第4話:奇跡のダチョウ 下

 なんだかんだ一ヶ月。

 ヒキコモリな僕は、

 なんとか普通の学生を演じていた。


 いや、二日目からもうやる気なかったんだけどね。

 サボろうとしたら、寮母さん直々にボコされたのだ。

 ヒキコモリはヤモリの親戚なのに、尻尾はもどらないのである。


 そして僕には、恋人どころか話し相手さえできなかった。


 笑えよベジータ。

 そうさ、僕は戦闘力五のゴミさ。

 変身を二回残していても、ゼロに何を掛けてもゼロなように、コミュ力は五十三万にはならないんだ。

 というか、メルボルンってあんな奴だっけ? みたいな噂が流れてた。


 そのうえTレックスは凶暴だ。

 あれだ。

 試合は諦めなくても終わってるらしい。

 安西先生、おセックスがしたいです。


 そんな日常である。

 一方、皆は学園に馴染んだようだ。


 ミサキちゃんは、軍議盤(将棋みたいなやつ)でフルボッコにして半泣きにさせたり。

 たわわなナインちゃんは、身分のお高い上級貴族の出身なのに、皆と仲良くして天使みたいな扱いになったり。

 幸薄なイケメンは、イケメンなくせして美人にもブスにも優しいからモテまくるけど、でも、優しいから付き合うこともできずギスったり。

 主人公くんは、平民なくせに構わず貴族をぶちのめして、教師に平民までぶちのめして、なんか色々ぶちのめしまくっていた。

 もう退学にしろよ、こいつ。


 大体こんな感じだ。

 五つあるクラスで『東組』は最下位評価だったけど、呑気というか無能の集まりなので、補欠みたいな扱いも気にしていなかった。

 僕も女の子意外基本どうでもいいので、


「やーい、ザコ♡」


 とバカにされても興味なかった。

 人が誇りを失う瞬間である。


 と、おせちの中の金平みたいことを考えながら、食堂で授業疲れ癒す。


 この学園、

 授業がハードなのである。

 体術とか、行軍とかね。

 もちろん座学もある。

 僕は体力のなさに定評があるので、すぐヘロヘロになるのだ。


 ……まあ睡眠学習なのだけれど。

 なのになぜお腹がすくのかなあ。

 不思議、不可思議、うんこ製造機。


「んー、でも。主人公ってあんな性格だったかなあ」


 お皿のからあげをぱくり。

 そこで僕は、

 人生初の合コンで舞いあがり、


「このからあげは地球の反対側、

 南米の光ひとつない工場で、

 流れてくる餌を啄むだけの、

 人生に絶望した鶏の肉なんだ。

 絶望のからあげなんだ」


 とか熱弁して、くっそドン引きされたことを思いだした。


 うーん。

 僕、黒歴史多すぎじゃない?

 いくぞパリピ共、耳栓の貯蔵は十分か? とか言いたいぜ。


 あー、オタトークしたい。

 食堂でカードゲームするキモオタになりたい。

 いいんだべつに。

 わかってくれる仲間がいれば。


 ……前世では結局一人二役だったけど。

 鏡にむかってやる「デスティニードローっ!」は、すごいむなしかったなぁ。


 僕はそこで、キラキラ期待の眼差しに気が付いた。


 はあ、と深いため息をつく。

 お祓いにいこうかなぁ。

 絶望しながら、フォークにブッ刺した絶望のからあげを放りなげた。


 キタキタと大柄な青年が口を開く。

 満足に咀嚼されず、ごっくりと胃にながれていく絶望のからあげ。

 絶望を未来への希望に変えた青年は、ハッハッと鼻息を荒くした。


「ご主人っ! うまいぞっ!」


 ああ、ウザ。

 僕はもう一度ため息をつく。


 このすり寄ってくるノータリンが、僕唯一の会話が成り立つ生物だった。


 名前はアチョ。

 あだ名である。


 本名は知らない。

 本人も知らない。

 背中に名札があるのだけれど、反応しないので意味がなかった。

 ビックリするぐらいアホだった。


 どれぐらいアホかというと、

 親だと思っていたのが実は石像だったというぐらいアホだった。

 どうやって生きてきたんだよ、おい。


 そんなアホとの出会いは、

 しかし、悲しいかな僕からだった。


 入学して一週間。

 なんか暇なアチョを見て、思ったのである。

 そういえば僕、ポケモンマスターになりたかったなあと。


 そしてブリーダー生活が始まった。

 エサをちらつかせ、


「ご主人さま」


 と呼ばせる毎日、

 気分は猿に言葉を教えるFランの教授だ。


 これがいけなかったんだと思う。

 冷静に考えてみてほしい。

 クラスメイトをエサで釣って、


「ご主人」


 と呼ばせようとする奴がいる。

 皆の目は、異常者を見守る目だった。


 でも、凝り性な僕はめげなかった。

 苦節三日、テイムに成功した。


 ついでに懐かれた。

 つき纏ってくるようになった。

 僕に話しかける人はいなくなった。

 ……アガサ・クリスティかな?


