第10話:イイズナはさがらない 下

 僕はヒキコモリ、転生者。


 幼馴染でイマジナリーフレンドな彼女とデートした毎日夢見て、布団の中で惰眠を貪っていた。


 血税をちゅうちゅうすることに夢中になっていた僕は、背後から忍びよってくる悪魔――生活習慣病に気づかなかった。


 僕はその悪魔に身体を蝕まれ、目が覚めたら……異世界に飛ばされていた。


 転生者だとバレたら、正直その時はその時だけど、めんどくさいし、なによりキャラじゃない。よって正体を隠すことにした僕は、このゲーム世界の悪役である、


「ティガ・ホワイト」


 と名乗り、ついでに下半身がTレックス化する持病を治療するため、エロゲー学園に転がりこんだ。


 ところがこの世界。意外にシビアで、女の子と仲良くなるなんて夢のまた夢。借パクした身分も生かせず、ヒイコラ奴隷労働させられる始末だ。


 でも、大丈夫。僕には、適当に使いつぶせる蟻さんがいっぱいだからさ。


 転生しても努力はしない。

 安定怠惰のヒキコモリ。

 プレイは、いつも聖水一択!


 なんてね。どっちかといえば、真実を闇に葬る側なんだけど。でもピンクの組織のほうがいいかな? 頭がお花畑って意味でね。


「そうだろ、カシオレ」

「ご主人? どうした?」


 いや、そこはノれよ。梅酒ロックでも、レモンサワーでもなんでもいいからさ。


 え? お前なんか琵琶湖の濁水で十分だって? それ、近畿圏全域にケンカ売ってるからね。

 知らないの? 人間って三日水分取らなかったら死ぬから。京都とか大阪って、滋賀の奴隷なんだよ。わかったら、これから県民に敬意を持って接するように。


 なんか大阪・京都側に取水の管理権限がある、とかうっすら聞いたことあるような。……知らないふりしよう。うん、そうしよう。


 閑話休題。


 ってか、カシオレはないね。モテないオタサークル出身のさらには窓際族臭がするぜ。うんこ怪人の百倍マシだけど。


 で、そのピンクな組織の僕たちは、子供になる薬を飲んだわけでもない少女を一人、かどわかしていた。


 静かになるまでにもいろいろあったんだけどね。アチョがみじん切りになったり、アチョが串刺しになったり、そういう感じだ。

 つか強いな北組。いや、こっちが弱いのか? やっぱバランスおかしいぜ、この世界。


 しかもヘカテーたん。剣術の達人みたいな動きだった。真剣だったらアチョは死んでいただろう。いや、くまが武器使うなよ。チートだろそれは。


 でもま、ズタボロ雑巾バリアーの向こうから、


「ウル郎くん、大切じゃないの?」


 と脅したら大人しくなった。うん、これこそ悪役貴族Tレックスの面目躍如だぜ。


 そんなこんなで、牛革の縄でおててをしばられているのが、木の根元で女の子座りするヘカテーたんだ。

 屈してなさそうな顔がどちゃくそえろい。うーん、一応ハンケチを敷いてあげたからかな。気遣いと犯罪臭が攪拌されて、こっちまでくらくら来そうだ。


 でも、悲しいお知らせです。一見やらしいことされる三秒前だけれど、こんな拘束意味なかったりする。

 これ、害獣エルフ用なんだけどな。アホは今お使い中だからはげしく不安だぜ。


「そんで、アンタは何がしたいん?」


 おお、こわ。さすが「北組」のリーダーなだけある。後ろ手にしばられたせいで、そのおゆたかなお胸がお強調されて大分マイルドだけど。


「えっちなこと?」

「上等や、食いちぎったるわ」

「ウソです。ごめんなさい」


 空手姉ちゃんを人質にする犯人ってこんな心境なんだろうか。

 ロリ科学者派閥の僕は、肩をすくめてみせた。


「まあそう怒らないでよ。僕は敵じゃないよ。なんなら味方さ」


