第6話:ひよってんなゴリラちゃん 上
僕の寮部屋は三階の角にある。周囲を雑木林でかこまれるなか、唯一風が直接はいってくる当たり部屋だ。
カーテンだけが閉められた窓から、熱のこもった空気をさらっていく。
隙間から差しこんできた光の筋が、彼女のはかなげな横顔をてらしていた。
「うざい。いつまでも被害者ぶりやがって。つうかなんだその趣味、死ね」
あぐらをかいたうえにまたがる、いわゆる対面座位ではげしく毒づくナインちゃん。
その相手は、いまだ解決の糸口をみせないリラちゃんだ。
身をくねらせながら彼女の容姿や性格、その精神性まで全否定していた。
うーん、だから百年の恋も冷めるってそれ。
ま、僕の役割なんて壁だからね。矛先がミサキちゃん、おバカな三馬鹿、ついには世界に向かっても僕はハト化していた。
「それにあの野郎。こっちが下手に出てるからって鼻の下伸ばしやがって。マジできもい」
とくに標的になっているのがイタチくんだ。
ミサキちゃんとの争いを仲裁しているからだろう。口をひらくと、死ね死ねと文句ばかりだ。
「パートナーに誘われたの?」
「べつに。でも、そういう腹づもりでしょ? だってほら。私かわいいし」
だよね? とほっぺを指でぷにっとするナインちゃん。
僕はあわててうなずいた。
やべ、わざとらしすぎて機嫌がわるくなってる。
女の子ってむずかしいなあ。前にはいはいとか言ったら殺されかけたし。
それは男もですね。そうですね。
とはいえ、追求が激しくなっているのは事実なんだろう。
一方的な被害者ってわけでもないのに変態は消えろー! と毎日うるさい。
ミサキちゃんも頑張っているけれど、なんていうのかな。話を聞かないというか、どうも彼は言葉が強いのである。
「おまえら無能」
とか面と向かってよくいえるよ。そんなわけでストレスなのか、みんなヒスヒスしていた。
そしてクラスの状況はモアイ像ぐらい変わっていなかった。
試験が近づけばみんな考えなおすかとおもったけれど、今もまだ三馬鹿たちは絶賛販売中だ。
これで焦るならまだいいけれど、誰がナインちゃんとペアになるか話し合っている。
救いようのないバカばかりだった。
「ねえ、きいてるのぉ?」
勝手にスパートをかけたナインちゃんは、お決まりの背中を丸めたポーズでビクビクしたあと、熱っぽい息をはいて僕にもたれかかってきた。
それをよしよしとなでる僕。ナインちゃんはおでこを僕の胸にグリグリして、
「にーくん?」
と呟いている。若干幼児返りしている気もしなくはない。
こんなまったり感が最近のお気に入りらしかった。
「はいはい、聞いてるよ」
「何その言い方」
「聞いているであります、マム!」
「……なんか生意気」
ジト目だったナインちゃんは、ふと僕の胸に「の」の字を書きながら上目遣いをしてきた。
「そういえばにーくん、まだペア決めてないよね。どうするの?」
「どうにかなるよ」
「ふうん。なら私は、どうしようかなあ。アチョ君もああだし、新しいパートナーは探したほうがいいよね」
ね? と同意を求めるナインちゃん。まあ正しいんだけど、うーん。
なんていうか、アレだ。彼女のなかで、アチョはもう終わった扱いらしい。
不憫である。
「そうしたほうがいいよ。変なやつと組むことになるかもしれないからね」
そして僕もナチュラルにアチョを見捨てていた。
そりゃそうだ。ナインちゃんとアチョを天秤にかけて、後者を選ぶやつなんていない。
天寿まっとうしそうな妖怪ババア相手でも、僕はアチョを見捨てるだろう。
「……でも私、変な人でも気にしないよ?」
「他に候補が?」
「それは、いないけど」
「ならすぐ募集したほうがいい」
三バカのことなら心配いらないよ。僕は最近、挽解ド・ゲ・ザを習得したのだ。
これがあれば、やかましいミサキちゃんも呆れて口を閉じるはずだ。
