ゆめっちのターン!

「さ、今日も攻めていくわよ!」

 赤いフレームの眼鏡をかけた優芽は張り切っていた。キランというエフェクトと共に立ち上がり、ホワイトボードの前に歩いていく。

 ばん! と左手をホワイトボードに叩きつけると、そこに浮かび上がった文字は……

「なになに、『もっとライトノベルを読め!』? 」

「ゲーム以外の話…… だと」

「毎回それじゃツマンナイじゃない。あたしはストック豊富な女だから」

 僕、梨奈々さん、しっく先輩の三人は意表を突かれたといった表情。確かにこのクラスメイト、紛いなりにも配信者だけにそれなりの会話力を備えているのは事実だ。

「で、優芽。攻めていくってのは?」

「You、よく聞いてくれたねぃ」

 何だそのキャラは。一瞬だけグラサンに変わったのもよう分からんし。

 そうして傾聴モードの僕達四人に向かってぶっ込まれたのは、



「正直、最近のラノベって駄目だと思うの」



「まあまあ、挑戦的! 私好みですわ~」

「……ねえとわ様。さっきの下りを見た後だと、それだけで不吉に感じるよ」

「何か老害っぽいなぁ……」

 攻撃的なテーマに目を輝かせる都和先輩はさておき、僕も若干引いている梨奈々さん寄りの意見だった。というか、刊行する側に喧嘩売るような真似すると俺らが世に出られな――おっとこれ以上はやめとこう。

「配信だと炎上するからって、ここで言うとは考えたな」

「う、うっさい。別にビビッてなんかないし」

「マスターオブ謝罪クイーン」

 目を逸らす優芽。この女はこれからも懲りずに燃え盛るのだろうな、と僕はしっく先輩が言った異名に感心する。

 僕達のイジり攻勢に対しとにかく、と優芽は仕切り直す。

「皆、これ見て思ったこと聞かせて」

 そう言ってテーブル中央に出現させたホログラム。そこに表示されていたのは、

「これ、最近出たラノベだらけだね。扉絵みたいなのはアニメ化したやつかな」

「出版社別に並んでるな。こう見ると結構な数の新刊がひと月に出てるのか」

「よむ」

 しっく先輩は目の前に、気に入ったと思しき一冊を表示。物凄いスピードでスクロールし始めた。続いて二冊、三冊目……

 数十秒の後、画面を閉じて感想をボソリ。

「……テンプレ多すぎ」

「もう読み終わったんですか? 相変わらずとんでもない速読ですね」

「これくらいの速さでないと論文なんて読んでられない。ねづひらにも経験させてあげたい」

 しっく先輩が持ち前の速読スキルで読んだ数冊は、最近よく見かける異世界転移・転生モノと剣と魔法の学園を舞台とした物語。

 それにならって僕達も思い思いの作品を読んでみる。

「うーん。青春ラブコメも面白そうなんだけど…… 私はもっとピュアで感動するやつがいいなあ」

「んじゃ、りななん先輩はこっち現代ドラマ読んで。それと女性向けの恋愛系」

「こ、これは…… 意外と性描写が過激なものもございますのね。同人作品程ではないにしろ、挿絵も中々」

「とわ様は投稿サイト行った方がいいかも。……そうそう、ノクターンノベルズってとこタップして。燿平は?」

「王道ファンタジー。探してみれば相当多様化してるな。ラノベの枠にハマらないものも結構あるっぽいし」

 僕もラノベは読む方なのだが、最近は電子書籍の発展もあって本屋で探すことも少なくなった。検索だと好みに合うと思われたものばかり表示されてしまうので、たまには本屋に直接足を運ぶのもいいか、と思えてくる。

 しかし、優芽の言いたいことはそこではないようだ。指し棒でつんつん刺してくる。

「小さい小さい。浅いのよ少年」

「痛っ。チクチクは言葉だけにしとけよ……」

「悪いけどガンガンぶっ指していくわ。あたしはね、ライトノベルは初心に帰るべきだと思うワケ」

「教育というより業界ディスになってませんこと?」

「これが後にも繋がってくんの。とわ様は新人作家の募集欄とかも見てたでしょ。だったら」

「ええ。確かに『小さい』というのはわからないでもありませんわ。『十代向け』という風に自らターゲットを限定してしまっている点は気になりますしね」

「もっといろんな年齢の人に読まれるべきだってこと? とわ様」

「ええ。現実的な話をするのであれば、私たちのような年齢層は減っていく一方ですので。この『AfterGame』でさえ、子供だけでは到底成り立ちませんもの」

 流石というべきか、都和先輩はもう少し上の視座からこのテーマを考えているようだ。「そうそう、若い人全員に読ませるぐらいの気概じゃないと!」と優芽も同意している。何か物理的な熱気まで伝わってきたぞ。

「ですがゆめちゃん、初心というのは?」

「よく聞いてくれたわね! ここが一番大事なの。初心ってのはね…… そもそもにおいて、ライトノベルはカウンターカルチャーだってこと」

 ここテストに出るわよー、と何故か教師風の優芽。しっく先輩、真剣にメモまで取らなくても。

 僕も口を挟む。何だか大きな話になってきたな。

「カウンター? サブカルでオタク向けだってのはわかるけどさ」

「それは結果的にそうなってるだけ。元々は既存の小難しい文学に対する、若い作家の反抗から始まってるとあたしは信じてるわ」

「すごい、なんかロックな感じ!」

「成程、その芽を育てるためにも、ということですわね」

「そう! だから絶対学校教育の内から読ませるべき。何なら自分で新しいものを考えさせることが将来に繋がるんじゃないかしら? 子供の持つ創造力の育成は、さっきしっく先輩も感じていた、既存のジャンルが陥っているマンネリ感を打破するカギになるの」

