第一章閑話
閑話1話:アリクイの立ち往生 上
人生をやり直したい。そう思ったこと、あるか?
俺にはある。あのときに戻れたら。あのときからやり直せたら。
そんなことはもう何千、何万回と考えたさ。
でも、それが普通だろ? 俺の人生こんなもんじゃないんだって一度失敗したやつなら絶対思うはずさ。
だって世の中バカばっかじゃねえか。なのに学歴がどうたらとか、資格がどうたらなんかいって、俺のことを見やしねえ。俺のほうが優秀だっていうのによ。なのにペラッペラな紙だけみて、俺を評価しやがるんだ。それは俺じゃねえのによ。
ああそうさ。たしかに高校さえ出てないさ。
でもよ、それは俺のせいじゃねえんだよ。全部あいつらがわるいんだ。じゃなきゃ俺は、今頃もっといい大学行って、いい会社でバリバリ働いてたんだ。
クソっ、今でも思いだしたらイラついてきた。
なあ聞いてくれよ。俺が悪くないってことをよ。
あれは俺が高校入って一ヶ月も経ってないころだった。
俺の高校はDQNとかが多くてよ。正直なじめなかったんだけどよ、そんなかでもクソなヤツらが一個上にいたんだ。
そんでよ、そいつらがウチのクラスの女子とかにちょっかいかけるんだ。
ひどかったのは、俺のクラスにおんなじ中学の子がいたんだけどよ。その子にはもう、つきまとったり、いろいろやり放題だったんだよ。
そんで、俺はついにカッときたのさ。
そりゃ下心はあった。その女の子、俺けっこう好きだったし。でもよ、これは正義の心なんだって。そんときは考えてなかった。
で、グーで殴った。
俺にはボクシングやってる兄貴がいてよ。家とかだとしょっちゅう喧嘩してたんだよ。
だから、あれコイツら弱くねって。気付いたのさ。
だからボコボコにして、二度と来んなって言ってやったんだよ。あー、あれはスカッとしたな。
でもさ、知らなかったんだよ。そいつら、実は理事長の息子とかでよ。
家帰ったらさ、親共々呼び出されてさ。で、あることないこと教師どもから説教だよ。
もちろん、俺は殴ったからちょっとくらい罰はしょうがねえ。
けどよ、むこうは何もなしとかありえねえだろうがっ。
だから俺は言い返すんだけどよ。クソ教師どもは話を聞こうともしないし、お袋は泣きだすしよ。ずっと平行線。
だから、俺は渋々停学を受け入れたんだよ。
で、二週間ぶりに学校行ったら、どいつもこいつも目をそらすわけよ。もちろん助けた子もな。
はぁ? 何様なんだよお前。って俺は心んなかで思ったけどよ、いわなかったよ。
つか、言えなかった。すぐそいつらが来たんだよ。久しぶりだねぇ、とか笑ってよ。
そっからは地獄だったな。朝学校いったらよ、殴られるとか当たり前でよ。鞄にウンコいれられたり、虫食わされたりもしたな。
クソ教師どもも見てみぬふり。理事長の息子だから強く言えねえんだろうさ。
はっ、ふざけんじゃねえ。じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ。
でも負けるかって殴り返したりしたんだけどさ。そのたびにお袋が呼びだされて。
しまいには兄貴にまで迷惑かけんなとかいわれてよ。悪いのは俺じゃねえだろうがっ、クソ。
それでも一ヶ月ぐらいは行ってたんだけどさ。でもよ。教室で縛られて放置されたあげく、助けもこねえからそこでウンコ垂れ流した。次の朝まで。
で、助けたはずの女の子がうわっ、みたいな顔するわけ。
さすがに堪えた。ぶっ殺してやろうさえ思わなかったな。あ、ムリだこれって。で、自主退学。そっからは遠いとこでバイトしてた。
そりゃよ。もっとマシな進学校いっとけってのもわかるさ。
けどよ、だからってこんな目にあうのが俺のせいなわけねえだろうが。
学歴で重要なのは大学だからって、高校は近いところ選んだだけだろ? そいつの何が悪いんだよ。ええ?
悪いのはあいつらだろうがよ。悪いのは俺を助けねえクソ教師だろうがよ。
俺は正しいことしてんだぜ。その俺がこんな目にあって、アイツらはのうのうとしてやがる。おかしいだろうが。
インスタとか見たらよ、けっこうマシな大学とか行ってやがんだぜ。あんな犯罪者どもがよ。ふざけやがってっ!
