第14話 プラクティス

 僕たちはそのまま訓練場横の、座席があるエリアへ出た。壁で区切られた広大な場内からは相変わらず銃声が響いてくる。

 そして、その壁にモニターがいくつも取り付けられている。中の様子をこれで見ることが出来るのだろう。

 そして、入り口も複数。四つでワンセットのモニターも点在している。


「今日も模擬戦やってるなぁ...これ1vs1ワンブイワンエリア満杯じゃね?」

「ちょっと見ていこうぜ。」


「今日は、授業とかってないの....?」


「お前が来るからって理由でみんな休み~!」


 ピースサインを見せつける賀科。僕は苦笑しながら、一つのモニターセットの前につく。

 映像に映っている青年、確かに身体能力は人間離れしている。縦横無尽に動き回りながら遮蔽物を駆使して射撃をかわし続ける相手方の女性に拳銃を次々と撃ち込む。

 闇雲に動いているように見えるが、射手側も策士だ。銃はあくまで牽制、それを凌ぐ隙にじわじわと距離を詰めていっている。


 しかし別角度のカメラから見た防戦一方の相手方。ドラム缶の裏に座り込み、さらに完全に丸腰のように見える。

 焦りの様子は見えない。なにか仕込んでいるのだろうか。射手が足を止め、再装填を行う。

 そしてドラム缶の方へ銃口を向け一定の距離を保ちながらゆっくりと裏へ回る。射程内に入ろうかと思われた、その時。


 隠れていた相手方が地面を踏み切り勢いよく飛び出す。同時に、掌から銀色をしたドロドロの液体が流れ出、瞬く間に長大な幅の広い大剣を形作った。

 金属だ。融けた金属を生み出して、武器に変えてしまった。

 それを斜めに、身体の前で持ち上げるように構える。当然弾丸は弾かれた。

 しかし射手も負けていない。即座にバックステップで距離を開けて、相手の周りを周回するように走り、跳びながら隙を探す。


 だがそれこそが本当の隙となった。女性は手にした大剣を盾として使う構えはそのままに、身体を捻ってその場で回り始める。

 そして踵を軸に、振りかぶった。打つのではない。勢いをそのままに大剣をぶん投げた。

 巨大なブーメランのように空中を回転しながら飛翔してくる大剣、射手はそのサイズゆえ避けきれず、衝突してしまった。


 女性は、拳銃を取り落とし呻く青年を助け起こす。未知が交錯する一瞬の戦い、滲み出すように出現したあの液体金属は一体なんだ。


「かっ、賀科くん...!今のは...?」


「"魔術"、らしい。けど俺もよくわかんねー...ああいうヘンなの使ってくる奴らは敵と見なしていいって不破さん言ってたな...」

「あの液体金属出すヤツは"クロム魔術"。俺含めて、寮メンバーは全員使えるよ。いや、使って言った方がいいかもな。」

「名厨もその内貰うんじゃない?」


「怪しい本読んだりとか、そういうのじゃないんだね...」


「ホラ、寮の最上階に部屋あったじゃん。そこに住んでる人から受け取れるんだよ。」

「あっ、せっかくだし模擬戦やろうぜ!昼近いし腹ごなしにさ!」


 賀科はいつの間にか空っぽにしていたフライドポテトのカップを手で折り畳み、遣り場に困ったようにポケットに突っ込む。

 そして、今し方一戦交えたばかりのペアが出てきたブロックへ入れ違いに入っていく。


「早く来いよ!心配しなくても手加減する!これからどうせ相手になるの俺だし、試しにやってみようぜ。」


 突然の提案に躊躇し、立ち尽くしている背中を押され僕も入室する。中は二重扉になっていて、その間の空間、ロックされた扉の前になにやら機械があった。


「キーカードスキャンするんだよ。訓練に使ったの記録することになってるんだって。」


 言われるままに、画面へカードをタッチ。電子音が鳴りロックが解除され中へ入れるようになった。

 カメラを通して見た映像と同じで、木箱やドラム缶、金網なんかが置かれた空間。かなり広く、バドミントンくらいならのびのびとプレーすることが出来そうだ。

 その中心で、僕らは正面から相対する。


「軽くだし、五分くらいでいいよな?」


「...オッケー。」


「全力で来いよ!じゃないと訓練にならねーからな!」


 賀科のペースにのせられてここまで来てしまったが、大丈夫だろうか。出演したショーでは感覚をブーストする薬物を、課員八幡との戦いでも僕はこの幽棲刀ゲシュペンストの力を借りた。

