第二章「遍在する異」

第16話 憩い

 ぞろぞろと駐車場へ集まる、三十人余りの和気藹々とした軍勢。商店街はここから少し離れた場所にあるらしく、この人数で徒歩、というのも人目についてしまう。

 故に移動手段はバス。ここを通った時、停まってるなとは思っていたが。

 まさか商店街行くためだけに乗るの?三十人は余裕で乗れるとは思うけど。


「運転お前やれよ、甘利アマリ。」


「えぇ~!?アタシ先週もやったじゃん!」


「やってねえ。やってたとしても俺はカードやらなんやらで疲れた。」

「ドリフトでブッ殺すぞ。」


「できんの?バスでドリフト。」

「ビビって常に安全運転なくせに!」


「当たり前だ、車は怖えんだよ。毎年何人が死んでると思ってる。」


 不破の横にぴったり着いてきていた女性が、唐突な運転手のパスになにやらごねている。

 そもそも不破の背丈が僕よりも高いのに、そのさらに二回りは大きい長身。

 185、いや、もう2センチくらいはあるだろうか。身に纏う黒いスーツがよく映えている。

 ツーサイドアップに結った、ややウェーブのかかった黒髪が反論の度揺れた。


「しゃーないなぁもぅ....じゃ来週はふわっちやってよー絶対。」


「わかってる。つーか"ふわっち"呼びやめろっつってるだろテメエ。何度目だ。」


「あっやべ!アタシ新入り君に自己紹介してなくね!?休みだから朝の挨拶寝坊しちった。」


「聞けよ。」


「はっじめましてぇ~二人とも♪︎」


「オイ聞け。」


 女性は少し腰を屈め、こちらに目線を合わせながら明朗な笑顔で名乗る。


「アタシ、甘利アマリ 凪岐沙ナギサ!この不破 睦月くんのフィアンセ...」

「いたっ!」


ちげえから黙ってろ。」


 ニコニコ顔で当然のように許嫁を自称する甘利の頭を不破がひっぱたいた。それでも懲りた様子はなく、すぐにまた隣へ。

 ほぼ一方的にぺらぺらと喋っているが、軽く横に流されている。

 戦闘漬けでピリついた、気難しい性格の人間が多いと思っていたが、こんな明るさを持ったのもいるんだ。なんだか安心した。


 そして僕たちはバスに乗り込んだ。そこらで金を払って乗るようなものと遜色ない内装、世間話で盛り上がる車内はまるで遠足だ。


「はぁい、出発進行ですよ~。」


 甘利の運転で、警視庁を発ったバス。僕はというと、車窓の外を流れる都会ならではの景色に夢中になっていた。

 なんというか、ようやく落ち着ける時間がやってきそうで少し嬉しい。

 感情の乱高下、極めつけに軽いコンバットハイ。瞳孔がやや開きっぱなしになっていたことにさっきまで気がつかなかった。


 街中を走っていたバスは次第にビル群を外れていき、閑静な住宅街に入った。そして、コンビニの駐車場に入りバスが停まる。

 流石に直接乗り付けることはできないか。


「到着~、サイフお忘れなく~。よし行こ。」


 バスを降りて目に入った町並みは、いかにも都会といった東京のイメージとは外れた穏やかで、慎ましやかなもの。ここからは歩き移動のようだ。

 平日の昼間、人通りはなく天気もいい。不破の先導で路地を進む。見慣れない、嗅ぎ慣れもしない空気。それでも澄んでいて心地いい。

 どこで何人、いや。""も含め殺してきたのかわからない人間がどれだけ混ざっているか知れないという事実を除けば。


 やがて商店街が見えてくる。活気こそまちまちなものの、それが逆にいかにも下町というような感じを出していた。

 人っ気がないのに何故かつぶれないブティック、花屋。菓子店。全てがレトロで、緩やかな停滞の中で生きているようだ。

 それらの横を抜け、その中にある一軒の肉屋の前で不破は足を止めた。


「よう、盛夏セイカ。お疲れ。」


「どうもいらっしゃいませ、不破さん。今日もお揃いですか。」


 惣菜と精肉が並んでいるカウンターの奥に立つ、エプロンをつけた若い従業員の女性。ウルフカットの髪、どこか見覚えのあるような何かを滲ませるくすんだ瞳。

 愛想がないわけではない。表情こそ微笑んでいるが、そこ根底にある「なにか」を僕は感じずにはいられなかった。

 そして胸の名札に書かれた「宗谷」の文字を見て、僕はすっかり合点がいく。


「名厨、紹介するよ。」

「朝、蓮には会ったよな?コイツはその妹。」

「蓮と目ェ一緒だろ。ホラ、くすんでて...」


「チャームポイントみたいに言わないでくださいよ...私達は昔からこの目なんです。」