 おおー決まったー、っとパチパチ拍手を送るしっく先輩と梨奈々さん。優芽は今日一番のドヤ顔だ。僕が大歓声のエフェクトを起動してやると、鼻まで伸びてきた。

 すると梨奈々さんが何かに気付いたらしい。頭上に電球が光る。

「でもさゆめっち。今思い出したんだけど」

「何かしら? りななん先輩」

「ライトノベルって、普通に図書室に置いてあるよ?」

「……あ」

 その指摘にややトーンダウンする優芽。完全に忘れていたらしい。こいつ図書室とか行かなさそうだもんなあ……

 皆言いづらそうに苦笑しているので、ここは俺が汚れ役を買って出るとしよう。

「えーと、じゃあこの話の結論は図書室行けばよくね? ということで――」

「ちょ、ちょっと待ちなさーい!!」

 ずざざざ、と滑ってくる優芽の眼鏡はずり落ちている。面白れー女。

「何だよ優芽。そんなに僕と一緒に帰りたいのか」

「ねづひら、察し悪い」

「そうですよね…… すまん、気持ちに気付けなくて」

「そんな気持ちは一ミリもないし、さらっと終わらそうとすんな!」

「しかもどさくさに紛れて、自分のターンすっ飛ばそうとしたよね……」

 梨奈々さんの指摘に心中で舌打ちを漏らす。それだけではない、いつの間にか足元には大量の仔猫たち。バッと慌てて都和先輩に視線を向けると、「逃がすとお思い?」と言わんばかりの薄く裂けた笑み。一瞬で汗が噴き出る。

「ヤンデレからは逃げられない」

 しっく先輩が至言を残す。小刻みに震える様子を見るに、彼女も何かしらのトラウマを植え付けられているようだ。……う、頭が!?

「くす、くすくす」

 一方、何かを想起させられそうな僕達を放って、テーマを維持する梨奈々さんと優芽。

「うーん、そうなると読書の授業をもっと増やすとかになるのかなあ」

「何か自習っぽいわねそれ。皆真面目に読むとは思えないし。ぶっちゃけあたし、実は読書って苦手なのよ」

「えぇ…… よくそれでこのテーマにしようと思ったね」

「りななん先輩、どうしたら圧倒的動画派のあたしが、本好きになれると思う?」

「何かもうゆめっち自身の教育になっちゃってるけど、まあいいや。……うーん、やっぱり時間がないと本って読めないし、暇な時間を増やすことじゃない?」

「わ、珍しく的確。そうね、その通りね」

「そういうことで、明日からゲーム機は学校に持ってこないこと! 後、配信も一日一回にしちゃおう」

「!?……!?」

 犬猫と大いにじゃれていた僕が席に戻ってくると、何やら優芽が口をパクパクさせていた。「何があったん」としっく先輩が梨奈々さんに流れを聞き出している。

「それで、アイデンティティ全否定と」

 結論付けたのは都和先輩。僕は聞かずとも何となく察した。

「学校でも隠れて配信しようとしますからね。ここに入るのが制限付きなのも、実質こいつのせいみたいなもんです」

「一日五回行動えらい」

「打ち合わせや配信準備も考えると、一体いつ寝ていますのという感じですわ」

 翌檜優芽の本質は、ストリーマーやゲーマーという以上に重度のネット中毒者だ。                

 毎日のように開催しているこの〈AfterGame〉でも、室内環境を整えたのは殆ど彼女だった。それぞれが方向性の違うインフルエンサーである四人の中でも、インターネット文化、サブカルチャーにおいて優芽の右に出る者はいない。

 そして隙あらばネットやゲームの世界に逃避しようとする本人はというと、

「……ごめん。やっぱテーマ変えていいかしら」

『駄目に決まってます。明日にして下さい』

 日和った瞬間担当主催者に突っぱねられていた。

 何かもうしんどそうなので仕方ない、どうする? という視線を梨奈々さんが送ってきているし、僕が出るとするか。

「まあ僕も創造力を養うこと、既存の文学や教科書の内容まで疑ってみるってのは大事だと思う。今の環境じゃ口には出しづらそうだけどさ」

「!」

「読書、という観点は王道ではあるけど悪くない。現代に生きるボク達は焦って情報を収集しようとする余り、不要な情報を切り捨てる力が追い付いていないから…… しかし、本はそういった力を教えてくれるものもある。一見、無駄にも思える長い時間を使わなければいけないアナログなものではあるけど、時間を切り詰めて行動しているゆめっちがこの提案をしたこと自体、大きな進歩だと思う」

「しっく先輩……」

「昨今のラノベ議論はまたの機会にとっておくとして…… ネット生活にどっぷり浸かっている私たちとて他人事ではありませんもの。ゆめちゃんの提案、とてもためになりましたわ」

「で、ですよね。ですよね!」

「さっきは冗談ぽく言ったけど、体壊すからあんまり画面ばっかり見てちゃ駄目ってのは本気だからね。まあそれはいいや。私でも読めそうなラノベあったら今度教えてね!」

 気遣いつつも、ウインクと共に完璧なフォローを入れる梨奈々さん。僕が出るまでもなかったかもしれないな。

 そうして、珍しく理想的な流れで〈満場一致オールクリア〉を担当主催者が宣言しようとした瞬間。



「……ってことはさ。配信一回にすれば、グループゲームを四回できるってこと!?」

『「「「「一人でやれ」」」」』


 

 最後に余計な一言を付け加えやがった。













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