しっくのターン!

 満場一致オールクリアによって、間もなく梨奈々さんの方針が現実へと反映されることになるだろう。いきなり世界同時施行とは言わず、僕達の学び舎である市立第四高校だけに範囲は限定されているのでご安心を。

 かくして、一人目のターンが無事終了。次の方どうぞ、というアナウンスが担当主催者から告げられたのだが、

 当の本人はまるでやる気がない。

「スヤァ」

「この世で一番気持ちよさそうな寝顔ときてますからね」

 銀髪不思議系無口ロック少女という闇鍋のような組み合わせのしっく先輩こと島田ぴんくさんは、都和先輩のお膝元で幸福の寝息を立てている。規則的に上下する華奢な身体を揺するという損な役回りを、果たして誰がすべきか?というのが議題に変わりつつあった。

「見てたらあたしまで眠くなってきた…… ふわぁ」

「ワンちゃんとニャンちゃんが場所取られて不満そう。ほーらりにゃにゃんが可愛がってあけるからおいでー、こわくないよー」

「都和先輩、ひょっとして今日は」

「ええ。珍しく朝からちゃんといましたわ」

 そう。夢の世界を旅行中のしっく先輩は、言動からもわかる通り恐ろしくマイペースだ。学校どころか、この〈AfterGame〉に入ってくる時間帯も全く読めない。そのため、彼女不在のまま進行した会議も多い。

 そんな我儘な振る舞いを許されているのも、

「学校からすれば、高校生で世界最高権威の学術誌に論文が載るような子を持て余している、というところですかしら。本来、こんな場所にいる方ではありませんから」

 そう、島田ぴんく。彼女はギフテッドというやつであり、要は天才だ。

 世界中の研究機関から引く手数多である筈のしっく先輩がごく普通の市立高校に留まっている理由。それは確か――

「ぴく」

「あ、起きた」

「誰かが噂している気配」

 シャキンと立つアホ毛はセンサーか何かなのだろうか。「へーっくしょん」というわざとらしいクシャミと共に覚醒したしっく先輩だったが、

「とわ様。今日からここを専用枕とする」

「それは困りますわお客様」

 尚も居座ろうとし、脇腹を都和先輩にくすぐられてじゃれつき始めた。

「そろそろ主催者さん噴火しそうですよ」

「ほらしっく、出番だよ。席に戻って」

「! 出番」

 キリリ、という文字と輝きのエフェクトが飛び出すと同時、しっく先輩は自分の座席に颯爽とと戻……らず、テーブルの上にシュタッと飛び乗る。寝起きとは思えない軽快さに、思わず僕は「おおっ」と感嘆してしまった。

「わ!? ちょっとー、揺らさないでよね」

 タブレットをテーブルに置き、音ゲーをプレイしていたと思しき優芽が抗議。

 だがそのショートボブで輪郭を覆った小さな顔に、指先から出たホログラムが突きつけられる。

 そこに映し出されていたものは、


『Kaiser:Rock†s POP-UP SHOP OPEN!!』


 という、自前ブランドの服でフォトセッション中の、しっく先輩自身の姿だった。


 ◇


「要約すると、しっく先輩の提案はもっとファッションを自由にすべきだと」

 彼女は気が向いた時しか喋らないのだが、翻訳を始めて数か月の僕には自信があったのでそう決定づける。「ぐ」とサムズアップを返されたので、多分間違ってない。

「すごいね、お店がオープンするんだ! 憧れるなあこういうの。私のアカでも宣伝しとくね」

「あたしは後で…… く、毎回同じとこでGood……」

「ねづひら君、ご覧になって」

「ん、何です都和先ぱ…… うお、かなり大胆。モデルやったんですね」

「感想を聞いて差し上げますわ。そうですね、二十個程で妥協しましょう」

「そんなプロのレビューみたいなこと求められても。先輩らしい着こなしで似合っていると思いますよ」

「あらあら、うふふ」

 都和先輩が誇る抜群のプロポーションにぴったりと張り付いた、派手なイエローのライダース。かなり着る人を選びそうではあるが、流石はしっく先輩というか「アリかも」と思わせるセンスかつ、とにかく写真映えしている。

 まあそれはともかく、何で感想を言っただけで怖い思いをしなければいけないのだろう。世の中は不条理だ。

 とまあ、こんな感じで迫真の討論は三十分と続かない。毎回のことながら、二人目にして早くもただの雑談タイムと化してしまっていた。

「ってか、やっぱイマイチ真剣な会議感出ませんねえ」と嘆く僕。同じことを優芽も考えていたらしく、

「毎日開催してるけど、テーマなんてある方が稀じゃん。集中力続かないし、こんなんテキトーでいいっての」

『私の前でそれを言うとは良い度胸ですね、あすなろふぇにっくす。とはいえ、運営としても毎回真剣に討論せよとは言いません。皆様はまだ学生なのですから』

「逆に言うと大人は毎回真剣ってことか」

「政治もここでやるって凄いよね。どっちが本物の世界かわかんなくなりそう」

 梨奈々さんの言う通り、最近ではとうとう政治家のお偉いさんまで〈グループ・ゲーム〉機能を使ってあれやこれやを決めているらしい。最初の頃は反対意見も根強かったようだが、今やここを利用しない人を探す方が難しいくらいなのだ。

