第18話 運命
「ハディクィル...!?」
「夜まで粘るつもりだったのに、余計な真似しやがって....」
「テメェらもここで死ね。」
詳しい関係性を問い質す暇もなく、桧山は首から伸びる複数の赤い糸を手繰り寄せた。束にして掴み引っ張ると、連動して繋がれた児童の身体も動く。
そして束を掴み、手にしていたダガーで糸を切り、輝きを増す刃を掲げる。さらに桧山は、ポケットから取り出した紙片を見ながら、歌のような、呪文のようななにかを唱え始めた。
「まだ他の魔術が...詠唱前に仕留め...ッ」
不破が一歩踏み出そうとした時、薄暗い室内に突如影が現れる。空気の中から次第に姿を滲み出させたそれは、背の高い人型の異形。
僕達の前、桧山を取り囲み5体が立ち塞がるように並んでいる。
灰色をしたゴム質の、厚く垂れ下がった皮膚。これまた前に垂らした両腕の掌からは、大きく広がり歪んだ鉤爪がついていた。
まだ身体は半透明、動く様子もない。しかし不破はそれを無視しつかつかと隣を通り過ぎ、糸を切られ腹這いに倒れていた一人の少女にゆっくりと近づく。
外国人の子だろうか、帳に包まれた薄闇の中でもわかる美しい金色の髪をしていた。二本の指を首筋に当て、脈を見ている。
「お前ら、手出すなよ。」
「不破さん、危ないッスって!!」
「...やっぱり脈がない。生け贄か。」
「少し.........頭に来た。」
背後でその姿をより濃くしていく怪物たちには目もくれず、不破は義肢である右の掌を自身の口に当て、呟くように言う。
「いいか、左から、
「
遂に顕現した怪物の群れ、鉤爪を振るって最も手近な不破へ襲い掛かろうとする。
次の瞬間、不破の背後にいた一匹の頭に刀が突き刺さった。飛んできたわけでも、降ってきたわけでもない。いきなり現れたのだ。
踵を返し、ジャンプしながら手に取ったそれがずるりと引き抜かれると、滴るどす黒い血と共にランダムな模様を作る薄桃色の刀身が露わになった。
続けて繰り出される激しい斬撃。食い込んでも決して半ばで止まることのない鋭さ。切れ味は相当なものだろう。
「次
さっきちょうど背後にいた、斬り倒した個体の亡骸に刀を突き刺し、左隣から攻撃する個体の腹へ拳を叩き込みながら再び空いた右手を口に当てて叫んだ。
すると、刀がふっと姿を消し、今度はすぐ右隣にいるヤツの頭に突き刺さった状態でまた現れた。
左側の二体がパンチの反動でよろめいている内に、右側の二体を飛び越えながら刀を回収。崩れ落ちた者を除き、不破から見れば三体が縦に並ぶ。
そこからはもう一瞬の出来事だった。真っ直ぐ走り抜けながら刃を左右に振り回しているだけで怪物たちの身体がバラバラに裂かれる。
読んで字のごとく道を切り開き、多量の血を浴びながら進む様はまさに鬼神。
転がる、切り落とされた腕を蹴飛ばしながら刀についた血液を払っている不破。それを前にしても尚桧山は詠唱を止めない。
「タネは大体わかった。単純で助かる。」
「悪い、名厨。もう動いていいぞ。コイツを殺すんなら早くな。」
「...いいえ。」
「あ...?」
「そいつを、犯罪者として...刑務所に入れるのは無理なんでしょうか...」
僕は不破が怪物を蹂躙している間、少しだけ考えた。こんな力を有している僕達なら桧山を殺すのは簡単だ、だがそれは本当に有為が望み、僕の気が晴れることなのだろうか。
ここで殺すよりも、塀の中へぶちこんで一生罪の意識を背負いながら生かした方が、より良い復讐になるのかもしれない。
慈悲をかけたわけじゃない。今すぐにでも殺してやりたいのは本当だ。
それでも、桧山が有為にしたように「殺す」という手段を安易なものにしてはならないと思った。
殺しても構わないという権を与えられたからといって、だ。459人も殺しておいて何を今更、とは自分でも思う。
だから罪を背負うのは、僕だけじゃない。あえて殺さないことで、僕の苦悩を分け与えてやろうと考えたからだ。
思い出していた。誓ったばっかりじゃないか、怒りに呑み込まれれば、ただの人殺しだ。
誰かを救うことだけを、支えになることを。有為に胸を張ってもう一度、逢える人間になることに全てを注ぐんだろ。
「...お願いします。」
「...魔術による犯罪は立証ができない。だからこそ凶悪、故に極刑が即刻適用されると、国が結論付けて生まれたのがこの課だ。」
「まぁ、いいか。ハディクィルについて聞き出してからでも殺すのは遅くねェ。」
「これはイエスじゃねェぞ。考えてやるって段階だぜ、はき違えンなよ。」
「...はい。」
「お二人さんよォ、長話は終わりかァ?」
しかし、桧山が詠唱を終えていた。だが何を繰り出すにしても魔術。僕ら二人に加え、不破の心眼があるなら対処できるはずだ。
「魔術を使うにも、何らかのリソースが要るってのはこっちで見当がついてンだよ。」
「お前もそろそろエネルギー切れだろが。それともハディクィルの野郎に...」
