第5話:最凶をさけんだ獣・ラーテル 上

 安物のキツいオナホールを抜けると、カルピスがあった。

     ――川端ティガ成著。


 おはこんばんは。

 ナイスTレックスのティガ君だよ。 寒い下ネタ飛ばしてごめんね。

 でも、人間ってときどき現実逃避したくならないかな。

 少なくとも、僕はそういう人間なんだ。


 お腹をぼりぼり、鼻をほじほじ。

 あー、今日も平和だ。

 ……ごめん、うそ。

 そこら中で砂埃と血飛沫がぶっぱしている。

 人もバンバン吹っ飛んでくし、雄叫びもめっちゃ聞こえる。

 目の前に模擬剣の破片に、僕はげんなりした。


 今日は中間試験に向け、十対十の模擬戦が行われる日だった。

 中央は草原、外周は森に障害物と物々しい。

 ナメクジみたいに体力のない僕は、なんの不幸か、カラスみたいな暴君にツンツンお尻をつつかれていた。


「あなたも行ったら。それとも叩きのめされたいの?」


 ミサキちゃんは高台から戦局を俯瞰している。

 胸もないくせに腕を組んでいた。

 僕はひんぬーに厳し目なので、ハンと鼻で笑いながら戦場に戻った。

 うん、ヘタレでごめん。


 落ちていた棒を拾うと、やー、とか叫んで森を一周する。

 勿論、誰もいなそうなところを狙って。

 いや、だって戦いたくないし。

 それっぽけりゃ許されるでしょ?