だから転生したときばかりは神様に感謝したぜ。
元の世界に未練とかなかったからな。そりゃお袋にはわるいと思ってるけどよ。
でも、俺はやり直してえんだ。ま、転生したあとで言ってもしょうがねえんだけどよ。
でもよ、やり直せるから万々歳かって言うと、そういうわけでもねえ。
なんでかって? そいつはこの世界がけっこうめんどくせえからだ。
俺は最初、ただの異世界に転生したんだとおもってた。
だって魔法とかもねえし、普通の中世ぽかったからな。
でもよ、さすがに気づくわけよ。腕が獣になるんだぜ。こんなの、あれしかねえだろうが。
獣パコ。俺が前世で見てた、その年の覇権とったアニメの世界だ。
原作はエロゲーらしいけどよ。古いゲームだし、俺はやってねえ。
なんでも会社の二十周年だかなんかで、どっかと協力してアニメ化させたらしい。キャラのリメイクとかしてな。
で、これがけっこうウケた。まあ理由はいろいろあるんだろうけどよ。
最近は外野がうるさいからな。主人公とか、反吐がでるくらいふつーな奴でさ。
でも、このアニメはそうじゃない。そもそも原作が古いからな。
主人公にヤンキー要素を足したのもよかったんだろ。そいつが好き勝手しまくるんだぜ。一周回って斬新だって、ネットじゃバズってたな。
ま、俺からすりゃDQNは死ねばいいんだけどよ。記念作品だけあって作画や声優は豪華だからな。俺もけっこう好きだった。
なにより、クラス対抗ってのがしびれるよな。なんかわけわかんねえ悪役とかでてきたところで、シラケるだけだしよ。
なら転生できていいじゃねえかって?
はっ、バカが。世の中よ、そんな単純じゃねえんだよ。
「あっ、おはよう~。今日もはやいんだねえ、リングくんはあ」
そういいながら小太りの男がバタバタと走ってくる。
この脇にパンの袋をいつも抱えているコイツは、この学園でよくつるむひとりだった。
「お前が遅いんだよ。出っ歯」
「ち、ちがうよ~、テンジだよ~」
テンジはこのとおりトロ臭いやつだ。でも力はあるし、見かけによらず本気で走ったら俺よりはええ。
食い意地が張っててウザいときもあるけどよ。
でも、一応ダチだからな。俺はアイツらとはちがうんだよ。
「おい、おーい! ちょっと、ちょっと待てよっ!」
で、いま寮の三階の方から叫んでいるのがもう一人のツレ。
そいつは、ピョンと飛び降りると膝をまるめて音もなく着地した。
「おい、リング。オレのこと置いていこうとしただろっ」
「寝坊するやつがわりぃんだよ。つかお前、鞄は?」
あ、とか言ってアタフタするこいつはジルスってやつだ。
まあそうだな。一言でいうとガキだな。チビってだけじゃねえぜ。
いちいちやることがガキっぽいというかよ。ヒーローとかよ、そういうのに憧れたりしてんだよ。
あと、意味もねえのに張り合ってきたりな。だからクラスの女子に嫌われんだよ。
ま、だからって無視するわけじゃねえ。単純な奴ってのは、こっちもやりやすいからな。
このテンジ、ジルスが俺のダチだ。で、誰が言いだしたか三馬鹿って呼ばれてる。
けっ、むかつくぜ。言い出しっぺを見つけたら俺がぶっ殺してやる。せめて二馬鹿プラス一だろうがよ。
「ったく、朝からダリィ。つかよ、テンジあれ返せよ」
並んで校舎に向かっているころ、俺はテンジにそういった。
うん、とか言ってテンジが鞄から一枚の写真を取りだす。
でも、そのまえにジルスが勝手にのぞき込んできた。おおっとデカい声をあげる。
「これウチのクラスの……!」
「声がでけんだよ。目立つだろうが」
ちっ、バカが。どいつもこいつも、なんでこんな無能ばっかなんだ?
