第11話 冥界へ
弁当箱、撒き散らした財布などをリュックに詰めていく。教科書...も一応入れる。必要ないなら自分で捨てよう。
リュックを背負い、刀もそばに置いてあった長袋に突っ込み肩にかけ。詰め忘れがないかを軽く見渡して、部屋を出る。
しかしここまでの道程、とっくに忘れていた。関係のない部署にぶち当たったり通り抜けるドアを間違えたりで、想定していたよりも随分と時間を食ってしまった。
本庁を出て、屋根のある駐車場へ。入口付近でゆっくりと切り返しながら腕を組んで歩く不破にようやく合流できた。
「....すみません、遅れました。道がかなり...」
「な?まだただの窓際部署だった時期に押し込まれた場所だ、嫌がらせみたいだろ。」
「お前も裏道使うか?いいトレーニングになるっつってるヤツもいるぜ。」
「いやぁ...僕にはちょっと...」
「できれば考えておけ。道を憶えるより、道中で引っ掛かりやすい課の刑事に間抜けとして名前と顔が通る方が早ェ。」
「ホラ、これ持っとけ。」
不破が僕に渡したのは、宗谷がゲートを開く時に使っていたキーカードと同じもの。しかし裏面にある記名部分は空白。
「俺のキーカード、スペアの分だ。登録だけはしてあるからスキャンは通る。履歴に残るIDだけ書き換えておけばお前のになるから、ソレそのまま使ってくれ。」
「外出とその帰り、中に入る時に使う。今日のところは俺が開けてやる、指紋は明日にでも登録しておく。」
「どうも。」
「...コレ、失くしたらどうなるんですか?再発行とか可能ですか。」
「そこの防犯カメラん前で、腕立て500回。」
「そしたら再発行。」
「えっ。」
「冗談。」
「15回も紛失しやがった馬鹿にムカついたんで一度やらせたことがあるだけだ。行くぞ。」
奥へ進み、不破が装置にキーカード、親指を当てて再びゲートが開く。続いて斜行エレベーターに乗り込み地下へ。
箱が下降していく間、不破は左手首に巻いたボロボロのバングルをずっと指の腹で撫でていた。少しよく見れば、上着のコートも端がほつれていたり、穴が空いているところもある。
そんなになるまで愛用するからには、なにか思い入れがあるのだろう。
だが今しがた見せた圧倒的な能力に気圧されて理由を聞く気にはならなかった。畏ろしさが勝っている。
「もう揃ってたか。」
「期待されちまってるかもな。」
地下に下り立ったエレベーターを出た手前にある、広いスペース。
両脇にはちょっとしたテーブル席やソファー、自販機まであり、真っ直ぐ行けばさっき見下ろしていた訓練場に出るだろう。
そして白いタイルが敷き詰められた中心の空間に、40名ほどの男女が並んでいた。
しかしながら全員が若く見え、多く見積もったとしても年齢は30台前後。
ベテランという風な雰囲気を纏う者は少ない、見た目、目測ではあるものの年共に、まるで子供のように隣と会話している者もいる。
やってきた不破を見るなり頭を下げたり、手を振ったり、嬉しそうに駆け寄ってみたりリアクションも様々。
はしゃぐ数名、その活気が僕へ波及し始めた頃にそれらをたしなめながら、扇状に全員を広がらせる不破。そして前に立ち状況の説明を始める。
「はい静かにしろォ。転入生を紹介する。」
「えっ?転にゅ...」
「静かに。」
不破は僕の名前、年齢。ここに来るに至った経緯を噛み砕いて告げる。
僕が学校で殺害した人数を告げた時にはどよめきが起こったが、見せてくる反応のベクトルもこれまた様々。
ドン引きする者、無関心な者、はたまた軽蔑の眼差しで一瞥する者。感銘を受けたように目を輝かせている者。
不破の口ぶりから読み取れたことは、この場所は特事課の関係者が使う「寮」。確かに左右にはマンションみたいにドアが、五フロアに分かれて並んでいる。
左手が「男子寮」で右手が「女子寮」。それぞれの最上層には医務室が複数と、"特別援助"を行う人間の部屋が二つずつ。
