第四高校×放課後=夕戯

ししおういちか

1日目っ!

『それではまず、アルティメットムッツリドスケベネキさんからどうぞ』

「いやそんな人権無視も甚だしい名前じゃないんだけど!?」

 失礼を超越した呼び方に、お団子ヘアの女子生徒が堪らず突っ込む。

 彼女は長篠梨奈々ながしのりなな。僕と同じ市立第四高校しりつだいよんこうこうの二年で、一応先輩だ。

 余りにひどいあだ名が定着するのも可哀そうだと思った僕は、とりあえずフォローを試みる。

「大丈夫です梨奈々さん。ムッツリではなく堂々としたスケベですよ」

「よ、燿平ようへい君それフォローになってないよ~!」

「間違ってはいませんわね。暇さえあれば裏垢漁りばかりやっているんですもの」

「りななん先輩、割と性格地味なのに性欲の権化みたいなとこあるしね」

 僕こと根津耀平ねづようへいと梨奈々さんの会話に入ってきた一人は、ミルクブロンドの手入れが行き届いた髪をハーフアップにした、姿勢の良いお嬢様然とした口調の女子生徒。彼女の名前は明神都和みょうじんとわといった。

「裏垢狩りの長篠という二つ名は伊達ではない、と」

「う…… だって、関連にどんどん出てくるのが悪いよ。気がついたらフォローと保存が止まらなく……」

「やっぱムッツリじゃん。無理してイケイケのギャルみたいな格好しちゃって」

 やや口の悪い彼女は翌檜優芽あすなろゆめ。この場にいる五人の中で唯一、一年で僕の同級生。ショートボブの黒髪で覆われた小振りな顔はこちらに向けられず、手に持った携帯ゲーム機に夢中である。

 確かに彼女の言う通り、梨奈々さんは引っ込み思案な性格に反した、着崩したピンク色のYシャツに際どい所まで攻めたスカートの履き方をしていた。実は僕も前々から気になっていたので聞いてみる。

「確かに。前は制服の着方すっごくノーマルでしたよね。買うファッション誌間違えたとか?」

「いや、いつものやつなんだけど。その…… ドラマで見た子がこの格好でモテモテだったし」

「……実にらしい回答で」

「また恋愛ドラマの影響ですか。無理して見なくてもよろしいのでは? その服装と同じく」

「まあ、アルティメットムッツリドスケベニキって響きも無理がありますけどね」

「クスッ…… ねづひらさん。オーバーキルでしてよ」

「え、そうでした? ……あ、本当だ梨奈々さんにセリフが刺さっちゃってる」

 を見て上品に笑うお嬢様。優芽もゲーム機から視線を外し、「このシステム必要?」と疑問を口にしていた。

 そして、その横を歩いていく最後の一人。

「あ…… しっく」

 しっくのあだ名で呼ばれる、まだ一言も発していなかった二年の女子生徒。由来は、島田ぴんくという彼女の名を略したものだ。

 無口な島田さんは、その可愛らしい名前とは裏腹にかなりロックな装いをしている。制服の上着など論外というようなロゴTシャツとレザージャケット。首にかかる十字架のネックレスをちゃらんと鳴らしながら、

「…………ぶち、ぶち」

 と、刺さった吹き出しを抜いた。梨奈々さんは目をうるうるさせながら、

「ふえ…… しっくは味方でいてくれるの?」

「……もち」

 ぐ、とサムズアップを見せる島田さん。黒いロザリオの髪飾りをあしらえた、長いギラギラの銀髪を光らせ、

「わっ」

「ふぇ!?」

 やり方を心得たとばかりに、『わっ』の吹き出しをまるで投げやりのように振りかぶる。標的は――目の前の梨奈々さんだ。

「すご…… しっくちゃん、大きさまで自在にコントロールしてる」

「しかもゴシックかつパンクにカスタマイズされてますわ。ひょっとして今までずっとその方法だけを考えていたのかしら? 流石ですわね」

「のんびり考察してないで助けてぇー!」

 助けを求める声もまた、吹き出しとなって表出する。島田さんは願いを聞き入れたのか、仰々しい形の『わっ』を後ろに放り投げ――丁度僕のおでこへと着弾させた。遺言の暇さえなく倒れゆく僕。なのに誰も心配しない。何故?

