第11話:ミツオシエのささやき 下
で、宴もたけなわ。さっさと帰ってしまった三馬鹿たちとちがい後片付けにも参加したナインちゃんも見送ったあと、僕はまだミサキちゃんの部屋でのんびりお茶をいただいていた。
んまんま。あれ、なんだかミサキちゃんの目が冷たい。なんでだろ?
「あなたは……とてもメンタルが強いようね。人生幸せでしょう、それだと」
「褒めてもなにも出ないよ?」
はぁ、とミサキちゃんがこめかみをおさえている。
僕はよくわからなかったので貸してもらった毛布にくるまってゴロゴロしていた。あ、ヨダレついちゃった。ごしごし。
でも、こんな夜遅くまでのこっていても何も文句を言わないところをみると、彼女もなにか話したいことがあったのかもしれない。
チーム内の友情は深まったけれど、結局なにもしなかったので相も変わらず底辺な僕は、でもミサキちゃんにだけ口を聞いてもらえるようになっていた。なんなら彼女と一番話しているまである。つまり僕は特別なのだ。
うーん、これは惚れられたか?
でもごめん。僕の求める理想像はCなんだ。最低でもね。Bはスライダー。そしてAはデッドボールなんだよ。
あとキミの性格だと僕の万華鏡写輪眼が開眼しそうになるからやめとこう。悲劇はもうくり返しちゃいけない。
彼女が口を開きかけたとき、僕はそれを制するよう手をあげた。
「さきに育乳本を買ってあげるから。告白はそれからで——」
「殺すわよ」
彼女は生まれてから一度も風呂に入っていない男のチンカスを見るみたいな目でたっぷり三十秒にらんだあと、深くため息をついた。
「ナインテイルさん、彼女のことよ」
彼女は言った。なんだか彼女はおかしかった。ミスも多かったし、注意力も散漫でいつもしないようなやらかしもあった。心ここにあらずといった様子で何かあったとしか思えない。
ミサキちゃんの言いたいことを要約するとこんな感じだ。
だろうね、としか言えない。というかミサキちゃん、他人の心配とかできるんだね。自分にしか興味ないとおもってたよ。
ミサキちゃんからミサミサに進化したらしく、同時にアイにも目覚めたみたいだ。テラかわゆす。
でも、なんで僕に? そうふしぎそうに首を傾げていると、
「あなたって、これぐらいしかできないでしょう?」
とか言ってきた。
びどい。酷すぎだ。名誉毀損で訴えるまである。
まあ彼女からすれば、適材適所で人材を割り振っているつもりなのだろう。
自宅警備員が給料をもらえる世界はどこにもないのだ。悲しいけど、これが現実なのよね。はあ、ベーシックインカムまだ?
——しかし、そこで僕はぴきーんときた。
Tレックスのことじゃないよ。いや、最終的にはそこにつながるんだけれど。でも、直接的には関係がない。
そしてこれは、とても大事なことだ。
「僕に任せてよ」
「えっ? ちょ、ちょっとっ!」
ミサキちゃんをふり切って扉をしめる。そして僕は、とてもウキウキとしながらスキップをはじめた。
なぜ、こんなにもうれしそうなのか。それを伝えるためには、まず彼女の特殊能力について話さないといけない。
昔、原作ではミサキちゃんが主人公くんのパートナーだと説明したのは覚えているだろうか。
矢面にたつ主人公くんと、うしろから指揮するミサキちゃん。
ちょっと突撃思考な彼をサポートする賢母良妻として彼女は活躍する。
なんだかとてもうつくしい方程式だけれど、でも実はもう一つ、彼女はおおきな役割をもっている。
そしてそれは、プレイヤーから「ボーナスタイム」と呼ばれるほど重要なものなのだ。
ノドグロミツオシエ。
そう呼ばれる鳥を知っているかな。
体長は二〇センチ、体重は五〇グラムとスズメとそれほどかわらない。
身体は白色が基調でクチバシが桃色がかっている。そんなキツツキ目の鳥である。
そして、このノドグロミツオシエは実はある肉食動物と共生関係にある。
それは、ラーテル。