 全力で来い、とは言っても。僕はなにもしなければ非力な方。何かしらの助けがなければただ刀を振り回してる一般人。

 幽棲刀ゲシュペンストを使ったも、一体いくつがちょうどいいのかまだハッキリしていない。


「賀科くんから手札切ってよ。刀の力は僕もまだ使い慣れてないから、それ見てから数を決めたいんだ。」


「おお、強気じゃん?じゃーやるか...!」


 本当は下手に火力を出しすぎて怪我をさせたくなかっただけだったんだけど。よく考えてみればナメてかかった値踏みみたいなことをしてしまった。


へん....しんッ!!」


 賀科は掛け声と共に、古い特撮番組のヒーローのようなポーズを決める。その直後、身体の至るところから液体金属が染み出してくる。

 それはうねり、這い回りながら素早く全身を覆っていき、最終的にシャープなシルエットを持つ鎧を成した。

 ごく滑らかな、継ぎ目のない銀一色をした装甲アーマー。頬から上を除き、鼻、頬、口も一部マスクのように保護している。


「スゲーだろ!カッコいいだろ!」


「...手強そうだね。」


 肩を回して、その場で軽く跳ねながらアップ運動をする賀科。僕は鞘に納まったままの刀を正面へ水平に構え、鞘を少しずらしてハバキを露出させる。

 そして、そこを指で弾く。甲高く空間と共鳴する音が響いた。


「.....5。」


 僕はそのまま抜き放った刀を床に置いて残った鞘を手に構える。いくら訓練とはいえ真剣なんか使えない。

 あの装甲アーマー、身体に直に纏っているのなら、五人分の力であれば鞘だけでも十分な威力が出せるだろう。

 ドクンッ、と心臓が跳ね、また頭の中で意志に呼応した唆す声が現れた。


『倒せ』『そいつを倒せ』『殴り倒せ』。


 よかった、『殺せ』じゃなくて。それでも僕の本心はまだまだ攻撃的なんだな。

 いくら頭で否定しても魂の深層が見せる本能はどこかに存在して、表に出てくる機会をいつでも窺っている。

 これは僕の、"暗黒面"とも呼べる心の澱だ。ストレス、フラストレーション。溜まっていったもの全てをひっくるめてこの声はそれを、目の前にあるものに託つけて引っ張り出してくるから質が悪い。


「鞘?そっち使わねーの?」


「...多分、怪我させるから。これで。」


 しかし身体が軽い。体育館で最初にやった数の単純に五倍、まるで比べ物にならない。

 そして魂五つ程度なら身体に大したデメリットは表れないらしい。少々肩がどんより重たいような感覚があるくらいだ。


「いくよ。」


 この程度なら、動けば振り切れる。僕は地面を蹴って滑るように賀科へ迫る。


「えッ、速ッ!?」


 狙うなら、比較的分厚い胸部の装甲アーマー。構えた鞘の先端を突き入れる。

 自分でも驚くほどの瞬発力が出た。しかし寸前でクロスした両腕が差し込まれ攻撃を防ぐ。

 割と全力で突いたはずなのに、賀科は後退りすらしない。鎧の重量のせいなのか。

 いや、動きに影響しないほど軽い装甲アーマーなら今ので身体ごと吹き飛んでいてもおかしくはないはずだ。


 露出した頭を狙わないように、続けてハイスピードに連続した打撃を叩き込む。だが一体なんだ、この妙な手応えは。

 文字通り、打てど響かず。触れど届かず。効いている素振りもゼロだ。

 こちらが防戦を強いているとはいえ、全ての攻撃を鎧で受け止められていることは事実。僕は攻撃の手を止め、一旦数歩距離を置いた。


「マジッ、五人分ってやべーな...!?内側にガンガン響いてくる...!」


「とぼけないでよ、賀科くん。普通鎧がそれくらいの薄さだったら今のでベコベコ。」

「なのに君へのダメージも少ない....なにかカラクリがあるんだろ?」


「...バレてたか。ホラ、これ。」


 賀科は、片腕を覆っていた装甲アーマーを引っ張ってするりと外した。肘まで抜けたそれの中身をこちらに見せてくる。

 装甲アーマーの内側に、なにか硬いゲル状のものが張られている。外側と同じ銀色をしているが、まさかあれも液体金属の一部なのか。

 道理で、むやみやたらに叩いてもろくに効かないはずだ。


「衝撃吸収か...?便利だな...」


「正解!言っただろ、手加減するって!」

「その気になれば外側でも内側でも、まだまだ分厚くできるぜ。」


「言っただろ全力で来いって.....」


「このクロム魔術って、使い手によって性質が変わってくるらしくてさ...俺の特徴は、出した金属をこうやってグミみてーに固められることなんだわ。」

「全身護れる鎧もやってる人いなくて、動かせる量も多い方だって言われたぜ。」

「割と優秀デキルみたいよ、俺...!!」

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