 どの口が、と言いたそうな目をするヘカテーたん。


 そりゃそうだ。こんなことして味方面する奴は絶対敵だ。そして自慢じゃないが、僕はメフィスト並みの悪い企みがあって接していた。


 どうでもいいけど昔、ゲームのキャラ名をこれにしていたら、友達と遊んだあと、


「メフィストくん笑」


 って陰口叩かれたぜ。どんだけあだ名あるんだよ、僕。


「でも、大人しくしてるってことは、手紙に心当たりがあるんでしょ?」

「アホ抜かせ。ウチは、堂々と自分の名前を書いて送ってくるどアホの顔を、ジャマの入らんところで存分に拝んだろうおもただけや」


 うーん、その答えは苦しいなあ。一応、仲間の罪を認めないで、むしろ探ってくるのは及第点だけれども。

 どうしようもないときはしっちゃかめっちゃかにごまかすか、無言で斬りかかったほうがいいんだけどね。


 だからほら、こうやってつけ込まれる。


「ならバラしちゃうよ? 言っとくけど僕、男がどうなろうと興味ないから」


 とたんにヘカテーたんが、忌々しそうに顔をゆがめる。ふーむ。この調子だと、かなり高精度でわかってるな。


 実際面倒だよねえ、男のプライドって。食えもしないくせに、本気で命をかけてしまえるんだ。

 好きな子からの同情となったら、自殺してもおかしくない。僕はポンコツだけれど、一丁前にプライドがあるからわかるんだ。


 にやついた僕は、ペラペラと北組で起きた不幸な事件の解説を始めた。


 むかし、よそのクラスで刺した刺されたの殺傷事件が起こったという話を覚えているだろうか。

 北組幹部グループ同士の諍いのすえ、「イヌ男くん」グループの一人が武器を持ち出し、そして捕縛され退学……というか逮捕されたあの事件である。


 きっかけは僕らのバーサーカーがウル郎くんグループを襲いまくったせいなんだけど。

 本当申し訳ないです。バーサーカーなので許してほしい。DQNに言葉なんて通じないのだ。


 でも、その話を聞かされたときから、ちょっと疑いを持っていた。


 だって、あのバーサーカーは社会不適合者だけど、主人公くんなだけあって人格破綻者じゃないのだ。理由なく襲いかかってくるほど狂っちゃいない。いや、理由があってもダメだけど。


 だから裏があるんじゃないかなぁ。そう思っていたところに、今度はイヌ男くんのグループに被害者が出た。しかもかなり錯乱した状態で。まったく意味がわからない。


 でも全体を見たとき、一つの可能性が浮かんできたのである。


「ウル郎くんは、イタチくんと手を結んだんだ」


 ヘカテーたんは、うっと喉でも詰まらせたように首の筋肉を浮かび上がらせた。


 いや、推理なんて高尚なものじゃないんだけどね。ただ彼の反応が気になっていただけだ。勝手にホモ絵を描かれたくらいじゃ、ちょっと考えられないくらいのキレっぷりだったからね。


 そしてあの、


「脅しているのかっ!」


 というセリフ。そのあたりから見えるものがある。焦ったウル郎くんが、甘い言葉に乗せられてしまったという光景が。


 たぶん、彼は情報を提供してイタチ野郎に妨害を頼んだのだろう。普通なら他のクラスに裏工作を頼むなんてありえない判断だけれど、うまいこと唆されてしまったんだろう。


「兄やん、あっちが先にズルしとるんでっせ。これは正当防衛や」


 みたいな感じかな? それを利用して、彼は牙をむいた。


 いや、違うか。主人公くんを手駒にしているとは思えないね。となると、ぶつかるよう調整したか、何か取引でもあったか。とにかく彼を利用して妨害し、素知らぬ顔で近づいた。一回組んだら、もうずるずる沼に引きこまれたんだろう。


