とわ様のターン!


「ついに来た」



 場は、これまでにない緊迫感に満ちていた。

「うん、緊張してきた……ね」

 珍しくゲームの手を止めた優芽の、緊張感の滲む声音。わしわしと手汗を拭きながら梨奈々さんは頷く。

 そして俺にしても、おおよそ二人と同じ気持ちを抱いていた。何せ、

「このターンに限っては、普通の会議とは一線を画すからなあ」

 今はお花を摘みに席を外している三人目のお方、明神都和みょうじんとわさん。

 唯一の最上級生にして、我らが女王。こんな言い方をすると、彼女がとてもサディスティックな性癖でもお持ちなように感じるが、断じて違うとここで否定しておきたい。

 むしろ、そんなに生温ければどれほど良かっただろうか。そんなことを考えていると、ふと対角線上の席に座るしっく先輩が目に入る。

「って、また随分引き締まった装いですね。しっく先輩」

 その服装は先程の黒いジャケットから一転、ネイビーブルーの色調をしたストライプ柄のスーツに変化している。彼女が手掛けるアパレルブランド製なのだろうが、上着だけが男性仕様というのは如何にもこだわりを感じさせる。腰に手を当てた彼女は、

「とりあえずちゃんとした」

「朝昼夜で着替えてるんでしたっけ? すごいこだわりですよね」

「試着エンジョイ中」

「アバターでないとこがしっくらしいね。私なんてとっくにめんどくさくなっちゃって、もうずっと着の身着のままだよ~」

「……そんな感じで、デートに来ていく私服に気合入れるのも最初の内だけ、と」

「優芽、偏見ダダ漏れだぞ」

「ちっち。甘いねゆめっち。私程になるといちいち男の前で可愛い子ぶったりしないんだよ。イイ女はね、中身で勝負するの」

「ほーん、で、りななん先輩はいつ男の前で勝負するんですかあ?」

「うっ」

「スタート地点に立てる人が限られてるって残酷よね……」

「あ、憐れむような目で見るなあ! 引きこもり予備軍の配信者よりは自分磨きしてるもん!!」

「ふふん、あたしは毎週のようにコラボ配信があるし、男とは話し慣れてるもんね」

「ぐぬぬ……」

 僕達以外だと、通話アプリを通さなきゃ同性相手でさえ幽霊と化す癖に。

 そうこうして、異種内弁慶バトルを僕としっく先輩が眺めていると、ついに今回の主人公が帰ってくる。

「お待たせいたしましたわ」

「おかー。――え」

 やや懐かしきフレーズと共に出迎えたしっく先輩は、そこでフリーズした。

「と、とわ様…… どしたのその、羽」

 それもそのはず。部屋に再ログインしてきた都和先輩の姿は、


「くす。たった今用意させたユニーク・アバターでしてよ。――まあそれはさておき。始めるとしましょう? 私が提示するテーマは…… そうですわね、感情操s――こほん。『感情の教育』でお願いしますわ」


 厳かに宣言された内容に、僕達は大いに慄いた。


 ◇


 端的に言うと、スーパードエロサキュバス。当然僕は奮い立つ。

「凄い、上も下も昂ってくる! これが感情教育ということですね、都和先輩」

「くす。正直でよろしくてよ、ねづひら君」

 デリケートな場所が見えそうで見えない絶妙なデザイン。出るところは出て、締まるところは締まったグラマラスお嬢様が、駄目押しとばかりに屈み込み、胸チラまでしてくる。僕の人間性というか、理性はとんでもない勢いで吹っ飛ぶ。

「ハッハッ」

「まあまあ、お手ができて偉いですわ~。ここにいる三匹のワンちゃんは先輩でしてよ。粗相のないように」

「くぅん」

 命令もされてないというのに、僕の身体は勝手に『待て』のポーズを取る。これから僕は、三匹+αの先輩達に躾けられるのだろう。それを自覚した瞬間、何故だか幸福感さえ覚える。