「...待って、二人とも!外見てくれ!」
賀科の声に、僕達はカーテンを取り払って窓の外、空を見た。遠くに見えた人々も一様に上を見上げている。
その違和感にはすぐに気づいた。暗すぎる。まだ15時にもなっていないはずなのに、あまりにも分厚い雲が空を覆い日光を遮っていた。
「桧山...お前何をした!!」
「ハッ、ただの下準備だ...こっからが本番だぜ、ビビんなや!!」
「不完全だが...これだったらイケる...!」
またしても取り出された物品。それはS字に曲がりくねった木の枝のようなもの。
放り投げられたそれは空中で静止すると、高速で回転し始めた。そして、メキメキと音を立てながら植物の根に似たツルを伸ばし始める。
「な...なんだ!?オイ、どうなってる!?」
しかしツルが素早く伸びる先は、桧山だった。逃げようとする手足を瞬く間に絡め取って磔にしてしまう。
響く叫び声。間髪入れずツルは生き物のように動いてあらゆる関節を逆方向に捻り上げ、多大なる苦痛を桧山に与える。
「や...やめろ!!俺は自由に、自由になるんだ!!見てるんだろハディクィル!コイツを早く外せェエッ!!」
「ハァァアディィクィルゥウウゥゥ!!!」
その断末魔を最後に、首に巻き付いたツルが桧山の首を折った。だらんと宙ぶらりんになる身体。
しかし、立て続けに起こる異常現象はそれだけに留まらない。まるで空間に穴を空けて通ってきたかのように、また違う異形の化物が目の前に顔を出した。
ギザギザの牙が生え揃った、エイリアンのような頭部だ。ぎょろりとした赤い双眸の中にある切り傷のような細い瞳孔がこちらを覗き込んでいる。
さらにそこからどんどんと続く長い身体が出現、室内を易々と埋め尽くしていく。
そしてそんな中でもそいつはお構い無しに、窮屈そうに身じろぎする。僕達はその胴体にぶつかり弾き飛ばされ、庭へ投げ出された。
地面の上を転がり、なんとか立ち上がりながら巻き起こる砂埃に目を擦る。そこには、建物を破壊しながら上空を泳いでいる巨大な黒い蛇のような怪物がいた。
ねじれたりくねったり、身体の形を絶えず変化させながらも背中に当たるのであろう位置に生えた蝙蝠のような二枚の翼が見てとれる。
そいつは、大きく耳障りな唸り声で地上にいる僕達を威嚇しているようだ。
一体どうしたらいい、あんな巨体では流石に僕達じゃどうしようもない。戻って応援を呼ぼうにもこの怪物の凶暴性がわからない以上町のど真ん中に放置するわけにもいかない。
「やりやがったなオイ...名厨、戻って召集令かけてこい。三十人もいれば問題ない。」
「不破さんはどうするンスか!?」
「あと俺は!?」
「俺と賀科は残って食い止めるさ....この感じなら、要は闘牛の要領だ。なんとかなる。」
「賀科、野次馬どもの前に立ってひたすら防御だけ固めとけ。死んでも凌ぎ切るぞ。」
「...りょ、了解ッス!!」
三十人、か。自分を犠牲にして助けを呼びに行くのが最善策だと考えているならそれは多分間違っている。
命には価値がある。そこのところを理解し、命の取捨選択を行える唯一の存在、それが特事課なんじゃないかと僕は思う。
そうじゃなかったら、普段から武器を持ち歩いたり、殺人の許可を与えるようなことができるわけがない。
少なくとも、僕より不破は課や関わってきた人達にとって重要な存在だ。肉屋の前で盛夏と世間話をしていた時、今までで一番頬が緩んでいたのを僕は見ていたから。
「オイ、何してる!?」
僕達は、きっと使い捨てなんだ。死ねばそれまで、お前はよくやったと一時的に称えられあとは緩やかに忘れ去られるだけ。
ここに来た時点で、そもそも大量殺人を犯した時点で、僕の命の価値は落っこちてた。
有為を失って、怒りのままに大勢を殺して、それでも僕に良くしてくれた人達。
ただ逃げて、その場にいないってだけでその人達に危険が及ぶのはもう嫌だ。
賀科には悪いけど、まだはじめの関係だからってことで、そこまで背負わないでくれるとありがたいな。泣くようなタマじゃないか。
「名厨!アイツは俺達が引き受ける、怖ェーけど、なんとかする!頼む!行ってくれ!!」
僕だって怖いよ。あんな巨大な怪物と戦うなんて、映画か漫画の世界じゃないんだから。
でもこれは現実、目の前に確かに存在する明確な敵。それがわかっていて、僕はそれに対抗する手段を持ってる。
「...!?よせッ!まだ反動がどれほどなのかも解ってねェんだぞ...!!」
考えるな。目の前の化物を殺すことだけに集中するんだ。生き残れるかどうかは"できれば"程度でいい。二人は傷つけさせない。
覚悟が揺らぐ前に、身体を動かせ。三十人分なら軽いさ。自分を信じろ。
息を深く吸い込み、僕は刀に向かって叫ぶ。
「.......っ、
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