第2話:宝物を忘れるリス 下
リス、という生き物をご存知だろうか。
掌サイズの小動物であり、樹の上や地面を走りまわってはドングリなどを集め、それを地中に埋めてたくわえるあのリスである。
このリス。大きくわけて三つに分類される。
まず一つは樹の上で暮らすリスである。コイツらは一般的な認識どおり木の実を主食とし、それを巣穴や地中に埋めることで冬にそなえる。
次はジリスと呼ばれる地面を駆けまわるリスである。彼らは樹の上のリスと異なり、草や昆虫などを食べて生きている。
最後の一つがその中間となるシマリスである。樹の上でも暮らせるほど俊敏で、かつ地上を走り回れる持久力もある。
そしてリスたちは豊かな時期に食べ物をどこかに隠し、冬に備えるという性質をもっている。
そんなリスには、実はある欠点があった。
「出てけっ! 出てけっ!」
こう叫んでいるのは女子たちだ。その後ろには平民とか貴族とかの垣根をこえて、ほぼみんな勢揃いしている。
一方、その罵声を一身にうけながら、部屋の隅っこで縮こまるのが僕らチームミサキの一人だ。
……たぶんね。三馬鹿の一人だとおもう、自信ないけど。
こうなった経緯を説明しよう。
ことの発端はある女の子だ。彼女は影がうすく存在自体も希薄なとてもかわいそうな子なのだけれど、一部の女の子からはカルト的な人気を誇る、なんだか教祖みたいな女の子だった。
いやべつに彼女自身は優しい子なんだけどね。まわりが信者でキチってるだけで。
で、そんな彼女が今日も朝早くから掃除していると、棚の隙間にはさまっている封筒に気づいた。
不幸なのは封がちゃんと閉じられてなかったことだね。彼女が手を伸ばすと、その拍子にすっと一枚の写真がすべり落ちた。
そして彼女は驚愕することになる。だってその写真には、親にも見せたことのないあでやかな自分が映っていたのだから。
そう。その写真とは女の子たちのシャワーシーンだった。
つまりどういうことかというと。なんと今責められているバカは、こんなものを学園に隠して、しかも忘れていたのだ。
そう、これでわかっただろうか。このリスのとても残念な点が。
人間でも何をどこに置いたのかなんて覚えていられないのに、リスみたいにちっさな脳みそで、隠した食糧を全部覚えていられるわけがないという致命的な欠陥である。
リスならそれでもいい。大量に隠しておけばなんとかなる。他の動物に横取りされても、バチくそブチギレるだけでいい。
でも、人間の場合。それも墓まで持っていかないといけないような物の場合、一発で即死する可能性がある。
そんなどうしようもないやらかしをした彼は、クラス中の女子を敵に回していた。
「火炙りじゃっー!」
っていう感じでね。
うん、完全に自業自得だ。
というか、なんてけしからん奴らなんだろう。僕が責任を持って処分するからブツをよこしなさい。
でも、クラス裁判になったのはそこじゃない。
問題は、おバカなリスくんが弾圧に耐えかねて口を滑らせてしまったことだ。
どうやらこの写真。別にブローカーがいて、そいつから買い取ったものらしい。それはつまり、他にも持ってる奴がいるということこだ。
そして魔女狩りがはじまった。
いや、魔男狩りかな。字面的に間男にしか見えないんだけど。
とりあえずミサキちゃんが止める暇はなかった。ナインちゃんが宥めてもなんのその。
というか、彼女たちも本気で仲裁する気とかあったんだろうか。
焼石に水といった感じで、沸とうした女子たちは人権やら色々ブッチした。持ち物検査とか、身体検査とかね。
わらわらと証拠も出てきてしまう。ついにはブローカーまで見つかってしまい、多数の男子が部屋の隅っこに追いやられてしまった。
「男子サイテー! 同じ空気吸うのもイヤなんですけど」
「マジできっしょ。ほんと、マジで」
ここまでもまあいい。
いや、本当は全然よくないんだけどね。
トイレに行かなくて済むよう、紙オムツを買ったままカバンに入れていたのを忘れていて、なんかまた業を背負っていたりはするんだけど。
でも無罪は無罪だ。
そして、いまも女子たちを宥めようとするイケメン君も無罪だ。
このイケメン、女子だけでなく男子にも優しい超イケメンらしい。
なんか、みんな仲良くがモットーだそうだ。本当に人間ですか?