ま、たしかにジルスにはちょっと刺激が強すぎたかもな。
こいつは俺のお宝だ。なんたってここ一ヶ月ぐらい、ずっとタイミングをはかってたんだからよ。
俺はクラスの女子連中のシャワー写真を胸ポケットにしまう。
ふん、名残惜しそうにしたってムダだぜ。欲しけりゃ金を払うんだな。
ま、ジルスのやつはいつも金がねえってこと知ってんだけどよ。
「す、すげえ。つかめっちゃエロい。なんかこう、全部見えてないのがいいっていうか」
その間も、ジルスの奴はうおおとかうなってる。
ふん、当然だろうが。これのために、学園から出る金のほとんどをつぎ込んだんだ。
仕切りがあるから大事なとこはほとんど隠れちまってるが、うなじやら足やらは全部見えてる。努力の結晶なんだぜ。
いや、これだけじゃねえ。俺の部屋には泊まりんときの寝顔とか、匍匐前進してるときとか、いままでのコレクションがある。
はっ、土下座するっていうんならダチのよしみだ。見せてやってもいいぜ。
とか思ったら、何を考えたかバカなことを聞いてきやがった。
「な、なあ、それってナインちゃんが写ってるのも、ある?」
ねえよ。ざけんな。つか、あってもてめえらには見せねえけどな。
ナインちゃん。ヘロディア・ナインテイルちゃん。
それは俺の女神だ。いや、俺たち『東組』の女神か。勉強もできるし、運動もできる。そんでもってえぐいくらいかわいい。
前世でアイドルのサイン会とか行ったこともあるんだけどよ。いま考えてみたらババアもいいところだ。
だってここ、アニメの世界なんだぜ。そんなかでいちばんかわいい子と比べたら勝負になんねえよ。
でも、だからってそいつを鼻にかけたりしねえ。ナインちゃんは貴族なのに、誰に対してもやさしい。そんなことあるか? 平民でも、俺のこと見下してる女子もいるのによ。
でも、俺は知ってる。そいつが、実はウソだってことはよ。
ま、俺はアニメで見てたからな。もうちょっとしたら裏切り者として俺たちの背中を刺そうとするんだよ。
しかも、性格はくっそ自己中。ネットでも大炎上だったし。俺もなんだこのクソ女、って思ってた。
うわ、またやってるよこの女って。ぶっちゃけ、何回も切ろうかなって考えたよ。
でもなんか惰性で見てたら、急にきたのさ。ナインちゃんの改心イベントが。ガツン、ってな。
ネタバレになるから言えねえけどさ。俺、そんときアニメで初めて泣いてさ。それ以来、ずっとナインちゃん推しなんだよ。
今はクソかもしれねえけど。でも、人ってそういうとこあったりすんだろ? それがなんか、すげえ共感できてさ。
俺、そこはこの世界でよかったなって思ってんだぜ。
ま、だからナインちゃんのこと一ミリも見せたりしねえんだけどな。
「いいか、二度と言うんじゃねえぞ。ナインちゃんは――」
「私が、どうかした?」
そう横から俺の顔をのぞき込むみたいに首を傾げていたのは、ちょうど今話していたナインちゃんだった。
えぐっ、人形かよ。なんか最近伸ばし始めたとかいう金茶色の髪が、まるで絹みたいにゆれてる。
もうちょいでセミロングかなって、まるでボブを懐かしむみたいに言ってったけ。
って、なんか言えって俺! やべえ、クソどもっちまってる。なんだよっ、べつに他の女子だったらなんもねえのにっ。
つか、髪とか跳ねてねえか。こんなことだったら、もっと鏡とか見てくりゃよかった。なんでこんなときばっかっ。
おい、お前らっ。なんかフォローしろって。なにツバのみ込んでんだよ。
クソっ。肝心なときに役に立たねえやろうどもだ。それでも俺はなんとか、
「ああいや、なんでもねえ」
と絞りだす。くそっ、ちゃんと言えたか俺? 変じゃなかったよな。
すると、彼女はくすりと微笑みながら、
「そう? じゃあ私、先にいくね」
と、いつもの女の子グループにもどっていった。
俺は「あ、ああ」とか言って送りだす。ハァ、すげえダセェな俺。
うしろから、ニヤニヤしたジルスのやつが肩を叩いてきた。うぜえ、殺すぞ。
そりゃわかってんよ。高嶺の華だってことはな。
前世の俺だったら、近づくだけで周りの笑い者レベルだ。
けどよ、俺には原作知識がある。情報ってのは、ときに黄金よりも価値があるんだぜ。バカのお前にはわからねえだろうけどよ。
すると、テンジのやつがどこかうっとりしながら言った。