 ウル郎くんは北組幹部でげきつよなのに、一方的だったのはこれだね。すごいフィクサーぶりである。


 しかし、こうなると彼の無能っぷりが輝くな。


 仲間との競争で焦り、情報をもらして。そればかりか口車に乗せられて仲間を売り。さらには激化する対立を報告もせずただ指を咥えてみていたと。


 うーん、無能な働き者ってこういうことなのかな。僕以下だと思うよ。


「どう? 当たってるでしょ?」


 ヘカテーたんは、ついにやれやれと首をふった。


「全部バレバレってことやね。そんで、なんでウチが気づいてるってわかったん?」

「確信に変わったのはリラちゃんへの暴行を止めたときだね。あのときの彼の言動はいくらなんでもおかしい。なのに、キミはむしろ僕を気にした」


 トップというのは、部下の隠し事を意外に見抜いているものだ。今回の場合、ふたつの派閥が対立していて、その片方から犠牲者が出た。なら犯人はおのずと導かれる。


 僕だったら、自分で自分の味方を切って、相手のせいにするけどね。イヌ男くんはそんなタイプには見えない。


 面識の浅い僕でもそう思うのだ。ヘカテーたんからすれば、ウル郎くんがあやしいのは一目瞭然だろう。


 というかやっぱポンコツだな。なんでバレてないと思ってたんだろう。赤点テストを隠すのび太君なんだろうか。


「はぁ、やっぱりかぁ。あんときはテンパってもうたからなぁ」


 ヘカテーたんはガリガリと頭をかいてバツが悪そうにする。


 うん、そこは同情するよ。まさか説得に来てプッツンするとは夢にも思わないよね。


 なのにまったく、やさしさの限界突破だね、ヘカテーママは。

 裏切り者を見て見ぬふりして、しかも尻拭いまでしようとするなんて。僕だったら間違いなくノーコンマ〇秒で切り捨ててたね、自信がある。


 ああ、だからリーダーじゃないのか。カリスマ性の欠如、これにつきる。


 というか僕は裏切ってなくても切れるからなあ。開幕御三家ポイがカッコいいとか思ってるし。しかも博士の前で。うーん、カス。


「で、そうやとしてや。アンタらは一体何がしたいんや? ウチをいてこますんか?」


 いてこますって。どこでそんなの習うんだよ。今どきヤーさんでも、そんな汚い言葉使わないぞ。

 たぶん、プロゲーマーぐらいである。一七〇以下の男に人権なしっ! そんなこと言えるくらい勝ち組に生まれたかったぜ。


「アホに君の髪の毛一本あげるわけないじゃん。ちょっと待ってよ、そろそろ戻るから」

「そろそろ?」


 首をかしげるヘカテーたんのうしろにまわると、僕は彼女の拘束を解いてあげた。


 けげんな顔をしながらも、ヘカテーたんが手をふって立ちあがる。それもすごい警戒しながら。

 仲間引き連れて、ボコボコにするとか思ってるんだろうか?


 心配いらないって。さっきも言ったけど、悪いことはしないから。

 なんなら君たちのためになるまである。


「合コンしよ」

「はぁ?」

「おーい、底辺ちゃーん。こっちこっち!」


 僕は大きな声で、いつも道に迷うアホと、ひょこひょこついてくるひな鳥を手招きする。


 その正体とは、ぶっちゃけ勿体ぶるほどでもないハマショーガールズだった。手にはお菓子やら飲み物がある。

 おいおい、そんなもので釣ったのかよ。すごい陳腐だなぁ。チープですらある。いや、あのアチョがモノで釣ったことを褒めるべきなんだろうか?


