第2話:悪役貴族Tレックス 下
旅立って三日。
僕はとても困っていた。
お金がないとかは割愛しよう。
僕は働きたくない。
働くくらいなら草を食べる。
天然自然のサラダだ。
イマジナリーガールフレンドの、
「採れたてだよっ」
という声を想像したらフレンチの前菜よりはおいしい。
ノーベル数学賞ものである。
と、そんなわずらわしい話はおいておいて。
赤い糸で結ばれているはずのデスティニー――運命のファムファタルと出会うための、ボトルネックを話そう。
まあ、言うまでもないんだけど。
僕はモテない。
心底モテないのだ。
勿論、高望みし過ぎという意見はわかる。
僕は童貞にありがちなメチャクチャ選り好みするタイプで、
「昼は清楚で夜は淫乱、天使とサキュバスのハーフで髪は銀色、出逢いは空から降ってきて、天空の城を探している。あと絶対処女」
などなど、高嶺の華通り越して百パー妄想な夢をいだいている。
けれど、それとは関係なくふつうにモテない。
原因はひとつ。
顔でも容姿でも収入でもなく、
僕の身分にある。
まあ前世でも今世でも旅人なんて底辺だけど、本当にどうしようもないのが『平民』であるということだった。
つまり都会のマブくてハイカラなチャン姉ぇは、僕みたいな底辺とザギンでシースーしたりしないのだ。
うん? と思ったそこのボク。
君はたぶんバカだ、
最初から読み直せ。
そして頭の良い皆様には、そろそろ状況を説明しようと思う。
僕はティガ・ホワイト。
もちろん今世の名だ。
前世は田中一樹とかいう量産型リーマンみたいな名前だった。
で、その僕あらためティガ君は、未成年禁止のアダルトゲーム、
『獣♡パコパコ学園 ~俺のラーテルは酒池肉林~』
とかいう、正直名前を考えたらと思わないでもない、でもまあ頑張っているほうな、ストラテジー要素が売りの、その中の悪役貴族の一人だった。
が、このティガ君。
生まれた時点では青き血の一族ではないのだ。
ぶっちゃけ男キャラの過去なんてほとんどおぼえてないけれど、おぼろげな記憶のなかでは幼いころに家族と故郷を滅ぼされ、復讐のために身を売りながら貴族社会に入りこんでいたはずだ。
そんなどっかの鷹の団団長みたいなハートフル人生をおくるはずの悪役が、ティガ君である。
まあ残念なことというか、業界ではありがちなヘボライターのせいで設定倒れになっており、ぶっちゃけナナシ汚っさんのほうが目立っていたりするのだけれど。
いや、一応擁護すると悪くないんだよ。
巷のエロゲーは大体アニメ化して、さらにメディアミックスして子供も知ってるくらい大ヒットだったりするけれど、現実ではそんなことはない。
黒い画面に文字だけとかいう、クソゲーオブザイヤー作品を量産しまくる、清濁ならぬ性欲のるつぼから生まれいずるのだ。
男キャラなんて箸にも棒にもかからない感じのなかで、男キャラの分際で爪痕がのこせるのは、正直結構スゴイことなのである。
つか巷の作品、
制作に嫌われまくるキャラなんかいるわけないだろ。
もっと設定考えろっ!
