第33話 対症療法

「手を汚すのは、私だけでいい...」

「絶対に邪魔させない。」


 女性が僕の首に両手をかけ、ゆっくりと力を込めた。気道が塞がっていき、呼吸がままならなくなってくる。

 それでも身体は薬物に麻痺させられ、まるで言うことを聞かない。むせ返ることすら許されず意識が遠退き始めた。


「ふ...ざけんな...」

「ざッッけんなぁああ...!!」


 その時、如月が叫ぶ。襲い来る朦朧。鎖に繋がれているように硬い動きをする腕。

 それを伸ばして、細い人差し指を自身の耳につけているリング状のピアスの穴に突っ込む。そして、引っ張った。勢いをつけて。

 ブチブチと痛々しい音を立てて耳たぶごと引きちぎられたピアスが床に転がり、点々と血の染みを作る。


 見開いた、血走った瞳。痛みによるで睡眠剤の影響を無理矢理押さえつけたんだ。

 怨嗟の唸りと共に荒く呼吸をしフラフラと立ち上がる背中には、異形のクロム魔術が発現していた。先端の鋭い、蜘蛛の脚のような四対の金属肢が飛び出している。

 激しくバタバタと動くそれを見て、背後に控えていた構成員たちが再び注射銃を構える。


 如月は金属肢を床に突き立てると、その反動で跳び上がり後方へ。フォークのように束ねた数本で手近な構成員の胸を突き刺した。

 身体はそのまま持ち上げられ盾となる。片割れの放つ弾丸を防ぎ、真正面から突進していき二人を一気に串刺しにしてしまう。

 僕に膝枕をしたままの女性にターゲットが切り替わるのは、刹那の間。回避も防御もできずに、突っ込んできた如月によって頭を掴まれもぎ取られた。


 断面からどくどくと湧き出、出来上がる真っ赤な血液の水溜まり。意識を保てなくなった如月がその上に力なく倒れる。

 そして、待ちに待った救援が飛び込む。四肢を曲げた体勢でガラスを突き破り、刀を握った不破が乱入してきた。

 まさかあの高さをひとっ飛びで。破片が飛び散る。しかし、デスクの裏から何者かによって僕達の中心に投げ込まれる、黒い筒のような物体。


 だが僕は確かに目にした。ガラス片を受け、乱反射する逆光の中へ不破と入れ違いに飛び出していく二つの人影。顔は見えなかったが両方とも女性だった。

 さらに奇妙な点がある。片割れが、今そこで死んでいるはずの女性と同じ色のスリムドレスを着ていた。もう片方はパーカーのフードを目深に被っている。


 偽物か本物か、その推察をする間も無く。瞬間、炸裂する閃光と爆音。感覚を焼かれて、視界は白光に遮られてしまった。

 ようやく前が見えるようになり、薬の効果が切れて身体が動くようになってきた頃、耳につけていた通信装置から不破の声が届く。

 既にこの場にはいない。もう回復したのか。吉良と如月もむくりと身を起こした。


『吉良...!!二人を連れてそのビルから脱出しろ、つーかどういう理由であんな人数放置してたんだ!?』


「...うえ...放置ィ...?出てきたヤツは殺ったし、部屋も全部調べたッスよ...?」


『だったら探索漏れだ!!二十人、いや、それ以上の数がビルから飛び出したんだぞ!?』

『エントランスから堂々と!閃光手榴弾フラッシュバンの爆発を合図にだッ!!』

『俺は刑事課に回して構成員を追わせる!お前らは車で本部戻っとけ...!』


 ノイズと共に通信が途切れる。それにしても、二十人超えだと?探した限りではそんな人数が隠れられるような場所はなかったはずだ。

 加えて、この女性。


「え...?」


 泣き別れした頭を見てみると、なんと女性じゃなかった。軽装の男性だ。身体には着ていたスリムドレスもなく、顔もまるでさっきのものとは別人。一体いつ入れ替わったんだ。

 どういうやり方をしたかはわからない。双子なのか、化けていたのか。

 とりあえず急場は凌げた、今はこの情報を持ち帰るために逃げなければならなかった。血溜まり、死屍累々を踏み越え、ビルを後にする。


「....名厨、アンタ前乗って。」


「あ...そういえば耳...!」


「隣にいたらそうやってお節介するでしょ...!いたた...」


「ご、ごめん....」


