第三話 新たな事件と再会
凜人が数ヶ月ぶりに児童養護施設に戻った。未だに養護施設の周辺は騒がしかった。奇跡的に生還した子供たちを取材したいメディアが押しかけてきたのだ。そ同時に、ニュースを見た人間達も押し寄せてきていた。養護施設は新たに章治が施設長になっていた。血縁は無いが前施設長との関係性から、これは当然のことである。
季節は春本番を迎えようとしていた。児童養護施設の周辺も落ち着きを取り戻し、凜人達も全施設長の死を乗り越えつつあった。しかし、あの事件以降彼と凜人には接触の機会はなかった。
彼の期待は的外れだったのか。しかし、彼らは凜人のもとに届いた手紙の存在を知らない。その事実を知るのは意外にもすぐ傍まで迫っていた。
ある日、都内にあるアパートの一室に宛名の書かれていない荷物が届いた。住人の女は、不審がるもその箱を開けた。中には1枚の手紙が同封されていた。
『貴方は神に選ばれし者。腐った世界を終わらせ、新たな世界を始めよう』
この手紙を読んだ女は何かに取り憑かれたように、昼夜問わずどこかへ出掛け、不穏な動きを見せていた。数日後、連絡がとれないことを心配した男が女の家を訪れた。チャイムを鳴らすと女は普通に出てきた。しかし、男は目の前にいる女が自分の知る女ではないと感じ、恐怖の表情を隠しきれていなかった。
「電話しても出ないから、何かあったのかと思って」
男はそう言いながら、女と距離を取ろうとしていた。しかし、女はそれに気づき、強い力で男を部屋の中へと引き込んだ。女は男の抵抗をものともせず押さえ込んだ。
「私は神に選ばれた。貴方も共に行きましょう」
女の強い眼差しに吸い込まれるように、男の意識は一瞬消えた。意識を取り戻した男は一切の抵抗を見せなくなった。主従を見せた男に女は耳元で囁いた。すると男はキッチンに向かい、一本の刃物を握りしめ、女の部屋を跡にした。一方、女は数日前届いたあの荷物を身体に巻き付け、すぐに男の跡を追っていった。
その日、凜人は友人と都内に遊びに来ていた。日本国内での異変は減少傾向になっていたため、この機会にと友人が計画したようだった。最初は乗り気ではなかった凜人も、友人と共に過ごすにつれ、良い時間を過ごせているようだった。
夕方になり、凜人達はファミレスに来ていた。一時間程滞在し、会計を済ませた。店から出ようとした時一人の男が入店してきた。足元が覚束ず、下を向きながら歩く男。その異様な雰囲気に凜人は距離をとろうとした。しかし、友人の1人が男とぶつかった。
「すみませ…」
男に謝ろうとした友人の言葉は途中で止まった。凜人たちが駆け寄ると、友人は苦しそうな表情を浮かべ、脇腹を抑えていた。指の隙間からは血が滲み出ていた。男は気にする様子もなく店内に入り、辺りを見渡していた。
「そいつから離れろ!」
凜人の言葉に店内にいた誰もが男に注目した。男は近くにいた店員に狙いを定めると、その距離を詰めていった。店員はあまりの恐怖で動けないでいる。男は持っていた刃物を振りかざした。その行動に店内はパニックに陥った。しかし、男が店員に向けた刃物は届くことはなかった。それを回避したのはどこからともなく現れたジュアだった。男から刃物を取り上げ、一切の抵抗を許さず拘束した。この時、男は正気を取り戻したのか、辺りを見渡し何が起こったのか理解できていない様子だった。
店内が落ち着きを取り戻し始めた時、あの女が遅れて店に入ってきた。季節に見合わない厚手のコートを身につけていた女は、拘束されている男を見つけると舌打ちした。
「何してるの、健くん。ちゃんとやんなさいよ」
女は拘束されていた男に向かって叫んだ。健と呼ばれた男は恐怖で震え、叫んだ。
「違う、あれは、さおりちゃんじゃない」
ジュアは凜人達と女の間に立ち塞がった。しかし、様子を窺っているのかそれ以上は何もしなかった。ジュアの警戒の眼差しに苛立ったのか女は言った。
「何、あんた。私の邪魔をするつもり?」
ジュアは答えた。
「そんな物身につけてなかったら、そこまで警戒はしないさ」
凜人達には何のことかわからない。しかし、女はニヤリと笑うと、身につけていたコートを脱ぎ捨てた。近くにいた凜人達が見たのは、多くのコードが張り巡らされた爆弾だった。
「それって爆弾?偽物だよな」
凜人の友人が発した言葉は、店内に響き、更なるパニックを起こした。悲鳴が飛び交う中、女は叫んだ。
「煩いわね。怖がる事はないわ。これから神の世界へ行けるんだから有難いと思いなさい」
ジュアの制止も聞かず、女は爆弾のスイッチを押そうとしていた。
「あんた、馬鹿ね」
突然、女の後ろから声がした。突然現れた気配に女は慌てて後ろを振り返った。そこにいたのは、小学生くらいの背丈の女の子。背丈は異なるが間違いなくルナだった。ジュアはこの時を待っていたかのように女に近づき、スイッチを取り上げた。女は必死に取り返そうとするが、無駄な足掻きだった。呆気なくルナ達によって拘束され、事件は終結した。
店内で刃物を振り回した男、加藤 健人と、身体に爆弾を巻き付けていた女、相澤 さおりは警察によって逮捕された。しかし、加藤の方は相澤宅に行ってからの記憶がなく、相澤に至ってはここ数日の記憶がなかった。犯行の動機も、爆弾の入手経路も不明となり、警察はお手上げ状態だった。恐らくこの事件は未解決事件として幕引きが行われるであろう。
幸い、怪我を負ったのは凜人の友人1人のみだったため、大きな被害はなかった。しかし、今回も店内にいた人々の記憶からジュアとルナの存在が消されていた。この矛盾に気づいた凜人はトンネル崩落事件を思い出した。記憶の矛盾とルナの存在。凜人はその事実を忘れることはできなかった。
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