第3話:たこやき大好きだぐま 上

 僕は面会と名のつくものが嫌いだ。病院の面会、職場での面会。どれもロクな目にあった覚えがない。

 とくに高校のときの保護者対談で担任の先生にダメ出しされ、さらには親も同意するという誰得な悪口大会が開催されてから、誰かに改まって会うという行為が大嫌いだった。


 でも、なんかここまで行くといっそおもしろいというか。

 僕は、その鉄格子の向こうで縛られるアホをじっと見ていた。


「……ご主人、ご主人っ。ご主人ご主人ご主人ご主人っ! 寂しかったぞっ!」


 うーん、うるさい。自慰防止用に手袋をはめられ、それでも暴れるからと足まで鎖でがんじがらめなアチョはジタバタともがいていた。


 ここは学園の懲罰房。うす暗い部屋のなかにはおまるタイプの便器と、洗ってんのかナゾなベッドがある。


 なんで学校なのに牢獄があるかは聞いてはいけない。これぞ学園七不思議の一つだ。

 ……本当の七不思議は、ここで無念の死をとげた怨念が出るらしいってやつだけど。


 まあ所詮学園だ。申請すれば、会うくらいできる。


 ということで事情を聞くため、とらわれの身となったアチョに会いに来ていたのだった。


 発起人のミサキちゃん。くわえてナインちゃん。そしてこの僕が面会人である。

 僕は彼の口にパンを投げこみ、事件の経緯をきいた。


「な、何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何をされたかわからなかった。三こすり半だとか、シカの一突きだとか。そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ」


