第13話 熱い内に

 50人ほどが座れる、ロングテーブルと座席が並べられた食堂に出る。カウンターにある食器の返却口の向こう側で、腰辺りまで伸びた髪の端をバンドで縛った女性が食材の仕込みをしているようだ。

 しかし、エプロンや割烹着といった料理人らしいものは一切身に付けていない。タンクトップにベルボトムのGパン。

 キャップを逆さまに被って頭髪の混入は一応防いでいるようだが。


 かなりの美人だが、パッと見で抱いた感想は「性格がキツそう」。モデル顔負けの長身とくびれが逆にそれを助長している。

 広いキッチンでせかせかと動き回りながら見せる眼光が鋭い。正直、話しかけるの怖い。


おはざぁ~っすおはようございます!まだ準備中ッスか?」


「ん?別に大丈夫。」

「あれ、そっちの子が噂の?えっと...」


「あ~ッ.......そッスね。名厨 隼斗くん!」


「へェ~。」


「.......」


「.......?」


「459人殺しの。」


「イヤァアッやっぱ言うと思った!!」

「ちょっ、そんな言わないでよ!コイツだって反省っつーか、あの、してっから!」


 どこ行っても誰が相手でも。特事課の関係者だったら絶対にこのくだりは突っ込まれる運命なんだろうな。ちょっと嫌だな。

 自分がしたことだし仕方ないとは思う。これも受け入れるしかないよな。


「そ。ゴメンね、ここじゃインパクトのおかげで、それで通っちゃってるからさ~。」

「あたしここの調理担当やってる、間宮マミヤ ココロね。よろしく名厨くん。ウマいメシが食いたかったらあたしに言いなね~。」


「ど、どうも...これからお世話になります。」


「間宮さァん、フライドポテトひとつおッ願いしゃ~す!あ、食いながら地下寮コイツに紹介したいんでカップ入れてもらえます?」


「了ー解。細め?太め?皮つきのヤツ?」


「極細カリッカリで!」


「ん。調味料は?」


「シンプルに塩で!」


「はいよ。名厨くんはなんか食うの?」


「あっ、僕はお腹空いてないので...」

「また今度お願いします。」


「ふーん。腹減ったら来なよ、なんでも作ったげる。」


 間宮さんは背後にあった巨大な冷蔵庫からジャガイモを取り出し、皮を洗い剥いて包丁で刻む。他の料理人は見当たらない、一人で食堂の調理を担当しているのだろうか。

 カウンターに賀科が背中から寄りかかる。僕はその隣で華麗な調理風景を眺めていた。

 非常に手際がいい。何ミリか程度の細さなのに軸がまったくぶれていないし、幅もばらついていない。

 僕も節約のため自炊はしていた、だがそれに比べてあんな包丁さばき、最早神業。


 速すぎて目で追うのが大変だ。たった一人であれだけの人数分...作ってるかは知らないけど。納得できるだけの腕を持ってるのはこれを見ただけでもわかる。

 そして、細長く切られたジャガイモが熱々の油へ投下。心地のいい音を立てて揚がる。


「うンまそ~。」


「賀科くん...三ヶ月だよね?来てから。」

「なのにすごい馴染んでるよね。」


「人間、慣れが肝心だぜ。でも人として慣れちゃダメなこともあるのが怖ェんだよ。」

「新しい環境に馴染んだりとかはいいけど、人が死んだりとか...俺もたかが三ヶ月よ。」

「ちょうど将来に悩んでた頃だし、帰る場所もなくなっちまったし。バイトみたいな勢いで一員になっちゃったけどさ...やっぱ怖くね?」


「....うん。」

「何人だろうと、殺すのが簡単だろうと...相手が仇だろうと...」

「...命は、命だから。」


 話題が再び湿り始めた僕たちの間に、間宮さんがフライドポテトを差し出す。赤と黄色のストライプ模様をした紙カップに入っている。

 こんがりと揚がり、立ち上る香ばしい匂いが思わず食欲をくすぐった。


「おぉ~ッ、来た!」


「辛気臭い話は置いとけー、若いのお二人。」

「これ食って気晴らしにしな。」


「...そッスね、あざっす!」

「行こうぜ名厨!」


「うん.......どうも。」


 間宮さんに頭を下げ、カップを手にした賀科と共に部屋を出ていく。賀科が揚げたてのフライドポテトを噛むカリカリとした音が廊下に軽快に響いている。


「うんッ!ホクホクもいいけどこういうカリッカリも食いたくなるよなー!」

「わかる?名厨。」


「いやあ...僕こういう揚げ物とか、そんなに買うことなかったからさ...」


「あぁ~...常に金欠っつってたもんな...」

「じゃ食う?全然まだあるし。」


「...いいの?じゃあお言葉に甘えて...」