閑話休題。
まあ、あれだ。
廃人の僕でもうろおぼえなのだ。
男なんて適当でいいのである。
当然ティガ君も陵辱イベントを担当するけれど、この手のゲームを好む紳士たちは英語圏において、
「HENTAI」
の名をほしいままにするように、プレイヤー自ら負けにいくよう猛者ばかりなので、竿役の一人でいいのだと思う。
そんなティガ君が、僕である。
で、お気づきだろうけれどティガ君の親は生きている。
原作改変っ? と思ったアナタ。
ちがいます。
自慢じゃないが、僕はナマケモノのように何もしない自信がある。
明日襲われるとて、ぬくぬく布団にくるまっていただろう。
そう、
すべて意図しない出来事だったのだ。
五歳くらいのとき。
僕は近所の子供にいじめられていた。
見た目とか、性格とかで。
原作のティガ君ならぶちのめすけど、僕はそんなことしない。
というか、大義名分ができたので堂々とヒキコモリをはじめた。
けれど、両親はちがった。
子供が一日中布団から起きてこないことを、とても悲しんでいたのだ。
そして、歴史は変わった。
つまりだ。
引っ越したのだ。
僕のために。
いいことだと思う。
寄生虫をさせてくれた親には感謝していた。
名脇役は一人消えたけれど、エヌで復讐どころか復習すらできない僕が、漫画の主人公みたいなハートフルストーリを送れるわけがないので、すごく皆ウィンウィンだったと思う。
けれど、困ったことも一つある。
失われたのだ。
貴族となり、牙を研ぐような世界線は。
神聖童貞な僕は、自慢じゃないが親の力以外誇れるものは一切ないので、
悪鬼羅刹と化し、牝馬や雌豚に反応する聖剣をせつない目でみつめるばかりである。
うーん、人生オワタ。
しかし、人生という名の罰ゲームはつづくのだ。
魔王を倒した勇者の二股愛憎劇しかり、婚約破棄婚約令嬢が歳老いてまた捨てられたりと。
別にだれも興味はないのだろうけれど、現実というのはそういうものなのだ。
ということで王都行きの馬車にのった。
作戦はなにもない。いみじくも未練たらたらでうろうろすれば、ご都合主義が起きるんじゃねと思ったのだ。
もっと具体的には、
「無礼な平民っ、このワタクシを恐れないなんて。でも、そんなところが……」
とかいう脳みそスイーツ貴族カモン! なんて考えたのである。
神算鬼謀かよ。
しかし、残念。都合のいいカモネギは通らなかった。
というか、無賃乗車がバレて道ばたで捨てられた。
あれ、難易度選択間違ったかな?
結局やることもないので、「マスター?」とか言う妄想上の騎士王相手にベーションをしていたのだけれども、運がいいのか悪いのか、そんなときに王都行きの馬車が通りかかったのである。
「へえ、そうなんだ。ボクも父さんがひどい人でね。行きたくないっていったのに」
この小柄な彼が神待ちDKである僕のイエスさまだ。
物腰やわらかく、寄合馬車の代金も払ってくれたいい人である。
仕立てのいい服を窮屈そうにしながら、素朴そうに微笑んでいた。
彼はメルボルン君。
家名だ。
本名はもっと長ったらしい。
そして貴族だ。
あとは忘れた。
秒で忘れた。
この時期に王都へ向かうということは、原作メンバーなのだろう。
僕は男に興味がないのでおぼえていなかった。
ティガ君以上に覚えていなかった。
まあ僕はポンコツだし、恩をあだで返すことに定評があるので、彼の身の上話を覚えようともしなかった。
というか聞いてなかった。
ただ、一応彼の家の紋章と家名についてだけは気にしていた。
そして、血筋というのは結構重要な要素だったりする。
繰りかえしになってしまうけれど、この世界は中世を舞台とした、剣と『獣』の異世界ファンタジーだ。
魔法ではない。
アビコルにおいて召喚士がサモナーでないように、たぶん制作側がオリジナリティを出したかったのだろう。
意欲は買うのだけれど、素直に魔法でいいだろとは思う。
なんにしても、『獣』要素がとても大事なことだった。
細かい話はあとで話すとして。
重要なのは、『獣』によって相手の人となりがわかるということだった。
彼の家名はメルボルン、
紋章には青い空と虹、
一枝のユーカリが描かれている。
ここまで言えばもうわかるかな?
彼の家にゆかりがあるがある獣とはつまり、「コアラ」だった。
そう、コアラである。
動物園で人気な、
哺乳類で有袋類であるコアラだ。
そして、コアラといえばとても変な生き物なのである。
たぶん、主食とするユーカリの葉に毒があるのは小学生ぐらいならみんな知っていると思う。
オーストラリアに生息しているとか、ユーカリを消化するため、腸が長いなんてことも知っているかもしれない。
なぜ毒のあるユーカリを? は知らないかもなので説明すると、他者のいらないものを主食にするというコアラの生存戦略なのだ。
実際不毛の地で生きる彼らに天敵はなく、悠々自適に暮らしている。
おお、かしこい。
そう思うかもしれない。
けれど、すごく残念な側面もあったりする。
まず、コアラはよく寝る。
一日二十時間は寝る。
ねぼすけだからではない。
ユーカリに毒があるから、体力を蓄えないと解毒できなくて死ぬのだ。
さらにユーカリに栄養素がない。そんなファストフードばかり食っているため、コアラは頭が悪かったりする。
どのくらいかというと、ユーカリを渡すとき、枝ごと渡さないとユーカリだとわからないド級ぶりである。
ユーカリの葉が敷きつめられた部屋で餓死したという話を聞き、僕はコアラのことを、
「負け犬」
とさげすんでいた。
いや、そうじゃない?