 いやまあ、天使ナインちゃんとか幸薄イケメンは話しかけてくれるけどね。

 ただ、なんか目が乾いている気がする。

 乾燥機の才能もあるらしかった。


 ということで、だ。

 僕はボッチ道を極めつつあった。


 うん?

 ならそんなアホ無視しろって?

 そんな単純ならやっている。

 僕は倫理をなめくさっていることに定評があるのだ。

 友達の一人ぐらい、鼻で笑って見殺しにできる。


 その僕でさえ逃げられないところに、このアチョの怖さがあるのだ。


 アチョ。

 原作メンバーである彼は、とある『獣』と関係が深かった。


 それはダチョウ。


 鳥のくせに飛ぶことができず、

 びっくりするぐらいアホだが、

 鳥類では最大級のダチョウである。


 アホなダチョウだからアチョ。

 安易なネーミングだなとは思う。

 でも、それに負けないどころか、色々ブチぎってしまうのだ、ダチョウという生き物なのだった。


 まず終わっているのが記憶力だ。


 そもそも脳みそがちっちゃい。

 身長二五〇センチ、

 体重一二〇キロと身体はデカいのに、

 脳みそはくるみサイズだ。

 だからほとんど記憶力がない。


 ダチョウは家族が一つになって生活するけれど、二つの家族がすれ違ったとき、奥さんや子供が入れ替わっても気がつかないくらい終わっている。

 終わりすぎである。


 その思考回路も終わっている。


 誰かが走りだすと、他のダチョウも走りだす。

 理由は誰もわからない。

 三秒後には走りだした誰かさえ、なぜ走っているのか忘れる。

 人に乗られても三秒後には忘れて、そのまま生活を始めてしまう。


 心底終わっている。

 それは認めよう。

 だけど、侮ってはいけない。

 ダチョウとは厄介な生き物なのだ。


「ご主人っ! ちょうちょだっ!」


 突然アチョがかけ出した。

 走りだしたら誰にも止められない。

 彼は時速六十キロで一時間も走り続けることができる。

 フルマラソン四十分台といえば、恐ろしさがわかるだろうか。

 ほぼのけ、みたいな間抜けな顔つきなのだけれど、体格のせいで怪獣の大行進みたいだった。

 南無南無、みんなごめんね。


「ご主人っ! きれいだぞっ!」


 彼がぐちゃぐちゃな蝶を見せびらかせてくる。

 まあ、それはいいんだけれど。

 正直、身体に刺さっているフォークの方が気になった。


 ダチョウはアホだからケガすることを厭わない。

 リスクなんて考えない。

 そもそも何も考えてない。

 考える頭を忘れてきたのだ。


 そんな、普通だったら死にまくるはずの怖いもの知らずなダチョウは、しかし、そう簡単にくたばることがない。

 そう、彼らはその奇跡的なアホを代償として、ありえない生命力を神から与えられていたのだ。


 まず、ダチョウは病にかからない。

 感染症にもかからない。

 骨が見えるような怪我でも平然としている。

 そして治る。


 もしかしたら昨今世を騒がしたウイルス対策として、ダチョウの卵を利用した抗体マスクなるものを知っているかもしれない。

 それほど回復力オバケなのである。


 今でも忘れられない。

 訓練中の事故で、アチョの胸にでかい棒が刺さったことがあった。

 女子は絶叫、

 先生も真っ青な阿鼻叫喚地獄である。

 僕も、


「うわー、この学園やばいなあ」


 と思ったのだけれど、次の日もっとありえないことが起きた。


 なんと、アチョは平然と登校してきたのである。

 なお、胸の傷はふさがっていた。

 化け物だった。


 繰りかえしになるけどダチョウは鳥類最大なだけあって身体がデカい。

 力もすごい強い。

 オンラインゲームにおいて、タンクとヒーラーとアタッカーを兼ねるみたいな性能をしている。

 ただ知能がサル以下なだけだ。

 ほかは余裕で文句ない。


 ゲームでもこんな感じだった。

 敵に突っこませると大活躍するが、自爆することもあるキャラなのだ。

 僕は使い捨て爆弾みたいに使っていた。

 自分のところにきたらリセットする。

 しかし、現実はコンティニューできないので、こんな綱の切れた暴走機関車など恐怖の塊である。

 ふとした拍子に、この人間兵器が照準されたらシャレじゃすまない。

 よって、僕はアチョから逃げられないのだ。


 まーいっか、別に。

 困ったとき壁にすりゃいいんだし。


「ご主人っ! そういえば配属どうするんだっ!」


 僕は人間の三代欲求のうち、性欲以外がわりと枯れている。

 アチョに向かって餌を投げていると、蝶々汁のついた手で口元をぬぐいながら、彼がそんなことを言った。


