第12話 鉄の温度

 賀科がした身の上話。躊躇いが露骨に表れる区切り方をしていて、その素振り相応に中身は凄惨なものだった。

 家族全員が、未知の存在に惨殺されたというのだ。血も流さず、頭蓋骨に穴を空けられ脳を根こそぎ吸い取られていた。

 賀科自身も襲われたが、攻撃を受ける直前で課員が現場へ割り込みその生き物を殺すことには成功した。


 だが賀科の保護を担当した課員が、強いがやたらと口の軽いタイプ(+ドジ)で、漏洩させてはならない課の情報をはじめとした事柄を色々と滑らせてしまった。

 そして賀科が課に協力的なこと、この地下寮の存在も手伝って課の秘密を守るために入ることになった、と語った。


「特事課って...僕は"力"があるからともかく、元高校生が即戦力になるものなの...?」

「戦ったり...するんでしょ。不破さん言ってたけど。」


「お前も高校生だったじゃん...ってか、この地下学校も兼ねてんだよ。聞かなかった?」


「...いいや、聞いてない。」


「義務教育プラス、高校にあたる授業を三年間。無料タダで受けれる。俺らの場合は再来年卒業ってことになるなー。」

「戦うための訓練もしたり、軽い任務こなしたりもするけど、卒業するまでは正式に課員にゃあなれないし、それまで拠点もこの寮。」

「聞いて驚け、食堂もあるんだぜ!これもタダだし、それにチョー美味い!」


 これはひょっとして、一番重要なことじゃないんだろうか。

 人殺しの資格が与えられ、しかし立場が保障されるとはいえ、最低限学生としての生活は送らせる、という慈善的な考えなのだろう。

 明日明後日にでも戦地へ送られてしまう覚悟でいたが、少し気が緩んだ。


「つーか、"力"ってなに?」


「...ああ、僕のこの刀のことだよ。斬った人間の魂を溜められる。」

「ここのところを指で弾いて数を言えば、刀に溜まっていった魂が僕の身体に入るんだ。」

「その分、なんというか...身軽になる。」


「それってェ...459人分入ってンの?」


「...うん。全部使おうとしたけど無理だった。反動で、死にかけたんだ...」


「そっ、か....」


 それはそれとして。語られた事件が彼の心に残していった傷は相当なもの。

 話しながら何度も目を伏せたり、溜め息をついたり。する仕草する仕草に葛藤がありありと滲み出ていた。

 友達。僕を賀科はそう呼んだ。社交辞令の類いだとしても、僕は嬉しかった。

 まともな友達、両親が自殺してあの生活に転がり落ちるまでは居た。だがそれも、あっという間に有為だけになってしまった。


 仲の良い相手を失うのは、怖い。この間みたいな出来事、警察組織の傘下に下るなら安心だけど、それでも起こらないとは限らないけど。

 ただ、僕はチョロいだけなのかも。少し距離を詰められて良くされれば、その人を簡単に信じてしまう。

 あんなに怪しいヤツハディクィルに与えられた力でさえ、調べも立てず感情のままにホイホイ使ってしまった。


 でも、大切な人を二度も僕から奪うことはないだろ。僕はとっくにドン底まで落ちたから。あまりにバランスが悪すぎる。だから大丈夫。

 ...なんて、希望的観測をしてみる。希死念慮なら漠然と残ってる、彼が死に瀕したなら僕が刺し違えてでも救う準備はできてる。

 僕は賀科の肩を正面から掴み、目を真っ直ぐ見て話す。


「いっ、今言ってたその化け物...!どんなヤツなんだ!?」


「え....!?まさか探すつもりかよ?」

「...アイツ、どこからともなく現れた。住み処も生態も、俺のために課の人が殺しちまったからわからず仕舞いで...」

「死体もすぐに霧ンなって消えちまったし...」


「見た目だけでもいい...教えてくれ。」

「これから僕が、なにかの調査を斡旋されたりするかもしれない...その時にッ!」

「僕が見つけたら...ソイツを代わりに殺す。何匹だって!」


「フッ、フッハハハ....ッ!」

「...優しいんだなぁ...お前!」

「わかったよ、共有しとくぜ...秘密はナシって言ったばっかだしな。」


 課によって呼ばれる仮の名は"ストロー"。チュウチュウと脳を吸い取るという奇特な殺害方法から、そう名付けられた。

 ソイツが現れる時には、低く唸るような奇妙な音が聞こえる。

 そして虚空から、そびえ立ちくねくねと歪む光線が束になった、瞬く光の柱がせり出てくるという。


 同時に室内にも関わらず霧が立ち込め、急激に空間の気温が低下、反対に湿度が上昇。

