第4話:たこやき大好きだぐま 中

『聖♡パコパコ学園 ~俺のラーテルは酒池肉林~』というゲームは、いわゆるスルメゲーに分類されている。


 ストラテジー系は、ルールのわかり出す中盤がもっともおもしろい。

 なかでもこのゲームは、ある一つの要素がウリとされていた。


 それは周回要素。


 一定条件をクリアすると、新たに別の人生を選択できるのだ。

 そこでは他クラスに主点がおかれ、同時に過去の仲間たちと戦うことになる。


 ド畜生にも悲しい過去があったり。いい奴だと思っていたらクソ野郎だったり。……たいていクソはクソなんだけど。

 とりあえず世界観を補完するシステムだ。若干くどい気もするが、より深みが出るので大抵の人からは支持されている。

 前週の恋人が寝取られたりするので、全部が全部賛ばかりってわけじゃないんだけどね。


 なかでも代表を務めるような人材は、制作側もとくに気合いが入っている。

 それはこの「北組」にもいえることだった。


「頼むわっ! ウチな、今めっちゃ困ってて。フリでいいから、な、な」


 うっすらしたクマがチャーミングなその少女は、片目だけウインクして僕の手を握ってくる。


 彼女はヘカテー・ボーリー。右の触覚だけが印象的な茶髪のウルフカットで。

 そして大きな目が活発そうな、身長百七十センチ越えのモデル系美少女だ。


 とてもかわいいし、とてもタイプなんだけど、じゃあ言うことを聞いてあげるかと言われたらそうもいかない、なんだか困った女の子だった。


「あかん?」


 ダメじゃないです。そう反射的に言おうとしてから、僕は口をこの字にした。

 いだ、いだだだだだっ。もげる、指もげるっ!


「あ、ごめん」


 彼女が手を離すと、僕は腕を引いてフーフーした。


 千切れてないですかね、僕のお手手。指が四、五、六……ってそれじゃエイリアンやないかーい。

 と、せやかて工藤ならぬエセ関西人になりそうなくらい痛い。

 僕は険しい目つきでにらみながら指をさすった。


 何度も言うけれど、僕は痛みにすこぶる弱い。マゾプレイは縛られるので限界だ。

 でも、彼女からしてみれば軽く握っただけなのだ。


 闘獣技我・タイプヒグマ。


 それが彼女の「獣」だ。そしてそれは、彼女がバケモノであるということだった。


 そもそも熊は強い。なかでもヒグマは体長二五〇センチ、体重七〇〇キロと肉食獣としては虎と並んで最大種であり、天敵はその虎ぐらいしか存在しない生態系の頂点的な存在なのだ。


 そんな彼らの特徴といえば、そのパワーだろう。


 成人男性のパンチ力が一〇〇キロ、プロボクサーのパンチ力が二五〇キロと言われるなか、なんとヒグマのパンチ力は三トンを楽に超える。


 体重二百キロのアザラシを氷上まで吹き飛ばしたり、馬の首を一発でへし折ったり。

 中でもかの有名な三毛別熊事件では、討伐隊員を官民あわせてのべ六百人がかりで射殺したという記録も残っている。


 人間なんかペシャンコになってしまうようなリアル・モンスターなのだ。


「ホンマごめんって」


 とか言って両手を合わせているが、僕は知っている。

 この子、アチョなんかじゃ勝負にもならないゲーム最強格だということを。


 いまだに覚えている。ゲームではじめて「北組」と戦ったときのことだ。


 モブを全員討ちとり、残っているのは彼女だけ。

 気分は他勢に無勢な女騎士をめちゃめちゃうにしちゃう悪役だ。モニターに向かって、


「圧倒的じゃないか、我が軍は!」


 とか叫んだりしてた。しかし、そんな僕に彼女は、


「よっしゃ、本気出すかぁ」


 と、深呼吸したのである。そして三ターン後、こっちが全滅。

 うん、一つ言いたい。絶対ゲームバランスおかしいだろ。

 しかも破滅系メンヘラ要素まで兼ね備えている。関わっちゃいけない系女子なのだ。


 ビビりまくった僕のタマタマはしゅんと引っ込んでいた。


 ちなみにクソどうでもいい話だが、睾丸というのは内臓の一種であり、しかし、体内温度では精子を保存できないため体外に作られている。つまり、短時間なら耐えられるのだ。よって身の危険を感じると、一時的に体内へと戻すことができる。

 そして僕の玉は特別性なので、身体のどこにでも避難させられるのだった。ウソだけど。


 閑話休題。


 とりあえず彼女はプレイヤーから相撲レスラーとか呼ばれるガチのモンスターだ。気分を損ねちゃいけない。


 とりあえず飲み物か? それとも肩もみ?

