第7話:反転堕天のブラックスワン 上
「おい迷宮さ行ぐんだで!」
僕はアチョが引きずるソリのうえで、気が狂いそうなくらい均等な間隔で続く松明の彼方を見ていた。
——そして根っこまで舐めつくしたチュッパチャップスみたいなお菓子をツバと一緒に捨てた。
はーい、皆さん。
ピースの角度は百八十度。ダンジョン配信系ヨートーバーのティガ君だよ。
今日、来ているのは『獣パコ』で有名なダンジョン。映えないレンガ壁と、じめじめ空気が探検心を擽りますねぇ。
おおっと、居ました居ました第一村人。えっとお兄さん、普段はどのようなお仕事を?
あ、ええ、なるほど。侵入者をぶしゅぶしゅするお仕事ですか。それはそれは。
え? 今日も今からお仕事?
そ、それは大変ですねえ。あはははは。
ああっと、そ、そういえば僕は今から共通テストなんだった。忘れてた忘れてた。
それじゃ、失礼しますね。おしごと、がんばってクダサーイ…………!
——その後、そのヨートーバーを見た者は誰もいない。
と、これくらいにして。
はい。
ミサキちゃんズは、今日も意気揚々、迷宮の果てへと赴いています。
そして、この努力家な僕もいつも以上にハッスルしているわけです。
ほら、見て見て。このデュランダル。切れすぎて快感、とキャッチフレーズが踊る刃渡り三十センチの名刀だよ。
イセカイ版ウォルマートで売っていた、主婦に人気のお値打ち品。その額なんと、イチキュッパー。
これさえあれば君も英雄さ!
……ごめんなさい。
はい、正直に言います。僕はやる気がありません。ダンジョンにダイブするのも初なんです。
ええ、そうです。僕は今まで、屁理屈捏ねてサボってきたんです。
だってしょうがないじゃん。やる気もないけれど、体力もないんだから。
なのに責めるなんて、理不尽だよね?
ああ、昔のことを思い出しちゃった。
バイトで遅刻したとき、遅延したんですって言うと、
「それを予測して早く来い」
とかキレるクソ上司が居たことを。
でもさ、遅延なんだよ? 一日遅延してるんだよ。
じゃあそれは、日捲りカレンダーが悪いんだよ。それはもう、神のお告げなわけじゃん。
え? なわけないって?
はぁ、これだけらエコノミックアニマルは。洗脳済みかよ。
なんでこんな世の中なのかなぁ。わかった、これも全部、政権のせいだ。減税、減税!
「せめて消費税を失くしてほしいぜ。なんだよ、酒税の消費税って。何に掛かってるんだ」
と、自らのレ・ミゼラブルを起こす一方、梅雨どころか大型連敗打線並みの空気を纏う集団が。
っていうか、僕らのことだった。
先頭をいくミサキちゃんは無言。
三馬鹿も無言。
アホは何も考えていない。
モブA、Bは片方気絶、
片方剣を杖にしてゾンビみたいになってる。
励まし続けるナインちゃんは、本物の天使そのものだった。
「あ、あのクウロラさん。そのちょっと、ペースを落としたほうがいいんじゃ」
「ふざけないで。他のクラスはもうクリアしているのよ。こんなところで躓いていられないわ」
ヤモリの親戚改めスネカジリの僕は、アチョが引くソリの上でダラーンと。
暇なので、干し肉をエクスカリバーで貫いてみる。
「全然切れない、だと……! はっ、まさかこの干し肉こそ、あの伝説の!?」
誰も反応しない。
フルシカトである。
うーん、本当に敗残兵見たいだ。
事実、今の状況は笑えないしね。
と、その前にまず、中間試験――一学期中間訓練用ダンジョン踏破試験について説明しよっか。
中間試験は、学園近郊の教育用ダンジョンに潜り、チェックポイントから証を持ち帰るというものだ。
期間は三週間。
モンスターなし、三階層と。
鍛えた一般人でもクリアできるかもしれない。
そんな難易度だ。
まぁ、一気に回ると泊りがけだし、武器を持ち歩いたりするとなると登山気分とはいかないけどね。
なら、何が行く手を阻むのか。
それは上級生、
所謂「幻影獣」というやつだ。
この訓練迷宮、昔なにがしかの実験施設で、幻影闘法なる兵器を開発していたのだとか。
説明しても興味ないだろうから省略するけど、「影分身して覇権取っちゃう?」みたいな感じ。
