第34話 フェイバリット

 さて、なぜ僕が二人前のブリトーを手に士車の部屋へ向かっているのか。それは彼自身に頼まれたからである。

 しかし肝心の理由は聞いてなかった。19時に部屋まで、「なんでもいいから片手で食べられるもの持ってきて」と。

 ここしばらく任務や、教室での生活を共にする上でわかった。士車は食に頓着しない。

 食事は基本的にコンビニ、本人は偏食ではないと主張するが大体同じものしか食べない。今回のチョイスはそれが主に、チンして食べるブリトーのシリーズだったという理由。


 204号室。ここが士車の部屋らしい。本来この寮は相部屋でなければならないが、士車の場合ルームメイトがやたらと外出する質。

 脱走の気はない。趣味のアウトドアついでに任務もこなし、ちゃんと事前申告した場所に常にいるし帰ってくる時は帰ってくる。

 故に放任されている存在だという。完全に真反対の性分、会っても気は合わなそうだし名前は聞かなくていいや。

 冷める前に届けてしまおう。僕は部屋のインターホンを押した。


「入って~~~!」


 ドアの奥から飛んでくる声。やっぱり呼び出してまで食事を運ばせるなんて、手が離せない用事でもあるのかな。

 ドアノブを捻ると、鍵はかかっていなかった。そして中へ入るなり聞こえてくる、女性の穏やかな話し声。

 でも会話をしているという風じゃない。一方的に話しかけているような。


「サンキュ。こっち、こっち。」

「...なんで二人前?名厨片方食べていいよ。」


「あ、ありがと...」


 リクライニングチェアに座り、悠々と大画面を眺めている士車を発見。映像は液晶ではなくプロジェクターで壁に投影されていた。

 金髪のショートヘアーをした、可愛らしい顔立ちの女性がモコモコのパジャマ的な服を着てこちらに向かって喋っている。

 これは、SNSの生放送か?画面の横に流れるコメントを読んだり、投げ銭に感謝の言葉を贈ったり。


 僕がやってきても士車は画面から目を離す様子はない。そして黙ったまま、手をパタパタと僕の方へ振った。

 少し焦り、急かされるままに手の上にブリトーを乗せる。封を開けてかじりつくが「ん?」と呟き首を捻った。

 僕ももう一方を開け、一口。うん、ソーセージのパリパリした食感とよく煮込まれて柔らかい豆。そしてこの激辛ソースがまた。


「ん...?」


「あれ。名厨のそっちじゃな...」


「辛ぁあああぁあッ!!?」


 痛い。辛い。熱い。超痛い。考え事しちゃってたせいか。あれだけ忠告されたのに、忘れてたとしても二分の一なのに間違えてしまった。

 間宮さんの言う通りだ。というか、士車はこれを食べるつもりだったのか。口の中を刺すような激痛から身体が勝手に逃れようとして、僕はその場を跳ね回りながら絶叫する。

 ソースが辛いだけじゃない。かじったブリトーの断面を見てみれば、輪切りの青唐辛子ハラペーニョが山のように入っていた。ビーンズの方が少ないんじゃないか。


「ホラ、オレのヤツ食って。」

「コレヨーグルトソースだわ。多分和らぐ。」


「はぁああッ、ごめんッ、ありが...うむっ...」

「んぐっ...!はぁ...っ!辛すぎ...ッ!!」


「早く交換してよ~。もー。」

「うん、美味っ。」


 士車が持っていた方をもらい食べると、打って変わって甘辛いクリーミーなソース。ハラペーニョは一欠片も入ってない。

 徐々に取り除かれていく辛味、ようやく落ち着いてきて、ブリトーを頬張りながら僕達は再び画面に目をやった。


 しかしディーラー探しの空気に当てられ疑り深くなっているのか、あのビルで見たパーカーの女性に背格好がどこか似ている気がする。

 フードの隙間から一瞬こぼれた金髪、あの時の女性と同じだったような気がしてならない。


「...士車君、この人は?」


七瀬ナナセ みなみちゃん。オレがこの世で最も推してるアイドル。」

「まだまだ地下アイドルだけどひたむきに頑張ってて、あどけない笑顔とか歌も踊りも素晴らしいし...」


 流れるようにペラペラと、七瀬 みなみという名前らしいこのアイドルについての魅力を語り始める士車。こんなに早口で喋るところは初めて見たかも。

 そして七瀬は、「飲み物取ってくる」と視聴者に告げて画角から消えていく。


「よしトイレ休憩。なんかあったら言え。」


「あ、うん...」


 しかしながら僕の目線は、映像に釘付けになっていた。歩いてどこかへ向かう七瀬が、片足を引きずりながら歩いているのを見た。

 疑念が確信へと変わる。もしビルで出会ったパーカーの女性が七瀬なら、三回の窓から飛び降りたことになるだろう。

