第28話 課内授業
すると、教室を出ていこうとする僕を菊入が呼び止めた。
「ああ、名厨君。待ってください。」
「不破課長から伝言を預かっています。」
「...?なんですか?」
「上で決まったことですが。君の
「え...」
「この間の、保育園で起こった出来事についての報告書を読みました。あれは強力ですが、同時に身体への負荷がかなり大きい。」
「そして、君はまだ若い。故に感情に流されやすくその場で後先を考えない決定を下してしまいやすい。」
「既に刀は、君の部屋から回収されていることでしょう。」
「....そういえば、見てなかった...」
「今回のに限った話ではないですが、これから向かうことになる任務はクロム魔術の訓練も兼ねている。」
「刀の力に頼っていても、言ってしまえばひ弱である君そのものの力は変わらない。」
「しかし、代償のない力など存在しない。どうせそうならより被害の少ない方を選ぶこと。それが自他の安全に繋がる。」
「私も銃のメンテナンスを終えたら向かいます。エレベーター前で待機を。」
「.....はい。」
「失礼します。」
改めて、教室を出る。そして落胆する。まったくの図星を突かれて肩を落とす。
菊入の言う通り僕は貧弱で、あの刀がなければ身体能力は人並みかそれ以下。そんなことは僕が一番よくわかってる。
ここはそんな最大の欠点を克服しなければ、すぐにでも命を落とす場所であることも。
向こうだって知ってるはずだ。危険な力だって、使わないと生き残れないっていうなら慣れるまで使えばいいだろ。
下を向いて、自分の掌を眺めながらボーッと廊下を歩く。溜め息をつこうとしたその瞬間、人にぶつかり変に空気を吐き出してしまう。
「うぉぶっ!?ご、ごめんなさい...!」
「...何よその声...」
「あっ、き、如月さん...おはよう...」
「授業ならもう...」
「わかってるわよ。
「...名厨、アンタここ通うつもりなの?」
「...うーん...半々、かな。」
「まだ決まりきってなくて...あっ、もしかして任務に如月さんも...」
「行かない。私は様子見に来てあげたのー。感謝してくれてもいいんじゃない?」
「あっさり死ぬんじゃないわよ。」
「あ、ありが....」
お礼を言いきる前に如月は踵を返して、早足で教室エリアを抜けていってしまった。一体なんなんだ、僕に構いたいのかそうでないのかまるでわからない。
とりあえず、準備だ準備。どんな現場になるのか予測はつかない。念入りに。
廊下を出て脇を見れば、男女用に分けられたトイレがある。学校にあったやつとまるで同じ感じの。
入ってもう一回顔でも洗おう。いや、個室で五分くらい覚悟を決める時間を...
「お。」
「え。」
「えぇえええーーッ!?」
「ええっ、嘘ッ、すみません間違えましたァアアアア!!!」
女の子がいた。さっき教室にいた青いインナーカラーの。しかし急いでトイレから飛び出してプレートを確認しても、やっぱり男子トイレのマーク。
おかしいでしょ、顔立ちからしてどこからどう見ても女の子なのに立ち小便してた。確か如月の言ってた名前、
菊入も男だとは明言してなかった。あんなの誰だって間違えちゃうでしょ、教えてよ!こういうことになるんだから!