このノドグロミツオシエという鳥は、その「蜜教え」という名のとおり、他の生き物に蜂の巣のありかを教えるという性質を持っているのだ。
身体の小さなノドグロミツオシエは万が一蜂に刺されたら大怪我だ。その分、ラーテルは毛皮が丈夫で、蜂なんて脅威でもなんでもない。
だから巣を見つけるのが得意なかの鳥は、他の動物を巣まで誘導してこわしてもらうのだ。
でも、現実でハチミツなんてもらってもうれしくない。
だから、ミサキちゃんは「蜜教え」と称してあることを伝えてくれるのだ。主人公くんというかプレイヤーにさりげなく。
ま、ミサキちゃんはカラスなんだけれどね。役割的に、そういうポジションを担っているのだ。
僕はアテもなく敷地を長い間さまよい歩く。一時間くらいはさがしただろうか。訓練場脇の人気のない花壇のなかにようやくその人をみつけた。
ナインちゃんである。
彼女は、いつもの天使みたいな微笑みをかなぐりすてて、まるで山姥みたいな鬼気迫る表情で花という花をふみ潰しまくっていた。
「ざけんなっ、ふざけんなぁっ! なんなんだよあの無能っ! どこまで無能だったら気がすむんだよっ! しね、死ね、シネっ! だいったいナインちゃん、ナインちゃん、うるっせぇんだよ! さまをつけろ、様をよっ! この私がやさしくしてやってるんだから、テメェは黙ってウンウン頷いてりゃいいんだよっ!」
うわーお、百年の恋もよゆうで冷めるね、これ。
人の本性はみにくいっていうけれどその典型例だ。まだいまのなんか序の口で、僕がみているとも知らず悪態がつづいている。
なんだったらBPOに引っかかりそうな差別用語もとび出し、もしアニメ化しようものなら炎上どころかピー連発や字幕禁止、放送禁止のお蔵入り案件になりそうだった。いま令和ですよ、ポリコレって知ってます?
というかほぼ僕への暴言だね。ミサキちゃん憎しではじめたんだろうけれど、もうそんなのおかまいなしだ。
僕のハートはガラス製にみせかけた飴細工なので、いともかんたんに粉々になった。ぴえん。
しかし、いっそ気持ちいいくらいの暴れっぷりだなあ。独裁政権の圧政をみているみたいだ。前世ぜったいランドローラー作戦に従事してただろ、この子。
「クソがっ、くたばれっ、口くせえんだよっ! チンカスのくせしやがって、亀頭についたヨゴレみたいな顔しやがってっ! だいたい、オマエから話しかけてくるくせにこっちが話振ってやったら友達が来るからとか断りやがってっ! テメェに友達なんかいねえだろうがっ! ハチ公かてめえはっ! いちいち態度が包茎なんだよっ。皮オナばっかりしやがっ————!?」
あ、気づかれた。
ふと顔をあげたときに目があったことで、ナインちゃんはピタリとかたまった。
交錯する視線。うん、ロマンティックは始まらないね。
で、ナインちゃんがキョロキョロする。アチョを探しているんだろう。判断早すぎない? この子もアタマいいなあ。
そして用心棒がいないことを確信したのかな、ズカズカと近づいてきた。
「こんな夜中にどうしたの、メルボルンくん?」
エンジェルボイスで彼女は言った。こわ、こわいよナインちゃん。豹変しすぎだよ。僕が精神科医だったら二重人格をうたがうからね。
無垢なお花さんたちのかばねを靴に染みこませ、ナインちゃんは天使みたいに微笑む。
「いつからいたの、なんて聞かないよ。ゴメンね、キミのこと信用してないんだ」
嘘つきだねえ。「キミ」じゃなくて、「みんな」のまちがいでしょう。
でも、僕は口を閉じた。僕と彼女じゃコミュ力が根っこからちがう。口を開けばひらくほど、海千山千の彼女に自分をこぼしてしまうだけだろう。
そして僕はなめられやすいので、黙っていればみんなだいたい勘違いしてくれるのを知っていた。
「そんなに怖がらないで、何もしたりしないよ。ただ、そうだね。これまではちょっと失敗しちゃったんだと思うの。でもね、これからは私たち、いい関係になれるんじゃないかな。すこしだけ、ちがうカタチで」
