満場一致にて、一日目終了!

 とまあ、こんな感じで僕達の放課後は進んでいくのだった。

「うえぇ、もう終わっちゃうのかぁ。一時間半じゃ短すぎだよー」

「ああ、帰ったらまた案件絡みの台本作んなきゃ…… 現実に引き戻される」

 ぐでーと机に寄りかかり腕を伸ばす梨奈々さんと、ソファーに倒れ込んで顔を覆う優芽。

 もちろん二人だけでなく、残る僕達三人も概ね同じ気持ちだ。

「ルールだしどうしようもないですけど、終わる頃にはしっかり腹が減るっていう、絶妙な時間設定なんすよねぇ」

「本当ですわ。丁度この子達の食事タイムジャスト。くす、今日は週に一度のマタタビもあげなくては」

「どれどれ…… あばばば」

「ああっ、しっくが大変なことに!!」

「マタタビに食いつく人間って」

 とわ様の胸ポケットから、マタタビを掠め取ったしっく先輩が何故か痺れている。しびびび。あれって明神家で栽培しているらしいけど、一体どういう効能なんだろう? 正直、知らない方がいい気もする。

「くす、くす。これがあれば『感情を洗い流せる』のですわ~」

「おおう、最早生物兵器だぜ」

「ちなみにねづひら君達四人にはとっくに感染済み。やがて私の特製マタタビの香りが世界に充満する頃には――」

「その続きは聞きたくないわ……」

 げんなりする優芽。あるいは僕たち全員手遅れなのかもしれない。済まない、我が家族よ。

 僕達の会話が一段落着いた所を見計らい、担当主催者が切り出す。

『皆様、本日もお疲れ様でした。テーマである〈次世代の教育基準の発案〉に寄せられた五つの意見は正式に受領され、ひと月程で学園へ浸透していく予定です』

「自分で言うのもアレだけど、結構めんどくさそうな意見出してるのにひと月しかかからないんだね……」

 梨奈々さんが呆れ交じりに驚くのも無理はない。既に何度も証明されていることではあるが、僕でさえ未だに半信半疑だ。

「これ、ホントに続けて大丈夫? 後で取り返しつかなくなっても責任取れないからね」

「優芽は燃えているか」

「○○の世紀みたいに言うな。あとあたしにこれ以上火を付けないで」

『あすなろふぇにっくす(SJK)氏の疑義に対する答えですが、この〈グループ・ゲーム〉内の結果は第四高校内に限定されているため、今後も問題が発生する可能性は低いかと。ただ、運営の身で所感を申し上げるならば、代表者が全く変更なしというのは極めて珍しいと思います』

「他の学校は毎回違う人でやるんだよね。確かに今考えたら、同じ人ばっかりじゃ考えが偏るし、不真面目な人ばっかりだったら大変なことになりそう」

「そもそも、何であたし達が選ばれたんだっけ」

「最初は教師陣、続いて生徒会と各部活のキャプテン。最後は各クラスの代表を立てたのですがことごとく芳しくない結果に終始。試しに校内で一番名の売れている私達に駄目元でやらせてみたら意外とうまくいった…… という流れでしたわね」

「……ある意味、今の世の中を象徴している」

 しっく先輩の皮肉に、他の三人は気付いただろうか。

「ぶっちゃけ人気投票感はありますよね。校内のアイドルを集めましたっていう。おかげでひどいやっかみに晒されてこっちは大変ですよ」

『ですがねづひら氏、貴方がある意味一番替えが効かない存在なのでは?』

「うんっ。よ、燿平君は頑張ってるよ。『全生徒、全職員の意見を総括する』なんてこと、私には到底できないし……」

 そう。梨奈々さんが言ったことこそが僕、根津燿平がここにいられる最大の理由。


 即ち――ここにいない第四高校の全員。その意見の代弁者たる役割だ。


「結果的には、職員の待遇が今までより遥かに良くなったから何も言ってこなくなったけど……最初の頃はあたしのとこまで文句言ってきたし。思い出したらムカついてきたわ」

「職員のみならず、生徒の中にも内心快く思わない者は多いでしょうね。今や学校の命運は、〈AfterGame〉にかかっているといっても過言ではない時代でしてよ」

「それでも他の学校だと、もめ事の種になるからって禁止にしてる所も多いもんね。でも」

 そう。彼女――長篠梨奈々さんは気付いていないのだ。

 男子内で秘かに実践される『真・彼女にしたい女子ランキング』。その押しも押されぬ王者は、やはり今回も夕暮れの部屋に眩い明かりを灯してくれる。

「何だかんだ学校の雰囲気は明るいし、みんなで話してるこの時間が一番楽しいんだよ。もし、ここで喋る時間が特に意味のないものだとしても、またこの六人で集まりたい!」

 控えめな彼女の、溢れんばかりの笑顔を見て。

 視線を交わし合う僕達。そして誰からともなく笑いが広がった。もちろん、ちゃんと数えられた、担当主催者も含めて。

「な、何でみんな笑うの~……」

 うん。わざわざフォローなんてしなくていいのだ。そのままの空気感が上手く流してくれるくらいには、僕達の時間は温められているのだから。

『……でも、実はこの場が開催されるのは本来、週一の筈。ところが皆様、当たり前のように毎日ここに居座っている。これは一体誰の仕業なのやら』

「ほ、ホントダヨネー。ワタシヨクワカンナイ、あは、あははは」

 ……うん。まあ、実質梨奈々さんの宿題スペースと化していて、会議そっちのけで配信やらストーキングやらエフェクト実験場やらに使っていることなんか、些末なことだよな!