 僕の魂が旅立とうとする中、茶番は終いというように手が叩かれる。

「はいはい、その辺に致しましょう? 『ここ』で五人が揃っていられる時間は限られているのですから。粛々とターンを進めていきませんと」

 スカートから除く太腿に乗る猫を撫で、唯一の最上級生である都和先輩は促す。視線を向けたその先にいるのは、最初に発言したこの場における『担当主催者』アカウントだ。

 耳が羽になった猫という個性的なマスコットが軽くうなずく。

「まあ、そろそろ始めないと時間足りなくなりそうですもんね。それで担当さん、テーマ何でしたっけ?」

『……ねづひら氏、今日だけでこのやり取りも三回目なのですが。まあいいでしょう。今回の〈AfterGameアフターゲーム〉のテーマは』

 やや辟易としながらも、猫(?)は大きなテーブルをぐるりと囲むソファに腰掛けた僕達五人に向けて、発表する。



『皆様に、次世代の教育基準を提案して頂く、というものです』


 

 机に名札の如く置かれる、『ねづひら』『りななん』『Si†cK』『カミト@まったり主催者監視中』『あすなろふぇにっくす(SJK)』の文字列。それらはここ、〈AfterGame〉と呼ばれるSNS複合体における、僕たちのアカウント名だ。

 タップもしくはクリック一つでログインできるこのバーチャル空間は、メッセージ、通話はもちろん、イラストや音楽といったあらゆる創作からゲーム、リアルタイムの動画に至るまで、あらゆるコンテンツにその場で挑戦できる環境が揃った最先端の電脳空間になっている。見た目のカスタムも自由自在で、温度管理も完璧だし食事や睡眠さえ可能だ。一応トイレもできるが、案外みんな外に出てする派らしい。

 その中でも一番の目玉がこの〈グループ・ゲーム〉機能。〈AfterGame〉といえばこれ、という程、今ではモンスターコンテンツと化している。一グループごとに必ず運営側から担当主催者アカウントが付き、最近は僕たち五人も放課後になる度開いているのだが…… それには理由がある。

「今度は教育かぁ。本当に私達の提案がのかな? 未だに信じられないっていうか」

「でも男女共学、実現した」

「しっく先輩の言う通りね。テキトーに集まって話してたら、大人が何年かかっても進められなかった計画が、たった一時間半で終わったってんだから」

「にー、にー♡ ……じゃあ次は全人類浮気不倫調査開始ですわー」

「流石は裏の裏の裏垢まで持つ女……」

 完全無欠のお嬢様から滲み出る狂気ヤンデレに若干引きつつ、僕は初顔合わせのことを思い出す。

 創作活動など全くしない自分が総合広場でボーっとストリーマーのライブを眺めていると、気がついたらこの四人の待つ部屋へ召喚されていた。何でも〈AfterGame〉の試験導入で特別招待枠の百グループに選ばれたらしい。

 面識があるのは優芽だけで後は先輩、しかも女子生徒オンリー。さらに全員が校内でも有名な美少女であったことは大変喜ばしかったが、ひどいぎこちなさのせいであまり記憶に残っていない。あの初回、終わった後の解散の早さと言ったら…… それはもう察してくれ。