彼女は僕の右手をニギニギすると、耳もとでささやくよう言う。
ち、ちがう関係って、なんなんですか? それってもしかして……。あ、やばい。僕って耳が性感帯だわ。いま知った。だって背筋と裏スジのあたりがぞぞぞっときてる。そんでもってなんかアタマもくらくらする。眼にハートとか浮かんでいるかもしれない。
さすが百戦錬磨のナインちゃん。神聖童貞をおててでころがすなんてカンタンみたいだ。
なすがままになっている僕の手のひらにつつっと指さきをはわせると、彼女はニンマリ笑った。
「キミとアチョ君みたいに。私たちも二人だけ、ふたりっきりの関係になるの。ふふ、それにしてもキミって意外とおっきな手をしてるんだね。なんだかカッコいいかも。あ、そうだ! 頑張ってくれたら、キミにだけ特別なご褒美をあげてもいいかな」
ナインちゃんが僕の右手を広げたまま自分のたわわな胸にちかづける。ふわわぁ。あたっちゃう、あたっちゃうよぉぉ!
でも、あと数センチというところでピタリと止めたナインちゃんは、
「ね?」
と言って首をこてんとかしげた。
はいっ! 頑張りますっ! 僕、頑張ります! ナイン様の言うことは絶対です。ナイン様は神様です。ジークナイン、オールハイルナインっ!
はっ。いかんいかん。なんか洗脳されてた。しかし、すごいなぁ。こりゃ先輩くんも恋に落ちちゃうわ。
地下アイドルにフォーリンラブしちゃう理由がわかりみふかすぎてこわい。ニコポしゅごい。おててニギニギってちゅごい。なんかもう、オーラルセックスだよこれ。
いや、わかってるんだけどね。利用しつくしてボロ雑巾のように捨ててやろうと思ってることくらい。僕を定額どころか無料使い放題のスマホにするつもりなのだ。
相も変わらず悪女ムーブだなあ。でも、負けないぞ。なんたって僕は、悪役貴族Tレックスなんだから。
僕は笑顔で言った。
「じゃあ、エッチさせて」
あ、固まってる。でも、ナインちゃんダメだよ。きみは僕のことカスだと思ってるんだろうけれど、カスっていうのは欲望に忠実なんだから。
「僕さ、君のことがめちゃくちゃタイプなんだ。見た目天使だし、身体はエチエチだし、中身はハレバレゆかいだし。ねらうなら、君にしようと思ってたんだ」
これは本当。ミサキちゃんのことは嫌いじゃないけれど、ナインちゃんは好きのドストライクだ。僕はどっちかというと、ゆがんだ感じの女の子のほうが好きなのである。
それから、ちょっとはずかしいけど彼女は初恋の人に似ているんだ。
ああ、あれは中学二年のとき。一念発起してクラス委員に立候補したけど、でも相方の女子がぜーんぜんきまらなかった。そんな地獄にエンジェルが舞い降りたんだ。
誰にでも平等で、誰よりも人気があったその子は、当時からボッチだった僕にも目をあわせて笑ってくれたんだ。
三次元かよ草、みたいな僕でさえ三日で恋におちるくらい可憐だった。だから二人っきりの放課後に、
「す、好きな人っている?」
って勇気をだしてたずねたんだ。彼女は顎に指をあてて、うーんとかって悩んだあと「キミも知ってる人だよ」って恥じらいながら返してきた。
誰だって思うじゃん。あっ、両想いだこれって。だから聞くわけだよ。それって僕のこと? って。
でも、それはまちがいだったんだろうね。
そのときのことを僕はいまだに忘れられない。あの、
「は?」
っていうウジ虫でもみるみたいな目を。一週間後、彼女はおなじクラスのイケメンと付き合った。ショックで引きこもった僕なんか無視してね。
うん、バチくそ黒歴史だね。でもだからこそ、僕のこころをつかんでやまないんだ。幼いころの原体験って人を変えてしまうから。
でも、彼女はそうおもわなかったんだろうね。いや、バカにされているとさえ感じたんだろう。
ちょっとエサをやったら、なまいきにも野良犬が噛みついてきた。自分の立場もわきまえずに、だ。こんな感じかな?