もっとも、男子寮にある一室以外、特別援助者の住む部屋は空き部屋らしいが。
「カシナ、お前確か...」
「今ンとこ一人部屋ッス。俺は別に相部屋でも大丈夫ッスよ。」
「そうか。なら話が早い。」
「名厨、アイツがお前の同居人だ。年同じだからちょうどいいだろ。」
「相部屋、なんですね...」
「おう。ここに連れてこられるような人間は、下手に部屋に一人でいさせちまうと妙な気を起こしかねない。」
「それにコミュニケーションは重要だ。連携も取れるしな。」
「とりあえず転入生の紹介以上。俺はカードの設定と指紋登録に行ってくる。」
「えっ、指紋って...なんか、こう正式に採るものなんじゃあ...」
「現場にベットリ付けてたの忘れたか?とりあえず、じゃあな。」
「その刀、まだ調べが足りない。お前が持っておけ。目を離すなよ。」
「あっ......はい。」
「.....歩み寄りすぎるのも、考え物だが....」
再びエレベーターで上り去っていった不破が名指しで呼んでいた青年、"カシナ"。
彼だけを目の前に残してその場にいる人間はほとんどが各々の方向へ散っていく。
あちこちから刺さる、値踏みのような眼差しに戸惑っていると、頭を掻きながらカシナがこちらへ近寄ってくる。
ラフなTシャツに短パン、サンダル。ややぼさついた髪。若干筋肉質な体格。身長、僕よりは高い。
ポケットに両手を突っ込み大股で歩くその姿は気だるさを感じさせるが、ぱっちりとした瞳から嫌でも覗く気の良さがそれを和らげる。
そして、おずおずと片手を挙げながら僕に話しかけた。
「よ、よう!初めまして...だな!」
「いやァタメでよかったぜ...ホラ、ここの先輩みんな年上じゃん...?話しやすい相手来てくれてホントよかった!」
「俺は
「う、うん。よろしく、賀科くん...」
促されるままに、し慣れない握手を交わす。親しげに力強く賀科は僕の手を握ってくる。
相部屋にさせられてしまうらしいが、気難しい人間が同居人じゃなくてよかった。
「っしゃ、来いよ。部屋まで案内するぜ!」
僕は軽い足取りで歩く賀科の後を着いていく。階段を上り、四フロア目の最も手前にある部屋、「401号室」の前で足を止めた。
「ここ、ココ。」
ポケットから取り出した鍵を鍵穴に挿し込み、捻ってドアを開ける。中は意外にも生活感が溢れ、いかにも同い年って部屋だ。
しかし寮というだけあって生活に必要な設備は一通り揃っている。
キッチンもあり、風呂トイレも別のようだ。二人で暮らすにはちょうどいい広さ。ベッドは一台分の余白を空けて二台。
地下ゆえに窓が一切ないのを除けば優良物件と呼んで差し支えないだろう。
「お前のベッドそっちな。気分転換に何回かそっちで寝ちゃったことあるけど、スマンね。」
「いや、大丈夫...」
「そこの、引き出し。使っていいぜ。二段目まで俺使っちゃってるから。」
「....開けんなよォ?」
「開けないよ....」
リュックをベッドに置き、中身をシーツの上に広げていく。教科書、財布。弁当箱。
いや、
形見になるし、大切にしておきたいけど、借りてるからには返さないと。供え物にするには、ちょっと違うかな。
「おっ、この教科書は!俺がいたとこと同じじゃん。なんか懐かし~。」
「えっ...同じ、って?」
「....俺、三ヶ月前くらいにココ来たのよ。元々高校生やってた。名厨も?」
「そうだけど...賀科くんはどうして、その.......特事課に?」
「い、いや!言いにくいなら...大丈夫!」
「んなことねーよ。その代わり、名厨のこと詳しく教えてくれよ。」
「459人、やっちまったってのは聞いたんだけどさァ.....不破さんなんか隠してた。」
「そこんとこをさ。頼むよ。友達なら変な秘密作るの、良くないじゃん?」
「...!....わ、わかった。」
「オッケ。約束な。じゃ....」
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