 きっしょ、という配信者の罵倒ボイスが聞こえた気がしたが、構うものか。

「洗脳される…… がくぶる」

「人聞きが悪いですわしっくちゃん。ほんの余興ですのに」

「余興で一人駒にするなんて、私達は一体どうなっちゃうの……?」

「心配しなくても、お三方が想像なさっていることではないかと」

「そうなの? 良かった…… 密室に束縛の上一生飼育とかじゃないんだ。ほっ」

 あ、クラスメイトの男ができあがっちゃってるから、ここからはあたし、翌檜優芽あすなろゆめがお届けするわね。全く、フェスの時間が近いからそろそろログインしときたいのに。一度回線落ちしたら、ここだと再接続きついし。

 とはいえ、あたしは危惧が外れたと思い胸を撫で下ろす。

 だが、そんな認識は大甘の極みだったみたい。続くとわ様の台詞がそれを裏付ける。

「ゆめちゃん、貴方は昨日、視聴者リクエストの多かった逆凸配信をしていましたわね」

「え?あ、うん。丁度一周年記念ってことで」

 急にあたしの配信活動について切り出してくる。得体の知れない不安がぶり返してきたが、恐る恐る尋ねてみる。

「それが何か? き、気になることでもおありで?」

 強がりに失敗するあたし。「ええ」と答えるとわ様の微笑が怖い。

「匿名の簡易レターに要望が多いのと、以前からコメントで多かったと。……いえいえ、余りにも想像通りに動かれましたものですから」

「どゆこと…… まさか」

「ええ、そのまさかですわ」

 おそらくりななん先輩が気づいたことに、あたしも思い当たる。要望…… そしてSNS。それって!?

 答えを示す様に、ドエロサキュバス、もといとわ様が言い放つ!



「私が持つ『一日限り』の数十に及ぶアカウント。それらによって行うアナリティクス操作に、第四高校の生徒は大なり小なり影響を受けているんですのよ!」



「「「な、何だってー!!」」」


 

 そう。彼女は今や世界最大手の一つともいえるIT企業〈Towarトワ〉代表取締役にして、巨大財閥〈明神財団みょうじんざいだん〉の跡取りたる正真正銘のお嬢様なのだ。裏で何をやっていてもおかしくないとは思っていたが、目の前で言われるとやっぱり盛大にのけぞってしまう。しっく先輩に至ってはソファから転がり落ちていた。

〈AfterGame〉の運営にも深く関わるお方のご高説は続く。

「究極の大衆操作ツールと過去の偉人は仰ったそうですが、ここまでちょろいとは思わず。ちょろちょろのちょろですわ」

「じゃ…… じゃあ私が今日ここに来る前に買った、〈JKのためのショート完全攻略本〉と〇〇年代恋愛ケータイ小説集は」

「最近ほら、こんなアカウントをフォローしましたでしょう? それ以前に、私が持つ裏の裏の裏垢までフォローしてしまっているななちゃんは、一番私の影響下にあるといっても過言ではないかと」

「このスーツの濃淡。悩んでたら急に色の検索ツールを広告で知った…… はっ」

「気付いたようですわねしっくちゃん。何なら貴女のお店が出しているプロモーション、アップデートと共に先頭表示されるようにしてありますので、感謝なさい」

「にゃ…… にゃ……」

「ちょ、しっく先輩! 目を覚ましてー!!」

 何てことだろう。あたし達はやはり、とわ様の持つ絶大な影響力から目を逸らしていたのかもしれない。

 こうなったらとわ様のフォロー解除して、少しでも影響下から逃れないと――!