それに加えて、女子に人気のある男子連中も無罪だった。当然だね。頼んで直接見せてもらえばいいんだから。
あとはアチョとか例外もいるけど、とりあえずモテる男子というのは盗撮写真なんか欲しがらないことがわかるだろうか。だってリスクでかいし。
じゃあ、何が問題かというと。
その盗撮写真を欲しがる連中というのが——僕たちチームミサキの大半を占めているという点だった。
というか、僕とアチョをのぞく全員だった。
「弱ったわね」
これに頭を抱えるのがリーダーであるミサキちゃんである。
なぜ彼女が困っているのか。それは、今度開催される期末試験にとても大きく関係するからだった。
その名も
とてもおどろおどろしい名前だけど、プレイヤーには山デートやら好感度確認だとか、ボーナスイベント扱いされる試験である。
内容はこんな感じだ。
一つ、五日以内にラトレネ山の山頂まで、ペアで協力して登って帰ってくること。
一つ、男女で組むこと。同性同士の場合、ペナルティが発生する。
一つ、パートナーは希望調査票を元に決定する。なお、調査票には何人書いてもよく、上から順に両者が希望している場合のみペアが成立する。
一つ、成績は通過したチェックポイントの数と、かかった時間で決まる。
一つ、ペアを組めなかった場合その時点で退学。期限内に達成できなくても退学。試験中死んでも退学。
つまり好きな女の子を上から順に書いて、両思いだったら五日間二人っきりでイチャイチャできるというイベントである。
原作では三人の女の子を指定して、好感度が足りてればそのうち誰かとデートできるという完全ラブコメイベントだった。
好感度が足りなくてもモブ女の子がパートナーになるだけだ。ヒリつくようなものじゃない。
僕は目的の女の子とデートできなかったらリセットしてたけど。
とにかく、危険のきの字もなくはないけど大したことない試験なのだ。
……なはずなんだけど、僕たちは自分たちでハードモードを選んでいた。
こんなふうに。
「ハァ?」
「マジでないわー」
「性懲りもなくよく顔出せんね、アンタら」
彼女たちはハマショーガールズ。「ハァ?」と「マジ?」と「性懲りもなく?」しか語彙のない、クラスのなかでもまあまあ底辺の女の子たちだ。
しかし、そんな彼女たちにさえペアを拒否されたのが僕たちチームミサキの男子たちである。
男子吊し上げ事件の翌日だ。ぶっちゃけミサキちゃんも助けたくはなかったのだろうけど、冷静になった彼女は気づいてしまった。
そうなのだ。三馬鹿なんか主力にするには弱い。けれど、立派な戦力である彼ら五人を見捨てるわけにもいかないのである。
リーダーになるためには、どんな弱い駒でも使いこなさないといけないのだ。
だからミサキちゃんは組んでくれる女子を探していた。
あと三馬鹿は置いてきた。一度コイツらだけで行かせたら、売り言葉に買い言葉でケンカして帰ってきたからだ。
「冷静に考えて。同性で組めばリスクは大きくなるわ。それにラトレネ山はモンスターの出る危険地帯よ。どうしたって男手は必要でしょう?」
しかし、ボキャ貧なのかハマショーガールズ、
「ハァ?」「マジ?」「性懲りもなく?」
と決め台詞のあと、辛辣に言った。
「つか、アイツらと居るほうが危なくね?」
うん、正論だ。ど正論だね。そしてミサキちゃんも昨日、無罪だった男子と組もうとした事実があった。くそブーメランだった。
女の子として当然の判断だろう。五日間、盗撮犯と二人っきりにならないといけないのだ。
成績とか気にしている余裕なんてない。なんなら退学のほうがマシまである。
ちなみにナインちゃんも裏でエグいぐらい毒を吐いている。見かけ上は気にしてない風だったけれど、絶対組まないと宣言していた。
うーん、いきなり絶望的な状況だね。どうするんだろ?