ああ、なんてできる男なんだろうか。スマートに困りごとを解決してあげる。次から出来杉くんと呼んで欲しいものだ。
「どうしたの?」
何が気に入らないのか。ナインちゃんはぷくぅと頬をふくらませていた。
「べつに」
「そっか、ならいいけど」
「……ふん」
ナインちゃんがさらにむぅとくちびるをとがらせる。
あと一ついいですか。「の」の字を書く爪がめっちゃ食い込んでいるんですが。コンドルばりに食い込んでるんですが。
「だからどうしたの?」
「べつに」
「ならいいじゃん。なんで怒ってるの?」
「——怒ってないっ!」
ナインちゃんは僕をつきとばすと、パッパと上着をはおる。
肩はオラついているし、眉間にはシワがよっている。完全にムカ着火ファイアーだった。
「帰るっ!」
「え、なんで」
「にー君の言うとおりパートナーの募集に忙しいから。じゃあねっ!」
そう言い残すと、ナインちゃんはバンと扉を叩きつけて僕の部屋を出ていった。
え、ええぇ……。まだ深夜なのに。まだ全然Tレックスしてないのに。
三ラウンド目だよ。ノックアウトまであと九ラウンドできるんだよ?
はぁ、しょうがない。ナインちゃんにも事情があるんだろう。女の子の日とかね。
彼女の温度がいまだのこる毛布にくるまって思う。
さあ、次はどうするか。ごろごろしながらさびちいよぉとか呟いていた僕だった。
§ § §
あるこー、あるこー、わたしは呑気、
歩くの大嫌い、どんどん行こうー。
やあ、みんな。お天気お兄さんのティガくんだよ。
空は青々と晴れ渡り、燦々とふりそそぐ太陽がまぶしい、今日は絶好のピクニック日和だね。
そんな僕のナップサックには、今日のお楽しみであるランチボックスが。中身はなんだろなぁ。
そして、バナナはおやつに含まれません!
え? バナナはおやつだろって?
チミはバカですねぇ。いいかい、バナナは草本性。
つまり野菜なんだよ。
ニンジンやタマネギがおやつかい?
そんなばなな。
もしそうなら、世界中のマリ○カーターたちはおやつを食いながら——つまり飲バナナ運転をしてるわけだよ? それっておかしいってわかるよね?
だって飲酒運転が犯罪なんだから。はいQED、QED。
ふっ、今日もつまらぬものを論破してしまった。
こまるねえ、感想ばっかり言ってくる連中ばかりで。しゃぞーってナンダロナー。
「なに一人くっちゃべってるのよ。さっさと働きなさい」
「……はい」
ミサキちゃんに叱られ、シュンとしながらペグを打ちこむ。
もちろん、クソ重いバックパックから道具を取り出してだ。
そろそろ気づいたと思うけど、これは楽しい楽しいピクニックなんかではありません。
お花畑のかわりにモンスターわらわら、足並みを乱すだけで教官から直々のありがたい肉体言語、さらにはヒイコラ言って設営したキャンプ地もあえなく数十分で撤収——練習だから——と、その光景はまさに地獄。
そう、これは数十キロのバックパックを担ぎ、学園近郊の林を行軍する立派な訓練なのだ。
お昼はまずい保存食だし、なんなら水さえロクに飲めません。
さっき、隙をついて地面の泥水をすすったのが久々のオアシスでした。
と、こんなふうにお家のやわな白豚ヒキコモリなら三回転生してもクリアできないハードモードなのであります。
快晴でもありません。なんならどんより曇っていて、小糠雨もちらついています。
なんだよここ、英国かよ。ノーサンキューなのはクソまずい携帯食だけで十分だよ。
クソ寒いエスニック・ブラックジョーク飛ばしてやろうか、ボケがっ。
そんなふうに思っているのは僕だけではないのか、モブどもなんかは仲良く木陰でへたりこんでいる。
唯一元気なのは、胸部装甲を運ばなくていいミサキちゃんだけだ。
そして偉大にして孤高な人である僕は、いつものようにハミゴになっていた。
ふ、ふん、べつにさみしくなんてないんだからね!