「で、でも~。なんだか最近のナインちゃんってきらきらしてるよねえ~」
「わかる。元々別格だったけど、もう次元がちがうっていうかさ。しかもなんかエロいんだよな」
ボケどもが。んな薄汚れた目で彼女を見んじゃねえよ。
って、言ってもしょうがねえんだけどよ。コイツらだけじゃねえ。クラスの男もそうだし、上の学年の奴らも見にきたりする。
ほら、今も。偶然をよそおって、どうでもいい理由で野郎どもが声かけてやがる。ふざけやがって。
でも、言われてみりゃそうだ。同じクラスだからわかんなくなってたけど、たしかにちがう。前はあっこまで目立ってなかった。
なんていえばいいのか。急に美人になったとかじゃないんだよ。ふとした仕草とか、そういうのが柔らかくなったんだよ。なんかうまく言葉にできねえけどよ。
何があったんだ? 中間試験が終わったときぐらいは逆に元気がないぐらいだったんだが。
最近の彼女は裏側を知ってるはずの俺でさえ、それが全然わからない。マジに天使にしかみえないんだよ。恒星みたいに光を放ってるっていうかさ。
そういうの勘弁してくれよ。俺はやりゃできるさ。けどよ、この世界ってのはそんな単純じゃ――
「おい一年。邪魔だ、うせろ」
どん、と俺がぶつかったのは三年の先輩だった。
三人組、それも全員ギラギラした目をした野郎どもだ。
肩の意匠をみるに俺たちとおなじ東組だ。この態度、下級貴族か?
中間試験のことを根にもってやがんだろうな。近くを通ったりすると、俺たち一年にこうやって絡んでくる。
うぜえ奴らだぜ。でも、大した理由もないのに逆らうわけにもいかねえ。腐っても年上だからな。
ってバカが、なに歯向かおうとしてやがる!
俺はジルスの肩をつかむと、そっと道をゆずる。
ま、だからってバカどもは逃しちゃくれねえけどよ。
「なんだそのツラ? ぶっとばされてえのか」
ペッとそいつらのひとりが俺の服にツバをとばす。
クソっ、我慢だ我慢。ここで殴りかかっちゃこいつらの思う壺だ。
センパイだけあってレベルも高えし、なにより貴族ってこたぁそもそもの素地がちがいやがる。真正面から殴り合ったところで得はねえ。
俺はすいませんと何度かくりかえす。それでそいつらは満足したのか、俺たちを鼻でわらうと、
「おい、アレか?」
「そうだ。あの女だ――」
とか話しながら行った。けっ、胸糞わりぃ。どこ行ってもこんな奴ばっかりだな。
だってのにバカのジルスはキレてやがる。はぁ、今お前の相手をしたくねえんだよ。
勝てるわけのねえ戦いやって、一体なにが生まれんだよ。ちょっとは頭使えや。だからお前はバカなんだ。
だっておまえ『タイプ・リス』だろ? それでいったいどうすんだよ。
いや、ジルスだけじゃねえ。このテンジも『タイプ・カピバラ』だ。
ま、相手も百獣の王とかじゃないだろうけどよ。だからって、そんな『闘獣技我』でどうするつもりなんだ。ったく。
ああ、そうさ。これでわかるだろ?
俺が嫌だった理由さ。だってよこの世界、才能がクッソ重要なんだぜ。
そりゃ俺だって、いちおうこの学園にいる以上エリートさ。地元じゃ勝負になるやつどころか、逆らってくるやつもいなかった。
けどよ、上には上がいるんだ。しかも、そいつらは別に努力したってわけじゃねえ。生まれつき特別なんだよ。ふざけんなって話さ。
けど、じゃあ地元でお山の大将ってわけにもいかねえ。
戦争がおきりゃ『闘獣技我』が使えるやつは強制的に徴兵されちまう。だったら多少は融通のきく士官のほうがいいだろって志願したんだけどよ。
でもよ、そしたらバケモノがうじゃうじゃさ。やってられねえぜ。
つっても、俺はクラスんなかじゃ割と上位のほうだけどよ。
でもよ、アニメで知ってからさ。俺ら「東組」がいっちゃん弱いんだって。さっきのアイツらだって、同い年に勝てねえから俺らに八つ当たりしてやがんのさ。
「ちっ、気に入らねえぜ」
俺はツバを吐きすてると、いつもの校舎に入っていく。
まあ、これだけ言ったけどよ。悪いことばっかじゃねえ。いや、そんなことねえんだと証明するために俺はいるんだ。
なあ、そうだろ。
俺は決めたんだからよ。人生を、やり直すってよ。
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