 差し出されたカップの中でカラカラと動いた一本を抜き取る。口に運び、歯が通って小気味いい食感を伝播しようとした、その瞬間。

 ドアの向こうから、大きな乾いた破裂音が立て続けに何度も聞こえてきた。あまりの衝撃に口の中に残るはずだった味なんかの諸々が吹き飛び、思わず咀嚼を忘れる。


「今のなに...!?」


「あー、先輩方の訓練始まったんじゃね?人によっちゃ銃も使うし。」

「大丈夫大丈夫、当たってもアザが残るだけのゴム弾だってよ。ほら。」


 賀科は着ていたTシャツの袖をまくり、二の腕の付け根あたりを指差した。そこには確かに紫色をした痛々しい小さな痣が二つ、数センチの間隔を空けて見える。


「こないだ貰っちまってさ~。慣れてないってのに容赦なさすぎ!」


「あはは...僕もやるのかなぁ、訓練...」


「基本の相手を俺にすれば大丈夫っしょ。あの人らの動き、普通にオカシイぜ...」

「走るわ跳ねるわ、ヒョイヒョイ避けるわ...」

「まぁ、の賜物なのかねー。」


「英才教育って?」


「ん?あぁー...」


 賀科はフライドポテトをかじりながら話す。なんでも僕と賀科、あともう一人彼の同時期に入ってきた同期を除いた寮のメンバーは、幼少期から戦いのノウハウを叩き込まれてきたプロ中のプロらしい。

 今こそ成長しているが、先輩たちは当時まだ中高生ほどの年齢だ。


 6年前に東京で起こった、二つの武装勢力と得体の知れない怪物が三つ巴で繰り広げたらしい大規模な戦闘。

 武装勢力の一方は特事課で、そのもう一方の組織がそのプロ集団だったという。怪物の姿も記録に残っていないし、当時ニュースで見た程度の覚えしかなかったが、ここで繋がるとは。


「あの人らがその"揺篭オーファニッジ"ってな組織の生き残りだってンだけどさァ...洗脳っぽい教育させられてきたせいなのかマジで強えーの!」

「んで、揺篭オーファニッジのリーダーを潰したらどーいうわけか洗脳が解けて、こっちになだれ込んできたって訳よ。」

「全部不破さんから聞いた話だけどね。その辺について喋るの嫌みたいだったから、途中で深掘りやめちゃった。」


「その時は、まだ子供だったんでしょ...?」

「親元に帰すのが一番じゃない?なんでまた戦いの訓練なんか...」


「いやさ、揺篭オーファニッジ。そいつら今こそ消滅してっけど周到だったんだぜ。」

「生き残ったメンバー、それぞれ連れ去られて集められてたんだけど...」

「その度に、繋がりのある人間を殺して回ってたんだってよ。親、兄弟、親戚...後になって全部事故やらに偽装されてたこともわかったらしい。」


 賀科は足を止め、やや声を抑えて続きを語る。その時点ではまだ、元メンバーをなんらかの養護施設に送ったりすることは可能だったようだが、不思議なことに大多数がそれを拒否。

 自身がやった殺しの記憶をしっかり持ったままなのにも関わらずだ。

 真っ当に一般市民として暮らし社会復帰を望む者が異端扱いされてしまうほどの比率だったらしい。

 賀科はそれを「身体に染み付いた感覚が離れられない」と推察しているが、そんなことがありえるのだろうか。


 時間を奪われ、青春を奪われ。ひたすら殺し、殺し、殺しの日々。最悪だろう。

 僕が言えたことではないが、そんな年月を過ごしてしまった事実を知ったなら真っ先に抜け出したいと考えるのが当たり前じゃないか。

 彼らは、まだ戦いに囚われているのか。だとしたら僕も同じ。

 無為に、がむしゃらにやらかした。そしてぼやけた罪の意識のせいで、命を奪う側に再び回る決意なんかしてしまった。


「まー...俺は止めたりしないけどね。結果的に国のためになってるんなら。身近な人だけが死ななきゃいいって思ってるのはみんな当然。」

「こんなこと言いたくないけどさ...どっかの誰かが死んだってニュースを見ても、テレビの前でいちいち泣き叫ぶヤツなんかいねえだろ。」

特事課ココのやることに関しては、俺はケッコー割り切ってんだ...そりゃやり返したいとか、そーいう気持ちは人としてある!」


「....」


「ホラ、また暗い顔してんぞ!」


 賀科は僕に力強く肩を組んでくる。そして、固くまっすぐな意志のこもった瞳を斜め上へ向けた。

 きっとコイツは、元より清々しいまでの善人だったのだろう。家族を目の前で殺されても他人の死を悼む気持ちをまだ全部忘れてない。


「一緒にガンバローぜ。愚痴なら、墓入ってから言やぁいいんだから。」

「救えるヤツも目が届くならそれでいい。そこまで手を伸ばせば救えるんだ、簡単だぜ。」


「....うん、ありがとう。」

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