 そんな安売り系ガールズは、待ち人が僕だとわかると決め台詞を放った。


「ハァ?」

「マジ?」

「この女はなに?」


 さすがハマショーガールズ。今日も今日とて、ボキャ貧界をひた走っているようだ。


 そしてモブキャラに労力を割かないスタイルな僕は、彼女たちをナチュラルにシカトした。

 それでもギャアギャアうるさいんだけどね。ボキャ貧どもには、残念ながら貴族という威光は効かないのだ。


「彼女たちはイタチ野郎のパートナー候補でね。立場とお金とイケメンに弱い、ザ・港区女子みたいな女の子たちなんだ」


 アチョバリアーでボキャ貧どもを押し退けながら、困惑するヘカテーたんにかなり雑な紹介をする。

 そして僕はリラちゃんからもらったお守り——ウル郎くんとイヌ男くんの春画を取り出した。


「で、この二人。まずお金持ち」


 一本目。ハア? ガールがビクンと硬直した。


「さらには何代も続く名家出身」


 二本目。マジ? ガールも氷像のように凍りつく。


「なによりイケメンだ」


 三本目。性懲りもなく? ガールも内股になった。


 おお、すごい。これがスーパーダーリンの実力か。僕やアチョが誘ったところで全然興味を示さなかったのに、二人を見たらおめめハートマーク、頭からはピンク色の煙がむわんむわんである。


 ……ってやばいやばい。うほうほ侍に脳みそを犯された。

 なんだよスパダリって。無能でいいだろ、こんなやつ。


「彼女はね、彼らのパートナーを探しているんだけど、皆どうかな?」


 ハマショーガールズはそろって顔を見合わせると、ごくりと唾を飲み込み、さっきよりさらに迫力をもって突撃した。


「ハァ!?」

「マジ!?」

「腰の玉っ!」


 うーん、ボキャ貧。あと最後、色々間違ってるからな。それだと卑猥な意味にしかならないから。


「っちょ、まちやっ! あ、そこアカンっ。も、もう! な、なんやねんこれっ」


 もみくちゃにされたヘカテーたんは、人波におぼれてあっぷあっぷしている。


 えろ。ってまずいまずい。僕はアチョというモーゼで海を割って助けてやった。


「彼女たちはイケメンと組めて嬉しい。君はウル郎くんの弱みを隠蔽できて嬉しい。僕はリラちゃんが助かって嬉しい。一石三鳥でしょ?」


 つまりなんのことはない。いまから僕たちは、あのジャック君のペアを寝取ってやろうとしているのだ。


 昨日の時点で、マスターキーで侵入して希望調査票は確認してある。

 そして上位三人がこのハマショーガールズで、他はテキトーに書いていることは判明していた。

 つまり、この三人がいなくなった時点で、彼の試験ボッチはほぼ確定する。


 そしてこの試験において、ボッチとはすなわちゲームオーバーである。


 うん、策士策に溺れるってやつだ。というか彼、友達少なすぎだろう。

 保険がハマショーガールズって。性格の悪さがアダになってるよ。


 それでも困惑しているヘカテーたんに、僕は言った。


「わかってるくせに。この試験、実は他のクラスとも組めるってことをさ」


 思い出してほしい、この試験のことを。


 五日間の間、ラトレネ山に行って戻ってくる。ペアは基本的に異性であり、同性だった場合にはペナルティが課せられる。

 そして、それ以外に条件は存在しない。


 そう、そうなのだ。同じクラスであることなど一切書かれていないのである。


 どうしてこの試験がプレイヤーからただの山デートと呼ばれるのか。それはもう単純に、全クラスを対象としたヒロインとの初邂逅イベントだからである。


 ちなみに、このイベントを逃すと出会うのがだいぶ後になってしまうキャラが多数存在する。だから僕は、失敗するといつもリセットしていたのだ。


「一人足りない君たちに、この提案は願ったりなはずだ。犠牲者は、ウチで引き受けてあげよう」

「どないして、それを」

「怪しすぎなんだよ。告白から逃れるために偽の恋人をつくる? はは、昭和のギャルゲーでもあるまいし。先を見越して引き抜きまで考えた作戦だったんだろうけど、ね」


 だから彼女は自分のクラスが割れているという内情まで漏らしてみせ、さらには一文の得にもならないリラちゃんの説得に付き合ってくれた。


 すべては信頼感を抱かせるため。


 ありえないんだ。彼女みたいなカーストキラキラ女子が、わざわざこの僕を偽の恋人に選ぶなんてことは。


 この世には必然しかない。

 なら、何か理由がある。組織への帰属意識が低そうとか、女の子にほいほい釣られてしまいそうな感じとか。

 そういう僕を選ぶべき、明確な理由が。


 これも分を弁えるってことかな? 中高で人気の女子からきた久々の連絡が、毎回毎回マルチか宗教だった経験が生きたね。

 人生って、何が役立つかわからないものだ。


 うん、むなしすぐる。やっぱえろいことするか?


