第10話:ミツオシエのささやき 中

「中間試験突破を祝って、カンパーイっ!」


 とても上機嫌なようすでミサキちゃんが音頭をとっている。


 その頬にはほんのりと赤がはしっていた。ふんいきに酔ってしまったのだろうか。

 アルコールなんてないのに、なんだかとっても色っぽい。


 ほかの三馬鹿やモブたちも退学という強烈なストレスからとき放たれたからかな。バシバシと肩を叩き合ったり、とてもおおきな声で冗談を言い合っている。

 ちょっと前まですぐピリピリしていたのになんだか隔世の感があった。


 そんななか、天使ナインちゃんだけが心ここにあらずといったようなようすで、視点の定まらないまま宙をながめている。


 そんな彼女のとなりにすわった僕は、とてもニコニコとしながら果実ジュースのはいった杯を乾かしていた。


 いまは試験をおえたその夜。僕たちはミサキちゃんの部屋でささやかな祝勝会をひらいていた。


 みんなこれまでの苦労をああでもない、こうでもないと互いにねぎらっている。あのミサキちゃんでさえちょっと饒舌だ。めずらしいね。成績自体は最下位なんだけれど、それでも得るものがあったのかもしれない。

 あー、それにしてもつかれた。ほっと一息つくと交感神経が優位になるってホントだね。前かがみから抜けだせないや。


 と、いきなり後日談みたいになっても意味がわからないよね。ということで回想いきます。


 あの無能くんからニセモノの地図をもらった翌日。


 あおい空にしろい朝日が門出を祝福するように照りつけている。

 なんだか空気までつめたいような。血管という血管がひろがりなんだか感覚までするどさを増したような。そんな日の朝だ。


 そんななか僕たちは迷宮前にあつまっていた。絶対クリアするぞ、そんな面持ちで。


 いろいろ準備はしていたし、この前の日には円陣まで組んだんだ。

 ミサキちゃんはとってもキリリとした顔をしていたし、他のメンバーだって浮ついてはいない。

 まあ、アチョはべつにいつもどおりだったけれど。


 そして気合いをとおりこしてなんだかウキウキが隠せていないナインちゃんを尻目に、僕たちチームミサキは気合いをいれてダンジョンに足を踏みいれた。


 イケメンくんとの情報交換や自身の推測もあったんだろう。警戒すべき相手、注意するべきトラップ、どのルートがよくて、どのルートがわるいのか。ミサキちゃんの練りに練った計画がためされるときだ。