 逃げたらしい二十人あまりの構成員の確保に協力できないのは心残りだが仕方ない。まだ痺れかけたままの身体でシートに座り、車は本部へ向かっていく。

 吉良のやたらと多い欠伸。粗暴な性格といい居眠りしないか心配だ。それよりも早く、如月の耳を雨ノ宮さんに診せないと。







 ─────────────────────







 ─────数日後。特事課地下寮、食堂。


 カウンターに近い座席に座って頬杖をつき、この間のことを頭のなかで振り返る。刑事課と提携した捜査の結果、確保できた構成員の人数は14人。

 しかし不思議なことに、手錠をかける瞬間まで全員が全員、例のスリムドレスを着た女性の姿をしていた。

 目を離したかと思えば、元の顔、服装に戻る謎の現象。だが声は見た目が変わった後の人物のものだった。

 特事は九分九厘ハディクィルが一枚噛んでると睨んでいる。女性が言っていた薬物生成の特殊能力「魘幻鴆毒スポイルトキシン」、僕の幽棲刀ゲシュペンストと、例もある。信憑性は高い。


 僕達が相対した女性がマスクをしていたのは声をごまかすためで、デスクの裏側からが喋っていたと確定。通信記録の音声解析から音源の位置が異なっていたという結果が出たためである。

 元締めを取り逃がしたことにより、ドラッグ、「処方箋エリクサー」の根絶は失敗。未だに押収された例は後を絶たない。

 しかし進展はあった。顔や背格好、予測で絞った活動範囲からある程度の目星がつき、リストアップが完了。

 いつでも強行捜査が可能な状態にまで持ち込んでいて、張り込みによりハズレた分リストから消されて数もかなり減ってきている。


 でも決定的な要素がない。顔を知ってる人間だけで聴取をしたが、僕、吉良、如月はみんな口下手で似顔絵の作成にめちゃくちゃ手間取った上、完成した絵はあんまり似てなかった。

 パーカーの方は顔見えなかったし、正直お手上げ状態。現在の最有力候補は、頻繁にコンビニからハンドメイド商品の発送をしてるらしい女性、「雛端ヒナバタ 茉理絵マリエ」。


 張り込み、捜査は、元締めの女性が未だ普通のドラッグディーラーだと見込んで捕まえたがる刑事課が行っているため、奥の奥の手くらいの位置づけである僕達特事課は大きく出られないのだ。

 ハンドメイド商品ってくだりも僕達を寄せ付けたくない刑事たちの嘘なのか、唯一掴んだなけなしの情報なのか。それすらわからない。

 不破が言うにはこの組織はまだまだ発展途上らしい。調査と実動、即ち戦闘なんかを行う部隊が分かれてすらいないからだ。

 嫌われているがゆえだ。捜査のこの不便さ、仕方ないと甘んじるしかない。


 それとは別に、如月が突如として発現させた蜘蛛脚のクロム魔術。あれが正式にメテオクロムの一種であると認定された。

 吉良の使う「ソーン・エッジ」。生成、硬化速度に優れ、武器として分離するのではなく身体と同化して扱える点では類似する。

 しかし規模がデカい。自分の身体を持ち上げ、ちょっとした跳躍まで行えるパワーまで持ち合わせていた。


 如月は、また塞ぎ込んだ。今度こそ自らの手で人を殺した実感に苛まれている。

 理由は聞けなかった。彼女を慰め慣れた甘利もいつものようにいたずらっぽく笑うばかり。

 如月はなんであんなに、怒った顔してたんだろう。殺されかける危機から救ってくれたことには感謝してもしきれない。傷もとりあえずは問題ないみたい。

 けど、不明な原動力がどうにも引っ掛かる。そして妙にハイテンションな饗庭が命名したメテオクロム。


「"ウィドウ・アラネア".......」


「考え込んでるねぇ、名厨くん。」

「はいよお待たせ。ソーセージブリトー二人前チリビーンズ入りね。」

「右が甘口のヤツ。間違えないよーに。辛口、スッゲーから。」


「...ありがとうございます。」


「それにしても珍しいね?士車くん、基本的に買い食い派なんだけど。」


「...ですね。じゃ行ってきます、ごちそうさまです。」


「は~いどうもね~。」

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