りななんのターン!
「やっぱり学校教育の段階で、異性交遊の時間は取り入れるべきだと思います!!」
円卓のようにテーブルをぐるりと囲むソファー。現在トーク中の梨奈々さんが頂点に座り、時計回りに僕、優芽、都和先輩、しっく先輩と続く。そのまま時計回りに席を移動し、トーク主が頂点に座るという形だ。大抵途中で滅茶苦茶になるけど。
早速自分のターンが始まり『真の恋愛方法』と手書きした極薄タブレットを掲げ、高らかに提案する梨奈々さん。「おー」と感情の籠らない声で、しっく先輩が拍手する。ぱん、ぱん。
しっく先輩、それはどちらかってーと
わかりきった展開だとばかりに、今度は犬の相手をする都和先輩が反応した。
「ななちゃん、それは相手がいない方しか考えていないことですわ。誠に残念ながら、学校任せにしてしまっている時点でもう……」
「う」
「散々恋愛ドラマや映画見漁ってる癖に、そこから何の成果も得られないんじゃねえ」
「うぅっ」
「どちらかっていうと、ラノベとかの発想ですね。モテない男寄りの」
「う、うるさーい!」
僕達の容赦ない追及に、梨奈々さんの背後がどっかーん、と派手に爆発。〈AfterGame〉特有の会話エフェクトを発動させたようだ。デフォルトでついてるやつ。この女、無課金のようだな。実に健全で宜しい。
よしよし、と憐れむように頭を撫でるしっく先輩を振り払いつつ、梨奈々さんは反論する。
「これは教育の話でしょ!? 私のことはいいのっ。……そりゃまあ、相手ができるなら嬉しいけど…… とにかく! 言いたいのはもっとスケールの大きな視点を持たないとってこと」
「大きな視点?」
僕が尋ねると、「そう、ビッグウェーブよ」と全然意味の違う単語を持ち出し、
「ほら、この〈AfterGame〉もそうだけどさ。最近は一人でも楽しめるものが多すぎて、生身の人との触れ合いが足りないってよく言われるじゃない。だから、えーと…… 一石二鳥じゃなくて石の上にも三年でもない、あれよ」
「いちごいちえ」
「それ!! 私達の会議だって無限じゃないんだし。ましてや学生時代の恋愛なんて、二度と経験できない瞬間を無駄にするのはあり得ないと思う! こんな大事なものが授業より優勢順位下なんて、みんなはそれでいいの!?」
「うわ、いつになく気合入ってる……」
「まあ、言わんとしていることはわからないでもありませんわね。最近のテクノロジーが生み出す様々なコンテンツを以ってすれば、異性どころか友人さえ余りにも簡単に代替できるんですもの」
確かに都和先輩の言う通りだと僕も頷く。正直、単純に性欲を満たすだけならば最早生身の人間でない方がいいのではないかと思える程、性産業は充実してしまっている。おまけにバーチャル技術の発展によって会話相手に困ることもなくなった。僕自身、相当恩恵を受けてきた者の一人だ。
爆発エフェクトで遊ぶのに夢中なしっく先輩は置いといて、意外な人物が発言する。ずっとゲーム機に視線を落としていた優芽だ。
「優先順位ってとこなら、ちょっと同意できるかも」
「! でしょでしょ!? 流石、話が分かるねゆめっち」
梨奈々さんの目が輝いたかと思えば、何か小さいハートまで飛んできた。「ふっ」と優芽が息を吹きかけるとそれは掻き消え、残ったハートを僕が掴もうと試みる……が、何故かどう足掻いてもこっちには近づいてこない。どうして。
「へえ、意外だな。優芽はこういう話は興味ないかと思ってたのに」
「アンタじゃないんだしそんな訳ないじゃん。かけがえのない相手と出会うための方法は、確かに授業なんてものより優先されるべきだとあたしも思うわ」
「そそ、やっぱ青春において一番大事なものは恋愛――」
「推しを百パーセント自引きできる理論を、毎日教えるってことで」