 うん、ごめん。このアホがこんな流暢に喋るわけないね。


 許してほしい。僕はこのアホの話を、仏教用語にして刹那の時間さえまともに聞いていられないのだ。


「まず、あなたは勧誘に行ったのね?」


 ミサキちゃんがたずねると、アチョはコクコクうなずいた。


 まずこのアホは、指示通りにリラちゃんに会いにいったそうだ。

 誘い文句もマニュアルを守ったらしい。


 が、ここで問題が発生する。なんとこのアホ。白昼堂々、往来のど真ん中で実行したのだ。


 この試験。男女ペアの五泊だけあって、やらしめのイベントとして知られている。

 男のほうから、それも実力が釣り合わない相手を選ぶのはもはや告白しているのと同じことだった。


 恥ずかしかったんだろう。リラちゃんは場所を移すことを提案した。

 しかし、ここはアチョクオリティ。移動した先でもおなじ言葉をくり返した。


 これが不味かったんだろうか。まあそうか。もはやロボットだもんね、それ。


 リタちゃんは回答を渋った。けれど、アチョはあきらめなかった。

 というか同じ言葉をずっとくり返した。


「それでケンカになった。そういうこと?」

「違うぞっ! あっちが殴ってきたんだっ!」


 ここで登場するのが、通称にして覚える気もないゆえの仮称イタチくんである。


 鼻がいつも赤くて小柄な、いつもずる賢そうなことを考えていることで有名な、僕たち「東組」の男の子だ。

 そのくせ一回怒りだすと見境がない。ひょうきんな顔だちなので僕はわりと好きだが、性格の悪さもあって人気はなかった。


 そんなふうに血気盛んな彼は、絡むアチョをみてプッツンきたそうだ。


「嫌がってるだろうがっ!」


 そして口論の末に殴り合い。まったく、何をやってるんだか。


 しかし、世の中このアホと口論できるやつがいるとは思わなかった。

 だってこのアホ、怒ったら顔を真っ赤にして、


「ばか!」


 だの、


「だぼ!」


 しか言えないのだ。こんなの羽虫の騒音と一緒じゃないのだろうか。

 これに本気になるやつは、さすがに煽り耐性なさすぎである。


 まあいい。アチョが先に殴ってきたのは向こうだと主張し、向こうも先に殴ってきたのはアチョだと主張しているけれど、そこも一度置いておこう。


 ことが大きくなったのは、そのイタチくんに加え、ちょうど居合わせた「南組」の連中を巻き込んでしまったことだ。


「全治一週間の怪我だって。向こうは、アチョ君の重い罰を望んでいるって話だけど」


 控えめにナインちゃんが言う。


 イタチ君との喧嘩は止めに入ったらしい「南組」を加え、血を血であらう大戦争になったらしい。

 でも、そこはアチョクオリティ。一対五なのに、なんと勝ってしまった。

 というかボコボコにしてしまったらしい。


 素手オンリーだとアチョは強いからなあ。

 南組はチンピラが多くて野蛮なはずなんだけどねえ。


 でも、結果としてこれが大問題になってしまった。


 今やアチョは、リタちゃんを強引に誘おうとして、それを止めようとしたイタチ君をボコボコにし、さらにはよそのクラスまでボコボコにしてしまった無法者だ。

 その評価は今や、僕どころか底辺の盗撮三馬鹿より下である。


 そして当然、これを学園側が問題視しないはずもない。

 教員の間では切腹という案も出ているそうだ。

 いや、そこは退学で許してやれよ。オーバーキルかよ。


「でもご主人っ! 自分、そんなことしてないぞっ!」

「手を出した時点で同罪よ。それにあなたは五人も殴り倒している。先に殴ってきたのが向こうでも、あなたに否がないわけじゃないわ」


 しぶといというか、あきらめの悪いアチョにミサキちゃんは呆れ顔だ。

 ナインちゃんも信じてあげたいと口では言うけれど、たぶん裏では軽蔑しているし。


 だって被害者も目撃者も証拠も揃いまくっている。

 そしてこのアホの意見だ。どこまで信用していいのやら、僕にもわからない。

 なんなら全面的に相手が正しいまでありそうだった。


「うーん」


 悪くないよね? 自分、悪くないよね? みたいな目をしているアホを見下ろす。

 言いたいことはわかるよ。僕だって警察に殴りかかったことあるし。


 ああ、あれは修学旅行のとき。ぼっとん便所で用を足していた僕は、なんの不幸か、履いていた靴を便器の穴に落としてしまったんだ。


 肥溜めのなかにかがやく白い運動靴。

 とっさに手を伸ばす僕。


 なんて愚かだったんだろう。その穴にすぽっとはまってしまった僕は、通りかかった警察の人に助けられるまで一時間、うんちっちと睨めっこしていたのだった。


 助けられたあとも鼻で笑われた。


 そこで思ったんだ。この痛み、思い知れと。


 開演されたうんこパーティー。僕は警官に抱きつき、その辺の人にも抱きつきまくった。

 そうして学校史初となる、修学旅行中の無期停という伝説を残したのだ。


 ちなみにそれ以降、僕にはうんこ怪人というあだ名がつけられたりした。


 そのときソシャゲをやりまくったおかげか、リアルでもスタミナが見えるようになったから後悔はしてないんだけどね。


 僕は言った。


「出所祝いは何がいい?」

「ご、ご主人っ!?」


 誰が悪いとかどうでもいいよ。大人しくボコられていればいいのに。ややこしくしやがって。

 腹いせとして僕は鉄格子にすがりつくアホを蹴った。


「で、どうするの?」


 僕は寮に戻ったあと、本格的に頭を痛めているミサキちゃんにそう聞いてみた。


 彼女はこの試験、女子を勧誘してチームを守ることが目的だった。

 そのなかには最終手段として男子とアチョと組ませることも考えていただろう。


 その矢先のコレである。


 とくにアチョは我らのエースだ。今後も考えれば、失うのは避けたいはずだ。

 また、各クラスはピッタリ男女二十名ずつの四十名となっている。

 となると、ペアになれない人間が確実に一人出てしまう計算だ。


 そして、盗撮の現行犯とブローカーが含まれてしまっているのが我らチームミサキである。

 残りの一人もウチからでる可能性は高い。致命傷といっていい状況だった。


 うーん。これ、僕もやばいんじゃ? 可愛い子降ってこないかな。


 そんな不安が伝わったのかな。ミサキちゃんは何度も深呼吸したあと、机のうえで強く手を組んだ。


「説得するしかないわ」


 ミサキちゃんは説明した。学園側が望んでいるのは罰ではなく事態の収拾であること。リラという少女は自己主張が強くないこと。最悪、試験までに投獄が解除できればいいこと。