 都合二度。

 これまで僕は、このアリバイ攻撃をやって、


「う、傷がっ」


 とか言いながら陣地に戻っていた。

 天才である。

 けれど、今度は失敗してしまった。


 つーか、味方に裏切られた。


「ご主人っ! 見てくれ、闘獣技我!」


 見てくれ、じゃねーよ。

 さっさと敵倒せ、敵。

 こっちを巻き込むんじゃない。


 その間に敵がアチョを叩く。

 でも、アチョは気にしない。

 顔の前で交錯させたアチョの腕が、どんどん毛むくじゃらになってゆく。

 服で見えないし、見たくもないけれど、胸毛もフッサフサだろう。


 アホは、アチョ丸出しなおめめをかっ開く。

 そして、ものぉすごいパワーで敵を吹っ飛ばした。

 鎧袖一触である。


 うーむ、やっぱ使えるんだよなぁ。

 アホだけど。


「しんがり、それが貴族の役目よ。グフッ」


 こっそり戻って寝転がる。

 ミサキちゃんの目は冷たかった。

 ちょっと気持ちよかった。


 さあさて。

 皆はたぶん、今のを見て、僕より気になったものがあると思う。

 そう、アチョのきしょい害獣変化のことだ。


 ということで、そろそろバトルシステムについて説明しようかな。


 昔、コアラ君の所で『獣』が重要だと言ったのを覚えているだろうか。

 すでに言ったけど、この世界の人間は「獣」の影響を受けている。

 コアラ君がねぼすけだったり、アチョが奇跡的なアホだったりするやつである。


 でも、それは性質や個性の話であり、現代日本でもパーソナリティと言い切れなくはない。

 容姿・能力は人間がベースで、そんなぶっ飛んだヤツはいない。

 獣人なんていないのだ。


 まあ、僕は自分を若干レイシストだと思っている。

 猫耳なんか見たら、人間至上主義者によるガチ悪役になりかねない。

 うーん、初めてこの世界に感謝したかも。


 閑話休題。


 つまり「獣」とは、製作側によるキャラ付けといえる。

 しかし、それは日常においての話であり、戦闘においては違う。

 むしろこれこそ、ゲームにおける魔法の属性みたいな扱いなのだ。


 それが「闘獣技我」だ。


 読んで字の如く、獣となって闘う戦闘法だ。

 もっと具体的にいうと、アチョみたいに自分の身体を獣化して闘う。


 実はこの「闘獣技我」にも段階があって、アチョのは一部を獣化させる一番カンタンなやつなんだけれど、そこはまた今度で。

 大事なのは、獣の能力が使えることだ。


 そう、このゲーム。

 才能というか、血筋がめちゃくちゃ重要なのだ。

 そりゃそうだ。鼠は一生虎には勝てない。

 レベルなんて意味ないのだ。

 生まれた瞬間から負け組が決まっている。

 オールオブ親ガチャ界である。

 せち辛い世の中だった。


 そして腹が立つことに、とんでもなく認め難いけど、あのアチョというアホは、肉体性能だけなら割と最上位だった。

 とても気に入らないけれど。


 現実はむなしい。

 僕より、優秀という評価なのだ。

 あんなアホが。

 ミサキちゃんも、皆もそう。

 全員が能力だけはアホを評価していた。


 むかついたので、彼女にむけて鼻くそをとばした。

 あ、やべ、バレた。


「許してニャン、てへぺろ」


 彼女は呆れているけれど、反省したりしない。

 いい成績を取ることに毛の一本ほども価値も興味がない。

 努力という選択肢がハナからないのである。


 だいたい、僕は怒っている。

 いたいけな少女が頼ってきたから、未成年閲覧禁止な要求をしようと思ったのに。

 なのに、彼女が求めていたのはアホのアチョなのだった。

 こんなの、許されていいのか?

 女の子に誘われ、でも、いざホテルに入った段階で、


「今日生理だからできませーん。性欲ある人ってサイテー」


 と言われた気分である。

 うん、違うか。

 違うね。


「愚劣ね。もういいわ、あなたには何も期待していないから」


 ふて寝してやる。

 全力の居眠りをみせてやる。


 と思ったのだけれど、模擬戦の勝利が決まりかけていることを聞いたので僕はぬぼーとすることにした。

 この模擬戦。隊長の撃破が主な勝利条件なのだけれど、アチョともう一人のおかげで終戦間近なのだ。


 相手の隊長役は幸薄イケメンくん。

 こっちの隊長役はミサキちゃんだ。


 相手は逃げ回っているイケメン君あわせ二人しか残っていない。

 一方、チームミサキは七人も残っている。誰かがカップラーメンを食べるくらい油断しても負けないだろう。それぐらいの圧勝だ。


 これは、けっこうすごいことだった。

 この知能指数が下がりそうなアダルトゲームは、でもゲームとして見れるくらいには背景があり、それを成立させるために封建社会の身分制度を下敷きにしている。

 当たり前だ。

 血筋の優劣が明確にあるのだから、どう考えたってそうなる。

 貴族にはより優秀な人間が増える。

 誰でもわかる構図だ。

 お決まりとして貴族というのは特権意識があるので、平民を頭に頂いたりしない。

 日頃は差別意識がなさそうでも、


「私に従え!」


 なんてギアスをかけても従うやつはいない。

 もしいたらそいつは無能だ。

 だってこの学園、成績悪かったら退学どころか死ぬし。


 そしてミサキちゃんは平民だ。

 本当は事情があるけど、結局は平民だ。


 そして平民な彼女が仲間にできるのは同じ平民だけだ。

 一芸が光っても総合力では劣る雑魚ばっかり。

 だって、こっちのメンツ。三馬鹿とかいうリス、カピバラ、アリクイが主力なのだ。

 見るからに負け組である。


 おわかりだろうか。

 この世界、まともにやったら平民は一生負け犬だ。


 ということで、彼女は僕——ではなくアチョを仲間にした。


 ガチンコ勝負なら彼女はへぼなので、リーダーにすらなれなかっただろう。

 でも中堅貴族であり個人としても優秀なアチョがいれば、虎の威を借りる猫みたいに王様としてふる舞うことができるのだ。


 でもそれ、本当なら主人公くんの役目じゃない?