 いやいや、ここは彼女のおみ足を労らないと。


「座る?」


 僕は四つん這いになった。


「……えっと。それは、やめとくわ」

「そっか」


 なんだ残念。美少女を乗せるの夢だったのに。

 僕はいそいそとふて寝の姿勢にもどった。


 それにしても。諦めなければ夢は叶うとかえらい人が言っていたけれど、どうやらウソらしい。

 世の中こんなウソばっかりだ。訴えてやろうかな。


 ちなみに僕の出身大学は信州国際大学だったりします。

 羽ばたけ、フランスに!


「ボーリーさんっ!」


 そんな感じで腕を引っ張って立たせようとするクマ女に抵抗していると、路地の向こうから男が現れた。


 それも二人。彼らは肩で息をして、どこか興奮した様子で立っていた。


 どこか幼い印象をうける少年が、今叫んだ人物だ。らんらんとした目を輝かせ、ヘカテーちゃんを見つめている。

 なんだか犬の尻尾をぶんぶん振っていそうで、忠誠心が厚そうだ。


 そしてもう一人。サングラスをかけ、なんだか神経質そうな印象だ。

 髪をぬめぬめジェルで逆立て、神経質そうな印象を隠そうともしていない。

 腕を組んだまま、僕のほうをにらんでいる。

 こいつもこいつで忠誠心の厚そうな、そんな感じがした。


 うん、イヌ男とウル郎と名付けよう。絶対こいつら前世イヌ科だろうし。

 ヘカテーちゃんと同じ「北組」だと思うけど、男なので自信はなかった。


「えっ、ボーリーさん本当に……?」


 イヌ男がなんだか打ちひしがれたような声を絞り出した。

 目を見開き、伸ばした右手はふらふらとさまよっている。

 腕を組んだウル郎くんの表情は変わらないが、眉がピクピクしていて心の中では不快そうなのが伝わってくる。


 しかし、この二人。足並みそろえて来たくせに距離があるな。

 目も合わそうとしないし、なんか仲悪そうだ。


 今度は一転、ヘカテーちゃんが困ったような顔で頬をかく。

 けれど僕の元を離れようとはせず、むしろ腕をつかんで抱きついてきた。


「話、合わせてな」


 耳もとでヘカテーちゃんがそうささやく。僕は二の腕にあったかいものを感じてハトみたいにうなずいていた。


「ごめんな二人とも。試験って五泊やろ、やっぱりあかんってダーリンが」


 そして、な? とこっちに同意を求めてくる。

 絡みつく彼女の腕が万力みたいに締まった。


 痛い、だから痛いって。クマ女は可愛くてもクマ女だ。

 でも、やっとわかった。なるほどそういうことか。


 どうやら彼女。クラスの男子二人から同時に立候補されたらしい。

 ただ、一緒に行けるのは一人だ。だから僕というニセの恋人を使って、二人とも断ろうとしているのだろう。


 たしか原作知識だと、彼女はクラスの輪をとくに重要視するタイプだった気がする。

 俗にいう合議制というやつだろうか。みんなの意見を尊重しつつ、みんなで一致団結して勝利を目指すというタイプだ。


 だからこんな面倒臭い断り方をしているんだろう。


 美人って、ガチでサークルクラッシャーになる得るからなあ。海外だとオノ・ヨーコ現象とかいっていまだに嫌われているらしいし。


 しかし、こんなイケメンどもを侍らせちゃって。ヘカテーちゃんも悪よのぉ。

 班決めでいつも余っていた僕とは大違いだ。


 ああ、思い出したくない。


 校外学習のとき。先生が僕を空いた班にねじ込むんだけど、みんな嫌そうな顔するんだよね。

 そして気づいたらハブられる。これは差別じゃないんです、区別なんです。とかよく言われたよ。


 そんな悪夢がぶり返したから、一瞬ガン無視してやろうか迷ったよ。

 とはいえ女の子の頼みだしなあ。僕以外とデートてのも気に入らない。

 たとえリンゴどころかリンゴの木さえ握りつぶせる怪力女でもね。


「そのと~り(CM風)」


 がびーんと肩を落とすイヌ男くん。みじめにも膝をついた。

 これぞ負け犬ってかんじの風格だ。ふん、イヌ畜生の分際で吠えてくるなよ。

 勝者である僕は調子にのってヘカテーちゃんの腰を抱いた。そっこー払われたけど。


「で、でも、……そ、そうだ成績がっ!」

「心配ないて。影響が出んよう考えるから、な?」

「う、うぅ、だけど……」


 うわお。こいつガチ泣きしてる。男らしくなんて今どきはやらないけど、これはナシじゃないだろうか。


 ヘカテ―たんも、わりとガチ焦りしている。

 付きまとわれるってこんな感じだろうか? 女の子って大変だなあ。


「ちょっと待ってくれボーリー。言いたいことはわかった。だが、一つ聞きたい。そいつは本当に彼氏なのか?」


 今まで沈黙を守っていたウル郎くんがついに口を開いた。


 その声はなんだかとても渋くてかっこいい。

 くそう。僕もそんな中の人を雇いたかったぜ。

 残念だけどティガ君は中性っぽいというか、中の人が女性だった。


