間話2話:アリクイの立ち往生 中
「はぁ? なんで俺が……」
その日の午後。俺は『一年東組』の寮の一室に呼びだされていた。
この学園の寮は各学年、各クラスごとにわかれてる。
クラス対抗って面を強調したいんだろう。できるだけ関わりが少なくなるようにしてんだ。
で、そんなかには居住用じゃない個室がいくつもある。この学園にゃいろんな対抗戦があるからな。その相談用にだろ。
何個かは溜まり場みたいになってるが、ちゃんと活用されてるとこもある。俺が呼び出されたのはその一つだ。
ミサキ・クウロラ。そいつがこの部屋の主さ。
中間試験のときのリーダーで、いまもなし崩し的に俺らの統括をしてたりする。正直、かなり気に食わねえ。
俺はこの世界にきて、いろんな認識をあらためた。人への評価がそれだ。
俺は最初、この世界のやつらをアニメの登場人物みたいに思ってた。創られた人生があって、それっぽいキャラ付けがあって。そんな感じさ。
でも、それは間違いだったのさ。俺がアニメで観てたのなんて、すげえ表面的なことだって気づいたんだ。
こいつらはこいつらで生きてる。好きなことがあって、やりたいことがあって。それで生きてる。
けどよ。じゃあ、それはすばらしいってことにゃならねえ。
フィクションはフィクションでいいってのはその通りだな。リアルになるとちょっとキツいのもある。
「あなたたちでも十分にこなせるミッションのはずよ。それともなに? なにか文句でもあるのかしら」
あるに決まってんだろ。なんだそのうえから目線、まだ貴族気分かよ。
でも、ぐっと飲みこむ。俺がそんな事情を知ってたらおかしいしな。
興味があるんなら脅したり、協力したりって手はあるが、俺はこんなキツい女ごめんだ。
いや、そりゃ俺にも悪いとこはあったさ。中間試験でマッピングをミスったりな。
けどよ、人間まちがいはあるもんだろ。そいつをグチグチ。ウザってえたらありゃしねえ。
いい女ってのは、黙って三歩うしろをついてくるって相場が決まってんだよ。それを十歩も百歩も前行きやがって、クソが。
って、いけねえ。黙ってたらまた機嫌が悪くなりやがる。俺は頭を掻きながら、
「いやけどよ、俺にも予定ってもんが」
と口をすぼめる。歯切れがわるくなんのはしょうがねえ。ウソついたら、こいつ確かめにくるからな。
でも、乗り気にゃなれねえ。だって、この女は『ミッション』の斡旋をしてやがるからだ。
この学園はけっこう変わっててよ。自衛隊とかだと集団行動、上位下達ってのがふつうだが、ここはそうじゃねえ。
なんていうかな。個人の力がぶち抜けちまってるからか。わりとザラに一騎当千ってのが成り立っちまう。
俺だって地元のチンピラどもだったら四、五人にかこまれても平気だったし、あのトロそうなテンジも家族にゃ破壊神みたいに恐れられてた。
ま、アニメだと主人公なんか万の軍勢相手に一人で足止めしたんだけどよ。
そこまでイカれちゃいなくとも、たいていの奴がバケモンなのさ。一般基準じゃな。
クラス単位で競わせるのもそれさ。一人が百人集まったのと同じだから、ふつう以上に仲間意識とか連携とかを求められる。だから個人で考え、個人で解決できることが必要以上に求められるのさ。
そんなことで俺たちは『ミッション』とかって、休みに依頼を受けることが推奨されてる。
ギルドも大助かりなんだろ。依頼料は割安だし、成績がかかってるから適当なマネをするヤツもすくない。
こっちだって小遣いが稼げるしな。俺も何回か警備とか仲裁とかの依頼を受けた。
で、そいつに目をつけたのがこの女さ。いや、別にこいつが初ってわけじゃねえか。
大なり小なり、歴代のやつらが考えてきたことをこいつもやってるってだけだ。