ああ、僕にだけやさしい教官殿の気づかいが沁みるぜ。
しかも大丈夫か? とか。獄卒呼ばわりされる顔面昆虫系には意外な気遣いだから、ヒソヒソ噂もされるし。ケツ、狙ってやがる的な。
なんでアホがいないんだ。天使にして癒しのナインちゃんもいないし。
これが運命という名の作意なのか?
僕はこんなチームにしやがった教官殿に敬意を込めた敬礼をしておいた。
……実際のところ、良かったのかもしれない。
あれ以来、彼女はご機嫌ナナメというか、すごくチクチクしている。
会話も最低限だし、何度誘おうと、
「生理」
の一言でぶった斬られる。僕のなかでこれが聞きたくないセリフナンバーワンに更新された。
たぶん世間一般でも。なんなら国勢調査してみてほしい。絶対ナパームより燃えるけど。
「なのに話しかけてはくるんだよねえ」
ホント、女の子ってふしぎ。
そしてあれだな、今気づいた。次の試験、地獄だわ。
誰だよ山デートとか言ったやつ。日帰りの予行演習でコレとか、やばいを超えてるよ。
だって四泊五日だよ? チェックポイントには教官が居て補給できるとはいえ、ここよりさらに険しい山道である。
ああ、死んだ、絶対死んだ。享年十五、短い第二生だったね。
ちなみに自衛隊では精鋭部隊「レンジャー」になるため、四十キロの装備を担いでの四日間にわたる不眠不休の行軍試験があるらしい。食料類は現地調達。
うん、言わせてほしい。なんでゲームよりリアルのほうが頭おかしいんだよっ!
と、自衛隊のみなさまに心の中で感謝しながら仕事を終えた僕は、額の汗をぬぐった。
「……なにか、手伝います、か……」
「あー、べつにいいかな。もう終わったし」
そうおずおず声をかけてきたのは、へたりこむモブたちの隅でぽつねんとしていたリラちゃんだった。
存在感を完璧に忘れていたけれど、同じ班だったらしい。
いや、言い訳させてもらうと今日のメンツは本当に影が薄い子ばっかりで、興味のきの字もわかなかったのだ。
ミサキちゃんでさえ、ポンコツな僕に頼るレベルだし。……サボってるけど。
でも、この子は自分から気配を消しているふしがあるけどね。
「ミサキちゃんに聞いてみたら? そこら辺飛んでると思うよ」
「……それは、ちょっと……」
そう空を指差した僕に、リラちゃんは曖昧な表情をうかべた。
ちょっと、ちょっとねえ。これはどういうちょっとなんだろうか。
そんなには働きたくはない、って意味のちょっとか。あの女苦手なの、のちょっとか。
僕なら百パー前者だけど、この子の場合後者っぽい気がする。
なにせミサキちゃんは、ここのとこけっこう強引にアプローチしてるからだ。
僕も何回かついて行ったけれど、部屋に閉じこもるリラちゃんに、
「考え直して」
「仲間でしょう」
「クラスのためなのよ」
と、男なら間違いなくストーカー扱いされるしぶとさで扉をゴンゴン叩いていた。
彼女の中に、若干以上のニガテ意識がサブリミナルされてもフシギじゃない。
まあ人のこといえないんだけど。僕の場合ヘカテーちゃんと一緒に家庭訪問して以来、基本金魚の糞しているだけだからなあ。
人は人の中でこそ孤独を感じるって言うし、消去法で僕に声をかけたのかもしれない。
ボッチにはボッチが輝いてみえるっていうし。
というわけで、またとぼとぼ元の位置に戻るリラちゃん。
肩身をせまくして所在なさげにしている姿と、疲れをねぎらうように肩を叩き合うモブたちの対比が、いにしえの黒歴史を無性によみがえらせた。
やめよう。思い出さなくても現在進行形でそんな感じだけど。
ってかアレ? リラちゃん、なんか元気そうじゃない?