「でも、試験が近づいてきたら向こうも考え直すんじゃない?」
そんなミサキちゃんの道連れになっていた僕は、帰りにそう助言した。
この試験。人数の制限がないので、とりま異性全員書いとけみたいな風潮がある。
そして危険なことは事実なので、みんな優秀な相手を選びたいという心理があった。
つまり駆け引きでもあるのだ。事実、彼女たちも、
「金くれるならいいけど?」
「貴族だったらいいけど?」
「イケメンだったらいいけど?」
みたいなことを言っていた。
人は怒りさえ忘れてしまう生き物だ。試験が近づいてきたらマシな男子が売れていく可能性は低くない。
でも、ミサキちゃんは不安顔だ。
だって三馬鹿とかクソど底辺だもんね。マシな方から売れるってことは、最後まで残る連中もいるということで。
そして、その売れ残りそうな奴に心当たりしかないのだった。
「可能性があるのは彼女ね」
彼女とは、事の発端となった写真を発見した女の子のことだ。
名前をリラ。
三つ編みの黒髪が似合う、でもいつもうつむいてオドオドしているとても影の薄いメガネっ子だ。
性格も引っ込み思案というか、僕とおなじ陰キャ系である。
「なんで?」
「彼女。当事者なのにずっとうつむいていたわ。もしかしたら事を大きくした責任を感じているのかも」
えぐいね、すごい冷酷なこと考えるね。
三馬鹿のうち、自分が一人、ナインちゃんが一人、そしてあともう一人と考えているんだろう。ミサキちゃんらしい発想だ。
問題は、ナインちゃんが絶対三馬鹿とは組まないってことなんだけどね。
指摘するかするまいか。
でも、結局しなかった。めんどくさかったからじゃない。
その日の夜。ミサキちゃんが今後の方針を話したあと、誰かがナインちゃんと組めることに気づいた三馬鹿が勝利の雄叫びをあげたからだった。
うん、一人ぐらい死ね。
つかこれ、お前らのせいだからな。
とこんな感じで、僕たちはミサキちゃんの指示のもと、くだんのリラちゃんを勧誘することになった。
その第一陣は、なんとアチョである。
このアホ、実はこの試験だと人気がある。まあそうだよね。アホだから身の危険とかないし、指示すればなんでもやってくれる。
そしてクラスのなかではわりと有能だ。ぶっちゃけナインちゃんもアチョと組むつもりだろう。
誘われたら、大抵の女の子が頷いてしまうはずだ。無害で有能で便利ってそりゃ人気のないはずがない。
まあ、イケメン君には勝てないんだけどね。でも彼は、高慢ちきなギャル貴族のせいで即売していた。
ということで現状センター級アイドルのアホがフィッシュしてきて、ミサキちゃんが強引に勧誘するという悪魔もドン引きな手段を実行しようというのだ。
ごめんリラちゃん。君の犠牲で世界が救われるんだ。
でも、君の嫌がる姿もちょっと見たいです。
そして翌日。
寮の相談部屋——なんだかミサキちゃん専用になっている——で待機していた僕たちは、なかなか帰ってこないアチョを待っていた。
場にはミサキちゃん、ナインちゃん、三馬鹿の一人、そして僕である。三馬鹿は比較的無害そうなデブを選ぶことにしたようだ。
でも、ぜーんぜん帰ってこない。おかしい。アチョは即実行だけが特技なんだけど。
組みたい。ついてきて。この二言以外喋るなと言ってあったんだけどなあ。
「大丈夫かな?」
「最悪私が直接交渉に行くしかないわね」
などと二人が話し合っているが、さてどうなることやら。
と思っていたら、どたどたどたととんでもない騒音と共に誰かが飛び込んできた。
あわれ扉の蝶番はバキバキにぶっ壊れる。
そいつはキキィと音を立てて部屋の中央で急停止した。
やっぱりアチョだ。
彼はいつにない余裕をなくした様子で、額に汗をうかべながら叫んだ。
「ご主人っ! 捕まったぞっ!」
……ちなみに僕は、このアホの取扱検定一級を持っている。
そこで学んだ。わかりやすい説明なんか求めてはいけないことを。主語とか、修飾語とか、そこに至った経緯とか、さらに結論なんかを求めるなんて愚の骨頂だ。ウィッシュボーンなのだ。
だから僕は聞く。頭のなかで彼の言いたいこと、伝えたいことを考えながら、彼が得られるであろう情報を元に、彼がそう話そうとした理由を想像して。
これこそ、僕がカイヌシたるゆえんだった。
「誰が?」
何がとか、意味不明とかは言わない。ああ、僕はなんて効率的なんだろう。
感動する僕をよそに、アチョは自分を指差した。
「自分だっ!」
その瞬間、突如として後ろから殺到した教師たちがアチョに飛びかかったのだった。
え、ええぇ……。
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