第29話 化け物退治

 錆び付いた梯子を使い、菊入から、士車、僕の順番で下へ降りていく。一段一段踏みしめるごとに強くなる悪臭、思わず眉間に皺が寄る。

 そして降り立つ、浅く汚水の張ったままの地下空間。当然真っ暗闇。僕達は一斉に懐中電灯のスイッチを入れた。

 光で照らしてみると、頭上3mほどの筒状の道がずっと続いている。それらしき痕跡は見当たらない。歩き回るしかないか。


 鼻を、懐中電灯を握る手の甲で押さえながら奥へ進んでいく。下水道って、廃棄区画とはいえ入ったことは今までなかったけどかなりの広さがあるはず。

 そんなところをしらみつぶしに探すとなればかなりの範囲を動かないといけない。体力と時間が尽きる前に逃げられないといいけど。


「"犯人は現場に戻ってくる"。彼らにそれが適用されるかは疑問ですが。」

「止まってください。」


 そう言っていきなり足を止める菊入。耳に手を当てるジェスチャーに従って僕は耳を澄ますが、士車は平然とした顔で立っている。

 すると、微少ではあるが遠くから水音が聞こえる。それも普通に歩いているものじゃない。

 大体の距離、音量を擦り合わせても違和感が残る。まるで、パシャパシャと水面を音だ。


「まさか...もう...!?」


「探す手間省けたァ。」


「それは同感です。二人とも、戦闘準備を。」


 懐中電灯の光が届く限界、その境目からぼんやりと現れる姿。バッタのような長い後ろ足で飛び跳ねている。

 薄闇の中でも爛々と輝く、一対の黄色い目。一見して獣。だがそのシルエットや目鼻などの細かなパーツが、妙にヒトに近い。

 サイズは子供の馬ほど。こちらの人数なら勝てるかもしれないが、一体どんな攻撃を繰り出してくる。


「先手必勝ッ。」


 その前に駆け出したのは士車。片手には鞘を握ったままだ、まさか本当にあれで殴ろうとしているわけじゃあ。


「小手調べだ、喰らえ。」


 士車は、鞘から刀を抜き放つ。居合斬りだ。しかし化け物もカウンター。

 カンガルーのようにその場で跳ね、前蹴りを合わせて斬撃を弾いた。反動によろめく士車だがその手には確かに刀が握られている。

 この角度からじゃ見えなかった。一体どこから刀を出したんだ。


「あれって....クロム魔術...?」


「半分正解です。もう半分は...」

「彼の編み出したテクニック。」


 体勢を崩したかのように見えた士車。しかし士車はあっさりと持っている刀を手放し、その場に捨ててしまった。

 しかしそのまま身体を捻り、鞘を腰元に戻しながら翻ってもう一度化け物に向き直る。

 そして、瞬時に鞘から刀の柄が飛び出す。まるでいきなりそこに現れたかのような速度。それを握り、改めて放たれる二度目の居合斬り。


「"瞬刃連燿ブリンクブライト"...!!」


 着地する前の脚を正確に捉えたカウンターに次ぐカウンターは、今度こそ機動力の要たる後ろ足を切り落とした。

 武器の生成速度に物を言わせた、刀を納める動作そのものの大胆な省略。即座に二本目の刀を作り出して居合斬りを

 ハナから武器をクロム魔術で作ってしまえばいちいち拾い直す必要もないというわけだ。あれなら居合斬りで追撃、なんて芸当もできてしまうだろう。


 そうか。鞘に空いた穴。あの部分を掴んだ手から液体金属を流し込んで固めていたのか。

 流石はエリート戦闘組織の元メンバー、考えることが違う。そして、独特な喉声で呻く化け物の胴体に容赦なく切っ先を突き刺す。

 しばしの間残る前足をばたつかせた後、化け物は息絶えた。引き抜いた刀が即座に霧のように消え失せて士車の手に吸い込まれる。

 吸収速度も段違い。僕とはまるで比べ物にならない。


「なんだ、雑魚じゃん。」


「...ッ!」


 士車が手放したもう一本の刀を拾い上げこちらに戻ってこようとした時、なにかに気づいた菊入が声を上げた。


「士車君!後ろをッ!」


 光を向けると、さらに三体。同じ化け物が唸りながらこちらに跳んで向かってくる。一体だけじゃなかったのか。

 しかし士車は焦って逃げるでもなく、嬉しそうに口角を吊り上げてその場に伏せた。きっちりと衣服が汚水に浸からないように少し身体を浮かせて。


「まったく...コンビネーションのつもりなんでしょうが。」


