第6話:最凶をさけんだ獣・ラーテル 下
絶対に会いたくない相手とは?
それってどんな生き物だろう。
虎や河馬、鰐、熊、象、
さらには毒蛇にピラニアと、枚挙にいとまがない。
しかし、ある科学雑誌は予想外にも一匹の小型動物をあげた。
その名もラーテル。
体長七〇センチ、体重一〇キロの顔立ちはどこかモグラに似ている中型犬ほどのイタチ科の動物だ。
牙はいたって平凡で、鋭い爪や毒も持っていない。
単純な戦闘能力では、ダチョウにさえ遠く及ばないだろう。
なら、なぜ世界最恐の称号を得るに至ったのか。
それは唯一無二の特性、そのイカれたまでの、
『凶暴性』
が大きく関係していた。
勝てるわけがない、敵うわけがないライオンに全自動で突撃し、熊や虎でさえ襲わない人類に真正面から突っ込んでいく。
ギネスブックには、「世界一恐れを知らない動物」と記されている。
それほどの、気が狂ったような凶暴性を持っているのだ。
それが、ラーテル。
哲学者パスカルは言った。
「怖れる者は恐れることなかれ。
だが怖れぬ者は恐れよ」
と。
真理である。
世の理を外れ、ヒヨるとか無縁の薬キメちゃってる系クレイジー野郎を見て、僕はそんなことを考えていた。
「ふざけないでっ!」
ごん、とミサキちゃんが机を叩く。
いうまでもないけど、彼女は怒るとすごく怖い。
美人ってだけじゃなく、すごく貫禄があるのだ。
対して机に足を乗せながら不遜に笑うのが、我らが主人公くん。
ラーテルの血がなせるのか。矢を浴び、アチョから良い一発をもらって左腕を吊っているけれど、おくびにも出さない。
こっちが負けた?
と、一瞬勘違いしそうになった。
「く、クウロラさんも落ち着いて。ほら、皆も困ってるし……」
「僕とアチョは構わないよ、ね?」
「ご主人の言う通りだっ!」
「……ええっと」
苦笑いするナインちゃん。
ごめんね、はしご外しちゃって。
なぜこうなったか。
その経緯を説明しよう。
卑怯にも時間切れで勝利したミサキちゃんは、試合後も不機嫌だった。
勝てば一緒だと思うんだけどなぁ。
完璧主義者らしい思考である。
そして彼女は、
「明日から特練よ」
とか、言いだした。
待ったをかけたのが僕である。
そりゃそうだ。
なにが楽しくて訓練なぞと。
僕は夜襲の特訓以外したくない。
基本的に怠惰な人間なのだ。
けれど、ちょっと問題がある。
このクラスの状況だ。
原作ならばミサキちゃんは、この主人公と組み、学園を制覇すると説明したのは覚えているだろうか。
なのに何の因果か僕――というよりアチョをミサキちゃんは選んだ。
その原因が判明したのである。
というか、めっちゃ簡単だった。
この彼、扱いにくすぎたのだ。
そりゃそうなるね。
コブ付きだけど、アチョはかなり優秀だ。
そして僕も一応は貴族だ。
どっかで役に立つかもしれない。
じゃあ、翻って主人公くんは?