「暴力事件は両成敗に持ちこむとして、彼女から譲歩を引き出すの。私たちは同じクラス、落とし所はあるはずよ」


 そうして僕たちは調査に乗りだすことになったのだった。


 それにしても、なんか思ってたのとだいぶ違うなあ。

 なんでストラテエロゲーで探偵みたいなことやってんだろ。ああ、憂鬱だ。


 僕はかなりテンションを下げた状態で、ナインちゃんと情報交換する。

 リタちゃんの異性のタイプとか、経験人数とかね。あ、スリーサイズとかも聞いとこ。


「聞いてるわけないよね?」


 ナインちゃんがこめかみに青筋を浮かべた。


「85、54、77じゃなかった?」

「なんで知って…………あっ!」


 ナインちゃんはそう呟いて、やっと意味に気づいたのかバッと自分の身体を抱きしめた。

 僕はニタニタする。ま、反応した時点で君の負けなんだけどね。Dカップらしい。


 ナインちゃんはウジ虫でも見るみたいな目で僕をさげすむと、思いっきり舌打ちした。


「最低」

「何のことかわからないなぁ。僕はリラちゃんのことを聞いただけなんだけど」

「最低」

「……二回も言わなくて良くない?」


 あと隠しても意味ないよ。君のことで知らない場所なんかないし。

 このときのために毎日腕とか手の長さを測定しているのだ。


 うんでも、僕ってこういうど畜生セクハラが大好物らしい。

 あれだな。悪役貴族Tレックスとか名前つけたけど、セクハラ上司Tレックスにしたほうがいいかもしれない。


 めくるめく悪代官ワールドである。なお、イメクラおよび理解のある人以外でやると捕まりますのでご注意を。


 ニヤニヤする僕に、彼女は一転エンジェルスマイルを浮かべた。


「そういえば聞いた? アチョ君ってね。成績を盾にえっちなことしようとした悪い貴族なんだって」

「へぇ」


 おあ? なんか、風向き変わってきたぞ。


「私ね。そんなアチョ君をパートナーにしようと思ってたんだけど。それってどうかな?」


 ナインちゃんが髪を指にくるくると巻き付ける。

 とても色っぽい仕草だけど、僕は頬の筋肉がひきつるのを感じていた。


「……勇気があるって思われる、とか?」

「脅されてる、かもね。そういえば私たち今日も一緒だね、メルボルン君」

「……」

「どうしたの? 顔色悪いよ?」


 こてん、と首をかしげるナインちゃん。とてもカワイイんだけど、目の奥がカケラも笑ってない。


 心臓がバクバクしてきた。

 恋とか愛とかじゃなくて、なんか生命の危機という意味で。

 うしろ見たら、死神がデスサイズを構えているとかないよね。


 僕は乾いた声をあげると、そそそっと後ろずさりでナインちゃんから遠ざかる。

 そして意を決して反転すると、窓から飛び降りた。


「ちょ、ここ五階っ――!」


 内蔵が持ちあがる浮遊感に耐える。木の枝をクッションに、三点着地の要領でコロコロ地面を転がった。


 うーん、さすが僕。昔、学校にテロリストが襲ってきたことを想定して、脱出訓練にはげんだ甲斐があった。


 ナインちゃんは窓からなにやら叫んでいるけれど、パンパンと埃を払って走りだす。


 先のことなんか考えない。明日のことは、明日の僕に任せればいいのだ。

 本物のにーとは伊達じゃないっ!