「金の力しかないでしょうねえ!」
謎のドヤ顔(エフェクトもあり)を見せる優芽、もとい全ユーザーに真実を突きつける梨奈々さん。
それを聞いた優芽は遠い目をして、
「週一で『知らない、天井だ』ってやらなきゃいけない苦痛が皆にわかる?」
「その天井なら知りたくもありませんわ」
「乱数とかじゃね?」
「ちょっと、『鼻ほじ』とかつきそうな適当な口振りやめなさいよ。全く……」
僕と都和先輩の無関心さに優芽は憤慨する。空中を弾くようにスクロールすると、自らの端末機能ホログラムが起動した。
「次の配信までにはマジで徳積んどかないと」
そう。憂鬱そうな小声の翌檜優芽は、実は結構有名なストリーマーだったりするのだ。内容は専らゲーム配信が中心だが、〈AfterGame〉内でも色々と活動しているらしい。
「また配信で爆死する気か? 口滑らしたってもう『火消し』はやらないからな」
「いや、回線変えたし今度こそはいけるはずっ。いざとなったら再起連発で……」
「そこに愛はあるんか」
「むしろ課金こそ愛なのよ、りななん先輩」
「何か格好つけてるけど、ようは制作会社のオッサンに貢いでるだけ――」
「ゆめっちの闇」
言ってはいけない真実に、瞳から光を失っていく優芽。しっく先輩が揺らしても反応しない。しばらくは戻ってきそうにないな、こりゃ。
という訳で、僕は話題を別の相手に振ることにした。
「都和先輩はどうです? 教える恋愛の対象がリアルか二次元かは置いといて」
「成程、成程」
この会議が始まってからもずっと、とわ様こと都和先輩はひたすらに犬や猫を愛でている。彼女は大のペット愛好家なのだ。いつのまにやらその数は五匹に増えており、何だかその場だけ癒しの空間と化しているかのようだ。
一見すると、心優しき深窓の令嬢が醸し出す、絵になる光景といえなくもないが。
「愛を育む大事さ、とわ様ならわかってくれますよね!」
「ええ、大いに理解できましてよ」
何故か、ざわりと都和先輩の髪が揺れた。一斉に離れていく犬と猫たち。
しっく先輩が回収に向かう中、女王の有難いお言葉が響き渡る。
「人がいなくなればなるほど愛は濃く、大きくなると教えないといけませんわね」
「むしろ一番なくならなきゃいけない発想です、それ」
何だその悪魔の反比例。ただでさえ少子化が限界化してるってのに。
梨奈々さんも青ざめつつ、何とか反論する。
「ってゆうか、恋愛しようってのに人減らしちゃ駄目でしょ!」
「明神都和人類削減計画。環境にもよくワンワンもにゃーにゃーも生きやすくなり、私の愛だけが優先される。嗚呼、何て素晴らしい理想郷」
「……流石は狂気ヤンデレ完璧超人お嬢様ですね」
「あら、あら。照れてしまいますわ、ねづひら君。何でしたらこの会議の後、是非深く重い愛を育みましょうか」
「重いとか自分で言いやがったぞこの人」
ニタァとした笑顔を向けて来る都和先輩。育む(一方通行)のは間違いない。
「そもそも愛というのは、この私が提示するものを指すのであって、世には贋物がありふれ過ぎていると思いますの」
「ヤンデレの上、俺様思考とはたまげた」
「彼氏彼女だの夫婦だのと、文化や法律で定めなければならないことこそ論外。愛の下に溶けて混ざり合うには、私の導きが不可欠ですわ」
「ねえ助けて燿平君。何かとわ様がカルト教組みたい」
「助けたいのはやまやまなんですけど、ぶっちゃけ触れたくないです」
触らぬ神に祟りなし。彼女は明るい神では断じてない。暗黒魔神だ。
ガタガタと震えだす梨奈々さんを尻目に、背後の――いやこの会議ルーム全体がダークかつ猟奇的に染まっていく。気がついたらいわくのありそうな拷問器具までその辺に転がって――ってナニコレ。どういう機能!?