人じゃないんだ、オマエは犬なんだ。それをアタマに置いてしゃべれよ。腐敗臭でもかいだみたいな不機嫌ボイスで、彼女は言った。
「私、つまらない冗談ってきらい」
「冗談?」
僕はとぼけたように返す。それが最後通牒だったんだろう。
彼女はさっと眉間にシワをよせると、一気に踏みこんできて僕の右手首をとり、投げようとしてきた。
彼女にしてみれば僕なんていつでもひねりつぶせる小石でしかなかった。
でもアチョという交友関係があるし、なによりあがめられたいという願望もある。
彼女は力で屈服させるつもりはなかった。
でも、僕は一線を超えた。だから現実を叩きつけてやろうとした。
でも、でもね。
ナインちゃん。一つだけ、勘違いしているよ。
まだ、知らないんだろうけれど。
君はさ、まだあんまり強くないんだ。
「な、なんで……?」
信じられない。彼女はそんなふうに眼球が飛びだすくらい目をひらき、ふるえるよう喉をならした。
それはそうだ。ワザはかかってる。体術訓練でとくにすぐれた成績をのこす彼女からしてみれば、僕の反応などカメみたいなものだったはずだ。
すでに脳内では、不様にも腕を捻りあげられた僕がうつっていただろう。次のセリフを考えるよゆうさえあったかもしれない。
でも、現実はちがった。
万力にでも固定されたように動かない僕。なにかのまちがいだ。こんどは全力、あなどりなんか捨てて彼女が力をこめる。それでも僕はピクリともしなかった。
本格的におびえの色がはしる。理解をこえたのだろうか。僕なんかに見下ろされて。
でも残念。柔よく剛を制す、なんてフィクションなんだ。だってそうだろう? じゃなきゃ男女差や階級はいらないじゃないか。減量なんてしなくていいはずじゃないか。
いつもダラダラしていて猫背だからそうは見えないかもしれないけれど、僕はアチョより大きいんだ。肉もふつうよりたくさんある。君よりずっとずっと重いんだ。
なにより君は女の子だ。男女平等どころか女尊男卑でもぜんぜんかまわない僕でさえ、こと力くらべにかぎったら男の優位をうたがっていない。
生物の戦闘能力はほとんどが体重できまってしまうんだ。無手ならとくにね。
武器をもてばちがったかもしれない。
状況がかわればちがったかもしれない。
覚醒イベントを経ればちがったかもしれない。
でもね。
いまここには、何も持たない僕たちだけなんだよ。さびしいことにね。
ナインちゃんがひどく警戒したようすで、パッとうしろに跳ぶ。
さすがだ。分がわるいと感じたらすぐ退く。いい判断だね。
って、ほめてばかりじゃダメなんだけど。冷静になってしまえばナインちゃんのほうが有利なんだし。
だって僕には体力がない。なによりやる気がない。混乱しているあいだにきめないと。
僕はうすく口を引きのばしながら、胸ポッケにはいっていた紙切れをみせびらかす。
なくしたと言ったはずの、無能先輩からもらったニセ地図だった。
目の色がかわった。ま、そうだよね。だってどデカく、
「ナインテイルさまの指示です」
って書いてあるんだもん。あと端っこのほうに血がとんでるし。これがいい演出になればいいんだけどなあ。
「あいつっ……!」
「僕は気にしないけれどみんなはどうなのかなあ。たとえばミサキちゃんとか、さ」
無意識の行動なんだろうか。ナインちゃんは腕で身体をかくしながら半身になった。
「……メルボルン君、私を脅してる?」