「あー、そういえばあったねえ、そんなイベント」


 配属。

 一言でいうと、チーム決めだ。


 方法は各クラス自由で、ぶっちゃけジャンケンでもいいわけだが、

 無難にチーム戦をこなして実力を見ることになっていた。

 十人、四チームの総当たりだ。

 バランスをみて調整したりする。

 そんなの建前で、勝ったやつが好き放題引きぬくんだけどね。


 そして当然だけれど、

 僕たちも所属しないといけない。


「でもなあ、痛いのとかヤダし」


 次の中間試験は最初のビッグイベントだ。

 やりたいといって主役にはなれない。

 こういうのは主人公の独壇場である。

 独壇場のはず、なんだけどなあ。


 僕の記憶だと、暴れん坊な主人公君が名参謀であるミサキちゃんと組むことで責任感をはぐくみ、クラスの顔になっていくみたいなストーリーだったと思う。

 でも、二人の絡みは見たことがない。

 そして、彼の暴れっぷりは犯罪級だった。

 ティガ君のせい? とか思ったけど、彼は別のクラスだから関係ないと思うし。

 なんでだろ?


 ま、いっか。

 とっくに原作なんか狂ってる。

 今更どうだっていい。


 つか、女の子まだ?

 展開遅いんだけど。


 僕は課金しないくせして、排出率と性能に文句ばっかいうソシャゲユーザーみたいなことを思った。

 はぁ、疲れてるのかなぁ。

 色々喧嘩売りすぎかもしれない。


 最近エロをあきらめ、

 豚と牛を天秤にかけることが増えた影響かもしれない。

 末期である。


 そんなときだった。

 僕にモテ期がきたのは。


「今いいかしら?」


 声の主は黒髪の美少女だった。


 喪服にも見える漆黒の制服と、

 雪のように白い肌のコントラストが目に眩しい。

 整った顔には力強い瞳が輝いている。


 超美人である。

 僕は、彼女のクソやかましい喘ぎ声を思いだし、舌打ちしていた。


「何か文句でも?」


 ギロリと睨みつけられた。

 うわ、こわっ。

 ヒスってる系女子だったみたい。


 僕はせき払いでごまかしてから、


「なんでもないよ」


 と言った。

 彼女は睨んだままだった。

 生理かな?


 と、怒られるね。

 僕は話に耳を傾ける。

 なになに。

 要約すると、次の模擬戦で僕らを指揮下におきたいらしい。


 あー、なるほどね。

 徒党を組んでおけばリーダーになりやすいもんね。

 他にも実績や能力、今後の展望なんかを熱弁しているけれど、

 興味なかったので耳をほじほじした。


 うーん、それにしても。

 彼女をつま先から頭までじろじろと眺める。


 足が長いのはいいんだけど、なんか暗いんだよなあ。

 根暗というより陰湿っぽい感じだ。

 なにより、このキツい眼と相手を見下すような態度がとても苦手だった。


 僕は自他ともにみとめるカスだ。

 男なんか死んでも気にしない。

 けど、である。

 一欠片だけだけど、女の子にはちょこっとだけ道徳を持っているのだ。


 なんて言えばいいかな。

 僕には推しを曇らせたいとか、

 一生消えない傷痕を与えたいとか、

 人としてどうかと思う性癖がある。


 一方、初対面で攻撃的な女の子は、弱気の裏返しであることが多い。


 わかるだろうか、

 この相乗効果。

 僕は一見無害そうだけど、ゆっくり腐る遅効性毒婦みたいな性格だ。

 メンタル弱めの女の子相手だとすこぶるはかどる。


 そしてこのミサキちゃん一番の見どころは、夢破れて号泣というか幼児がえりをおこしながら肥満成金デブに尊厳破壊(意味深)されるところだったりする。

 相性良すぎかよ、結婚する?


 ということで、僕は一見強気そうな女の子を守備範囲外にしている。

 開けちゃいけない扉じゃん、それは。


 ただなあ。

 僕はTレックスを見下ろした。


 最近のこいつは本当にやばい。

 ところかまわず立つし、

 固すぎて処理もできない。

 達磨ちゃんでも興奮できるぐらい凶暴なのだ。


 そして僕は思った。

 ま、いっか。

 顔はいいし。

 最悪穴があればいいよ。

 なら乗るしかないでしょ、

 このビッグウェーブに!


 立ち上がった僕は、とてもすがすがしい笑みを浮かべた。


「何でも力になるよ。まな板でも、優しくできるのがノブレスだからね」


 そして僕はこうも思った。

 ああ、アチョ。

 君が友達でよかったよ、と。


 身代わりとしてぶん殴られるアチョは綺羅星になる。

 僕はとてもニコニコした笑顔で、彼女の右ストレートを眺めていた。



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