「――――くすっ」
数々のヤンデレ御用達グッズに「すげー」としっく先輩が目を輝かせる中、部屋の支配権を乗っ取りつつある都和先輩は女王の椅子(こんなエフェクトは見たことがない)に腰かけ、
「さあ、ななちゃん。再教育を始めましょう。まずは手始めに、今グループゲーム機能を立ち上げている近隣の高校をまとめて支配下に置くことから――」
『「させるかああぁぁ!!」』
梨奈々さんと担当主催者の声が重なった。
◇
「はぁ、ふう。ようやく部屋が元に戻った……」
「あれ全部課金アイテムとか、流石はお嬢様ね」
疲れ果てた梨奈々さんと僕に、嫌味混じりの優芽。しっく先輩だけは少し残念そうだ。
担当主催者さんがジュースを出してくれる。それを飲んで少し落ち着いた後、
「それで、教育に恋愛の仕方を取り入れようって話…… でしたっけ」
一人目にして何の話だか忘れかけているが、大体いつもこんな調子だ。慣れた調子で僕が舵を取り直す。
「そうよ。そうだったはず」
再び梨奈々さんが話のレールを戻してくる。色んなモノに食われかけているが、一応彼女のターンは続いているのだ。
「何ていうか、一般的な恋愛の話をこのメンバーで成立させようとした私が馬鹿だったよ」
「? あたし結構成立させてなかったっけ」
「? むしろ私こそ最先端であると再確認できたと思うのですが」
目をぱちくりさせる都和先輩と優芽。二人共「何か問題が?」とでも言いたげだ。
金銭感覚崩壊気味の者達へ向かって、梨奈々さんが交互にびしぃっと指をさし、
「ゆめっちが破綻の始まりにして、とわ様が尖り過ぎた先端で粉々にしただけだよ!」
「はい」
「ん、しっく。どしたの?」
殆ど会話に混ざることのなかったしっく先輩がぴしっと挙手。梨奈々さんと僕達の視線が一斉に同じ方向へ。
「ボクはりななんの話、すき」
「!? ほんと!?」
がしっ、としっく先輩の手を掴む梨奈々さん。意外にも梨奈々さんの方が小さい。
その拍子に、しっく先輩にくっついていた猫がびっくりして逃げていく。都和先輩が怖い顔で視線を注いでいることには気づかず梨奈々さんは喜色満面で抱き着き、
「流石はしっく、ナウでヤングな女! 私達で理想の教育を作り上げようね」
「い、今時母親でも使わないワードが飛び出しましたわ」
余りにもレトロな梨奈々さんのワードセンスに、怖い顔から一転し若干引いている都和先輩。優芽に至っては「なう……?」と首を傾げ端末で検索を開始。理解できたけど黙っとこ。おっさん臭く思われたくないんだ僕も。
しかし、「だいじょうぶ」と続ける理解者と思われた銀髪少女は、恐ろしく冷徹だった。
「りななんはこの先も一人だけど、ボクがずっと側にいてあげる」
「ひどすぎる! なのにカッコいい!」
抱擁に対して繰り出された火の玉ストレート。しかしガードし直す暇は与えられない。
「お金といっしょ。愛してー愛してーって言えば言う程来なくなる」
「うう、じゃ、じゃあどうしろと」
「まずは端末の画像全消し。あと昔のケータイ小説漁りも禁止――」
「やめてえぇそれだけはああぁぁ」
「むぅ。しょーがない、ではバズって有名人作戦にれっつちゃれんじ」
「ま、まじ!? お願いします先生!」
「よーしよし。ではボクの言うことを何でも聞くんだぞ」
コクコクと頷く梨奈々さん。対角線上にある席を見ると、何故か都和先輩が「やられたましたわ…… 別の飼育方法を考えなければ」とか何とかブツブツ言っている。こいつらもう駄目かもしれん。
一方、梨奈々さんを巡り、火花散る攻防戦にも興味を失ったらしい優芽が再びゲーム機に視線を落とし、僕に投げてくる。
「どうすんの? そろそろ流さないと終わんないんじゃない」