でも失敗して、用途の限られる産業廃棄物ができたのだ。
で、それを再利用したのが始まりだ
幻影分身は力が三分の一ぐらいだけど、殺したって問題がない。
実際、ゲームでは僕もキャラを閉じ込め、レベルが追いつくまで修行させていた。
うん、本当の意味でダンジョンだね。攻略サイトでも「お務め」とか書いてあったし。
一学期中間試験に挑む僕たちも、そんな哀れな子羊である。
そしてその頭上には、ゲームオーバーが輝いていた。
前にも言ったけれど、赤点だとリーダーと貢献度の低いメンバーは学園を去らなければならない。
残り一週間なのに未だチェックポイントの一つも回れていない僕たちは、本当に危険水域なのだ。
私の成績、ヤバすぎっ! というやつである。
だからミサキちゃんはヒスヒスしているし、三馬鹿なんかはやつれた顔をしている。
モブAくんなんて、授業中さえビクビク挙動不審だ。
心配ないのはナインちゃんとアホのアチョぐらいだろう。
あとは——当然僕も——仲良くサヨナラだ。
いやあ、まずいねえ。
本当に。
だって想定と違い過ぎる。
正直、僕は余裕をぶっこいていた。
この試験、実のところ難易度は高くない。
いくら上級生でも力は三分の一だし、僕たちは模擬戦で全勝している。アチョもいるし、ナインちゃんもいるのだ。
それでクリアできないんだったら『東組』は全チームアウトだ。
原作でも主人公率いるチームはわりとサクサク進む。
本番は、他クラスに目をつけられた試験外の争いなのだ。
そしてウチに主人公はいない。そう思った僕は、
「女の子の日なのっ!」
「もう八か月なのっ!」
とか言い訳して、惰眠を貪っていた。
が、待ったをかけた人がいた。
というか、主人公くん本人
だった。
彼はチームをたらい回しにされた挙句、結局イケメンに拾ってもらった。
それはいいのだが、恨みつらみを忘れていなかったらしい。
一人勝手に独断専行すると、襲撃してくるようになった。
うん、ふざけんな。
なんで自分のクラスと戦うねん。
一応イケメンからは謝罪があったのだけれど、主人公くんを制御できるわけもなく、
「あァ? シカトしてんじゃねえぞっ!」
と、襲われる毎日だった。
皆は度重なる戦いで心身ともに疲弊したのか、ミスを連発した。
スカウトが敵を見逃したりとか、ポーターが荷物落としたりとか。
割と戦犯モノである。
当然ミサキちゃんはブチ切れた。
とくにマッピング担当の三馬鹿には大噴火だった。
第三次世界大戦勃発。
それ以来、彼女は一人で探索計画立案、指揮、斥候、マッピング、ヘイト管理にアタッカーまでをこなすようになっていた。
単純戦闘員のアチョとサポートのナインちゃん以外はベンチである。
うん、やばいね。
やばいTシャツ屋さんくらいやばい。
でも、僕は知っている。
本当にヤバいのは、周囲の隠された悪意なことに。
つまり、調子に乗りすぎたのだ。
僕たちは模擬戦で勝ちまくったし、ミサキちゃんは引き抜きしまくった。
三馬鹿は天狗になっていたし、勝っていたから文句も言わせなかった。
で、これだ。
直接妨害はなくても、チェックポイントの詳細な位置や、ルート共有は当然だ。
なんならけん引してもらってもいい。
だけど、僕たちはこんな終盤になっても孤立していた。
イケメンからお誘いはあったけど、ミサキちゃんは受けなかった。
いや、主人公くんの所属するチームだし。
加え、チームは空中分解寸前だ。ナインちゃんやアチョには引き抜きがあったし、モブAにもこっそりあったらしい。
三馬鹿なんか陰口叩きあってるし、モブBなんか反逆しようとした。
ナインちゃんがフォローしてたけど、今もぐちぐち文句を言っている。
諦めてないのはミサキちゃんだけだ。
その健気な姿は胸を打つものがある。でも、彼女は気づいていないのだ。
破滅へと向かっていることに。
「あ、メルボルンくんは大丈夫そう?」
やわらかに微笑んだのは、我らが天使ナインちゃんだった。
うーん、心が癒されるねぇ。
というのも最近の僕は、本当に底辺の扱いを受けていた。