「ちっち、耀平君その情報ちと古いよん」

「古いとは?」

「とわ様、何と裏の裏の裏の…… ×六六六に増えているの」

「悪魔か何かですか? パスワードとか大変そうですね……」

「心配いりませんわ、ねづひら君。まずは全校生徒分くらいで済ます予定ですので」

「ゆめっち、しっく達は全員監視されている。ぶるぶる」

「よしよし。あたしでさえ四つくらいが限界なのに異常すぎでしょ。って、まずは?」

「はい、いずれはこの〈AfterGame〉中に網を張り巡らせて――」

『流石にそれをテーマにはさせませんよ……』

 呆れる担当主催者猫モドキ。僕と梨奈々さんもアイコンタクトを交わす。真の監視社会実現を阻止しよう、と。

 しかし、とわ様の舌鋒は留まるところを知らない。ぐりん、と僕の方に顔が動く。

「ねづひら君は支持してくださいますよね? わたくしの計画」

「仮に断ったら……?」

「空いた時間、貴方が意を翻すまで見つめ続けるわ。現実でも、ここでも。ずーーっと」

「支持を表明いたします」

「くす。宜しい」

 即答する僕に対し、狂おしく微笑む都和先輩。ヤンデレお嬢様を適当にあしらえば後に取り返しがつかない事態を招くことになる。クリエイターの才能を持たぬ消費者の鑑として、あらゆるサブカルチャーを見尽くした僕が選択肢を誤ることはないのだ。

「そのままズルズル一緒にいて破滅ルートね。巻き込まないでよ」などど他人事のように抜かすゲーマー同級生。おのれ薄情な。

 気が済んだらしい都和先輩は再び猫を愛でる作業に戻る。心中でほっと胸を撫で下ろしていると、隣に来たしっく先輩がつんつんと肩をつついてきた。僕が「何です、しっく先輩」と聞くと、

「最初のやつって何? あるてぃめっと何とかって、ちょっと格好いい響きの」

「ああ、アルティメットムッツリドスケベネキのことですか。あれはですね――」

「はいはいそこまでー? い、一旦落ち着きましょうか二人共」

 作られた笑顔を張りつかせた梨奈々さんがシュババと近付いて来る。引き剝がされた勢いのまま、「わー」としっく先輩が都和先輩の肩へ倒れ込む。

 僕はニヤけながら、

「随分必死ですね、いいですよ梨奈々さん」

「な、何よ」

「僕は見つけてしまったんです。が鞄に入っているのを」

「っ!? いつ、どこで!!」

 反射的に、自分の懐を確かめようとする梨奈々さん。しかしここは学校ではない。当然鞄が存在するはずもなく。

「昨日、放課後に会いましたよね。第三コンピュータルーム」

 その言葉だけで、意外と聡明な彼女は全てを察したようだ。悔し気に、

「やっぱりあの時なのね…… 一生の不覚だわ。まさか鞄を忘れるだなんて。すぐ気づいて戻ったけど、貴方が指を咥えて見ている訳がない……!」

「ええ、正解です。僕は紳士ですから、誓って他の物は触ってませんよ。――ただ、zip形式にさえしていないのは油断し過ぎと言わざるを得ない!」

「くっ…… どうして私はあんな見栄を張ってしまったの」

 僕らのやり取りを見たしっく先輩は、「どゆこと」と今度は都和先輩の肩をつんつんしていた。そしてひそひそと耳打ちされると、得心が行ったというように定位置へと戻っていく。

 僕の方からも説明しておこう。この長篠梨奈々さんという人、無理して恋愛系のドラマや芸能系の話題ばかりチェックしているが、実は隠れオタクでアニメ好きだ。それこそ、鞄にハードディスクを持ち歩く必要がある程膨大な画像や音声を持ち歩くレベルで。

「で、ハードディスクの中に掲示板のレスをスクショしといたんだっけ? 画像大放出してたら言われたってやつ。それをバズ狙いで呟こうとしたと」

「うん、それが伝説のアルティメットムッツリドスケベネキ。レスバした奴は天才だ」

 現代特有の、承認欲求に取り憑かれた女子高生に起きてしまった悲劇。優芽も当たり前のように知っていることに対して、梨奈々さんは恨めし気にこちらを睨んでくる。

『あの…… 本当に、そろそろ』

 四度繰り返される地獄の流れ。泣きそうな声で担当主催者が懇願してくる。そろそろおふざけもやめにしようか。

「ですね。では」

「テーマ承認、ぽちっと」

 しっく先輩に続き、僕ら四人も端末に表示された『このテーマを承認しますか』の問いにイエスをタップ。



満場一致オールクリア。テーマが承認されました』



「じゃ、じゃあ私からだよね。 行くよ、みんな!」

 謎に気合の入った梨奈々さん。最終決戦でも何でもないですよ。

 ともかく。

 市立第四高校の放課後、僕達の真剣な遊びアフターゲームが、本日も幕を開けた。








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