……結局こうなるのか。
正直、恒例化するのは勘弁して欲しいが、嘆願するような担当主催者さんの視線が辛いので仕方なく僕がまとめにかかる。ふぅ、と軽く息をついて、
「えーと、とりあえず梨奈々さんの意見は、教育に恋愛を正式に取り入れるべきだと。ただ、今までの話だと方法論にまでは辿り着いてませんよね」
「う、うん」
「ねづひら、閃いた時の顔」
二人共、そんなキラキラした顔で見られても困るんですが。
「……あらあらあらあら。私の敷く完全究極体教育では方法論ですらないと仰るのですか?」
「都和先輩のは教育というより支配ですよ…… ともかく。僕が考えるに、恋愛を本格的に授業でやるとなれば、教師側に今までなかった能力が求められるじゃないですか」
「まあ、先生の中にも独身の人いっぱいいそうだよね。恋愛経験だってわからないし」
「いっそ恋愛系の配信者の動画でも見せる? 知り合い引っ張ってくるけど」
「……ねづひらの言いたいこと、わかった」
「え?」
しっく先輩は僕の言わんとしていることに気付いたらしい。優芽に向かって、
「ゆめっちのやり方、先生必要ない。ボク達が勝手にやればいいだけ」
「あ…… 確かに」
そうだ。一つの動画でも皆で共有できるならば、そのノウハウを授けるのは少人数でいい。いや、その中でも競争が発生すれば……
「過去にあったマッチングサービスの開発者でも呼べればいいのでしょうが、果たして今の教育体系にそれが受け入れられるのか、という問題も発生しそうですわね」
「それが、燿平君の言ってた『今までなかった能力』に含まれてるってこと?」
「そんな感じです」
そうだ。教師だって『教えることを学ぶ』必要がある。となれば、まずそこから手を付けなくてはならないだろう。
「なので、僕としてはもっと根っこの部分を話し合う必要があると――」
「だ、だったらさ!」
しかし、そんな大人のつまらない事情で閉めようとする僕を。
あっさり覆してくれる声があった。
「成功も失敗も、過程も結果もみんなで共有するってのはどう、かな?」
少し引っ込み思案だけど、この先輩はとにかく人を大切にしてくれる。
そうだ。この人がいたからこそ、僕たちは――
「れ、恋愛体験を明け透けにしろってこと? 友達同士ならともかく、クラスとか学校全体にはちょっと……」
「別に相手の名前とか言わないでいいし、何ならグループで顔が見えないようにしたって大丈夫。もちろん、いつかは堂々と話せるのが理想だよ」
そのためなら、と梨奈々さんは続ける。
「見本なら、私が喜んでやって…… 見せる」
ぐ、と両拳を顔の前で作る梨奈々さん。気合の割に頼りなさげな様子を見た僕達は顔を見合わせ、少し笑った。
「ロクな経験もない癖に強がっちゃって。でもまあ、動画編集くらいなら手伝ったげるわ」
「ゆめっち……!」
「ショート動画ならボクも得意」
「しっくも…… ありがと」
「もう少し病み病みとした展開が良かったのですが…… 今回はななちゃんに譲りましょう」
「ほんと?」
「批判的な生徒のアカウント特定及び凍結誘導は抜かりなく――」
「よ、燿平君はどうかな!?」
おいおい。既に完璧なフィナーレだというのにまた僕に振るのか。中々この人も重いじゃないか。
仕方ない。ここは大団円といかせてもらおう!
「ではまず、僕との赤裸々な恋愛談義といきましょうか梨奈々さん。そう、骨の髄まで、ね……」
「え、何で君がキショくなってんの?」
キツい当たりに涙ぐんだところで、次のターンが始まった。
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