まあ、そりゃそうか。重役出勤のくせに、正々堂々サボってるんだもの。
英雄は遅れてくるというが、無能は常時遅刻するのだ。
面と向かって文句は言われないけど、視線はナイフのように刺さる。
友達なんか夢のまた夢だ。
アチョなんか、利用されている可哀そうな子扱いで若干地位が向上しているのに。
……悪役貴族のコレジャナイ感ぱないっす。
そんな「カイヌシ」とかいう汚名をつけられた僕に唯一話しかけてくれるのが、身体はサキュバスなナインちゃんなのだ。
女神かよ。
「何が女神かって? そりゃ、三馬鹿におかずのネタにされても、素知らぬ顔をできるところだよ。僕なら間違いなく殺してるね、物理的に」
「え、えっと?」
すごいわ。
あと、年端もいかぬ少年少女を共同生活させたのは不埒だね。
性欲を持て余す未来しか見えない。
そんなぐう聖を地で行く彼女は、隣に座ると、ココアを手渡してくれた。
「うーん、ふうふうしてほしい」
「はぇっ! ……え、ええっと」
うーん、てぇてぇ。
僕もバ美肉すればなれるかなあ。
ムリか。
声帯替えて、バベルの塔を破壊して、ついでに魂まで交換しないとムリだね。
…………ってそれ僕じゃないじゃん。テセウスの船かよ。
「ふぅ、ふぅ……これぐらいで大丈夫かな?」
うむ、実に天使だ。
大天使ナインエル様だ。
裸婦画とかないんだろうか。
あ、芸術にエロを持ち込むなと思い込むそこの諸君。逆だよ。
西洋画、とくに宗教画で天使が裸で描かれるのは、性欲を満たしたいけど表立って公言できないから、神聖なものだと建前をこさえたのである。
って、どうでもいいか。
「ご主人! 腹が減っ――」
「黙れ、消えろ。僕は今、人生で最も尊い時間を過ごしているんだ」
「あ、あははは」
それにしても、彼女はイヤじゃないんだろうか。
僕は彼女のことを明確に性の対象としている。
もちろん三馬鹿や、アホのアチョだってそうだ。まあアホはその辺の犬猫どころか、無機物にすら求愛するけど。
でも別に、彼女は姫を気取る必要がない。
だって元からモテモテだ。
男子の九割がホの字だし、女子にも嫌われてない。
模擬戦でボコにされ、授業でもボコにされて以来アンチ・ミサキちゃんの急先鋒と化したギャル系貴族女子でさえ仲が良好だ。
どうなってんだコミュ力。あとギャル系貴族って何?
「人気者ってのは大変だなぁ。いや、その努力を惜しまないから人気者なのかなぁ」
ナインちゃんのココアを飲み干した僕は、ふと聞きたいことを思い出した。
因みに、都合三度ふうふうしてもらったから、エンジェルスマイルが若干曇ってる。
「話は変わるけど、妙に敵が多くなかった? これが普通なのかな?」
「え、えっと。そう、かな? その、必死だったから。……もしかしたら運が悪いのかも」
運、運か。
そうかもね。
この中間試験。
僕たちは侵入者として審査されているけど、上級生も防衛者として審査されている。
どう阻むのか、どこに幻影を設置し、どう巡回ルートを組むか。
罠にチェックポイントの隠遁性、中には撃破数なんて項目もあるらしい。
この数だ。
てっきり近くにチェックポイントがあるかと思ったけど。
でも、彼女がそういうなら、きっとそうなんだろう。
僕は運の悪さに定評があった。だってかに座だし。そして毎年必ず宝くじを買うのに当たったことがない。
え?
当たり前だって?
いいかい。ホイ卒のキミに教えてあげよう。宝くじっていうのはアタリかハズレか、確率は二分の一なんだよ。
二年に一回は当たるはずなんだ。だから僕は運が悪い。証明終了さ。
「そろそろ行くわよ。推測が確かなら、この近くにチェックポイントがあるはず」
ミサキちゃんの号令とともに、重い脚を引きずってダンジョン探索に戻る。
けれど、結局チェックポイントが見つかることはなかった。
ただ確かなのは、また貴重な一日を浪費したということだった。
その翌日である。
僕たちの耳に、ミサキちゃんが過労で倒れたという知らせが入ったのは。
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