第6話

 やかんの笛が鳴る中、携帯電話のバイブレーションの音が響いた。今笛の音に気づいたようにコンロの火を落とし、手にしていた書類を置き、応答ボタンを押した。


 「もしもし、トモヒロさん久しぶりですね」


 「おう、お疲れ。教授から連絡あってよ、完成したらしいな。どうだったよ。研究室に入ってから頑張っているのは見てたし、どうなったのか気になってたんだ。進捗を直接聞くのも憚られるし、教授に頼んでおいたんだ」


 声のトーンが学生時代よりも高くなっていた。入社して、電話口で話すときは声を高くするよう指導されたのだろうか。確か営業職になったはず、噂で聞いた。


 「どうよ、読んでみたんだろ。ウェーバー版星新一を」


 読んだ。研究室で被験者から集めたデータで生成した分はすべて。電話がかかってくる前に読んだ。大学で印刷した分だった。


 「読みましたよ」


 「で、どうだったんだよ。へへ、面白かったんだろ?なんかそういうデータがでたって……」


 修斗はトモヒロの声を遮った。


 「つまんなかったですよ。お粗末といってもいい。何十もの作品を出力させました。面白いと言えるもの、あの読後感を感じさせるものはゼロでした。ただ、だけです。話のテーマがちょっと非現実的で、展開の先が読めなくてひねりを加えたものが星新一のショートショートだとして提出してきやがった。ふざけてる。」


 一息入れ、続ける


 「人間に対する理解、期待、批判、不安、愛情とかその辺が欠如してるんだ。何にもない。あのガラクタはそれがエッセンスだってことがわかってない。ああ違う、別にウェーバーが悪いわけじゃないですね。そのもとになってる、データの収集元である人間がよくないんですよ。そいつらがまるっきりわかってないから出力されなかったんですよ。がっかりです。これだけ世界に広まっている作品たちなのに、その良さが表面の理解にとどまっていることに。データ元ががっかりなら、審査員もがっかりだ。あの程度の作品を判断したんだ。見る目ないです」


 しばらく携帯電話のスピーカーからはトモヒロの息遣いしか聞こえてこなかった。


 「そうか……。残念だったな。うん、頑張ってたのにな」


 「でも、研究はこれで終わりにするわけじゃないだろ。卒論にするんだし、結果も客観的には出たんだから、形にして発表するんだろ。これからどうするんだ?」


 修斗は答えた。


 「もうやめにします。卒業のために発表は適当に形にして済ませます。教授の知り合いが研究に興味持ってて就職の口はきいてもらえるみたいなんでそっちも心配ないです。とりあえず卒業しても路頭に迷うことはないと思います。その企業に何年もいるつもりはないですけど。」


 「なんだよ、もったいないな。星新一の次はビートルズで頼もうと思ったのに。せっかく……」


 修斗は話を続けようとするトモヒロを無視して電話を切って放り投げた。本棚にぶつかり一冊の文庫本が落ちた。ドミノのように、支えをなくした星新一の文庫本たちが、どさりどさりと埃を浮かばせながら落ちていった。

 

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ジェネリック星新一 ガミエ @GAMIE

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