「私は宗谷ソウヤ 盛夏セイカ。よろしくね。名厨くん。」

「噂はかねがね...あ、ごめん。あんまり触れない方がいいかな。」


「はい、できれば触れないでもらえると...」

「よろしくお願いします...」


「名厨ァー好きなの選べ、おごってやる。ここの惣菜はどれも美味いんだ。」

「このコロッケなんて最高だぞォ。味しっかりしててソースとかいらねェの。」


「へぇー...じゃあ、それ一つ。」


「俺は四つくれ。」

「おい、次お前らの注文。」


 後ろで待機していた課員候補生たちが続々とカウンター前に集まり、盛夏に食べたいものをオーダーする。

 確かにどれも揚げたてのようで、辺りにいい香りが漂っている。もうちょっと頼めばよかっただろうか。


 不破の話によれば、ここでコロッケを食べた後商店街を一人で歩いて回るパトロールがルーティーンだというが、始めた当初はここまでの人数、それどころか連れていくような人間はいなかったそう。

 ワガママに根負けし一度連れていった甘利がその味を仲間内で言い伝え評判が広まり、同伴希望者がねずみ算式に増えいつしか...という流れでこうなったらしい。


「まぁ食う金は自分で払えって言ってあっからいいが...バス出したりすんのが面倒。」


「行くのやめたらいいんじゃあ....」


「やめる?ダメだ、というか無理だね。」

「これは俺が背負った責務の一つだ。投げ出すなんてことは許されねェんだよ。」

アイツの為にもな...折角行くなら飯時に行きてェし。丁度いいっちゃあ丁度いい。」


「...アイツって」


「はーい、コロッケの人どうぞ~。」


「は、はい!」


 盛夏が運ぶ大皿に並べられた、湯気立うコロッケを一つ手に取る。包み紙越しに持っても熱々だ。危うく落としかけたが遠慮なく一口。

 サクサクの衣は細かめ、やはり肉屋のコロッケなだけあってジャガイモの主張は抑え気味。しかしそれによって粗く挽かれた肉の食感が引き立っている。

 ジャガイモを目的として食うと、良い意味で裏切られるな。


 味もいかにも調味料で構成しました、ってな味じゃない。食材の旨味を邪魔しない、あくまでも引き立て役の下味。

 この分なら不破の言う通り。というか、手を加える余地がそもそもない。ソースなんかかける方が不粋というものだ。


「....美味しい。」


 コロッケなんてしばらく食べていなかったこともあってか、恐ろしい満足感だ。

 しかも掌ほどの大きさなのにかなり安い。スーパーで売られているようなものでは見劣りしてしまうだろう。

 ほとんど冷めないうちに一つ食べ終えてしまった。こんな美味いものが食べられるなら、今後もパトロール、着いていこうかな。


「....はッ。」

「こうやって同伴者が増えていくんだなぁ.....ご馳走さまです。」


「ッし、ご馳走さん。」


「えっもう食ったんですか!?」

「四つ...四つですよね?」


「おん。美味かったろ?」


「はい...メチャクチャ最高です...」


「ありがとねー。うちがやってけるの、不破さんたちのお陰ですから。」


「板についてきたな。元々肉屋なんて、通ってた以外縁もゆかりもなかったろ。」

「今日も一括で払う。領収書頼むぜ。」


 不破が懐の財布を取り出し、中をまさぐり始めたその時、スマホの着信音が鳴った。

 自分のを確認するが見当違い。軽く舌打ちをしながら不破が自身のスマホをタップ、それに応答した。


「はい特事課。今?まぁ行けます。」

「は...?すぐ行きます、場所は?」

「了解です。あ?わかりましたよ、後で寄りますから。」


 スマホをポケットに突っ込んだ不破は、やや焦りながら財布から一万円札を取り出して盛夏に手渡した。


「任務ですか?なら私も...」


「店どうすんだ、お前はなにもするな。」

「領収書は後で受け取りに行く。」


 その場に、一気に緊張が立ち込める。近くでなにか事件でも起きたのだろうか。


「あー...賀科、名厨。俺と来い。」

「残りは寮帰ってろ。甘利、運転頼んだぞ。」


「え~!まだ唐揚げも食べてないのにぃ!」


「テイクアウトしてきてやっから黙って行け、いいな!」

「よし、タクシー拾うぞ。二人とも準備できてんな?」


「は、はい!」 「はいッス!」

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