 ちょうど今時期の梅雨、雨上がり。雨を浴びて体は冷えているのに空気はじっとりと湿っている感覚、と賀科は形容した。


「...ありがとう。」

「というかよくそんなハッキリ憶えてたね...」


「...生存本能、ってヤツかなァ。あの時の状況さ...頭ン中が空っぽになった母さんが目の前で死んでんのに...」

「...憶えてンだよなー...サイアクだ。」


「...ごめん。聞かなきゃよかった。」


「ホントだぞォ...答えた俺も俺だけどね。」

「今更メソメソするほどこの三ヶ月、雑に過ごしてきてねーよ。心配すんな!」

「それじゃ、そっちの番。これで痛み分けにしようぜ。」


「...うん。」


 気丈に笑う賀科。瞳にはわずかに涙が染みだしているように見えた。

 引きずらせないように、そこへ僕の話を割り込ませ上書きする。

 不破が紹介の時に語らなかった両親の話、有為が殺された話。いじめられていた話。殺人ショーについても。

 そして、ハディクィルの存在。これに関しては不破も注意するようにと皆へ言っていたが。


「幼馴染みを...!?マジかよ、許せねえッ!」

「その弁当箱、そーいうことだったのか...」

「そんな性根してるヤツ、バケモン認定して特事課こっちがブッチめてやりたいぜ...!」


 賀科は、拳を掌に打ち付けて苛立ちを露にしている。すると、思い出したような顔をして、僕がやったように肩を掴み正面に立った。


「よっしゃ、わかったぜ、だ。お前があの"ストロー"をやるってンなら、俺はそのハディクィルをやってやる!」

「そのハディクィルがいなきゃ、お前はあんなことしでかさなかっただろ!原因はソイツ!名厨は悪くねぇ!」

「親近感が湧いてきた...勘だけど、間違いなくお前とは仲良くやれると思ってる!」

「俺とお前は、今日から友達だ。」


 向こうから乗ってきてしまった。こうなったらもう後には引けない。

 僕には、力がある。使い方次第では今この国が享受する平和にとって、毒にも薬にもなりうる力が。

 僕はこれを人のため、世のために使う。拒否権はない。嫌々ながらやるよりは仮にでも同調した方が気が楽だ。


「う、うん...僕も...!」


「いや、悪い、いきなりすぎたわ...昔っからの悪い癖かもなぁこれ...」

「下手に距離詰めすぎだって、だからフラれたんだよなぁ...」


「...誰に?」


「元カノ。可愛いし、なんつーか、すっげー尽くしてくれる?って言うのかな。」

「けど束縛強いタイプでさ、マジ今時そこまでする?って感じで...」

「つーか、なんか言いかけてなかった?」


「いや!別になんでもないよ...!」


「ふーん。ま、いっか。色々案内してやるよ。行こうぜ。」


 鍵を再び手にする賀科。取り戻した笑顔を僕に見せて手招きをする。

 僕は刀を手にしたまま部屋を出て、賀科の後に続き階段を下りる。そして訓練場の横を通り抜けていくと、もう一つ両開きの扉があった。

 さっきは大掛かりなエレベーターに注意していたおかげで気がつかなかったが、あっちにもまた別のエリアがあるのか。


「こっちが教室とか、食堂とかあるトコ。」


 扉の奥にはまた廊下。左右の壁に二つずつ部屋があり、突き当たりにも扉。

 ドアの上部にくっついた札、右には「E」と「M」。左には「H」「Admin」。さらに奥は「食堂」。

 三つは小中高、もう一つは職員室ってところだろうか。授業を受けるといっても、一般人から見ればあまりに怪しいこの組織に協力してくれるほど懐の広い教え手はいるんだろうか。


「あるにはあるけど、使われてねーんだよな~高校以外の教室。」


「先生とかいるの?」


「そりゃあいるさ。でも小中のセンセーは現状役目がないからほぼ任務。」


「任務て...先生も課員なの!?」


「...らしいぜ。ほぼペーパーの教員免許持ってるってだけで配属されたって愚痴ってたの聞いたぜー。かなりキレ気味。」

「小中くらいの子供保護しても、よっぽどのことない限り養護施設に行くっしょ。」

「言っちゃなんだけどさ、地下は息苦しいよ。子供には太陽の下で、普通に育ってほしい。」


 そして、照れ臭そうに微笑んだ賀科は小腹が空いたと言って食堂の方へ進んでいく。僕の方はまだ空腹ではないが、付き合うしかない。

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