 片足くらいなら骨折などしていてもまったく不自然じゃない。わずかな糸口をようやく見つけられた気がした。


 一連の事件は明らかに異常だ。僕の運命を狂わせたハディクィル、または僕達を蔑む刑事たちに対する怒りがそうさせたのか。

 偶然とも取れてしまう不確定な情報だが、これは特事課僕達で解決すべき問題だと強く思った。ビルへの乗り込みが空振ったこともあって、悔しかったんだ。

 僕は残りのブリトーを口に詰め込みながらスマホを握り締め、不破に発信しながら204号室を飛び出す。

 そして、電話が繋がった。


『もしもし。』


モゴモゴもしもしモゴモゴモゴ名厨です!」

モゴモゴモゴモガァ今大丈夫ですか...!?」


『...とりあえず飲み込んでから...まぁいいか、急ぎみたいだしな。』

『今地下寮だろ?』


モゴゥッはいッ!」


『了解。手ー空いてるからそっち行くわ。』


 階段を駆け降りながら、咀嚼したものを詰まらせつつも急いで飲み込んでいく。交互にやってくる息切れと嚥下で苦しい。

 下に着くとエレベーターは既に起動しており、不破が乗ったゴンドラがゆっくりとこちらへ近づいてきていた。

 そして手には、話が早いことに通信機のセットと没収されていた幽棲刀ゲシュペンストの入った刀袋。合流すると、不破は溜め息をつき腕を組んだ。


「...で、なんだって?」


「あ、はい...!調査の許可が欲しいんです!」

「地下アイドル、七瀬 みなみの...!」


「...うん?地下アイドルだァ...?」


 僕は必死に情報を共有した。怪我云々については疑わしい要素だったのでスムーズに伝えられたが、七瀬 みなみそのものについてはよく知らなかった。

 そのためまず士車が追っかけであることから説明しなくてはならず、あれやこれやと言葉の舵を切る度に士車の立場がなくなるような内容に向かっていってしまう。


「あー...まぁ事情はわかった。」

「それで?」


「えっ...?」


「まだあるんだろ。言いてェことが。」


「...はい。あります。」

幽棲刀ゲシュペンストを...使わせてほしいんです。」


「...オイ、前に言ったろ?アレは使用禁止...」


「わかってますッ!!危険だって...!でも僕は弱いんですよ!!」

「現に如月にあんな無理させて...何もッ、何もできなかったんです...!!」

「お願いします!異常なものを相手にするんなら、こっちも勝てない!!」


「...チッ。ったく、それを言われたら否定できねェーんだわ...特に俺は。いいよ使っても。」


「ありがとうございま...」


「ただし。使う魂とやらの数は10以下だ。効果の使用時間も10分以下。」

「別に数えなくていい、ただの目安だ。なんとなく限界が来そうだったらすぐに解除しろ。」

「...って指示した話をこれから上に通す。事後報告なんだ、俺も努力はするが...却下されりゃ即、再没収だぜ。わかったな。」


「....はい!」


 全部お見通しだったってわけか。不破は肩にかけていた刀袋を僕に手渡す。

 この重量、冷たさ。紐をほどいて中を覗けば白い柄糸が見えた。間違いない。

 これがあれば、僕は人並み以上のパワーを出せるし、速く走れる。誰かを守るのにリスクがないなんてことはありえないんだ。

 この事件、絶対に解決してみせる。


「...あっ、それで...七瀬 みなみがどこにいるだとかいう情報って...?」


「刑事課に回してもいいけどよ...」

「アイツに聞いた方が早いんじゃねェの?」


 男子寮の方を指差す不破。その先にある手すりに、両手を腰に当ててこちらを見下ろす士車が仁王立ちしていた。

 全部聞かれてた。顔がマジになってる。互いの目と目が合うが早いか、士車は下まで繋がったポールに飛び乗るようにして掴まると、ゆるく回転しながら滑り降りてくる。

 そして、大股の歩みで迫ってくる。睨み付けるような眼差しを向けながら。


「おい。名厨。」

「みなみちゃん調査するって、マジか。」


「...うん。あの人、片足を怪我してた。ビルでの話、士車くんも聞いてるでしょ。」

「飛び降りた時の怪我なら、辻褄が...」


 士車の歯軋り。神速の踏み込み。手の中に出現する刀の鈍い輝きを認識した時には、刃は眼前にまで迫っていた。

 クロム魔術を発動しようにも、僕の生成速度じゃまるで間に合わない。

 どんな形であれ、自分が愛する相手に疑いの目が及んでいるならば怒るのは当たり前。だから君には話すつもりはなかったんだ。


「...穿傀センケ。」

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