「それは構わないけど。彼が素直にうなずくかな?」
僕たちは試合後、イケメンに頼んで主人公君を勧誘しに来ていた。
この人の好さが彼の弱点なのだけど……
まあ、それはいいや。
そのミサキちゃんの勧誘文句を聞いたあと、主人公くんは言った。
「ならオレの
それはもう潔く。
交渉決裂である。
つーか僕より悪役やるのやめて。
そして話は冒頭に戻る。
いや、ごめん戻らないで。
なんか悪役貴族のアイデンティティを失いそう。
しかし、そこでめげないのがミサキちゃん。
クソ度胸というか、KYというか。
自分たちのチームの利点を長々語った。
それはまあ、イヤミっぽく。
現実がわからないの? とか。
敗者は勝者に従うものよ、とか。 ねちねち言ったのである。
ああ、キミのアイロニー。
世界はハイイロにー。
やめとけばいいのに。
絶対逆効果だよ、それ。
でも、天上天下唯我独尊系女子は、僕らのことなんかシカトして伸身の新月面で地雷原に着地した。
うん、金メダルだね。
で、瞬間湯沸かし器ばりな主人公くんは、
「あァ? ふざけてるだぁ?」
と、ミサキちゃんの胸ぐらをつかみあげた。
迷いなさすぎだろ、こいつ。
「どっちがだっ! タイマンでステゴロも張れねぇカスのくせに、オレに指図してんなっ!」
主人公くんは小柄だけど、ミサキちゃんは女優ばりに細見だ。
腕とか首は添えるだけで折れそうなぐらい。
今も気道を絞められて顔を青白くしている。
「こ、校内で力を使うのは禁止されてっ――!」
「ガタガタうるせぇっ!」
ナインちゃんの叫びと共に、主人公くんが机を叩き壊した。
動いたら、次はミサキちゃんがこうなると言わんばかりだ。
三馬鹿など顔を見合わせ、ダラダラ脂汗をかいている。
「ハッ、だいたいなぁ。負けた負けたって、オレは負けてねえ。まじめが勝手に決めたルールでオレを勝手に負けたことにしただけだろうが」
「あっ、あなた、は、劣勢っ、だった……」
「ざけんな。最後までやってりゃ、オレが全員ブチ殺してやってたぜ。なあそう思うだろ?」
ポキポキと指の関節を鳴らす主人公くん。
これは、あれだね。
戦場において、イノシシみたいに突撃してしまう新兵がいる。
それが勇気じゃないことを知っているんだろうね。
そう。
ラーテルは頭がおかしいくらい凶暴だけれど、別にアホってわけじゃない。
考える頭があって、頭がおかしいのだ。
うん、害悪でしかないね。
そして、「待て」ができない人たちは…………。
ビクッと反射的に抜いてしまった三馬鹿に、主人公くんは特攻した。
「はっ、ケンカ上等ぉぉ!!」
狂乱の雄叫びを挙げるラーテル。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げられる三馬鹿。
辺りは屍山血河で戦場みたいになる。
ここ、学校だよね?
世紀末じゃないよね?
「てめぇ、女の後ろに隠れやがってそれでも男かよっ!」
まだ殴り足りないのか、僕にも殴りかかってくる。
リアルバーサーカーにとって、立っているイコール敵なのだろう。
色々諦めて何もしなかったけれど、横からニュッと腕が伸びた。
「ご主人、触るな」
アチョである。
その声は間の抜けたものではなく、ロボットのようだった。
「うんうん、いい子だねぇ」
僕は満足げに頷いてみる。
アチョはアホだが、一応人間なので命令は理解できるのだ。
すごい、お母さん泣いちゃうっ。
しかし残念。彼は最近、僕とナインちゃんを間違えることがあった。
エサくれたら誰でもいいんかえ?
「はっ、シャバい奴らだぜ。とくにテメエ、なんでザコに指図されてやがる。男ならテッペン取ってなンぼだろうが、あン?」
うーんと、ザコって僕のことじゃないよね?
ミサキちゃんでいいんだよね?
僕の方を見ていってない? ねえ?
