第17話 理路騒然
とりあえず商店街を抜けるために、僕たちは寂れた路地を突っ走る。不破が器用にも走りながらスマホを操作し、タクシーを呼んでいた。
日々のパトロール、やはり向こうの方が土地に詳しいのは当たり前か。
しばらく経ち住宅街に出て、既に待機していたタクシーへ急ぎ足で乗り込む。
「東、
目的地に向かうタクシーの中、不破はようやく現在の状況について説明を始めた。
なんでもここから東にある彩羽保育園にて、立てこもり事件が発生しているという。さらに犯人は魔術を用いて
目的は不明。犯人がなんの要求も出していないためだ。そもそも魔術の使用が確認された時点で管轄は特事に移り変わったのだろうが。
「さっきの電話、刑事でしょ。じゃ誰が不破さん呼び出したんスか?」
「今店で飲んだくれてる非番のオッサン。こういう情報にだけはやたら精通してるし回ってくるのも早い、オゴリと引き換えにこうして勝手に仕事寄越してくるんだ。」
「とっとと片付けて支払い、あと領収書の受け取り行かなきゃなんねェ。」
「なら僕達もさっき一緒に帰らせたらいいんじゃないですか...?」
「そりゃお前、見学だよ。使っちゃダメな魔術がどんなモンか見て憶えるにはいい機会だ。」
タクシーは路肩に停車、不破はまたもや乱雑に万札を叩きつけ車を降りる。野次馬が道をすっかり塞いでしまっていたためだ。
僕達もそれに続く。あの焦りようを見るに、釣りなんて受け取っている暇はないんだろう。
人混みを掻き分けて、現場に近づくに連れてざわめきが大きくなる。
そして同時に、異質なものが目に入った。何メートルもの高さを持ちドーム状に展開された、薄ピンク色の障壁だ。
あれが話にあった"バリア"か。僕達は規制線の張られた現場手前に到着する。拳銃を帯びた警官の群れが待機し様子を窺っていた。
テープをくぐろうと近づくや否や、くたびれた背広を着、無精髭を生やした中年の刑事が睨みを利かせながら割り込んでくる。
「おうおうやっぱ来やがったか!特事課の殺人マニアどもォ~...!」
「そう思うんなら毎度突っかかってこないでくださいよ、
「見ての通り、今回は俺達の領分だ。早いとこ退かないと命に関わります。」
「ああ?どんな大義名分だか知らねェが、殺人が罷り通っちゃ法治国家はオシマイだ!」
「それに今日は、地底人のガキも一緒かァ?例の459人殺しの...」
首を鳴らし、舌打ちをした不破が刑事がしているネクタイを力任せに掴み上げる。そして目を見開き、真正面から怒気の籠った視線を突き刺すように向けた。
普通の人間が見せるそれじゃない、気迫。圧力?筆舌に尽くしがたい重々しさがあった。
「そういうアンタは地上で生きてる割に頭の出来が悪いようだな?陽に当たりすぎて脳ミソでも焼けたのか。」
「俺はとっとと退けっつったんすよ。この場でキャリアをパーにしたくないならね。」
手を離しそのまま身体を横に押し退け、言葉を詰まらせた刑事に見向きもせず僕達は規制線のテープをくぐり抜けた。
脅しの意味、"従わないなら殺す"なのか、"巻き込まれて死ぬ前に"なのか。あの表情のせいで一体どっちを指すのか全くわからなかった。
そして、バリアの前に到着する。見たところ色のついたガラスのようで、厚さも大したことはない。
こんなもののせいで、本当に警察の突入が阻まれているのか?そう思った時、不破は賀科の背中を叩き前に出させた。
「おい賀科。ちょっとクロムでこの
「えっ、いいんスか?俺がやっちゃって!こんなうっす~いの一発ッスよ!」
「いいから、やってみ。」
「じゃ遠慮なく...!」
賀科は右手を前に構える。すると腕を伝って液体金属が流れていき、拳へ集約していく。
やがてそれは重量を伴う塊、文字通りの鉄拳となり腕と一体化した。
それを遠心力でグルグルと回し、思い切り
「いッッ....てェエ~~ッ!!」
「えっ、ええ!?」
しかし、