 そしてそれを完全に見透かされたヘカテーたんは、うぎぎ! みたいな感じで七面相していた。

 わかるよ。ハニートラップってバレたとき超恥ずいもんね。


 あと言っとくけど、キミそういうの向いてないから。

 正直最後の方、リラちゃんに本気で肩入れしてたでしょ。この時期に第二段階すっ飛ばしての「獣人モード」とか、禁止カードさらしちゃってさあ。

 まったく、バカだなぁ。まあ、そういうところ結構好きなんだけどね。


 なんていうかほら、ちょろくて。


「だからさ、はい」


 僕はそうやって、正面から向き合いながら右手を差しだした。

 まわりにはアホに追いかけられ、今度は一転逃げまどうハマショーガールズ。

 なんかカオスだなあ。ムードゼロである。


「……なんやのその手?」


 ヘカテーたんは眉間にシワをよせていた。当たり前か。


「これから仲良くねの挨拶だよ」

「今さら友達? 冗談やろ?」

「僕たち、相性最高だと思うんだ」

「バカにしとるんか?」

「まさか」


 逆だよ。ラブにチュッチュなぐらい。だからさ。


「次の試験、二人で頑張ろうね」


 これはさすがに予想外だったのだろうか。ヘカテーたんがフリーズしている。


 でも、よく考えてほしい。三人を寝取るのはいいけど、君たちが欲しいのは男でしょ?

 そして当たり前だけれどこの僕が、ある日突然勤労奉仕の精神に目覚めるわけもないのである。

 天変地異どころか超新星爆発が起こってもありえない。

 だいたい、何が楽しくて無能のケツを拭いてやらねばならんのだ。僕が拭くのは女の子のお尻だけである。


 僕は最初から、このヘカテーたんのパートナーになりたくて頑張っていたのである。


 アホのアチョがどうなろうと知ったことじゃないのだ。

 なのになんでわざわざクソ面倒なリラちゃんの説得なんてことをしていたかといえば、ただ単にヘカテーたんに会いに行っていたのだ。


 その過程でリラちゃんを助ける方法を考えたり、イタチくんの陰謀をつかんだり、無能くんの罪をあばいたりしたけれど、全部ついでだ。


 全部失敗したところでどうでもいい。リラちゃんは助けたいけどね。


「あははっ、なんやのそれ。こんだけ皆、いろいろ考えとるいうのにアンタはウチを誘うことだけって。アカン、おもろすぎる」


 と、そしたらなぜかヘカテーたんが、腹をかかえ大爆笑しだした。


 そんなにおかしいかな? 長身エロくま女と五泊の登山旅だよ。旅行会社にそんなプランあったら、予約殺到だとおもうけど。


 僕ならお金の許すかぎりパナシする。万年金欠だけど。


「あぁ、笑った笑った。アンタ、オモロいなぁ。名前覚えとくわ、なんていうん?」


 ヘカテーたんはひとしきり膝やら腕やらを叩いて大笑いしたあと、すっと表情を消した。


 こえーよ、それ。


「ダーリンを希望。すきピも可」

「よろしゅうなメルボルン君。今回は完敗やわ。あーあ、東も油断できへんなあ」


 ナチュラルにシカトされた。いやまあ、今のそういう儀式だったんだろうけどね。認めてやる的な。番長かな?


 あと、やっぱり僕らってそういう認識なのか。ミサキちゃん、まずいよこれ。めちゃくちゃナメられてますよ。さすがに対策したほうがいいんじゃ?