叫びもむなしく、一触即発の空気が漂う。
構えをとるナインちゃん、手をぎりぎりと握りこむアチョ。
首を抑え立ちあがるミサキちゃん。
「そ、そんな体で何ができるというのよ……」
「なら試してみっか、ああっ!?」
主人公くんの目の色が変わった。
第二回戦かぁ。
僕が深くため息をついた瞬間、先生がなだれ込んできた。
事情を聴きもしないで悪者扱いされる主人公くん。
国家動乱罪でもこんな扱いはないだろうに。
「クウロラさん! 大丈夫っ?」
「ゴホッ。……問題ないわ、さわらないで」
駆け寄ったナインちゃんの手をミサキちゃんが払う。
彼女の唇は可哀そうなくらい震えていた。
うーん、前途多難な主人公だ。
§ § §
「それじゃ、私が付き添うから今日はゆっくり休んでね」
ということで、僕たちは寮への家路についていた。
僕、アチョ、ミサキちゃんの三人組である。
ナインちゃんは三馬鹿に付き添うらしい。
夕焼けに染まる校舎。
真っ黒なミサキちゃんは、どこか消えてしまいそうな儚かった。
蒸発現象というやつだろうか。
逃げ水みたいだ。
スタスタ先にいってしまう彼女に、僕は言った。
「キミってさ、処女?」
ミサキちゃんは軽蔑の眼差しをプレゼントフォーユーしてくれた。
ごめんねサイテーで。
「自殺志願のつもり?」
「うーん、積極的に生きたいとは思ってないぐらいかな」
「軟弱ね」
「なんなら基礎もないけどね」
僕はアメリカ人っぽく肩をすくめてみせる。
でもさ、よく考えて。
おしべとめしべをドッキングするだけで、主役が仲間になるんだよ。
今は嫌でも、いつか目覚めるかもしれないじゃん。
「ここは実力がすべてよ。そんな暇があるなら私は私のために時間を使うわ。私には目的があるの」
ミサキちゃんは吐き捨てた。
うん、やっぱアタマいいな。
よく今の質問でこの返しができるよ。
まあ、僕だって付き合ってほしいわけじゃない。
大抵の場合において、恋愛はマイナスに働くしね。
そんなことわかってる。
でも正直、甘いんじゃないかな。
僕は人生をなめきったクズ。
適当に生きて、そのうち死ぬならしょうがない。
そんな神経キリギリス系男子だけど、それは人生全般諦めているからだ。
でも、君は違うでしょ。
夢も、
目的も、
誇りもある。
それなのに、君は弱すぎる。
というのもこの学園は結構シビアな作りだ。
ゲームなら失敗してもリセットで済むけれど、ここは現実だ。
ゲームオーバーの後だって、物語は続くのである。
「成績下位者は近郊の下士官学校に移る、知ってるでしょ」
「私には関係ない話よ」
「そうかもだけどさぁ」
入学時点の成績は、東組の中で三番手だっけ。
だから今は心配していないかもしれない。
けれど、もし万が一失敗したら君は取り返せないでしょ。
下士官学校ってつまり現場指揮官養成所だ。
とにかく肉体派、体育会系なんだからさ。
……ああ、アチョね。
アチョなら心配ないよ。
水が合うまである。
僕が保証するよ。
とにかく、彼女の真価は頭脳にある。
ま、部分獣化さえできないパンピーよりましだけど。
彼女に槍持たせたってくっころが出来上がるだけだ。
なんなら部下に謀反を起こされるまである。
うーん、はかどるねぇ。
つまり、彼女は自分の本領を発揮できるまで手を選んではいられないのである。
そのためならプライドなんか捨て、全部を武器にしないと。
「あの強さは捨てがたくない?」
「駒として使えないのなら無価値だわ。個人の武力は戦略の前に無力よ。さっきも最終的に彼は何もできなかった」
残念、この世界はそういう風にはできてない。
幸薄イケメン率いる貴族連中に平民だけで勝っていい気になっているかもしれないけれど、そもそもこの『東組』は平民半分、残りも新興貴族ばかりと総合力はすこぶる低い。
伝統ある貴族が多い『北組』や武闘派の『南組』にはかなり分が悪いし、王族や上級貴族が九割を占める『中央』なんかにはまあ勝てない。
そして『西組』とは比べてはいけない。
勝つとか負けるとかじゃない。
勝負にならないのだ。
「なんて言えばいいかなぁ」
更にはこの世界、各クラスにバランスブレイカーが一人はいる。
そして、そのキャラを集めても、どないすりゃいいねんみたいなぶっ飛びもいる。
悲しいかな、生まれもった才能がすべてなのだ。
だから慣れたプレイヤーは引き抜きに全力だ。あと裏工作しまくるか。
ぶっちゃけ難しいルートになると、主人公とかベンチ要員だ。攻略サイトの一番上にも一周目はチュートリアルとか書いてあるし。
なんだそれ、いろいろ間違ってるだろ。
とはいえ、腐っても主人公。
成長率は高いし、覚醒イベントにも恵まれている。
『東組』を率いるうえで、主人公を使わないとか縛りプレイでしかない。
僕がミサキちゃんだったら、入学初日に色じかけをしていた。
「あ、思い出した」
と、そこで僕はポンと手のひらを打った。
「ミサキちゃんの毟られ処女っクスはここだったね、そういえば」
「はあ?」
ミサキちゃんの目がチンカスを見る目に。
いや、しょうがないじゃん事実なんだから。
そうだった。
原作で彼女は一度目の模擬戦で敗北するんだ。
一方、主人公君は大活躍する。
さながらスポ根漫画の序盤みたく、
「あいつ、できるっ」
と相手エースに認められるパターンだ。
で、ミサキちゃんは望みをかけて主人公に声をかける。
結果、世にも奇妙な「毟られ処女っクス」とかいう新境地だった。
流れは一緒だ。
ただし、僕たちはいない。
だから憐れな彼女は、主人公くんに毛という毛を毟られ、泣きながらイロイロされちゃうのである。
主人公くん、ベッドヤクザかな?