この学園がクラス対抗ってのは言ったよな。そいつをちゃんと説明すると、学内成績と課外活動ってのにわかれてる。
学内成績ってのはわかるよな。つまり、中間試験のときみたいにクリアするスピードで勝負したり、直接対決したりすんだよ。
で、もう一つの課外活動ってのもそのままの意味だ。簡単に言えば、どれだけ学外で実績をあげたかってことだな。
依頼を達成するってのもその一つだ。ま、いまはまだリーダーを決めるクラス内の派閥争いって言ったほうが正確なんだけどよ。
そんで、この女はそのリーダーを狙ってやがるんだ。
だから振ってくる依頼はぜんぶ誰も引き受けたがらないめんどくせえのばっかりだ。
そりゃそうだよな。そっちのほうが評価点が高いんだからよ。俺はクソ迷惑だけどよ。
でも、面とむかって逆らうわけにもいかねえ。俺もどっかの派閥にはいねえとな。どの世界も、ボッチがいちばん攻撃されんだよ。
「だ、だったらアチョのやつに」
「ムリよ。彼にはナインテイルさんと——」
その瞬間、バンとまるで体当たりされたみたいに扉が勢いよくひらいた。
そしてすぐさま男が駆けこんできた。キキィー、と音をたてて急停止する。
丸坊主の頭、バカみたいに開いた目。そんでもってデケェ身体。こんな素っ頓狂な野郎はそうそういねえ。
アチョだ。
そいつは「手紙だっ!」とバカみたいに叫びながら封筒を突きだした。
仕事を頼んでいたのか。はぁ、とため息をつきながら女が受けとる。そのままペラペラと紙をめくりはじめた。
俺はその間、このアチョとかいう男を観察していた。
アチョ。本名は知らねえ。原作でもちょい役だったからな。バなんちゃらみたいな名前だった気がするが、どうでもいい。
そして一応チームの核みたいな野郎だ。回復力はえぐいし、元々の身体能力もバグってやがる。ふつうだったら俺たちなんか相手にしねえエリートだろう。
でも、ジルスなんかはすげえ仲良くしてる。仲良くっつうか、子分みたいにおもってる。
だって、かわりにオツムはマジに終わってるからな。
指示を聞こうとしてはいるみてえだが、理解するアタマがねえ。まちがえようのねえシンプルな指示もミスりやがる。
正直、戦闘員にしか使い道がねえ。ま、だからこそこの女とかも重宝してやがんだろうけどな。
でも、俺は苦手だ。
ジルスの気が知れねえぜ。バカはおそれるに足りねえが、ブチ抜けたバカってのはガチにヤベエのによ。
昔、コイツみたいな奴を見たことがある。土方の日雇いしてたときだ。
すげえバカな奴でよ。指示も理解しねえし、ずっと鼻水垂らしてやがるんで、俺よりずっと長えこといんのにまだ下っ端だった。荷運びとか、誘導とかな。そんぐらいしか任せられねえ。
で、その日もそいつは入り口の警備を命じられたんだよ。
そんときの現場はけっこう田舎でよ。けっこうめんどくせえんだぜ。敷地がどうたら、音がどうたらって怒鳴りこんでくる老害がうんざりするぐらいいやがる。
そのうえよ、そこにはヤーさん組織もあったりしてよ。自販機置かしてくれやら、手は出さねえにしても絡んでくるんだよ。
とくに若いってのは舐められるんだろうな。俺もよく絡まれたんだけどよ。
そのヤーさんなかでもイキってる奴がよ、現場に踏みこんでこようとしたんだ。
で、そのバカが止めるわけ。アイツにとっちゃ、ヤーさんもばーさんも一緒なんだろうな。
けど、そのバカはすげえバカだからよ。くっそ舐められて無視されるわけよ。
じゃあ、その瞬間よ。俺は目がおかしくなったのかとおもったね。
だってそのバカ、馬乗りになってそのヤーさんをボコボコにしたんだぜ。
いや、最初は取っ組みあいだったけどよ。でも、気づいたら一方的さ。顔の原型がわかんなくなるぐらいフルボッコだよ。