 ま、知ったこっちゃないか。ヘカテーたんを紹介するぐらいだね。

 つか逆にそうしないとまずい。勝手にこんなこと決めたら笞刑だ。ミサキちゃんムチ好きそうだし。

 そして僕は、目立ったら干からびる病なのである。


 満面の無言でずいと右手を押しだす。頭のなかは、二人きりの登山旅行にドキドキワクワクだ。


 ヘカテーたんもニコニコ笑顔で近づいてくると、でも握手をする寸前でヒョイと逃げられた。


 こら、早くおててにぎにぎさせれ。寸止めやめれ。

 僕ははげしくつんのめった。


「いっこ聞かせてや。いつから、ウチを誘うつもりやったん?」


 なんだそんなことか。そんなどうでもいいことでお預けしないでよ。


「最初からだよ」

「やからその最初ってのがいつなんよ。ヴォルフが暴れたとき? それともリラちゃんに会いに行ったとき? まさか、ウチが助けを求めたときってことはないやろ?」


 何を言っているんだか。いくら僕がポンコツでも、そんなのんきなわけないだろうに。


 いいかい、人と獣をへだてるのはその頭脳にある。どれだけまじめそうでも、思考が働いていない奴はすべからく人間じゃないのだ。


 賢者モード発動中ってガチで思考力が下がってるらしいけど。

 あれ? 年中発情期の僕は獣だったか? ……まあいいや。


 僕は言った。



「だから最初からだよ。君らからリタイアが出たって話を聞いた時から」



 その瞬間、今度こそヘカテーたんは雷鳴に撃たれたみたいに動かなくなった。


 あれ、そんなにショックだった? 普通にわかりそうなものだけど。


 一人足りないクラスがあって、簡単に引き抜けそうなクラスがある。その中で目をつけるのは、ちょろそうでクラスに忠誠心なんか皆無そうなボッチ男子だ。

 この条件に当てはまるのは、ウチのクラスに数人といない。まさかリーダー直々に古典的ラブコメで攻めるとは思わなかったけれど。僕である可能性は、FXで勝つより期待できるだろう。


 だからキタキタと初っ端にキスをかましたのだ。逃げないってわかってたからね。


 まあいいや。それならそれで。


 僕はピクリともしない彼女の手をにぎるとほっぺをポンポン、ついでに首筋にもチューしておいた。


 あー、鎖骨汗うまうま。でもちょっと不完全燃焼だな。もっと攻めればよかったかもしれない。

 ムリか。なにせ破滅させられ系で名高いヘカテーたんだ。こんなしょぼいイベントでどうにかしようと思ったら、とりあえずウル郎くんとイヌ男くんを惨殺して、ついでにヘカ四肢をもぎもぎしないといけない。

 そして僕にリョナ属性はないのだ。べつに男は殺せるけど。


 ノビをすると彼女の元を後にする。うーん、こんな無防備だとちょっと心配だなぁ。この学園、えろげだけあって用務員の元気な(意味深)お兄さんとかが徘徊しているのである。