まあ彼女は隠れドMなので、すぐやかましく喘ぐようになる。
だから僕はきらいなのだ。
「本当に反省しろ、中の人」
「ご主人?」
置いていかれた僕は、アチョにエサを与える。
あ、やべ。落ちちった。
まいっか、三秒ルールと。
まあでも、彼女の喘ぎ声以外はわりと好きだったりする。
じゃなかったら一緒に居ようとさえしない。
環境や境遇――特に生まれには、割と同情しているのだ。
「主人公くんがいなくたって卒業くらいはできるか。そもそも忠告が無意味だしね。一回痛い目見ないとわかんないのが人間だし」
ストーリーのお約束というかありがちな設定なのだけれど、彼女は初期のころ、自分を高めることばかりに傾倒してしまっている。
それは間違いじゃない。
そしてだからこそ彼女は優秀なんだけれど、うーん。
「ねえ、アチョ。新入生の中で自分はどれくらい優秀?」
「ご主人! それって食べれるのか!?」
「はぁ……あ、ら抜き警察がうるさいから言葉遣いはしっかりね」
今年の新入生は、ゲームでは「魔の世代」とか言われてたけど……。
僕の頭はスッカスカで何も覚えていない。
いいところ主要人物ぐらいで、あとはエロシーンばかりだ。
メモリの使い方が根本的に間違っているらしい。
「水見式で特性を調べるところからやり直しですかねぇ」
さりとてこの原作改変、割と致命的じゃなかろうか。
彼女はあの暴れん坊将軍と触れ合い、自分自身を見つめ直すのに。
強化イベントどころか、メインストーリーさえ跡形もないぞ、これ。
「このままだと世界、滅んじゃうかもなあ」
「ご主人っ! どうした急にっ!」
ぱっとふり向くアチョ、
その口には干し肉が。
締まらないね、ほんと。
ま、どうでもいいや。
こんなことで世界が滅ぶなら、いっそ滅んじゃえ。
なんで僕が大そうなものの責任を背負わないといけないのだろうか。
ただのヒキコモリに押しつけないでほしい。
僕にできるのはいいところG退治ぐらいだ。
「今日の夜ご飯は何かな~」
「そうだぞご主人! 腹減ったぞ!」
僕はふわわと大きなあくびをしながら、寮へと帰っていった。
それからのことを話そう。
翌日からミサキちゃんのしごきはキツくなった。
何人かメンバーは変わったけれど、僕たちチームミサキは全勝で模擬戦を終えた。
そして中間試験。
『東組』は、他所のクラスに比べれば遅かったけれど、試験期間を一週間残し、ノルマを達成していた。
チームリーダーと低貢献者の退学を賭けた試験も終わりが見え、一安心といった空気が流れはじめている。
しかし、そんな中、
「チームミサキ」
は、第一関門さえ突破することさえできず、今日もまたダンジョンに脚を踏み入れるのだった。
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