「そんなことないよ。僕は強制したりしない。このまま別れてもいい。でも、君も不安じゃない? いつ裏切られるかわからないんだから」
「……脅しにしか聞こえないんだけど」
そりゃそうさ。ほとんど脅迫だからね。
もちろん自分からバラすつもりはないよ。でも、僕はテキトーなのでポロッと口をすべらすかもしれない。ここでフラれたら、彼女のことはあきらめるだろう。そうなったら自分にとってもうどうでもいい今日のことをどう扱うかわからない。
それに加え、アチョのことがよぎってしょうがないはずだ。こうやって自信満々に振る舞っているんだ。なにかあれば報復がおこる可能性を否定しきれない。
僕たちをいっしょに口封じするのもムリだ。彼女ひとりじゃ、アチョだけでさえキビシイだろう。
でもね、本当に脅すつもりはないんだ。むしろ提案したいんだ。
そうしないと君は永遠に敵対したままだからね。
「これは取引だよ。君は裏切られない保証をえる。僕はエッチできる」
「最低」
ナインちゃんがトゲトゲしく言う。うん、知ってた。
だから僕は譲歩するんだ。かわりに僕のことを自由にしていいって。もちろんアチョもそうだ。
意見を聞いたりはしていないけれど、彼はたぶんなにも言わない。餌をくれる人が二人になるぐらいにしか思わないだろう。
「男に抱かれるなんて死んでもゴメンなんだけど」
でも、ナインちゃんもゆずらない。そもそも彼女は、セックスしたぐらいじゃ信じられないのかもしれない。
そんなものなのかなあ。自分の全部をさらけだす儀式に隠し事もクソもないと思うんだけどなあ。
でも、たぶんそうなんだろうね。そうじゃなきゃ、人はすれ違ったりしないから。肌を合わせるだけで通じ合えるなら、人類は言葉なんて持たなくってよかったものね。
「君との特別な関係にまさるものなんてこの世にはないけどなあ。そもそも僕ほど秘密のもれない相手もいないとおもうけど」
「自虐してるの?」
「事実だからね。それに、いざとなったときヘタだとこまるよ」
「メルボルン君と寝るのが死んでもゴメンなの」
言い直さなくてもよくない? そりゃ、僕はものすごいクソ野郎だけどさ。
ま、そういうの全部置いといてもイヤなんだろう。だって彼女、原作みてるかぎりレズっけあるし。主人公くんのことも、正直ラブラブってふうではなかった。
しょうがないな。交渉決裂みたいだ。僕まだ孤独にさまようTレックスのままらしい。
豚か、豚なのかな。馬ぐらいにしたい。ウマ娘とかもっとやっとけばよかった。妄想すれば二次元にみえたりするかもしれない。……ムリか、ムリだね。
僕がそうやって肩を落としていたとき、ナインちゃんはぼそりと言った。
「一つ、教えて。あの女……クウロラさんのことが好きだったんじゃないの?」
えっと、なんだその質問? というか僕、はたからみるとミサキちゃんを好きムーブしていたんだろうか。
ああ、そうかもしれない。僕はいつもダラダラしていたけれど、ミサキちゃんを説得するときはけっこう熱くかたったからね。
でもあれ、同情しただけで好きとかそういうのじゃないんだけどね。というかそもそも好きとかよくわからないし。
「顔は好きだよ。君のほうがタイプだけど」
「外見だけ?」
「中身なんてみえないよ。見えてる気になってるだけ」
人間の観察眼なんてあてにならない。中身なんてしょせん情報だ。外からみてかってに想像しただけなんだ。
だから蛙化現象だなんていって、勝手に期待して、勝手に失望してしまうんだ。