 ◇


『そして余白の時間が始まる、と』

 誰もいなくなった筈のグループゲーム・ルーム。夜も更けた頃、何故かそこに響く声があった。

 そもそも、この機能は最後の一人がログアウトした時点で担当主催者アカウントによる管理者権限に完全移行するため、所定の時刻にならない限りは立ち入ることができない。そのため、明日必要な大事な物を忘れた、などといった取り返しがつかない事態が発生するのを防ぐため、基本的に貴重品は持ち込み禁止となり、ブロックされる。

 つまりは、今現在ここは存在するはずのない場所。

 だというのに、放課後マ王と名付けられた猫(?)は鎮座する。先程までそこは万能ヤンデレお嬢様、明神都和が座っていた場所だ。

 そして、話しかけられた少年は先程までと変わらず、自らの場所に寝転んでいる。

『何も、全ての〈グループ・ゲーム〉機能がシャットアウトするまで監視する必要はないだろうに。秘密主義もそうだが、お前は少し神経質が過ぎる』

「しょうがないでしょ。僕が神経を緩めた分だけ、世の中のバランスが崩壊していくんだから」

『データも統計も当てにならないと豪語する男の発言とは思えんな。やはり気になるのか? 過去のが』

「……言っとくけど、お前だって僕の失敗作の一つだからな。忠実なアシスタントにしたつもりが、外面だけはいい老害みたいになりやがってさ」

『それは失敬。なるべく本人の負担を減らすよう、忠実な思考・感情予測を施されているものでね』

 減らず口を叩く放課後マ王の口調の変化に、突っ込む人間は既にここにはいない。

 少年は無言を区切りの合図とし、何度目かになる豪快な欠伸をした。

 要因となっているのは、全世界で行われる〈グループ・ゲーム〉機能の監視及び軌道修正。


 

 それこそが根津燿平――〈AfterGame〉管理人たる彼の、日常業務だった。



「――しかし、既得権益のスクラムってのはここでも崩れないものなんだな…… いっそ感心するよ。作業的にはエアパッキンを潰すようなもんとはいえ、濡れた団子結び並みに強固で嫌になる」

『未来が少なくなるにつれて、積み上げてきた物と保険の重要性は増すのが自然だ。お前にもいずれわかる時が来るさ、新しきの煩わしさが』

「合理性の問題だよ。古いも新しいも重要じゃない。快楽と便利を保証してくれるモノが残り、発展させていくのが自然だろ?」

『……指先一つで会議の方向性を修正するお前は、言うなれば全世界の意思決定を決済しているに等しい。それが一介の高校生だなどけしからんといえば、このアカウントもスクラムの一角として修正対象になるのかね』

「今更そんなことにリソース裂いてらんないよ。既にあらゆる生態行動をマクロに組み込んじゃってんだから」

 もうちょい長く犬猫に混ざっていたかったなー、と端末を放り投げる根津。そんな主人を見て放課後マ王は考える。繰り返す欠伸や、動作でしかないはずのジェスチャー、目の動き…… そういったものさえ業務のコマンドに組み込まざるを得ない彼の異常過密な統制量は、既に人間の尺度では到底測れない領域ではないかと。


 

 それは正に、神の夕戯アフターゲームだ。



『皮肉なものだ。ヒトが完全なる自由を求めて欲した究極の司令塔。代償として、それを操る本人だけがヒトを逸脱する羽目になった』

 背を向けて寝転がる少年は黙って聞いている。それさえも取り込み中の証なのだろうと察しつつ、最も忠実な反逆者は続ける。

『しかも祭り上げられた偽神デミウルゴスが、一番導入に消極的だったお前というのは流石に同情を禁じ得ないよ。何せあの時、お前は〈グレート・リセット〉推進派の急先鋒――』

「喋りすぎ」

『にゃ、にゃむ~』

 いつも以上に口の回る猫モドキの言語機能を一時的にロック。根津は体を起こし、何の感情も――フラットと呼ぶにすら不足な程浮かんでいない顔を、虚空に向ける。

「中枢機関が梨奈々さん達に影響されたのかね? このままのペースで続けたらどんな性格に変わるのやら」

 軽く流しはしたが、偽の神とは言い得て妙だと根津は思う。〈AfterGame〉とは真逆の、原始的な小規模コミュニティへの回帰で愛と友情の復活などを謳っていた自分。

 美辞麗句を並べるだけ並べる存在は、まさしく自分が最も忌み嫌う聖人、神様気取りだ。

 ただ。

「こんな雁字搦めの状態だからこそ、ここに意味を見出せるんだけどね」

 根津にとって、今やネット上に安寧の場所などどこにもない。自らの権限がまだ及ばぬように『分けてある』現実世界の方が、遥かに居心地がいいくらいだ。

 しかしそれでも『ここ』――四人の趣味嗜好が散りばめられた〈グループゲーム・ルーム〉を選んでしまうのは、

『案外お前が反対派だったのも、美少女に囲まれることが最終目標だったんじゃないのか? だとすれば、彼女たちには感謝しなければな、管理人』

 うっせ、と返す根津。確かにその時の彼は、年相応の少年だった。

 その後しばらく、修正という名の裁きを続けたのち。

 僕は最後のラインを確認すべく、再び繰り返す。



「少なくとも四人には埋め込まない。いや、そんなことすれば気付かれちゃうかも、ね」


 

 今も裏垢探しや裏垢による監視、エゴサと配信をしているであろう彼女たちに向けて。

 いずれここからも沈んでしまうであろう自分を見つけ出してくれることを、僕は願った。




















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第四高校×放課後=夕戯 ししおういちか @shishioichica

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