第15話 闘士
「今度はこっちから行くぜッ!!」
ファイティングポーズを取り、軽快なステップを踏みながらこちらに迫る賀科。突き出される拳を翳した鞘で受けるが、鎧の重量も乗っかってきて流石に重い。
打撃も効かない。どこか弱点を探さないと勝つのは難しいだろう。
頭を叩くのはダメだ、なら刀本体を拾いに行って使うか。いや、それこそ本末転倒。
一撃一撃が骨に響く。いくら身体能力が向上しているとはいえ身体そのものの脆さは据え置き、鞘一本で耐え続けるのも厳しい。
このまま負けるなら、即興の作戦を試す価値はある。互いの弱点を知れるいい機会だ。
「いいか、そっちが言ったんだからな...!」
横薙ぎに鞘を振る。当然賀科は腕を横に構えてガードしようとする。
僕はそこをあえて狙う。この鎧、正面からバカ正直に殴っていては衝撃を吸収されてしまうが、どうしても防御を捨てて柔軟性をいくらか得なければならない関節部ならどうだ。
そこを重点的に強化したとしてもバランスが悪くなるだろうし、可動部の軟らかさを確保しておかなければ全身を覆う
今までこれ見よがしにしていたアップ運動やステップ、考えてみれば不思議だった。継ぎ目もなにもない鎧を全身に着けているのに、なぜここまで身軽に動けるのか。
僕はまだ魔術を得ていないからその仕組みも、操作する方法もわからない。それでも自分が優秀であることを自称した、それだけで操作精度の裏打ちは十分。
寸前で攻撃の軌道をずらし、肘狙い。スピードならこちらに分がある。
その表面は一切揺らいでいない。内部にくまなくショック吸収ゲルを維持できるというのなら、弱点となるのなら。君が優秀なら。
そこんところのカバーくらいはやってみせるだろうと、僕は賀科を信頼した。
「これで....!!」
「どうだッ!?」
鞘が肘部分を打つ。すると、水溜まりを強く踏んだ時のように液体金属が飛び散った。
賀科はたじろぎ、そこに隙が生じる。あとは脚と鞘を使って捕縛の組み立てを行えば。
「まだ、まだぁッ!!」
しかし後ろに引こうとした鞘が、グッと留まる。見ると液体金属がツルのように伸びて固まり、賀科の肘のところで鞘を固定していた。
どんだけ器用なんだよ、武器まで奪われたらいよいよ打つ手がなくなる。
「ご明察だ名厨...!お前の見立て通り俺の
「だが甘いぜ!
「甘いのはそっちだよ...!!」
鞘は掴んだまま離さない。それは向こうも僕も同じこと。そして、発揮できる力のキャパシティ差はついている。
「賀科くん、ごめんッ!!」
生憎こちらは五人分だ。そのパワーに物を言わせ、一本背負いの要領で鞘ごと賀科の身体を空中へ持ち上げる。
馬力だけなら絶対に負けない。もがいて重心をぶらされても、そのままぶんぶん振り回す。
こうしていれば、一旦鎧を解除して逃れる、なんてことはできないはず。もし拘束が解ければ遠心力を維持したまま壁へまっしぐらだ。
「うぉおぉぉおお!?ヤッ、ヤバイ!!」
「はぁあッ、離して名厨ぁぁあ!!酔うぞ!!からの吐くぞ!!いいのかああ!!」
「賀科くんッ!なら!」
「今回は、僕の勝ちってことでいい!?」
「わわわかったから早く降ろしてぇぇえ!!」
回転速度を落としていき、ゆっくりと床に身体を降ろす。すると鞘を固定するツルをはじめ、みるみるうちに鎧が形を失いドロドロと消えてしまった。
賀科は大の字になり息を切らしている。僕は置いてあった刀を鞘に納め、手を差し伸べ助け起こしてやる。
「意外とッ...荒っぽいことすんだな...!」
「全力でやる、でしょ?」
「その通り...!いやー、刺激的なアトラクションだったぜ...」
「それにしても関節脆いのバレるとは思わなかったな...上手いこと隠してたつもりだったんだけど。」
「....なんでわかったの?」
「隠されると逆にっていうか...表面全部ツルツルで継ぎ目ないのに身体はすごい動いてるから。普通全身硬かったら動けなくなると思う。」
「僕がクロム魔術のこと聞いてたからこそ関節だけ液体なんだなって思ったけどさ...?」
「あー確かに...気にしてなかったなそこ...」
「鎧出す時は最初絶対融けて出てくんだよ。初見相手でもこうやってバレちまうかもなぁ。」
「でも受けた時に固めて掴んできたのは良かったと思うよ。」
「そうッ!そうなんだよ!自分でも"あーこれ使える"って思ったぜ!」
「俺カウンター向きかもしれないな~。あとは短期決戦的な?」
部活上がり、一日の終わり。カジュアルなストイックさを分かち合う意見交換。
僕がかつて校庭のフェンス越しに見たことのあった、憧れる"普通"の一つ。この時間はそれに酷似していた。
汗もかいた。その
しかしその余韻を断つ、そばの壁を飛び越えた人影。天井の証明が作る逆光で黒くなった姿は、空気を掻き回す風を巻き起こしながら着地した。
登ってきたのか。それにしては音がしなかった、まさかこの十メートル位ある高さの壁をジャンプで?