 とりあえずTレックスするときまで、膜は死守してほしい。


「ご主人っ! なんで裏切ったんだ!」


 僕が唇についたくま汁をぺろぺろしていると、全身ボロボロなのに、ケロッとしているアチョが追いかけてきた。


 へぇ、意外。こんなアホでも、相手の動機とか気になるんだ。

 朝食と夕飯だけを考えて生きているんだと思ってた。うん、反省反省。


「ご主人っ!」

「わかったわかった。うるさいなぁ」


 あのイタチくんが何を考えていたか。そんなのネタバラシするほどじゃないと思うけど。


「取引してたんだよ、“南組”とね」


 正直ほぼ推測になってしまうのだけれど、たぶん彼は、東組に限界を感じたんだろう。


 彼の行動を追えばわかる。まず戦力の薄さに気づいて、ならばと他所の戦力を下げようとしたんだ。

 だから彼は標的として「北組」をねらい、排除に成功した。


 ぶっちゃけ大金星である。


 リーダーが決まり、さあ打って出ようとする巨人を思いっきりすっ転ばしたのだ。幹部二人を仲違いさせることで。


 でも、愕然としたはずだ。


 だって裏で思惑がこれだけ錯綜しているのに、僕らはまだのんきに盗撮だー、リーダー決めだーうんちゃらやっているし。ミサキちゃんですら、


「情報収集するべきかしら?」


 とか言っている。正道派なヘカテーたんだってハニトラしてるのに。ガチで文句なく終わっている。


 だから見限ったんだ。南組から突きつけられた条件は、仲間を一人リタイアさせろとかだろうね。そうすれば彼は、晴れて南組の一員となれるわけだ。


 そうして彼は、味方であるはずのアチョをハメ、さらにはいざというときリラちゃんをスケープゴートにする二段構えの作戦を考えた。


 誤算といえば、僕がヘカテーたんを連れて説得しに行ったことぐらいか。

 焦ったんだろうね。彼単体じゃ、ヘカテーたんどころかウル郎くんにも勝ち目がない。だから保険として、南組を連れてきちゃったんだろうね。さすがに悪手だったけど。


 まあ、アレだな。そりゃ見限るね。心底イヤな奴だし、エクスタシーの最中奈落に突き落としてなんだけど、ちょっとかわいそうだ。


 無能無能言いたくなるよね。本当に味方が無能なんだもん。あいつらがいなきゃ、自分はどこまでも飛べるって信じたくもなる。

 ま、女の子にくらべたら男なんてゴミみたいなもんだけど。


 そうやって名探偵ぶっていると、なぜかアホがつかみかかってきた。


「許せないぞご主人っ! あんな可愛い子に、ちゅ、チューなんてっ!」

「……ああ、そう」


 期待した僕がバカだった。この調子だと、イタチくんが裏切り者ってことも気づいていないな。

 一周まわって、こいつこそ最強なんじゃないか。アルジャーノンかよ。


 アホの口を物理的にきけなくすると、気分が良くなっておおきく深呼吸した。


 あ、一個言っとくけど、ヘカテーたんに近づいたら誇張ナシに殺すから。僕は男に容赦しないのである。


「ミッションコンプリートと。さて、お楽しみといこうかな」

「ご主人っ? まだ何かあるのか?」


 当たり前だろ、アホか。……ああ、アホだったわ。正真正銘のアホだったわ。


 そしてこいつも大概人外だな。医者とかいらないじゃん。ホントにどうなってんだ? ヘカテーたんにやられたときも、だんご三兄弟擬人化バージョンみたいだったのに。


 そういえば好きな漫画に、不死身くんを使って薬開発するシーンがあったなあ。どうやったらそんなこと思いつくんだよ。悪魔かな?


 あーでも、アトリエでスローライフってのはいいなぁ。テックでギークなニュージェネのデバイスなみに語感がいい。


 あ、そうだ。


「本当に死ぬか確認しよっかな?」


 アチョは露骨にうろたえた。


「ご、ご主人っ!?」

「冗談だよ、冗談」


 肩を叩いて流しておいた。ジトっとした目で睨んでいるけど。


 うーん、最近雑に扱いすぎたからか。目が笑ってないとか、アホに指摘されたくない。


「そうだねぇ」


 僕はじつに不憫だという表情で、ウル郎くんとの待ち合わせ場所へと向かうことにした。


「ほら、言うでしょ? 骨と弱みはしゃぶりつくせって」


 ヘカテーたん心配しないで。髄液までしゃぶりつくしたりしないから。奴隷にしてこき使うぐらいで許してあげる。お〇〇ぽ輪投げ係とかね。死んだら解放してあげるよ。


 ああ、なんて優しいんだろう僕。これぞ現代の天使、スネカジリエルの弟であるヒキコモリエルだね。


 今日も平和だ、まる。



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