「ウチを疑うん?」

「今まで彼氏がいるなんて素振り見せたことがなかっただろ。大体、そもそもそいつは誰なんだ」


 ヘカテーちゃんが困ったように僕の顔をみる。

 希望が見えたからだろうか。つられてイヌ男も涙目でにらんできた。


 まあ彼女が口ごもるのもしょうがない。僕たちは自己紹介もしていない。素性なんてまったく知らないはずなのだ。


 そして彼らからしてみても、僕のことなんか全然知らないだろう。

 これが僕らの幸薄イケメンだったら話は違ったかもしれない。よしんば主人公くんなら、多少は理解が及んだかもしれない。


 でも、ここに居るのは僕だ。


 そして僕という存在は、この学園内においてはロウソクみたいに頼りないものであることも知っていた。


 だから言った。


「本当だよ。実は僕たち幼なじみなんだ。小さい時には一緒にお風呂に入ったし、結婚の約束もしてる。もちろん他の人には言えないアレコレもね」

「アレコレって……」


 鼻声のイヌ男くんが添加物ギトギトのアメリカン・ソーダみたいに青くなった。


「察しなよ。ぐちょぐちょのぬちゃぬちゃだよ。うっふんのあっはんだよ。夜な夜なね」

「う、ウソですよねっボーリーさん!」

「ええっと、そやったかな……?」


 ヘカテーちゃんはとぼけながら、背中側で僕のお肉をつまんできた。声には出してないけれど、


「要らんこと言うな!」


 ってのが聞こえてくる。くふふ、コレ最高かも。背中は内出血の嵐だけど。


 あと一歩だ。イヌ男くんはだいぶグロッキーだけど、ウル郎くんのほうはまだ余裕を残している。

 なにより主役のヘカテーちゃんが混乱していない。もっともっとかき回さないと。

 だから僕は、


「もう昨日のことを忘れたのかい?」


 と、彼女の髪にゆびを通してやった。


 ウル郎くんの額にピキピキと血管が浮き出ているけれど気にしない気にしない。

 それにこれ、キスする五秒前みたいだね。ヘカテーちゃんもびっくりしたのか肩が強張ってるし。

 あ、まつ毛なが。


「口だけならっ!」


 それを止めるためか、ウル郎くんが右足を地面に叩きつけた。


「口だけなら、なんとでも言える。俺たちが欲しいのは証拠だ。二人の関係が確かなことを確認しないと、信じられない」


 怒りを噛み殺すよう、ウル郎くんは下を向きながら唇をかむ。握りしめた拳がプルプルしていた。

 というか、付き合っている証拠ってなんだよ。ポンコツか君は。頭に血がのぼりすぎて論理が破綻してるよ。


 まあいいや。

 うんうん、わかってるわかってる。


 前にも言ったけど僕には原作知識がある。もちろん原作では僕ことティガ君がヘカテーちゃんに告白されることなんてなかったというか、なんなら嫌われていたまであるんだけど、彼女の性格は脳みそにこびりつくぐらい知っている。


 だから彼女の行動原理も想像できる。

 なぜこんなことをしているのか、その目的もね。


「やったら――」

「なら証明してあげるよ。その口でね」


 僕はそっと彼女を引き寄せる。そのうぶ毛や眉毛、目元の小さな黒子なんかを舐めまわすようにみつめると、一気に彼女との距離をゼロにした。


 彼女の目がおおきく見開かれ、その琥珀色の瞳が僕を凝視する。

 それをみつめ返しながら、僕はツタのような腕を彼女にからめた。

 チロチロとヘビみたいに舌を侵入させる。


「あっ……ん、んんっ…………!」


 ヘカテーちゃんは僕の胸を強く押すけれど、姿勢がよくないからかな。顔をそらすこともできず好きにされっぱなしだ。


 一方で男どものほうからは息を呑む音がする。

 ウル郎くんは口をあんぐりと開き、イヌ男くんにいたっては顔の穴という穴からいろんな液体がもれていた。


 時間にして十数秒。舌先どころか全身で存分にもてあそんだ僕は、満足して彼女を解放した。


「ごちそうさま」


 反射的な動きだろうか。顔を真っ赤にしたヘカテーちゃんが腕を振り上げようとして、とっさに逆の腕でとめる。

 おお。一発ぶん殴られることも覚悟してたんだけど。すごい冷静さだ。


「貴様っ!」

「やめ、ヴォルフ」


 ヘカテーちゃんは殴りかかろうとしたウル郎くんを鋭く叱責すると、男らしく袖で唇をぬぐった。


「これでわかったやろ。もうええか、ウチらちょっと相談したいことがあんねん」

「しかしっ」

「心配あらへん。なんも心配あらへんから」


 ヘカテーちゃんはまるで自分に言い聞かせるようにして何度もそう繰り返してから、魂が抜けてしまったイヌ男くんと一緒に帰るよう指示した。


「相談、のってくれるよな?」


 うーん、これは眠れるクマを起こしたかな。

 そうして僕は、首を縦にふることしか許されないのだった。



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