両手をポケットに突っ込み、苛立ちを溜め息に乗せて放つ不破が、僕らの間に割り込んだ。
「何やってンだ?お前ら。」
「くッ、訓練ッス...」
「んなこたァ見りゃわかる。キーカードのスキャン通知が来たと思ったらよ...」
「まだお前のカード書き換えも終わってねェんだぞ、名厨。勝手すんな。」
「違います不破さんッ!俺が名厨誘ったンスよ!ここのこと紹介したいし、課員候補生になるんなら訓練積まないと...!」
「そういうこと言ってんじゃねェよ。俺の名義になったままのカード通った履歴残ったら後々ややこしいだろって話だ....」
「...まぁ、警告しなかったこっちも悪かった。カードの名義変更と指紋登録やっといたから、これからは好きに使え。」
「...ありがとうございます。」
「で、どっち勝ったの?」
「僕です」 「名厨ッス」
「ふーん...おい、賀科。」
不破はおもむろに、ポケットから抜いた片手を賀科に差し出した。
「...何スか?」
「罰金。千円出せ。クロムの補充分買う足しにしてやる。」
「たかが三ヶ月の差でもお前は名厨より古参だ。実戦経験もほぼないに等しいが、クロム魔術の腕は立つんだ。先輩風吹かしといて負けんじゃねえよ。」
「え゛ッ!?罰金ンン!?」
「そんな百姓なッ...!」
「米でも作ってンのかテメーは。」
「それとも腕立て千回のがいいか?」
「...ウッス、払わせていただきま~す...」
取り出した財布から、至極不服そうな顔をしながら千円札を抜き取り手渡す賀科。しかしそれを受け取った不破は即座に千円を賀科の胸に叩き返した。
「真に受けんな、カツアゲになるわ。次情けねェ勝負したらマジで取んぞっつってんだ。」
「なにが"早く降ろして~"だよ。情けねェ。」
「見てたのォ!?いつから!?」
「これから皆で昼飯だ。
「昼飯...商店街ッスか?」
「ああ。行かねェのか?」
「行くに決まってるでしょ!なぁ名厨!」
「行くけど...商店街...?」
そういえば、壁に掛かった時計はすでに正午を過ぎていた。五人分の魂を駆って動き回ったからか腹も減っている。消化も五倍の速さになってたりしたら嫌だな。
訓練場を出て、不破と、すっかりウキウキになった賀科についていく。行き先は商店街らしいが、一体何を食べるのか。
エレベーターの前に立った不破は乗り込む手前で振り返り、訓練場を含む寮全体を見渡して大きく息を吸い込む。
「昼飯ィイ!!商店街ィイッ!!」
「来るヤツぅッ、来ォい!!」
戦闘訓練の騒音を切り裂き、不破の張り上げた声が響き渡る。その途端に辺りから聞こえていた銃声、走り回る足音が止む。
そしてぞろぞろと出てくる課員候補生たち。やがて30人を超える人数が集まった。
モニターの映像を見られていたのか、僕はいよいよ転校生のように囲まれてしまう。それを制止した不破は刀袋を僕へ手渡した。
「刀入れてけ。目立つから。」
「あっ、はい...」
「これで全員か?行くぞー。」
「あのー、不破さん...」
「商店街にこの人数って...まさかこれから...」
「いやいや、任務じゃねェよ?パトロール。」
「そうじゃねェとんな大人数連れていかない。地下暮らしばっかじゃなくて、外歩いて外の空気を吸うのも必要なことだ。」
「パトロール...?」
「ああ。食べ歩きながらな。」
「理由については聞くな。人に話すような、ましてや飯時に話題に出すことじゃない。」
「は、はあ...」
袋に隠した刀を背負った僕、賀科、その他大勢を連れた不破一行はエレベーターに乗り込み地上へ向かう。
見慣れない顔触れがひしめき合う上昇中。この人数が同時に乗るとなるとやはり狭い。
警察の関連組織が大所帯で、商店街なんかをこれから闊歩するのか。
そもそも昼食とやらを済ませたらすぐ戻れるんだろうか。まだほとんどと話したことがないし、この中に混じって行動するのはなんだか落ち着かない。
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