 いや、怒られるのは嫌だから調査はするんだけどね。


「でも、事実確認ってどうすればいいんだろ?」


 そうして僕は事件現場にきていた。手には白い手袋、あと温そうな枕。毛布まであれば完璧なのに。


 うろうろと現場を歩きまわる。


 それにしても現場百回とかよくいうけれど、この世界じゃ正しいんだろうか。

 だって保存とかされてないから何も残ってない。足跡ぐらいだ。

 監視カメラなんて言わないから、指紋ぐらいは取れるといいなあ。やり方しらないけど。


 うん、よくわかんないね。枕に頭をあずけながら、ぼーと俯瞰してながめてみる。


 被害者の主張はナインちゃんが聞いてくれるはずだ。

 となればそれ以外の情報を探すべきだろう。


 でも、それ以外ってなんだ? 血痕なんかないから、物証には期待できないしなあ。

 第三の目撃者とか居ればいいんだけど、そう都合よくいかないよねえ。


 最終手段として、リタちゃんの弱みを握って黙らせるって方法もある。

 あと札束で頬を叩くとか。こまして言うことを聞かせるのもナシくはない。


 ただ問題なのは、僕が全然彼女を知らないってことだ。原作だとモブガールCぐらいなので知識無双はできない。

 そして家からの仕送りにはこの前セミの死骸が入っていた。


 メルボルン君、嫌われてたのかな? 同情くらいはしてあげてもいい。


 はあ、しんど。休憩しよう。むにゃむにゃ。


 それにしても、なんで人間って争うんだろうね。

 陽だまりのなかに入れる人数は決まっているとかいうけれど、別に暮らそうとおもえば暗がりでも大丈夫なのに。

 そう、僕は陰の住人なのだ。……すごく陰キャっぽいね、これ。


 そんなことを考えていると、目の前に黒髪のキレイな女の子があらわれた。

 というか、ミサキちゃんである。ただし、なんだか様子がおかしかった。


「ねえ、何か言ったら。あなたの言った通り新しい下着にしたんだから。感想を述べるのがマナーじゃなくて?」


 そう言ったミサキちゃんは、上半身に何も身につけていなかった。

 下はバスタオルだけ。上はいわゆる手ブラの体勢だ。なのに前かがみになっている。


 僕はごくりとツバを飲みこんだ。


 やばい、超色っぽいぞ。鎖骨とか、おへそとか、ないんだけど健気に寄せてるところとか。

 そしてめちゃ痴女ってるのに、ツンデレ風味に恥ずかしがっているのも点数高い。


 これは、アレですか。据え膳とやらですか。


 なら仕方ないね。女の子に恥をかかせるわけにはいかない。

 今日から僕は君のTバックだ。


「――な、なあ。今ええか?」

「パンティになるからヤダ」

「ぱん? ……ち、ちゃうて。なあちょっと起きてくれへん?」


 なんだよもう。これからだってのに、邪魔してくれちゃってさ。


 ってあれ? ミサキちゃんは?


 僕をおめめをパチパチして、めくるめくピンクワールドをさがす。

 でも、そこにいたのは耳慣れない関西弁をあやつる長身の女の子だった。


「突然で悪いんやけど、ウチと付き合ってくれへん?」


 そんな彼女が両手を合わせながら懇願してきた。


 よく見るととってもカワイイ子だった。百七十後半はありそうだからキレイ系かもしれないけれど、目元のうっすらしたクマがチャーミングな、そんな女の子だった。


 そんな彼女に、僕はとんでもなく頬を引きつらせた。


 僕は彼女を知っていた。同じクラスだからじゃない。そもそも彼女は別のクラスだ。

 いや、それだけじゃない。そのクラスのリーダーだ。実力も高く、信望も厚い。

 そしてなによりメインヒロインの一人だ。


 でも、一言で表すならコレだろう。


 破滅させられ系ヒロイン。


 心身ズタボロにし、親の仇ぐらい恨まれないと攻略できない世にも奇妙なヤンデレくま女が、彼女だった。



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