴んでパタパタとあおぎます。

 吐息にも熱が篭るのを感じていました。

 サークルの皆も何が起きるかわかったのでしょう。取り囲みながら膝立ちになりました。


「えーと、なんや怖いんやけど」


 お姉さまの顔が引き攣っています。心配いりませんよ。傷つけたりしませんから。

 ほら、ジタバタしないで。力を抜いてください。

 はぁ、はぁ。お姉さま、とってもきれい。

 シミひとつない、すらっとした足がステキです。ぶりんぶりんのおっぱいだけ、ちぎりたいですわ。

 シーラたちもうっとりした表情で、お姉さまの四肢を押さえつけました。


「うふふ、ボーリー様かわいい」

「我慢ですわ、我慢」

「すぐ良くなりますからね」

「天国はそこですよ」


 そうして私は、下着ごとスカートを脱ぎ捨てました。

 お姉さまの顔が、今度こそはっきり強張ります。

 私が無理やり脚を開かせて、胴を割り込ませたからではありません。

 露出した私の下半身から、見慣れない、浅黒い何かを見たためでした。



 ――偽陰茎。



 その言葉を、ご存知でしょうか。

 生物には、雌の中にも擬似的な男性器を備え、雄なしに性欲を満たすものがいます。

 体長一三〇センチ、体重七〇キロのブチハイエナも、そんな獣のひとつです。

 彼らは雌も男性器を備え、疑似的な繁殖活動を営むことができます。


 それはつまり、女による、女たちの、女だけの世界が作られることを、意味しました。


「好きです。愛していますお姉さま!」


 サークルが無くなった今、もう必要もないかと思われた力でした。

 しかし、最後に一度だけ、私の願いをっ。


 ――闘獣技我。


 赤黒いそれは、ピキピキと血管を浮かび、お姉さまの白い太ももと対比になって凶悪に煌めきます。

 ああ、この反応。

 もしかして処女なのっ!?

 ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打っています。興奮で、もうどうにかなってしまいそうでした。

 だめ、もう我慢できない! お姉さまの腰を掴み、ぐいと引き寄せます。

 下着をかき分け、なかに入ろうとした、その瞬間でした。


「ふ、ふざけんなぁぁっ!」


 豪雷のようでした。私たちはみんな、宙を舞っていました。

 凄まじい膂力です。五人がかりで抑え込んでいたのに、風船みたいに飛ばされたのですから。

 お姉さまははぁはぁ肩で息をしながら、中腰になりました。

 ああ、だめ。このままじゃ逃げられちゃうっ!

 私たち五人は鼻息を荒くして、ジリジリとお姉さまと距離を詰めます。皆の下腹部も、こんもりと膨らんでいました。

 獣心回帰リンク。社会性なブチハイエナの、力を分け与える能力です。

 血が、血が叫んでいました。獲物を追えと、捕まえろと。

 それは人に眠る、原初の狩猟本能でした。


「ウチ、もうイヤやぁ!!」


 お姉さまが泣きながら、背を見せて逃げ出します。

 ああ、待って、待ってお姉さまっ!

 四つん這いになった私たちは、一気に地を駆け出します。

 逃げるお姉さまと、追う私たち。そんな愛のハントは、夜が明けるまで続いたのでした。






 ◇ ◆ 登場人物 ◆ ◇



○エナ・ハイブチ:


フェミニスト、に見せかけたレズ系のヤバい奴。絶対に世の活動家と同一視してはならない。

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