悠々自適な生活のために、QOLを捨てたんだよ。
肉のほうがうまいじゃん、普通。
と、負け犬ならぬコアラなメルボルン君は、またうとうと眠りだした。
無防備なことである。
こんな感じのせいで何度も強盗にあったらしい。
が、根が平和なのか。それともあほなのか、ぜーんぜん学習していないようだ。
彼の家は不毛な東部地域にあるらしく、コアラのような人生を送ってきたのだろう。
負け犬だな、と負け犬の僕は思った。
「ど、どうしたのっ!?」
甲高い声でメルボルン君が叫んだのは、王都への道程が終わりにさしかかり、最後の野営地にたどり着こうとした真夜中のそのときだった。
ヒヒンと、牽引する馬が悲鳴をあげたかとおもうと馬車が急停止した。
慣性でメルボルン君が胸に飛びこんできた。
どけ殺すぞ。とは言わないけれど、僕は彼を優しく押しのけた。
その間に勇敢な誰かが馬車から降りる。
すると、雄叫びとともに山から野盗が降りてきた。
すごく計画的な襲撃だ。
トラップとか、身を潜めて襲いかかってくる手際とか。
たぶん、ここを根城にする山賊団なんだろう。
ずいぶんと組織立っている。
一応寄合馬車には護衛がついているのだけれど、奇襲のせいなのか、サクッと殺された。
うん、けっこう強い。というか野盗の規模じゃなくない? 百人くらいいるんだけど。
で、散り散りになって逃げる僕、
あんどメルボルン君。
僕は乞食みたいな格好をしているので狙われない。
なんなら仲間に間違われるけど、メルボルン君はちがう。
ザ金持ちみたいな格好をしているせいで、めちゃくちゃ狙われる。
矢も雨あられと飛んでくる。
でも、運が良かったのかなあ。
最後尾だったのもあり、なんとか追っ手をふり切った。
ま、彼は別のものに追いつかれようとしているけれど。
「手酷くやられたね」
ゼヒゼヒと助けを呼ぶメルボルン君だが、死神が寄ってきているようにしか見えない。
背中はハリネズミだった。
うーん、三つくらい払ってあげたんだけど。
ちょっと刺さりすぎじゃない?
さすがコアラだ。弱すぎである。
まあ、可哀そうだし。
彼を木に寄りかからせてあげる。
さながらマザーテレサの気分である。
あの婆さん、サイコパスらしいけど。
「医者かあ。BJぐらいじゃないと無理だと思うけどなあ。……ねえ、聞いてる?」
チョンチョンつついてみたけど、メルボルン君はぴくりともしなかった。
というか、メルボルン君かっこ過去形だった。
うん、知ってた。
だって、胸にぶっとい槍刺さってるし。
それで死なないんだったら、なんか別の生き物だよ。
「あー、でもこれからどうしよう。このまま李徴コースなのかなあ」
王都に行ってもしょうがない。
彼が生きていて何か変わったわけではないし、彼が死んだことに何も思わなかったけれど、人といると若干気がまぎれたのでちょっと鬱だった。
Tレックスやだよう。
獣姦やだよう。
そこで僕は、彼の入学手続きの書類に目をやった。
なんだかんだ夢があったのだろうか。
人の本心はわからないものだ。
いや、それは自分自身すらもかな。
僕って怠惰なはずなんだけどなあ。
側にしゃがみこみ、にちゃりと、とても悪役らしい笑みを浮かべていた。
はい、脱ぎ脱ぎ。
サスティナブルのためにも、資源は有効活用しないと。
ボッチぽかったから知り合いとかもいないでしょ。
身分詐称とか一発で処刑だけど、まあそんときはそんときで。
肉塊から服とか装飾品を剥ぐと、最後に入学書類を奪う。
実にすがすがしい。
生まれ変わったようだなあ。
まあ実際転生しているんだけどね。
その場で一日を明かすと、祝福のようなかがやかしい日の出を背に旅立った。
今日から僕はティガ・ホワイト・メルボルン。
行先は王都の学園。
まだみぬ最高のヒロインを夢見て、僕はいく。
今日ここから、本当の悪役貴族Tレックスがはじまった。
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