暴対法とかで別に処罰とかはなかったんだけどさ。でもふつうビビるだろ? 仕返しされるかもしれねえじゃねえか。
なのにそのバカは次の日もケロッと仕事にきやがった。
そいつにとっちゃ言われたことを守っただけなんだよ。信じられねことにな。
このアチョってのも同じ匂いがする。言われたことを守る。こいつのアタマん中にゃ、仲間とかそういう概念がないんだ。そういう回路自体がねえんだ。
言ってみりゃロボットだ。指示があれば、平然と俺たちにも殴りかかってくる。
けど、そいつん中じゃそれは正しいのさ。真正のキチガイさ。
でも、こんな奴でも邪険にするわけにもいかねえ。
一応、俺たちの最高戦力だからな。
「それで、ナインテイルさんは——」
「手紙だっ!」
「そうではなくて、ナインテ——」
「手紙だっ!」
ああ、頭痛くなるよな。同情するぜ。
でも、こいつに会話を期待するだけムダだ。用事を頼まれたときのコイツはそれしかしねえからよ。
それにしても、よ。
「ナインちゃん、か」
「どうかしたかしら? ああ、いいのよ。行ってちょうだい」
しっしっとこの女はアチョを追いはらう。俺はその走りさっていく後ろ姿をみながら考えていた。
テンジの言ったセリフ。最近、ナインちゃんが変わったとかいうあれだ。
俺はそのことについて、ずっと考えていた。
そしておもったわけだ。そういえば、ナインちゃんはアチョと一緒なことが増えたと。
こんなこと、ふつうならありえないのに。
俺はこの学園に来て、ひとつおおきな問題を抱えていた。
それは俺だけじゃなく、この世界全体もゆるがしかねない大きな問題——原作崩壊についてだ。
俺はできるだけ、原作を遵守しようとやってきた。
だってそうだろ。あと数年もすれば戦争が始まるし、国をゆるがす陰謀ってのもある。
意味わかんねえとこまで変えたってしょうがねえ。いや、害悪ですらある。
なのに主人公と俺らのリーダーは敵対したままだ。意味がわからねえ。
俺はべつに、特別なにかした覚えはねえのに。
そもそもアチョは原作じゃこんな目立つ奴じゃなかった。
でも、今はほとんど主人公的ポジションにおさまってる。
だから俺は疑った。こいつも転生者じゃねえかって。
でも、そんなわけねえんだ。いや、たとえそうだとしてもこんなバカだったら意味ねえ。これが演技だとも思えねえしよ。
クソっ、わかんねえな。もし好き勝手しようとしてんだったら止めねえと。
だってそうだろ。俺の武器はこの頭なんだからよ。そいつを壊されちゃたまらねえぜ。
「な、なあ。アチョの奴はいま何をしてるんだ?」
俺は聞いた。だってそうだろ。一応、まだあいつが超絶演技してる可能性はあるんだ。
けどよ。この女、気味悪そうに眉をひそめやがった。そんなおかしな質問か? 仲間の状況をたずねただけだろうがよ。
でも、一応仲間ということなんだろうな。ため息をつきながら教えてくれる。
「違法薬物の調査よ。彼はナインテイルさんの護衛だけれど」
だからあなたもわかるわよね? そう言っているのが言外にわかる。
チッ、うぜえ女。いちいち何かにつけてイヤミっぽい。
つかナインちゃんエグい任務受けてんな。それ、ギルドで話題になってた憲兵協力要請という名のボランティアだろ。こいつもよくそんなの振るぜ。
つうことは、さっきのもナインちゃんが書いた近況報告なんだろう。授業に依頼と、すごすぎるぜ、ナインちゃん。
仕方ねえ。彼女がそこまでしてて、俺が何もしねえわけにもいかねえ。
少なくとも、このチームのなかじゃいちばん俺が働けるはずだからよ。
俺は依頼書を受け取ると、しぶしぶギルドに向かったのだった。
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