第一章

第3話:奇跡のダチョウ 上

 吾輩は平民あらため、いたいけなコアラ君の身分をかっぱらった悪役貴族Tレックスである。名前はもうある。どこで生まれたかも知っているし、パコパコ妄想していたのも記憶している。吾輩は街にでてはじめて王都の学園を…………。

 これ、ちょっとすべってるかな?


 悪ふざけはここらへんにしよ。

 じゃあやり直して。


 ハロー、ブンブン王立学園。

 元気?

 僕はげんき。だって、今日から新しい日が始まるんだもの。


 まあ入学式とかはカットするね。

 だって行ってないし。

 でも、別に興味ないでしょ?


「燦々と輝く太陽に照らされた桜街道が、峻烈に聳える白亜の塔まで続いている。まるでそれは雲海から顔をだす富士を仰いでいるやうであった。あゝ、僕はここから国のため家名に恥じぬ…………」


 とか聞かされても、ぶつぶつするだけじゃん。

 そして僕は権利を愛し、義務を嫌うカスだった。


 で、学校に潜りこんだのだけれど、根っこがカスなのかな。

 手続きに満足して寮でぬくぬくなまけていた。


 前世でもあったなぁ。

 親に怒られて学校に行こうとしたけれど、ラーメン屋で折り返してしまったこと。

 ほんと成長しないねえ、僕。


 結局何もやっていないから、Tレックス化は止まらないんだけど。


 あ、入学自体は簡単でした。

 書類渡して一発オーケー。

 名前がわからなくて僕の名前を言ったけど、双子の弟でゴリ押した。


 さすが異世界ファンタジー。

 法とか規則もファンタジーだ。


 でも、ラッキーだ。

 彼の名前を使わされたら、知恵熱で寝込んでいた自信がある。

 ファンタジーさまさまだった。


 ということで、のうのうと惰眠を貪っていたんだけど、春眠暁を覚えずというのかなぁ。たまたま初授業に気づき、登校することにした。

 神の啓示かな? まあ、食べ物を買いに行こうとしただけなのだけれどね。


 制服に袖をとおす。

 一般的なブレザータイプで、女子はスカートだ。

 クラシックなグレーが基調で、けっこう好き。選ばなくていいし。

 ま、学園もののお約束で皆改造しまくってるんだけど。


「パンを咥えた女の子とは出会えなかぁ。テンプレを使ってくれよ、制作」


 僕はだらだらと学校にむかった。

 で、教室に入る僕。

 ちらりと一瞥される僕。

 すっと無視される僕。


 やっぱり今世でもこんな感じか。

 誰? みたいな扱いだった。


 入学式で交流があったのだろう。

 大枠でグループがかたまりつつある。

 ぼっち確定のお知らせだった。


 僕は孤独耐性が高いので、自分の机でぼーっとしていた。

 やがて生徒全員が集まり、やはり声はかからない。

 最初のオリエンテーションのとき、泣きそうだった。


 と、ここでそろそろこの学園についておさらいしておこう。


 ゲーム『聖♡パコパコ学園』の舞台を学園ジャファリ王立士官学校といい、

 五年制、計千人が在籍する王国最高の教育機関だ。

 在籍する生徒はさまざまで、主に貴族の少年少女と、才能によって選抜された少数の平民から構成されている。


 その教育は非常に厳しいことで有名だ。毎年何名もの脱落者がでる。

 けれど、その試練を生き残ったものが国を守護する防人となる——そんな軍人を養成するための学びやなのだ。


 ここまで聞けば、僕が原作に乗り気じゃなかった理由がわかるだろうか。


 そう、

 ここは軍人養成校なのである。


 まあ主人公まわりはギャルゲーイベントばっかりだけど。

 いや、それだけじゃないよ。背景はしっかりしてるし、敵の事情はドロドロしていたりする。

 なんなら主人公側もドロドロしたりする。


 そんな客のニーズと脚本のプライドせめぎ合う所が、僕のナワバリなのである。

 うーん、死にそう。

 ひきこもってたほうがよかったかなあ。


 今更だね。

 建設的な話に戻すと、このゲームは、次の要素でできている。


 一つ、日常パート。

 二つ、授業パート。

 三つ、戦闘パート。


 日常パートは文字通り日常のパートだ。

 女の子とラブラブしたり、イチャイチャしたり。

 そんな感じだ。イベントで覚醒したり、新キャラが仲間になったりする。


 授業パートは、大学なんかを想像してほしい。

 大学だと単位を取るけれど、ここではスキルを習得する。

 カリキュラムをお金やスケジュールと相談しながら決める育成モードだ。

 パワプロのパクリかな?