「ゆ め ち ゃ ん ?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 端末を取り出した意図さえ見抜いていたのか、とわ様の顔が間近に迫ってくる。ガン開きの目が怖い。

「まさかとは思うのですが、フォロー解除した挙句関連の話題全てに『興味がない』とか押そうなどとしておりませんわよね? ね?」

「そ、そそそそんなことある訳ないじゃん! よーし、昨日の配信のアーカイブでも〈Towar〉関連製品の広告多めに入れちゃうぞー」

「くす。いい子ですわ。――あっ。都和が『まさかとは』。ぷっw」

「いや、このタイミングでぶっこまれても全く笑えないです」

「あらあらななちゃん。ではどういったものが面白いと?」

「少なくとも、金と知力と武力と圧力で情報を操作する以外の方法で作られたものかな」

「何のことを言っているのかさっぱりですが、ではこうしましょう」

 そう言うと、とわ様がパチンと指を鳴らす。ペット達(+男一人)が崇拝するように肉球と両手を上げる。

 


 するとそれが合図となり――部屋が『変質』し始めた。

 


 慌てたのは担当主催者だ。

『な!? こ、こんな機能が実装されたなんて聞いていませ――ガガ、ピー……』

 そんなメッセージも徐々にノイズ混じりになり、最後はその姿ごとブツリと途切れる。

 管理人がいなくなった〈AfterGame〉における〈グループ・ゲーム〉機能。それが何を意味するか? この時のあたしはまだ気づいていなかった。


 ◇


「そもそも、人を愛すとは何か? 自由な格好をしたいという起原はどういうことなのか」

 いつの間にかとわ様は元の制服姿に戻っている。何故か全身のあちこちに血痕がついてはいたが、あたし達は理由など知りたくもなかった。

 というかあの合図を区切りに、部屋中が拷問器具と血痕に塗れた凄惨な有様になってしまっている。こういった暴力表現の伴うカスタムは〈AfterGame〉では規制されていたはずだが、とわ様だから関係ないのだろう。たぶん。

「それはやはり本能、感情に起因していると思いませんこと? であれば、学業にしろ運動にしろ、ここを改善することで大幅に変化が起こる」

 なんか、さっきから頭がぼーっとする。だというのにその言葉は恐ろしく甘美に、とっても甘い果実のように頭に入り込んできた。

「しっくちゃん…… はもう可愛い可愛いペットの仲間入りしておりますわね。ではななちゃんにお聞きしましょう」

「ふぁい。何なりと」

「くす。呂律が怪しいななちゃんも愛おしい…… 貴方は恋愛に興味津々。もっと言えばリアルでもモテまくりたい。そうですわね?」

「ふぁい。しょの通りでしゅ」

「であれば、男性の視界に入るのがご自身のみになればいいのですわ。なあに、話題の中心が貴方であるように、そこ『だけ』に皆が吸い寄せられるように致しましょう。そうなれば、他のライバルは粛清されたも同然。ななちゃんは学園のアイドルとなるのですわ……」

 また一人、堕ちてゆく。

「さて、残るはゆめちゃん」

 心に残る最後の欠片が、かけられようとしている拘束具から逃げるように警告してくる。ナニコレ? うるさい、あたしはとわ様の言葉を聞きたいの。

「? どうかしまして?」

 焦らしてくるとわ様。あたしは我慢できずおねだりする。

「はやく、はやく話してとわ様。声が聞きたい。それ以外考えられない」

「くす。せっかちさんですわね。まず――」


 

 ここが理想の楽園だ。

 三年生の先輩によって植え付けられた至上の感情によって、あたしたち四人は本気でそう確信するに至った。

 ああ、生きるとはなんて幸せなの? また今日もとわ様のお声を聞けるだなんて!


















「あらあら、オチをつけるお方がおりませんわ。……ああ、ねづひら君もゆめちゃんも『友人』にしてしまったのでしたわね。何がいいのですかしら…… ええ、こうしましょう。毎日、氾濫する情報がもたらす感情のみを享受しているのではなく、内から湧き出る衝動に身を委ねることも大事ですわよ。いつまでも画面を眺めているだけでは、自己判断だと思っていてもいつの間にか誰かに操られている……なんてことも既に起こりつつあるのですから。さて、能動的な感情発出方法を教育へ導入。満場一致オールクリアと…… くす」












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