もしかしてキミ、肩落としてたのもファッション疲れだったのか?
よく見れば軍帽からはみ出る髪も汚れてないし。うつむいていて暗いけれど、目線もはっきりしている。
女の子はとくに、疲れてくると目とか声とかにはっきり出るからなぁ。
ハードなやつをやってもやかましいミサキちゃんとは大違いなのであった。
反省しろ、中の人。
「さりとて悲しきネコ畜生、にゃんにゃん」
まあそんな感じで、べつにリラちゃんを慰めもせず横になっていた僕は、教官のありがたいお言葉をたまわることになった。
お前、ミサキ、探してこいよ。すばらしき三三七拍子である。
ざけんなボケという言葉を飲みこんだ僕は、あわれトボトボと他人探しの旅にでた。ヌコに拒否権などない。
リーダー兼偵察兼アタッカー兼マッピング担当という、今日もワンマンアーミーしているミサキちゃんは、こうしてフラフラっと姿を消すクセがあった。
斥候役も兼ねてるからしょうがないっちゃしょうがないんだけどね。
タチが悪いのは、そこいらの徘徊老人とちがって空を飛べてしまうことだ。
忘れているかもしれないので補足すると、ミサキちゃんの能力である「獣」はカラスである。
しかも白変種という特別キャラだ。そして当たり前だけれど、鳥類というのは空を飛べるのである。
翼が退化したアホ以外は。
黒染めしているとはいえその翼を広げた姿、声と胸以外は最高に好みなのだが。うーん。
流体力学に反しているとかはよそう。
とにかく彼女はリアル鳥人なのだ。追うも逃げるも自由自在である。
それはいいんだけど、このくっそ入りくんだ林の中で三次元的にさがすこっちの身にもなってほしい。
むしって○すぞ、こら。
ちなみにだけどカラスは羽を触られるのが大大大っキライで、例にたがわずミサキちゃんも大キライだ。
三馬鹿にイタズラで触られたとき、馬車の進路上に彼らのサッカーボールを要求するその形相は、ホンダ△もびっくりだろう。
ってか、カラスのくるみ割りってそういう用途じゃなくね? ちょっとヒくよ、僕。
「さすがは北組といったところかしら。個人の能力……いえ、それ以上に組織として…………」
と、ミサキちゃんが常緑高木の頂上でなにやらじっと遠くをにらんでいるのをみつけた。
なにやら一人思考の海をただよっているのか、叫んでもけんもほろろに無視される。
だからむしって◯すぞ、こら。
だいたい、斥候役が仕事ほっぽり出して遊ばないでよ。
この辺のモンスターは雑魚だから、脳死で突っこんでも大丈夫っちゃ大丈夫なんだけどさあ。
まったく。でも、そのつぶやきに少し興味があった僕は、幹に脚をかけると、二十メートルはある木を駆け上がった。
よっと、久しぶりだったけど余裕だな。
なんなら風が涼しくて気持ちいい。公園で素っ裸になったような気分だ。
「北組がどうかしたって?」
「いっ——!」
音もなく頂上まで登った僕に話しかけられ、ミサキちゃんはぎょっと目をむいた。
そりゃビビるよね。僕だって屋上から自殺しようとしたとき、いきなり横から話しかけらたら心臓飛び出る自信がある。
「あなた……もしかして、いつもは手を抜いているんじゃないでしょうね?」
「手で抜くのは好きじゃないんだ。僕は床オナ派だから」
「頭痛がするわ」
バカバカしい発想だったとばかりにミサキちゃんがこめかみをおさえる。
まったく失礼なやつだな。木登りが得意で何が悪いんじゃ。
密林の王者と呼ばれた僕が、自慢のまさかりで屠ってやろうか。
あ、下半身のことじゃないからね、一応ね。
思い出すなあ。小学生のとき、ちょい成長早めの子がプール開きの日にもぞもぞ前を隠しながら着替えるの。
で、小学生なんて考えなしの怪獣だからそれを引っぺがすのだ。