だから僕は外見をいちばんたいせつにする。外見さえ好きであれば、あとは思いこむだけで中身なんてかわる。
そっちのほうが謙虚じゃない? やさしさとか、見えもしないモノを他人にもとめるなんて傲慢だよ。
それは彼女がほしい答えだったのだろうか。張りつめる空気がチクチクする。
そうして僕たちは時間にしてたっぷり、三分ちかくにらみあっていた。
唐突に、はぁ、とナインちゃんが肩をおとす。どうしたんだろう、あきらめたんだろうか。
でも、もう一度顔をあげるといつものエンジェルスマイルがもどっていた。
いや、これはちがうね。
「絶対服従、誓えるのよね?」
と、彼女が言ったから。たぶん、覚悟とともに仮面を被ったんだろう。とても強いことだ。
僕は激しくうなずいた。
必死かよ、とか思われてそう。でもしょうがなくない? だって信じられないじゃん。これ現実だよね、夢じゃないよね。あ、つねっても痛い。やったよ母さん。苦節四十五年。僕にも、この年になってようやく恋人ができそうです。
まあ、恋人というかリードで繋がるご主人さまだけれど。僕といいアチョといい、なんでこんなポンコツばっかりなんだか。
「死んでっていわれても?」
「自殺はしない。でも、君に殺されるならいいよ」
「……やっぱり変わってるね。メルボルン君って」
「ありがとう?」
「ほめてないから」
「じゃあほめて」
「イヤ」
「そこをなんとか」
「絶対服従よね?」
「にゃー」
ナインちゃんがやっぱりうさんくさそうにしている。
気が強そうにうつるからかな。いつもはしない胸のまえで腕を組む姿勢のまま、さげすむような目で僕をにらんでいる。
うーん、穴が開いちゃいそう。あとおっぱいがすごいです。
あ、そういえば忘れていた。僕は不安そうにたずねる。
「はじめてだから優しくしてくれる?」
「……それ、私のセリフだから。ふざけてないで早くエスコートして」
「僕の部屋?」
「メルボルンくんを部屋に入れるなんて絶対イヤ」
「ひどくない?」
「メルボルンくんを部屋に入れるなんて絶対イヤ」
「二回いう必要あった?」
「返事」
「にゃー」
僕が先をいき、ナインちゃんが数歩はなれてついてくる。彼女いわく誰かに出くわしたとき自然とわかれるためらしいが、僕は逃げられちゃうんじゃないかと気が気じゃなかった。
でも結局そうはならなかった。僕たちは誰にも出会わずに部屋にたどりついた。
僕が鍵をあけると、彼女はズカズカと王さまみたいにベッドを占領した。
不安の裏がえしなのかな。意外にキレイなんだねやら、お茶ぐらいだしてよやら、いつものならありえないぐらい機嫌が上下していた。緊張でテンションを制御できないのかもしれない。
けれど、やがてあきらめたのかころんと横になる。
そんな彼女に、僕はゆっくりとにじりよっていったのだった。
そうして夜があける。
ひさしぶりに完全なニンゲンにもどった僕は、とても満足してニコニコしていたのだった。
そう、これからが本当の悪役貴族Tレックス。
この学園をナワバリにする、クズの成りあがりストーリーがはじまったのだ。
「ちょっとメルボルンくん、激しすぎっ!」
これは余談。いろいろおわったあと、僕は顔を真っ赤にしたナインちゃんにポカポカ叩かれていた。
うん、ごめん。めちゃめちゃ涙目で痛そうだったし。正直かわいそうなことしたかなと思いました。反省します。
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