 ううん、それだけじゃない。彼女は頼ることもおぼえた。

 前衛にアチョ、中衛には三馬鹿、後方にミサキちゃんとナインちゃんと、バランスよく人を配置した。


 役割だってちゃんとわり振った。マッピングやスカウト、ポーターにサポート役。

 みんなつたないところはあったけれど、そのつどフォローしてまわればいい。


 このチームに欠けていたのは、各自きっちり仕事をはたすという責任感とリーダーであるミサキちゃん自身の余裕だ。

 彼女自身のポテンシャルが引きだせるならメンバーが少々ポンコツでもぜんぜんなんとかなる。


 そして何度も言うが、この試験自体の難易度はけっして高くない。


 アチョもいる。ナインちゃんもいる。そして他のクラスは試験終了しているから、相手にしなきゃいけないのは『三年東組』だけなのだ。


 でも、不安だったとおもう。


 とても堂々としていてそんなふうにはみえなかったけれど、みんなが真っ当になればなるほどリーダーの重圧というのは大きくなる。


 なんたって未来への舵を握らなきゃいけないんだ。

 一人孤独に、見えもしない新大陸をみつめつづけなきゃならないんだ。


 自分の判断が船を沈める。それを、さもあたりまえのように受けとめるミサキちゃんがとっても男前にみえて。


 だというのにそれでも僕はアチョの引きずるソリにのってダラダラしていた。うーん、カス。


 まあ、それはいいのだ。僕たちチームミサキは、とても順調に探索をすすめていたのだ。


 ——そこで、事件は起きた。


 いや、正しくはなにも起きなかったというべきかなあ。


 一つ目のチェックポイントに差しかかったころ、ミサキちゃんは眉間にシワをよせて言ったのだ。


「妙ね、何の気配もしないわ。トラップ?」


 でも、そんなミサキちゃんの推測ははずれ、チェックポイントがみえてもなにも起きない。


 証をとっても、次の場所に向かおうとしてもなにも起きない。

 たっぷり時間をかけて、まるで石橋をたたくようにして移動してもなにも起きない。


 それどころかとてもサクサクと、それはもうひとっこひとりいない校舎を歩き回るみたいに、僕たちは敵と出会うことなくチェックポイント通過の証明をあつめてまわっていた。


 三馬鹿なんかはバカなので無邪気によろんでいるけれど、ミサキちゃんはずっとむずかしそうな顔をしていた。

 でも、じゃあやめようとはならない。だって、ゴールには着々と近づいているんだから。


 そんななか、一人ドジョウみたいな顔色になっている子がいた。


 見た目天使、身体はサキュバス、中身大魔王なナインちゃんだ。

 あっさりと三つ目のチェックポイントを通過したころ、彼女は震えそうになる唇をなんとかこらえながら僕の袖をひいた。


「あ、あのっ、メルボルンくん? その、昨日のあれって、どうなったの、かな?」


 いいなあ、不安そうな女の子って。でも、君はもっとできるはずさ。もっと熱くなれる。なれるんだ。目指せ、「獣パコ」の松岡。

 キミの伸びしろはこんなものじゃない、キミの可能性を信じてる。


 僕は言った。



「失くしちゃった、てへ」



 凍りつくナインちゃん。僕のTレックスは激しく咆哮した。


 ああ、曇ってるぅぅ、めちゃくちゃ曇ってるぅぅぅ! これだよ、コレ! 僕が見たかったのは。ごめんねぇ、こんな無能くんに台無しにされちゃって。でも、どんな気分? ねえどんな気分? くやちい? くやちぃでちゅかぁぁ? ボクチン、とぉってもきもてぃぃでーすっぅぅ!!!


 ……ごめん、ちょっととり乱したね。でも、わかったかな。僕がやりたかったこと。


 そう、僕はあのあとミサキちゃんに何も報告しなかった。ナインちゃんが裏切っていることはもちろん、先輩から情報提供を受けたことも、そして肝心なその中身も。


 そして、ミサキちゃんの計画どおり——ナインちゃんのせいですっからかんになった迷宮をサクサク攻略しているのだ。


 いや、保険として正確な情報も聞きだしてあるんだけれどね。

 でも、優秀なミサキちゃんにはいらなかったみたいだ。


 だから僕は、本当になにもしなかった。


 寮にもどってただのんびり探索の日がくるのを待ち、そして当日になってもダラダラしていたのだ。あー、かわいそー。せっかくの落とし穴が。つくるの大変だったのにねえ。


 え? じゃああの無能くんはって? やだなあ、殺すわけないじゃん。ちゃんとお話したらわかってくれたよ。僕をなんだとおもってるのさ。


 で、そんなナナメ下すぎる無能にちゃぶ台をひっくり返されてしまったナインちゃんは、


「そう、なんだ」


 とだけ絞りだすと、それ以降自分から話しかけてくることはなかった。


 でも、僕は気づいている。うつむいた前髪の奥で、すわった眼がメラメラ炎をうつしていることに。たぶん内心、罵詈雑言の嵐なんだろう。


 けれど僕は女の子に嫌われることをいとわない。むしろトクベツな感情をむけてもらえることに興奮できる変態さんなので、


「ミサキちゃんがいれば大丈夫だよ」


 とか、


「僕たちも頑張ろうっ!」


 とか言って、話しかけてくんなオーラ全開の彼女にかまいまくった。

 うん、バチクソ嫌われたよ。スカンクの屁より嫌われたよ。だから?


 そしてついに天使なナインちゃんからは考えずらい、


「ごめん、あとでいいかな?」


 というお祈りメールをもらったところで僕は満足した。そして、菩薩よりもおだやかなに微笑んでいるのである。


 もちろん、彼女のとなりで。


 あれ? もしかして僕のほうがドクズなんじゃ。まーいっか、クズにドがついても。


 そんな感じで僕たちは中間試験を無事クリアしたのだった。うん、一件落着、一件落着。



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