うーん、なんて悪の所業。そうやって人は心に闇を抱えていくのである。
え? 僕はって? 知っているかい。ガチのバイ菌ってのは、声をかけられることも、触られることもないのだ。
これこそ真のダーカー・ザン・ブラックだった。
そんなくだらない内心はともかく、ミサキちゃんの視線を追うと、どうやらヘカテーちゃんたち「北組」の班をみていたようだ。
ヘカテーちゃんを筆頭として、イヌ男くんたちを引き連れながら一糸乱れず行軍している。
雰囲気がいいのか、なにやら笑みまで浮かんでいる。お通夜一歩手前の僕らとは月とスッポンだった。
「進行上のモンスターはなるべく避けつつ、回避できない場合は急襲からの一撃撃破。負荷を分担するチームワークに、役割を入れ替えながら経験を積ませるだけの余裕もある。悔しいけれど、今の私たちじゃ足元にも及ばないわね」
ミサキちゃんはそんな彼らを、考える人みたいなポーズで見つめている。えらいなぁ。
ぶつぶつと一人まじめに考察するその姿を見て、僕は鼻で笑っていた。
「警戒される前に、先んじて情報収集に力を入れるべきかもしれないわね」
「おおー、さすがはミサキちゃん。そんなこと思いつきもしなかったよ」
「……事実を事実として認められる部下を持てて、私は幸せだわ」
「どうもありがとう」
「今のは皮肉よ」
ミサキちゃんはあきれたようにため息をついた。
こっちもだよ、という言葉は飲み込んでおいた。僕は大人なのである。
言っとくけど、あれくっそ仲悪いから。
みんなヘカテーちゃんにはスキスキビームだけど、それ以外は死ねばいいっていうか。
あれだ、友達の友達はべつに友達じゃありませんってやつ。
ちまたでは飲み会で初対面同士のやつを呼んでおいて、その呼んだ当人がお手洗いにいくのはから揚げに塩派よりギルティらしい。
そんな経験ないけど。悲劇、僕は友達に呼ばれたことない童貞だった。
仲悪くてもうわっつらは上手くやっているって考えたら、それもそれですごいことなのかもしれないけどね。
あと正直、一キロ以上先の集団を見分けられる視力のほうがびっくりだった。
いくらカラスの視力が、人の五倍良いとはいってもね。斥候チートかよ。
……来週からは、
「私の斥候チートが最強すぎる件について」
をお送りします。さらば、ぼく。
「そんなことより、進んでいるんでしょうね」
「なにが?」
「はぁ、まったく」
ときどき思うけれど、会話に脈絡がないのって頭のいい人特有なんだろうか。
あと、なんでわかんないの? 的な間がすごく傷つく。
人には優しくしましょう。これ、おじさんとの約束な。
「決まっているでしょう。リラさんのことよ。今日一緒になれるよう裏工作までしたんだから。進展なしなんて許さないわよ」
おう、ジーザス。教官殿のありがたいご指導ご鞭撻のたまものかと思ったけれど、まさか真の敵は本能寺にあったのか。上官の死因ナンバーワンが部下からの誤射だってこと忘れるなよ、こら。
しかし、やばいなこれ。忘れていたとはいえないぞ。言ったら殺される。ヒス子のヒステリーはミステリーも真っ青なテリトリーなのだ。
どうするべか、よし責任転嫁しよう。
そう、流れはこうだ。あの天下に名だたる才媛ミサキさまがご失敗あそばせた難題を、まさかまさか、この自他ともにみとめるポンコツに解決できるとでもお思いで? って感じで。
これをクリスマスツリーくらい飾ってやった。
「適材適所よ。懐柔なら、あなたのほうがマシだと思っただけ」
僕は慇懃無礼に拍手した。
「事実を事実として認められる上官を持てて、僕は幸せ者だなあ」
「……ちっ」
ミサキちゃんは舌打ちをすると、忌々しそうにそっぽを向いた。
勝った。花の女子高生を、イヤミのフルスイングで星にしてやったぜ。見たか、これが大人の力だっ!