 すると菊入は、手に持っていた小さなカバンのような黒い箱。取っ手部分から飛び出しているレバーを指で引く。

 その時、カバンはカシャッと音を立てて瞬時に、T字に展開。銃床と多弾弾倉を有する、小型の短機関銃に変型した。


 即座にその場にしゃがみ照準を定めると、数発ごとに区切られた乾いた銃声が響く。銃口から炸裂する閃光が暗闇を照らし瞬かせる。

 しかし、軽い銃声とは裏腹に弾丸を食らった化け物たちはオーバーリアクションとも取れる程大きく後方へ吹き飛んだ。

 再び訪れる静寂。気になって、光を向け痙攣する化け物の銃創を見てみた。

 僕は銃にそこまで詳しくない、しかしわかる。あの銃ではありえない大穴が空いている。


「...テイのいい丸投げは感心しませんね。」


「ゴメンて。」


「菊入先生、今のは...」


「私のメテオクロム、"ペネトフィルター"の力です。銃口に液体金属の膜を張って、そこを通り抜けた弾丸に副次的な効果を与えます。」

「例えば、尖らせて貫通力を高めたり。今回は9mm弾を硬化させた金属で覆い弾頭を拡大、マグナム弾並みの威力まで引き上げました。」


「コレすごいんだぞ。反動もない。」


「ペネトフィルターの影響はあくまでに与えられる。どんなに口径の小さな銃でも、弾の装薬さえ増強すれば重みで威力が殺されることもありません。」

「彼の言う通り、反動は銃本来のものです。撃った金属の回収ができず消耗してしまうので、極力使うつもりはなかったのですが...」

「...予定外が続きますね。」


 まだ追加が来る。今度は両側から挟み撃ちにする形で。だが何匹来ようと、こいつらの底は知れている。僕たちなら勝てる。

 しかし、予定外。捕捉に慣れ始めていた飛び跳ねる足音に混じって、別の水音が現れる。

 続いて届く、低い含み笑い。人だ。何故か攻撃を仕掛けてこない化け物の裏側から、人影が歩いてきた。


「なになに、お兄さんら。強いね~!」


 ダボついた、股下の深いズボンのポケットに両手を突っ込んでいる若い男。やや目にかかった金髪に分厚い黒縁眼鏡、曲がった猫背がかえって軽薄さを帯びさせる。

 だが不思議な点は、化け物たちがその男に攻撃する素振りをまるで見せないことだ。むしろ前に立ち塞がり、守ろうとしているように見えてくる。

 咥えた棒つきキャンディを口の中で転がしながら、にやにやと笑う。


「...何者です?味方ではないようですが。」


「まー敵だよ。ぶっちゃけ。多分ね。」

「つーか誰?ここ俺のテリトリーなんだけど、勝手に入らないでくんない?」


「質問をしているのは私です。いや、あなたに質問をする権利はない、と言うべきでした。」

「あなたが敵だというのなら、投降してもらいましょう。」


「嫌だ、と言ったら?」


「士車君、警告を。」


「フッ、待ってました。」


 地面を蹴って一気に距離を詰め、作り出した刀で居合斬りを放つ士車。しかしそれは迎え撃とうと飛び出した化け物が受け、バッサリと斬り捨てられた。

 やっぱりだ。この男、化け物を従えてる。保育園の時みたいに呼び出したのか、どこかから連れてきて飼い慣らしているのか。

 いずれにせよ、ここで倒す。脂汗を滲ませ小さく笑い、踵を返して逃げていく男を追う。


「まだ来るの...!?」


 しかし、追っ手と行く手は化け物で大渋滞。男にたどり着く前に僕達はこの大群を処理することを強いられた。

 僕も刀を振り回すが、勢いは芳しくない。まだわずかに迷いがあるのが自分でもわかる。

 今までは幽棲刀ゲシュペンストが出す魂たちの声と身体負荷で吹っ切れるように動いていたからだ。

 素面で戦うのは思ったよりも辛かった。刀が肉を断ちどす黒い血液を滴らせる度、正気が揺らいで手が鈍る。士車と菊入の方が余程多く化け物を殺せている。


 僕達は順調に異形の屍を積み上げ、ついに数は十体を超えた。

 ここは廃棄区画、だがその理由はこの辺鄙な土地にある。道の分岐は少ない。

 あったとしてもすぐ行き止まり。枝分かれする本星の可能性を潰していきながら、別れ、合流、掃討を繰り返し、走り続ける。

 浴びた血で強まる悪臭すらとっくに麻痺してなにも感じない。そして、やがて一本道の末端まで辿り着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る