一方賀科は鉄拳の解けた拳をもう片方の手で包み込みうずくまって呻いている。
「不破さん...!騙したな...!」
「調子こいてゲル出すの忘れてた...!ちくしょ~~ッ...!」
「な?この
「しかしこの展開範囲...ここまでデカイのは俺も初めてだ。中にいる犯人はタダモンじゃねェかもな。」
「そしてなんであの飲んだくれの連絡が、他課員の出動要請じゃなく俺自身の呼び出しだったのか。教えてやるよ。」
両袖をまくった不破は一歩前に出て、
すると、不破の腕、足、顔。身体全体に白く発光する、解読不能な紋様のようなものが出現した。
次の瞬間、手を当てた部分を中心に
特段力を入れた様子は見られなかった。なのに賀科の攻撃ですらどうしようもなかった
僕がたじろいでいる間にも傷はヒビとなりどんどん広がっていく。ただ掌で触れているだけなのに。
「これが俺に宿った...いいや、宿さざるを得なかった力か...」
「忌々しいッ。」
ついに全体に回ったヒビ。大きく息を吐き出して、不破は掌を離す。
「"
すると脆いガラスのように、
身体に現れていた紋様も失くなり、不破は再び上着のポケットに手を突っ込んだ。
「無論、これは俺達の使うクロム魔術にも当てはまることだ。一応気を付けろ。」
「中入るぞォ。」
パラパラと崩れ去っていく
これが、秘匿されるべき存在、世の平穏から最も遠ざけるべき尋常ならざる存在を狩り立てる組織の長。証左たる力。
備わった身体能力だけではない、異常を殺す異常、最強のワイルドカード。
「....行こっか、賀科くん...」
「おう...てかもう俺達いらないんじゃね...?」
それには同意せざるを得ない。きっと、今見せた"心眼"以外にも力はあるはずだ。そのポテンシャルを勘繰るまでもなく、立ち止まり振り返ってこちらに手招きをするあの男は改めて大きな脅威となった。
本来ならすぐに処刑台に立たされる僕のような人殺しの行く末を委ねられるほどの存在であるはずだ。
僕達は不破のもとに駆け寄る。そして辿り着いた保育園の窓ガラスを、中を隠す遮光カーテンごと躊躇なくぶち破りながら中へ。
レールから外れ被さってくるカーテンを退かした奥に犯人はいた。
「もうかよォ?思ったより早ぇな...」
「こないだぶりじゃん、名厨ァ。」
手には淡く光を放つ銀色のダガーナイフを持っていて、柄を持ち手首を返しながらクルクルと刃を回している。
そして目深に被ったパーカーのフードの裏に見える、ニタニタと気色の悪い笑み、記憶に深く刻まれたトラウマの種。
忘れもしない、あの顔。あの顔だ。享楽でしか動かないあの顔で、こいつは僕の全てを奪っていったんだ。
僕は無意識に歯軋りをし、拳を固く握る。爪が掌の肉に食い込むのにも構わず、抑えきれない怨嗟が至るところに表れる。
「桧山.....!」
「なに?名厨、アイツ知ってるの?」
「アイツですよ...僕の幼馴染を、円堂 有為を犯して、殺したのは...アイツだ...!!」
「マジか、後ろの連中つくづく使えねェな。」
落ち着け、僕には力がある。あんな野郎、今の僕だったらこうしている間にも百回は細切れにしてやれるんだ。
刀袋から
「...なんで止めるんですか...」
「僕にッ、僕に殺らせてください!!」
「まずは状況をよく見ろ。なにかおかしい。」
「ホラ、アイツの周り。」
熱の上った頭をなんとか動かし、怒りを無理矢理押し留めながら辺りを見る。
口と手足を縛られ桧山の周囲に拘束された児童、職員たち。意識はないようだ。
しかしながら全員のうなじからは赤くうねる糸のようなものが伸びており、桧山の首に繋がっていた。
「三人も来たのは予想外だったが...名厨、お前を殺しゃあ俺は、警察の目の届かねえところまで逃がしてもらえるんだぜ...!」
「ハディクィルにな...!!」
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