……言っててちょっと虚しい。
うーん、でもちょっと罪悪感だな。おくびにもださないけれど、彼女も連日あのイタチ野郎とやり合ってストレスフルだろう。
ここはできる部下として、上司をヨイショしたほうがよかったかもしれない。
いや、ここは重圧をとり払う方向でいこう。
「たとえ失敗しても、アホなら下でうまくやっていけるよ」
うん、言っていてこれは違うかなと思った。本音がちびりすぎた。
「あなたはあきらめが良すぎよ」
ミサキちゃんは僕の頻尿をナチュラルに軽蔑した。
「あいつを置いて先に行けっ!」
「それは私たちが言ってはいけないセリフじゃないかしら」
「あいつは尊い犠牲となったんだ」
「過去形なの?」
「ちくわ大明神」
「なによそれ」
ミサキちゃんはあきれ果てたのか、ヒラヒラと手を振ってみせる。
どうやら慰めるには役不足だったようだ。
僕にはもっとふさわしい、そう、時の皇帝のようなすばらしい役以外では本領を発揮できないのである。
人はそれを力不足の誇大妄想という。
そんな誰も聞いていないコントをしていると、めちゃくちゃ眉間にシワをよせていたミサキちゃんがポツリと言った。
「私はあきらめないわ、最後まで」
そのつぶやきは前の試験のときと同じく健気だったが、以前よりも前向きな響きがした。
そうこうしているうちに、ヘカテーちゃん率いる北組が深い森のなかに消えていく。
偵察する意味をなくしたミサキちゃんは、またもため息をつくと地上へと飛んだ。
うーん、やっぱり軽やかだな。僕は他意しかない目でそれを見ていた。
すると、彼女の降りたった先でふと木々のざわめきを感じた。
地上からの呼び声を無視して、少しだけ集中する。
ミサキちゃんの目がいいように、僕は耳が良かったりするのだ。
とはいっても、コウモリどころか斥候系の「獣」にも全然太刀打ちできないけど。
ただ、今日ばかりはちがう。なんてったってここは僕の領域、木々の生い茂る林の中なのだ。
ゲーム用語でいうところのフィールド補正というやつかな。とりあえず自分の得意なテリトリーだと能力があがると思ってほしい。
木登りが得意なのもその辺の理由だったりする。
まあ、僕の能力なんて地方選挙の候補者よりも興味がないだろうから以下略するけれど、つまりはこういう林の中だと感覚が冴えるということだ。
そんな僕の超感覚が数人の男たちをとらえる。
いや、本当になにを言っているかわからないと思うけれど、僕の「獣」の耳というのは立体的に人をとらえるのだ。
意味がわからないと思うけど、言っている僕が説明できないからしょうがない。それぐらい感覚的なものなのだ。
その深い樹海の闇のなかにくっきりと浮かび上がる影は、どうも見知っているように思われた。
「ふむふむ、変わったメンバーだなぁ」
それは、我らが仇敵イタチ野郎と——まさかのまさか、ヘカテーたんの部下のウル郎くんである。
こんな深い森のなかなのに、サングラスをつけているバカなんて彼ぐらいだろう。まちがいない。
僕のおべべにフルスイングしてくれた右拳は元気なんだろうか。石がつまっているともっぱらの噂なので、すごく痛かっただろう。
いや、僕のことはいい。立ち止まっているところを見ると、どうも彼らは鉢合わせしたのではなく、示し合わせてあの場に集まったようだ。
彼らに仲間の姿はない。学外の密林、しかも人目を忍んで二人だけの密会など、疑ってくださいといわんばかりだった。
「おケツをほりほり、ってわけないよねえ」
アホを信じるわけじゃないけれど、やっぱりきな臭いのかもしれないなあ。
僕は話し込む彼らを尻目に、カリカリするミサキちゃんの元へ戻ったのだった。
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