そこへ、着ているスカジャンの裾で手の水気を拭う士車が戻ってきた。肩に僕が使っていたのと同じような刀袋を引っ掻けている。
「ふぃ~。あ、おい。名厨 隼斗。」
「何故逃げる。オレは男だ、見てわかれ。」
「見たらわ、わかったけど...女の子にしか見えなくってさ...ほんとゴメン...」
「
「顔は生まれつき。よく間違われる。」
「.......」
「"なら髪切れ"、って思ったな。」
「うッ!」
「メンドクサイの。わかったことだし、今後は触れてくるな。」
「任務行こう。早く動きたい。」
特に意に介さず、慣れた様子で誤解を解いた と思えば横をすり抜けエレベーターの方へ向かう士車。立ち尽くす僕の方を見ず。
実力者。そう聞かされた。これだけの戦力・規模を有する特事と渡り合った元
僕がここでより力をつけ、戦えるようになるための参考に。
姿勢を正し士車についていくと、既にジャケットを羽織った菊入もエレベーター前で待っていた。
武器を装備しているようには見えないが、手に黒い小さな手提げカバンのようなものを持っている。
「行けますか?二人とも。」
「...はい!」
「うーい。」
─────────────────────
─────ワゴン車内。運転は菊入。
道中聞かされた行き先は、郊外にある山道。しかし舗装された道であり、そんなに人里離れた場所というわけでもない。
やがて建物が見えなくなり木々が生い茂る場所まで来ると、逆に人っ気が増え始める。
しかしほぼ全員が紺の帽子に制服姿。車も停まっている。しかしほぼ全てが白黒に赤いパトランプ。
張られた規制テープ。僕達が向かっていく先は疑う余地もなく、警察が保全しているなにかしらの事件現場だ。
少し離れたところに車を停め、降車。迷わず進んでいく菊入と士車におずおずと随伴。
眉をひそめる。舌打ちをする。あからさまに顔をしかめるなどして僕らを嫌がる刑事たちのうち一人に、菊入は懐からキーカードを取り出して見せた。
「特殊事象対策課の菊入 聡です。」
「...ああ、聞いてるよ。とっとと行けッ。」
「どうも。では失礼します。」
「し、失礼しますぅ~...」
「斬っていいのどれ?」
初めて規制テープの先へ踏み込んだ。いつかの昔にドラマで見た行動だ。ほんのちょっとだけワクワク。
だが、現場であるからには当然、ある。そうでなければいいなと祈っていたが、嫌でもやってくる臭いにえずき高揚は吹っ飛んだ。
本筋のある場所はもう少し奥だった。山道に建ったごく短いトンネル。そこに、三人の死体が打ち捨てられていた。
片腕を肩ごと食い千切られたように死んでいるもの、首が曲がっちゃいけない方向に曲がっているもの、そもそも頭が吹き飛んでしまっているもの。
明らかに人の手による殺人じゃないことだけは理解できる。だから僕達が呼ばれたのか。
すると先導していた菊入はトンネル内の真ん中にある、普通よりも大きなマンホールの前で足を止めた。
「あの三人は、大学生のグループ。ですが元々は四人で、このトンネル付近に肝試しにやってきたようです。」
「生き残った一人が話した情報は..."化け物を見た"。」
「三人をこのトンネル内で惨殺したのち、このマンホールへ入っていった。私達はその化け物を探し、排除します。」
「化け物って...見た目とか、なにか特徴とかないんですか...?」
「いえ、出会った時刻は夜。視界も悪い。外見の情報はこれといってありません。」
「しかし、一つだけ。」
「ピョンピョンと跳ねる、と。下水道内で跳躍力を活かせるとは思えないが...念のため警戒をお願いします。」
そして、菊入から人数分の懐中電灯が支給された。ここら辺は廃棄区画であり、内部に電気も通っていない。
一帯が放つ怪しさ故にでっち上げられる数々の噂に尾ひれがついた結果、面白半分で立ち入ってくるような者も一定数いるらしい。
その末路が、この三人。すると、士車は肩に引っ掻けていた刀袋の紐を解き、中のものを取り出す。だが中身は刀ではなかった。
「鞘...だけ?」
金属でできているのだろうか。艶のない銀色をした、日本刀の鞘だ。だが柄がなく、刀が納められているようには見えない。
しかし、鞘全体には等間隔に円い穴が空けられていた。まさかこれを直接振り回すわけではないんだろうが。
僕も、手に意識を集中させる。滲み出させた液体金属を練っていきながら、頭の中に浮かべた刀の形をした型に流し込む。
約三十秒で成型、硬化。完成した刀は戦うには申し分ない出来栄え。
だがこんなに時間がかかっていては、出会い頭を狙われたらおしまいだ。素質はあるらしいんだ、もっと慣れないと。
「では、行きましょう。」
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