第5話

 実験は成功した。いくつもの失敗を乗り越えて星新一らしい話を他人の脳みそから取り出し、星新一らしく仕立て上げることに。修斗が四年生になろうというときだった。


 一応、科学的な星新一らしさは読者へのアンケートにゆだねられた。無作為に選んだ成人済みの日本語母語話者を読者に設定した。何個かのオリジナル星新一作品を読んでもらった後に、ウェーバー版を読んでもらう。彼らが星新一らしいと認めた割合が5割を超えれば学外への発表も妥当であろうと教授と決めた。結果的に8割を超える数字をたたき出した。すなわち実験の成功だ。


 修斗は星新一らしいと言える保証が欲しかった。修斗にとって大事だったのは一日に三度の星新一のショートショートを読み、それでしか得られない読後感を堪能することだった。


 出来の悪いショートショートを読みたくはなかったからある程度の精度(具体的には物語としての体裁が整えられている)が生まれてからは読まずに変数を変えて実験を重ねた。どの程度変えるかなどは教授やゼミ生と相談して決めた。彼らには読んでもらい、修斗は読んだふりをしてやり過ごした。読まなくても話は合わせられた。


 装置の完成を祝う飲み会が開催された。大学近くの二時間の飲み放題だった。修斗はたいして仲がいいと思ってなかった研究室の同期からのねぎらいを安い酒を飲みながら受けた。


「修斗君ならできると思ってたよ」

「さすがだわ、ほんとに」

「執念だなこりゃ、うん」


 そんな言葉を並べられた。勢いがついて飲みすぎてしまった。

 

 修斗は頭の中で反芻しながら最寄駅からの帰り道を歩いた。夜桜でも見るかな、と普段は思いもしないことも実行するほどだった。


 しばらく歩いて酔いがさめたときちょうど、家に着いた。鞄から印刷した書類を取り出した。研究の成果物、ウェーバーによって書かれた星新一っぽい作品だ。読後の紅茶のためにやかんをコンロに乗せ、火をつけた。キッチン横のスツールに腰掛け、修斗は作品に没入し始めた。


 


 

 

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