 最後の戦闘パートはゲームの目玉な戦争である。

 シミュレーションRPG。

 レベルあり、スキルありのチェスみたいな感じだ。

 相手は別のクラスだったり、敵国だったり、野盗だったりする。

 というか、だいたい別のクラスが相手だったりする。


 これをくり返し、クラスの一つを率いて一番を取るのがゴールだ。

 何番煎じ、とかいってはいけない。王道がウケるのはいっしょなのだ。


 僕が所属するのがクラス・ユーラフィ……まあいいや。

 略して『東組』である。

 出身地域で決まるので、東の貴族だったメルボルン君は東のクラスになる。


 そして『東組』はこのゲームのメインルートなので、個性豊かな面々がそろっていた。それはもう、リアルにいたら痛い子か聖人ばかりそろっている。

 いや、痛い子ばっかりか。


 授業が終わったあと。

 空いた時間で自己紹介をしようということになったとき、こんなイベントあったと思いだしていた。


「私はいいわ」


 スタッと黒髪ロングの美少女が席をはずす。

 その髪は吸いこまれそうなぐらい黒かった。

 ついでに制服もなんか黒い。


 全身ブラックガールというか、カラスみたいな彼女はミサキちゃんである。

 ただし肌は陶器みたいに真っ白だ。


 超重要人物かつメインヒロインの一人である。

 人気もたぶん最上位クラスだろう。

 僕は中の人の喘ぎ声がうるさくて好きじゃなかった。

 いや、ごめん。

 向こうも願い下げだろうけれど。


 まあ、よくやるなと思う。ゲームだから違和感なかったけど、実際にみるとヤバい子だ。

 コミュ障の僕でさえこんなことできない。

 教室が冷凍庫みたいになってる。


 なんだかびみょーな空気のなか、前の席の子がふりむいた。


「あ、あはは。あの、君って入学式のときいなかったよね。私、ヘロディア・ナインテイル。ナイン、でいいからね」


 と言ったのは、明るい茶髪が印象的な美少女だった。

 ニコニコした笑顔が絶えない。

 でも、食べられちゃいそうな三白眼が蠱惑的である。


 彼女もメインヒロインの一人だ。

 そしてたわわだ。

 僕はゆれるおっぱいが大好きなので、彼女のことは大好きだった。


 そんな彼女と、なんだか幸薄そうなイケメン君が中心となったおかげかな。

 クラスも空気を取りもどしていったようだった。

 うん、僕? ちゃんと挨拶したよ。スーってみんないなくなるけど。


「うーん、それにしても」


 キョロキョロしながら、一人の男を探す。

 キモくてごめんね。

 でも、大事なことなんだ。


 この僕が男をさがすなんて驚天動地もいいところなのだけれど、さすがに見すごせない人物……というか超を三つくらいつけたいくらいの重要人物がいる。

 その名も主人公。こいつを置いて他のだれが重要だというのか。けれど、なんか見当たらない。おかしいなあ。

 まー、エロゲにありがちな目元隠れてる系主人公だからなあ。どっかに埋もれてるんだろう。


 しょうがない。

「はい」と「いいえ」だけじゃないけど、没個性気味のキャラなのだ。

 ルートによって性格が百八十度違ったりするので、狙ってやっているんだろう。


 困った。

 僕は男キャラを覚えてないので、消去法でさがすこともできない。

 というか、四十人もいるNPCたちを区別なんてできる奴はいない。


 別にいっか。

 男とかどうでもいいし。

 大事なのはメンじゃないのよ、メンじゃ。

 切り替えというか諦めが早い僕は、さくっと女の子漁りに戻った。


 はずなのだけれど、やっぱり持っている人間は違うのかな。

 どうもこの世界のヒーローも遅れて登場するらしい。

 いや、ヒーローかは微妙だけれど。


 それは幸薄そうなイケメンを先頭にして、教室を移動しようとした瞬間だった。


「あァ? なにメンチ切ってんだよ」


 イケメン君がぶつかったのは、少年にしか見えない小柄な男の子だった。

 なんかめっちゃ赤かった。

 髪も赤いし、制服も赤い。

 戦隊モノのレッドみたいだった。


 でも、言っていることは悪役だった。

 やることも悪役だった。

 あ、なんか主人公ぽいとか思った瞬間、彼は腕をふりかぶった。


 えっ、さえ言わせなかった。

 彼は暴力をふるった。


 暴力というか、腹パン、顔面膝蹴り、回し蹴りからドロップキックのフルコンボだった。もはや近接格闘術である。


 迷いなさすぎである。

 狂犬病かな?

 満足したのかイケメン君を足蹴にすると、自分の席にどっかり座った。


 おいおい。

 これ、どうすんの?


 これは後でわかったことなのだけれど、やっぱりこの赤い少年が「主人公」らしかった。最悪である。

 うん。

 やっぱ、ゲームはゲームでいいや。


 身も蓋もない話である。

 そんな感じで、僕の学園生活がはじまった。



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