 どうなってんだろ。

 このゲーム、バッドエンドが多いので不安だ。


「クウロラさーん。こっちにはいなかっ——めっ、メルボルン君っ! 大丈夫っ?」


 で、寝そべっている僕をみてかけ寄ってきたのが、アチョにつづくもう一人の例外、ヘロディア・ナインテイル——通称ナインちゃんだった。


 このたわわなナインちゃんは、クラスの誰に対してもわけ隔てない天使だけれど、でも上級貴族出身なとてもすごい子だった。

 個人としてはアチョほどじゃないけれど、でも頭の回転がはやく、現場指揮官としてはすこぶる優秀である。あとおっぱいがすごいプルンプルンする。

 そんな彼女が、なぜ底辺グループの、ヒラとして身を粉にしているか。

 物事はなんでも表裏一体というけれど、まさにそれ。


 そう、彼女は天使すぎた。

 僕は彼女が頼られたら断れない性格だと知っていたので、足にすがりついて小一時間泣き喚いたら仲間になってくれた。ちょろすぎである。

 でも、なんだろう。まわりの目がまた冷たくなった気がする。人として何かを失ったのかもしれない。


 以上がチームミサキである。


 ミサキちゃんが全体指揮、

 ナインちゃんが現場指揮、

 アホのアチョが遊撃隊長、

 三馬鹿たちがヒラ隊員、

 そしてこの僕が自宅警備員。


 まあまあベターな布陣だった。


「そいつは放っておきなさい。それより、どう?」

「あ、うん。アチョ君が頑張ってるんだけど……でも、すごいね彼」


 ふて寝しているだけだと気づいたらしいナインちゃんは、苦笑いで僕の元をはなれると物見櫓っぽい高台にのぼった。


「そうね」


 苦虫を噛みつぶしたような表情でミサキちゃんがつぶやく。


 それもそうだろう。通常、十対十の模擬戦が長引くことはない。

 別に勝ち方は採点されないけど、見栄えがいいから圧勝をめざす。そして僕らのミサキちゃんは完璧主義なのだ。

 でも、彼女が自陣に引きこもって制限時間勝利を狙っているのは、圧倒的ともいえるような個の力のせいだった。

 古今東西、

 智将というのは超越的な猛将に弱いのである。


 今もアホなアチョが最高にアホなダチョウアタック(槍をかまえて走りまわるだけ)を繰り出すけど、怯んだ様子もなく一人の少年がグルグル牙をむいている。


 こんなこと、できるだろうか。

 だって、アチョごと倒そうとする三馬鹿弓兵部隊もいるのだ。

 そしてアチョは回復力がバグっているので、少年だけがボロボロである。

 でも、戦意は全然衰えない。

 炎が噴火したような真っ赤な髪、餓えた口からは血が垂れ流し。

 薬でキメたとしか思えないイっちゃった目の彼が、この不毛な闘争を引きのばす張本人だった。


 ミサキちゃんチームの三人を倒したのも彼だ。

 ぶっちゃけアチョがいなかったらジャイキリされてた。


「うーん、やっぱりラーテルはすごいなあ」


 僕は感嘆の意をこめて拍手してみせた。

 だってそうじゃない。

 この敢闘精神、誰かがほめてあげないと。


 多勢に無勢というか。

 本陣を固めたミサキちゃんに幸薄イケメンの勝ち筋はなく。

 結局時間切れをもって僕たちは初陣を勝利でかざった。


 それでも、イケメンくんがサレンダーしなかったのはやっぱりこの少年のおかげだろう。


 主人公、バナード・アジャー。


 この世界の主役にして、物語の中心となる人物。彼がすべてのトリガーになるといっても、まったくもって過言ではない。


 元犯罪奴隷にして平民でありながら、しかし、この国の頂点を目指さんとする不届きもの。そして、いずれそのすべてに手をかけんとするイカロスだ。

 それが不遜ではないぐらいには、才能に恵まれていた。



 闘獣技我、タイプ・ラーテル。



 獣の世界で最凶の名をほしいままにする、世界一凶暴で凶悪な生き物の名前だった。



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