 そんなとんでもない場所でも、僕以外の四人は比較的有名人だったりする。

「本物の世界といえば、梨奈々さんのフォロワー数もヤバいですよね。もうじき五十万人に届きそうじゃないですか」

「ゆめっちやしっくに比べたら全然だけどね。とわ様なんて運営側の一角なんだし」

 そう。ネタっぽい呟きばっか伸びやがってぇ、と愚痴る梨奈々さんを含め、ここにいるのは一応、ある種のインフルエンサーといって差し支えない影響力があるお方達。凡人たる僕は肩身が狭いことこの上ないが、もう慣れてしまった。

「そう、それですよ長篠くん」

「な、何よいきなり? 島田、さん?」

 急な他人行儀な呼び方に、当惑する梨奈々さん。

 この人はいつも前触れなく、本質を滔々と語り出す。



「数値化にこだわっても自己肯定感の上り幅は小さい。脱却するためには、自由な表現が不可欠」



「運営さん、まさかここライブモードとかにしてないわよね」

『……もちろんです。彼女の注目度を考えればそんなことは絶対にできません』

 こそこそと話す優芽と担当主催者を尻目に、デザイナー兼モデル兼ギフテッドの主張は続く。

「場所も時間もどうでもいい。場合によってはルールも。法律、社会規範…… 不可欠ではあるけど、これからは組織より個が歴史を作っていく。この会議がまさにそう。

 絶対不可欠な必需品は残るけど、徐々に無償で得られるように変わっていく。となれば、価値が付加されるのは『面白い』『楽しい』『興味がある』といった娯楽欲求に偏っていくことは自明の理。人手が必要ない、面倒だと思う処理が文明の発展により減っていけば、もはや企業や自治体と言った利益団体、コミュニティは不要になる。拡大していけばつまり、個が世界そのものになれる。

 社会的な見地からすれば教育機関の存在意義は、意識、環境の違いで個々がまだ分断されている以上は大きいかもしれない。それでも、小さなルールや圧力を幼い頃から植え付け、未来に適応する素地を潰すのは危険すぎる」

 だから今のままではデメリットが目立たなくても、いつか必ずツケが回ってくる、としっく先輩は付け加え、



「だから『好き』を遠慮しちゃだめ。服も、髪型も、趣味嗜好も。みんなで目立とう。おー」


 

 別人のように一気にまくし立てた後、拳を突き上げるしっく先輩。つられるようにおー、と合わせる僕達。

 全員しばらく呆然としていたが、都和先輩がようやく口を開く。

「教育を考える、というよりはもっと規模の大きい話でしたけれど…… よく聞いてみれば、個性全開のしっくちゃんらしい意見でしたわね」

「こんなに喋ったの初めて見たかも。でも、いいんじゃない? あたしは賛成」

「さっすがしっく、私が普段考えてること全部言ってくれたね! ……ところで今喋ってた台詞、後でもう一回教えてよ。SNSで引用したいの。友達が言ってたという体で」

 何やら一人姑息なバズを狙う輩がいた気がするが、ほぼ肯定的な意見で占められたようだ。

 ――そう、一人を除いては。

 黙っている僕に気付いた梨奈々さんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「燿平君大丈夫? 具合悪かったら抜けてもいいんだよ」

 その声音は本当にこちらを気遣ってくれていることが窺えた。そこまで深刻な顔をしていただろうか、僕。

 柄でもないが、僕もしっかり主張するとしよう。

「ああ、いえ、大丈夫ですよ。――あの、しっく先輩」

「きょしゅ」

「はい」

「何だね、ねづひら君」

 素直に従い手を上げた僕に、教師然としたしっく先輩が促してくる。

 真っ直ぐにその眼を見ると、期待、あるいは試すような色が浮かんでいた。



「では、個性がない僕のような人間は居場所を失っていくということで?」


 

 場が静まり返った。初めて生まれる対立の空気。

 だが、初めてここにいる意義が生まれた瞬間ともいえるかもしれない。

「……無くなりはしない。だが限りなく希薄に、虚無感を抱えることになるとは思う。消費し続けるだけの存在は、本人も社会にとって代替が効くものでしかないから」

「でも、生産者にとってはいなければいけない。言うなればモルモットみたいなもんですよね。だったら、嫌なルールでも凡人を保証してくれる今の方が、結果的に救われる人が多いんじゃないですか? 誰も彼もがしっく先輩みたいに優秀な訳ないでしすし」

「ちょ、ちょっと燿平君」

 ヒートアップしていく僕達を見て、口を挟みかけた梨奈々さん。しかし優芽がそれを制す。都和先輩は静観の構えだ。

「ただ漠然と過ごすことを許容する、レールからはみ出ない者を育てる教育をし続けるのは確かにデメリットが生まれそうです。というかもう弊害はあるんでしょうね。でも僕からすると、それは上に立てる人の論理に思えてならないんです」

「――大丈夫」

 流石に生意気過ぎただろうか。あるいはそう思うことすらしっく先輩にとっては煩わしいものなのかもしれない。

 最後にポツリと、しかし確かな意志を感じさせる声で自分のターンを締めくくった。



「いつかねづひらも、隠さなくて良くなる。ボクがそう仕向けてみせる」






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